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038 帝都に咲き狂う毒華
しおりを挟む帝都に戻って何にびっくりしたかっていったら、一人残って花粉をふりまいていた毒の華こと魅惑の女商人シャムドの成果。
遠征から帰ったら蔵持ちならぬ倉庫持ちになっていた。
それも十八棟もっ!
港湾の一区画をごっそりシャムドが借り受けて占拠。
端から端まで駆けたらハァハァ息切れ必至のおっきな倉庫。内部にうず高く積まれた木箱たちを前にして、わたしはあんぐり。シャムドは「オーホッホッホッ」と左羽ウチワで高笑い。
これらすべて留守中にラクシュ殿下とわたしこと剣の母チヨコとの繋ぎ役兼窓口となっている立場を利用して、すり寄ってくる連中から貢がせた品々。
と、北の大陸から持ち込んだ品による交易にて稼ぎ出したモノ。
今回の旅に同行してもらうにあたって、シャムドに頼まれてわたしがムギの収納空間にて持ち込んだ商品は多岐に渡る。そのどれもが南の大陸では珍しい品。なにせ遠く外洋を隔てた別天地のシロモノなんだもの。加えてついでにわたしが異世界で手に入れた宝石類も渡して処分を依頼しておいたんだけど……。
「ねえ、どんだけぼったくったのよ」
ジト目を向ければ「へっ」と歪んだ笑みを浮かべる絶世の美女。
「失礼なことを言わないでちょうだい。そりゃあ、多少は連中の自尊心やら競争心を煽ったけれども。いれあげてメラメラ燃え上がったのは向こうさまの勝手。こっちは望まれただけ商いに応じたにすぎないわ」
わたしたちが留守をしている間。
次期帝であるラクシュ殿下と懇意にしているシャムドのもとには、連日、様々なところから声がかかる。
挨拶回りに始まり、宴席、お茶会、会談、商談……。
その数は膨大であったのにもかかわらず、巧みに予定を組んですべてに対処する。
あえて取りこぼしはしない。帝国最大手の商会の主人だろうが、三番手四番手どころか十番手ぐらいに甘んじている商会の主人であろうが、しっかりと席を設けた。
これにより大手の人間は「うかうかしていたら、下から突き上げを喰らうやも」と警戒し焦り、下位の人間たちは「自分たちにもよい機会はある」「この方は肩書だけで判断しない」「ちゃんと相手をしてくれる」と希望を抱く。
こうして自分の得意とする商いの分野にて、まず強く存在感を示したシャムド。
次に取り崩しにかかったのは貴族連中。
とはいってもこちらは簡単だった。
少しばかりエサをまき、一人、二人を動かせば、あとは勝手に競ってすり寄ってくるようになる。
で、家格が同等である者同士は見栄の張り合い、意地の張り合いが始まり、野心を持つ家はもみ手にて土産を持参してはへいこら。するとそれを知った他所の家も「こうしてはおられん、うちも」となって、そっから先は露骨に対抗心むき出し。あとは雪だるま式に膨れ上がるばかり。
「ああいう連中ってのは、異様に体面を気にするし、見栄っ張りで負けず嫌いなのよ。チヨコにだって心当たりがあるはずよ」
シャムドに言われてわたしも「あー」となる。
ポポの里からはじめて聖都へ赴いたときに、二人のお妃たちから熱烈な勧誘合戦を受けた。贈物が山となり置き場所と処理に難儀したものである。どうしたものかと悩んだ末にじゃんじゃか外部に放出したら、それが発端となって聖都の景気がぎゅるぎゅる回りだして、いつのまにか「商公女」と呼ばれるようになっていたっけか。
「とはいえこれはさすがにやり過ぎなんじゃあ」
「へいきへいき。帝国の、それも帝都に住むことを許されている連中の財力からすれば、こんなのはごく一部に過ぎないわ。それよりもチヨコが帰ってくるのを待ってたのよ。じゃあ、早速お願いね」
「へっ?」
「ほら、さっさとムギちゃんの空間に収納しちゃってよ。倉庫が埋まってしまったせいで商いを続けられなくって、しばらくお休みしちゃったのよ。とんだ機会損益だわ。まったく、時間だけはいくら大金を積んでも買えないのだから、イヤになっちゃう」
まだまだ絞りとるつもりだから、とっとと場所を開けろ。
ということらしい。でもって、どれだけ大量に物資が増えたとてわたしたちがいるから輸送手段や保管については頭を悩ます必要がない。初回特典の恩恵を存分に味わい、じゃんじゃんイケるところまでいっちゃうよ!
ということでもあるらしい。
うーん。自分で引き入れといてなんだけど、えぐいな女商人。
◇
言われるままに搬入作業を開始するチヨコ組。
何げに都合よく使われているような気がしなくもないけれども、シャムドが矢面に立ってくれているおかげで、わたしは比較的平穏に過ごせているわけで。
「で、実際にいろんな立場の人と接してどうだった?」
「あー、上位は軒並みダメね。でも下位にはそこそこ粒がそろっていたかな」
シャムドによれば地位が上の人間は特権階級としての意識が強すぎる。大商会の連中はそんな者たちに寄生して甘い汁を吸うことに慣れ切っており、お話にならないそう。
反面、あまり恩恵を受けられない連中の内にはずっと不満が燻っている。
そうなると二通りの人間が発生する。ひとつはすべてを諦めて受け入れてしまっている者。もうひとつは限られた中で抜け道を探し模索し足掻いている者。
粒がそろっているとシャムドが言ったのは、もちろん後者のこと。
「にらんだ通りだったわ。レイナン帝国は武力や覇権ということに関しては他を圧倒しているけれども、こと商業分野に限っては競争原理がほとんど機能しておらず、むしろ衰退している。
やはりチヨコにくっついて前乗りして正解だった。もしもうちの老怪連中の後塵を拝していたら、あらかた喰い尽くされているところだったわ」
商連合オーメイの商人たちは、剣ではなく商売を武器に戦っている。
隙あらばつけ込み、引きずり落とし、自分が這い上がる。その戦いは熾烈を極めている。
けれども戦いの場にはその気にさえなれば、誰でも参戦できるだけの土壌が育まれている。
激しく競い合い練磨されることによって磨かれる商魂という珠。
膨大な情報や数値を精査し、幾通りもの推論を組み立て、未来視にも近い次元にて予想を立てられるシャムド。
星読みのイシャルさまとはまたちがう種類の賢人。
彼女こそが商連合オーメイの、彼の地にて信奉されている運と商いの神コガネの申し子なのかもしれない。
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