36 / 67
036 狂った世界
しおりを挟む帝の寵愛を受けたネーシャはやがて三人の娘を産んだ。
産まれた子らを溺愛するような夫ではなかったが、それでもときおり顔を見せる程度には愛情を示していた。
世間一般の家族のあり方としては、けっして恵まれていたわけではない。
しかしレイナン帝国の王族としてみれば、これでもかなり異例のこと。
産み落としたあとは知らんぷりにて、次期帝位争いの渦中に放り込むばかり。あとは喰いあうのみ。それが帝国の王族としての生き方。必要なのは強き王。それ以外は不要。
だというのに、まがりなりにも家族のていを成している。
これをまのあたりにして他の妃たちは激しい嫉妬と淡い羨望、それから怒りを覚えずにはいられない。「どうしてあの女だけが、どうしてあの女の娘たちだけが」と。
加えて他の子どもたちは三姉妹を警戒した。
最大の脅威。次期帝位争いにおける障害となるやもしれぬと考えたのである。
「あの母子たち、邪魔だな」
という気配が次第に水面下にて濃厚になっていく。
しかし生来の性格もあってか表舞台に立とうとしない、目立った動きのないネーシャは与えられた離宮からめったに外に出ることはなく静かに暮らしている。娘たちもそれに倣った生活態度に終始。
母娘たちにしてみれば、ただ当たり前に日々を慎ましやかに過ごしているだけなのだが、害意を抱く者たちからするとどうにもやりにくい。つけ入る隙がない。
野心と陰謀渦巻く嵐のような世界にあって、周囲の色に染まることなく、環境に毒されることもなく、清廉さを保っている。
超大国の王族たちや貴族たちにとっては、あまりにも奇異で異質な存在。
「なぜ求めない?」「なぜ主張しない?」「なぜ欲しない?」「なぜ虐げない?」「なぜ手をのばさない?」「なぜ掴まない?」「なぜ奪わない?」
なぜ、何故、ナゼ……。
わからない。理解できない。
無知や未知はときに恐怖へと通じることがある。
潜在的に育まれたそれが芽吹いたのは、末娘のラクシュが六歳になってすぐのこと。
発端は、ネーシャ母娘たちの健康診断。
その際の診断結果と採血された品を裏から手をまわして入手したのは、第四王子。
当時より魔道狂いで悪名を馳せていた彼は、ずいぶんと前からネーシャの身に宿るチカラに着目していた。だが相手は仮にも帝の寵愛を受けた女性にして自分と同じ王族ゆえに、うかつなマネはできない。
しかし手に入らないモノほど欲しくて欲しくてたまらなくなる。
ましてや第四王子は一本の呪槍を造るためだけに数万の女たちを生贄に使ったり、古代の遺物を実験と称して安易に解放しては被害を拡大させることを厭わず、王族の特権と財を惜しみなく投入しては非道な実験をくり返すような人物。
じりじりと焦らされるばかりの黒い欲望。暗くよどんだ執着へと転化してゆくのにさして時間はかからなかった。
その想いが高じるあまり診断結果らを求めたのだが、手に入れた血液を調べたところ思わぬ発見をして第四王子は狂喜乱舞する。
◇
ラクシュたちの平穏は唐突に終わった。
帝が第四王子と彼の旗下である研究者たちを多数引き連れて離宮に来訪。
そのまま母ネーシャと二人の姉を連れ去ってしまったのである。
一人とり残されることになったラクシュは泣いて追いすがろうとした。
そんな彼女の前に立ちふさがったのは父である帝。
帝は幼子を冷徹な眼差しにて見下ろし淡々と告げる。
「あれらの身に流れる血には特別なチカラがある。帝国にさらなる繁栄をもたらす可能性があることがわかったので、以後はその身柄を第四王子の管轄下にある施設預かりとする」
これがどれほどむごい話であるのかは、まだ幼かったラクシュにはわからない。たまさか自分だけが受け継がなかったがゆえに助かったことも理解できない。
ただ「イヤだイヤだ」と感情のままに泣きわめくばかり。
そんな娘に父がかけた言葉は慰めでも謝罪でもない。
「余が憎いか、ラクシュ。非力な己が悔しいか、ラクシュ。ならば強くなれ。誰よりも強くなって頂点に立て。さすればおまえはその苦しみから解放される」
瞬間、六歳の幼女の双眸にボッと激しい怒りの金炎が宿る。
この日以降、大切な人たちを取り戻すためにラクシュは死に物狂いという言葉ですらもが生ぬるいような過酷な試練を己に課す。ひたすらチカラを求め、知恵を求め、自身を高めることに邁進し、突き進む。
◇
存分にチカラを蓄え、同志をも得て、なおも急成長を続けるラクシュ。
特に軍に在籍するようになってからの活躍は目覚ましく、いつしか周囲より美獣や金狼などと呼ばれ畏怖されるまでになる。
そしてついに王族同士の共喰いに本格参戦するにあたって、まず最初に選んだ獲物が第四王子の勢力であった。
第四王子がある種の天才であったことだけはラクシュも認めざるをえない。
犯した悪行は数多あるが、もたらした恩恵や成果もまた少なくはなかったからである。だからとてけっして相容れる相手ではないが。
あらゆる手段にて敵陣営を蹴散らし、ついには第四王子の首級をもあげ、彼が特に大事にしていたという研究施設へ踏み込んだとき。
ラクシュを待っていたのは絶望の光景。
姉二人はすでに亡く、骸は研究資料用として解体、瓶詰されてきれいに棚に陳列されていた。
かろうじて生きていた母は両手足を失い、つぎはぎだらけの肌にて、全身に管を通された状態で筒状のガラスの水槽内に浮かんでいるばかり。
ひさしぶりに再会した母と末娘。
母の唇が弱々しく動く。娘が耳を寄せてどうにか聞き取れた言葉は「もう死なせてください」であった。
かつて慈愛の光に充ちていた双眸は白濁しており、焦点は定まらず、すぐ目の前にいる自分の娘のことも正しく認識できていない。
生きながらすでに死んでいるネーシャ。
ラクシュはひと筋の涙を流すと、無言のまま自らの手で母の願いを叶えた。
ひとしきり施設内の調査を終えたラクシュは、最後に建物へと火を放つ。
それは弔いの炎。
天を焦がす焔を前にしてラクシュは誓う。
こんなマネを平然と許す帝も、そんな男が支配する国も、そこでのうのうと暮らす民たちにも、必ず相応の罰を与えずにおくものか、と。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
おなら、おもっきり出したいよね
魚口ホワホワ
児童書・童話
ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。
でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。
そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。
やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる