剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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035 豊穣の聖女

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 現帝より命じられた第三王子と第八王子の討伐を完了したラクシュは、戦後処理をアスラに一任して帝都アルシャンへと向けて帰還の途につく。
 これは二つの勢力地を掌握してしっかり自分のモノにしておけという姉から弟への課題。将来に向けての地盤固め。
 多くを語らずとも姉の意を理解したアスラはただ静かに頭を下げた。

 帝都へ帰る途中に立ち寄った都の宿舎にて。
 一歩入ったとたんにむわんとした熱気にわたしは怯む。
 ここは宿舎の地下にある浴場。
 とはいってもお湯がはられた浴槽の類はなくて、床に敷かれてあるのはツルツルの石板だけ。触れるとほんのり温かい。
 岩盤浴というそうで、地熱にて温まった岩の上に寝転がってはぼんやりしているうちに汗をダラダラ流すというシロモノ。
 レイナン帝国は広大かつ多民族国家ゆえに、入浴方法もいろいろ。
 かつてパオプ国の国境の砦バイスーダにて堪能した温泉もあれば、焼けた石を積み上げたところに水をバシャバシャかけて発生する蒸気を浴びたり、熱々の砂漠に潜ったり、人が楽々入れるぐらいの大釜を直接ぐつぐつ煮込んだりするものも……。
 で、この地では岩盤浴が主流だというので、わたしもおっかなびっくりしつつ試してみることに。だってせっかく外洋を超えて遠い異国の地にまで来たってのに、戦いばっかりで異文化をちっとも楽しめないのは、あまりにも悲しすぎるもの。
 帝都に戻ったらじきに戴冠式という話だし、帝にとり憑いているとかいうナゾの存在の正体も探らなきゃいけない。長旅に遠征、地味に疲れも溜まっていることだし、いまのうちにのんびり英気を養っておこうと考えた。
 だというのにちっともくつろげない。
 原因は隣に寝転がっているラクシュ殿下のせいだ。
 もう、なんていうか、ラクシュ殿下は脱いだらいろいろすごかった。
 臆面もなくさらけ出される白き戦女神の肢体は同性ながらにドキドキ。目のやり場に困る。
 でもって神々の峰を彷彿とさせる双丘と、貧者があえぐ不毛な荒地との対比はあんまりだ。ちくしょう、汗がやたらと目に染みやがるぜ。
 なんぞとわたしがひとり悶々としていたら、ラクシュ殿下がとつとつ語り出したのは自身のこと。

「帝都に戻ったら忙しくなる。こうしてゆっくり話せる機会も減るだろう。だからいまのうちに話しておく。わたしと父である帝、そしてあの忌まわしい人禍薬について」

 ラクシュ殿下の口よりつむがれるのは彼女の幼少期の話。
 それは墜ちた聖女の辿った軌跡。
 あまりにも救いのない物語であった。

  ◇

 かつて豊穣の聖女と称えられた女性がいた。
 名前をネーシャといい、とある国の王族の姫君であった。
 万事が控えめでおとなしい彼女。舞踏会などの華やかな場所よりも、静かな森や湖畔で過ごすことを好む性格であった。
 いつの頃からか、ネーシャの周辺より奇妙なウワサが聞こえてくるようになる。

「木々の緑がすごく濃いんだよ。あとあそこの動物たちはやたらと活きがいい」

 どうやらその原因がネーシャの身に宿った才芽にあるようだと判明するのは、ほどなくしてからのこと。
 ネーシャの才芽は「成長」というもの。
 それは彼女が言葉をかけたり触れたりした相手の、身体や能力の成長を促進し、より高みへと至らせる。
 産まれながらに小柄でとても先は望めないであろうとおもわれた小鳥が雄々しく空に羽ばたき、病のせいで立ち上がれなくなったウマですらもがふたたび大地を駆けるようになる。
 教鞭をとれば教えを受けた子どもたちは、みるみる賢くなり叡智を蓄えてゆく。
 二言三言、簡単な助言を受けただけの兵士が別人のような剣の遣い手になる。
 もちろん当人のがんばりは必要不可欠だ。
 だが起点となり進むべき道を指し示すその姿が、ネーシャの才芽の恩恵を受けた者にとっては、まさに天啓のごとし。
 そこにいるだけで大地を豊かにし、進むべき道を見失っている、あるいは足踏みしている者には希望を与え栄光をもたらす。限界の向こう側に広がる景色を見せてくれる。
 誰云うともなく自然と彼女を豊穣の聖女と呼ぶようになるまでに、たいして時間はかからなかった。
 けれども周囲からそうやって持ち上げられ敬われても、ネーシャは困ったような笑みを浮かべて首をわずかにかしげるばかりであったという。

  ◇

 豊穣の聖女のウワサはたちまち近隣諸国にも伝わるようになる。
 そしてついにレイナン帝国が動いた。
 破竹の勢いで版図を拡大していたレイナン帝国は、周辺国もろとも聖女の生国をもたいらげる。
 とはいっても大きな戦争にはならなかった。
 帝が「聖女を差し出せ。そうすれば悪いようにはしない」と通告するなり、周囲の反対を押し切ってネーシャ自身がこれを了承。わずかな供のみを連れてみずから赴いたからである。
 あんまりにもあっさり要求に従ったものだから、かえって帝の方が相手の意図を訝しんだほどであった。
 だがしばらく側に置き、ネーシャという女性と接するうちに「これに裏表はない。たんに自分のせいで無用な血が流れることを嫌っただけのこと」と理解した帝は納得し、彼女をたくさんいる側室のうちの一人として迎え入れることにした。
 豊穣の聖女を手に入れたことにより、帝は意気軒昂にてその権勢はますます高まり、レイナン帝国は隆盛の一途を辿る。
 結果的に、ネーシャは生国や近隣に住まう大勢の命を救ったが、それと同時により大勢の命を奪うことに加担したことになる。
 これを罪と呼ぶのはあまりにも酷なれど、やがて彼女はその代償を求められることとなる。


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