剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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030 空中城塞

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 ゴゴゴゴゴゴ……。

 大地がびりびり震え、風が吠える。
 地中より押しあげられた巨岩。土くれをまき散らしながら、ゆっくりと、だが確実に上へ上へと。
 空へと浮上していくユミルヌアダ城塞。
 あまりの光景に地上にいるラクシュ殿下や旗下の軍勢は唖然。
 もちろん本陣にてこれを目撃していたわたしもあんぐり。
 アレが第三王子の切り札。人禍獣は時間稼ぎの囮にすぎなかったんだ。

「すげー、レイナン帝国では城が空を飛ぶんだ」

 ど肝を抜かれたわたしがそんな言葉をつぶやくと、ラクシュ殿下が「いや、さすがにそれはない」と即否定。「あれだけの質量を自在に飛ばす技術があれば、わざわざ船団を率いて危険な外洋を渡ったりはしない」

 まぁ、たしかにそのとおりにて。あの技術があればそれこそ空飛ぶ船が造れそうだし。
 しかしこれは少々マズイことになった。勝ち戦目前で反則技で盤面をひっくり返された。
 戦いにおいて頭上をとられること致命的。同じ砲撃ならば下から撃つより、上から放つ方が飛距離も威力も格段に増す。これは一方的にボコられる可能性が大。
 さすがにあの巨体だから高速移動は無理だろうけど、ある程度の高度を維持されたら地上の軍勢は手も足も出なくなる。
 やはりここは一時撤退して距離をとり態勢を整えてから……。
 なんぞとわたしが考えながらチラリと横を見れば、ラクシュ殿下が口元を歪めている。
 金狼将軍が笑っている? 焦りとか興奮の類ではなくて、この表情はあざけりだ。この窮地にどうして……。
 理由はほどなくして判明する。

  ◇

 空中に浮いたユミルヌアダ城塞。
 ついに悠然とこちらを見下ろす位置にまで上がった。
 すぐさま怒涛の反撃が始まるのかとビクビク怯えるも、その気配が一向にない。
 登場がド派手だったのに、そのあとが続かない。
 あまりの静けさに「うん?」とわたしが小首をかしげたとき、帯革内にてミヤビが「チヨコ母さま、アレを」と言った。
 浮き上がった城塞。その底の部分にひび割れがいくつもあったのだが、そのうちの一つがなんら前触れもなくビキっと不穏な音を立て、いきなり大きくバックリ!
 それを合図にしてあちこちでも同様なことが起こり、ついには城塞表面を縦に巨大な亀裂が走る。
 人間でいえば正面から袈裟懸けに深々と斬られたような傷。
 あー、これは終わった。喰らった瞬間に観念し生命を諦めざるをえない、そんな一撃。
 ユミルヌアダ城塞が左右にズレたとおもったら割れた。
 右の半身がずるり、地上へと向かってゆっくり落ちていく。
 ズーンと重たい音がした。
 直後に高らかと土煙があがり、これが津波のように周囲へと襲いかかる。
 湿地の水分をも含んだそれらは汚い雨のように降り注ぎ、兵士たちの鎧を汚す。
 たまらず顔を伏せてしのいだ面々。
 ふたたび顔をあげたとき、ちょうど残りの部分が大きく傾いでいくところであった。

 自滅してゆく空中城塞。
 わたしは「なんで!」とツッコまずにはいられない。
 するとラクシュ殿下が「フッ」と鼻で笑う。「当然だな。あのバカめ。ぶっつけ本番であの仕掛けを起動させたのだろう」

 第三王子、追い詰められ古代遺跡の機能を使用。
 ちゃんと動いたことからして、いちおうの整備はなされていたみたい。
 だけど試運転はしていなかった。もしもしっかりやっていたら湿地帯の地形がかわっていただろうから。
 どうやらラクシュ殿下はひと目でそれを見破っていたみたい。
 いかにすごい斬れ味を誇る立派な大剣とて、握りの部分がもろければ満足に振れやしないのと同じ。あれほどの質量のシロモノが空を飛ぶからには、自重やら各所にかかる負荷は相当なもの。よほど慎重に制御しないとたちまち歪みや捻じれが生じる。
 結果、どうなるのかはご覧の通り。

「私とて古代の技術のすべてを否定するつもりはない。なかには有益なモノ、応用が効くモノもあるだろう。だがアレはダメだな」

 バッサリ否定するラクシュ殿下。「たぶん自分と同じ結論に至ったからこそ、古代人たちも造っただけで放置したのだろう」とのこと。
 なんとも夢のない話ながら、わたしも「なるほど」と納得。
 だって実用化に成功していたら、そもそも滅んでなどいないだろうから。

  ◇

 文字通り落城したユミルヌアダ城塞。
 重たいモノが高いところから地面に落ちたせいで、ぐちゃぐちゃ。
 おかげで戦後処理がたいへん。なにせ外だけでなく中もぐちゃぐちゃなもんで、死体の判別がつかない。
 第三王子っぽい遺体の捜索は困難を極める。
 瓦礫の山を前にして「これはさすがに死んでるだろう」と誰もがおもった。ぶっちゃけほじくり返して出てくるのは原型をとどめていない人の残骸ばかり。
 それでもラクシュ殿下は捜索を続けさせる。
 これには側近たちも怪訝な表情となるも、彼女には何らかの確信があるようだった。
 だから途中からわたしも巨大な蛇腹の破砕槌を担いで捜索に参加することにした。
 第三の天剣・大地つるぎツツミ、自重を自在に操っては爆発的な破壊力を産み出せる一方で、コツンと小突けば反響音にて非破壊検査なんぞも可能。
 そのチカラを使って探索してみると、おやおや。

「母じゃ、何やら奇妙な反応が」

 で、ツツミの言葉に従って掘り進めてみたら、出てきたのは黒い球。
 大人六人が手をつないでどうにか囲めるぐらいもある。
 さっそく兵士たちが中をたしかめようとするも球はビクともしない。叩こうが斬ろうが傷ひとつつかず。
 しかし第一の天剣・勇者のつるぎミヤビの銀閃には抗えず、スパッと。
 黒球が割れて中から姿をみせたのは、雪崩をうつ大量の金銀財宝とこれに半ば埋もれている小太りの男性。溺れているようにジタバタ足掻いている。
 そしてようやく「ぷはーっ」と顔を出したかとおもったら、つかつかと近寄ったラクシュ殿下がおもむろに腰の剣を抜いて、サクっと首を刎ねてしまった。
 ヒュンと剣をふって、刀身についた血を払ったラクシュ殿下。
 鞘に剣を納めながら淡々と第三王子の討伐が完了したことを宣言し、ただちに撤収作業に移るようにとの命を下す。


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