剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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028 炎車の陣

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 水晶ドクロの幻影を突破し、進軍を再開した金狼将軍。
 ついに第三王子の領内へと到達。勢いのままにわずかばかりの抵抗を蹴散らしつつ、向かうは敵主力が立てこもっている場所。
 湿地帯の中央に小高い丘があり、丘の天辺には大きな岩の塊がひとつきり。
 それこそがユミルヌアダ城塞。もとは古代遺跡であったものを改修し流用されたもの。
 周囲はひらけており身を隠せるところが皆無。それでいて足下はでこぼこ、ぬかるんでおり迅速な動きはとれない。巨岩をくり抜いて建造されてある城塞は、物理的堅牢さもさることながら魔術的な防御もしっかり施されている。どうにか防衛網を突破して侵入を果たしたとて、待つのは狭い迷路のような内部構造。
 守りに特化した造り。
 反面、自分からは攻勢に出にくい。
 そんな場所に籠城を決め込んだ第三王子。ここで第八王子が軍勢を率いて駆けつけるのを待つつもりのようだ。そして援軍がきたところで、遠征につぐ遠征と攻城戦にて疲弊したラクシュ軍を挟撃するという算段なのだろう。
 一見すると理にかなった手堅い戦法である。
 なれど、性質の悪い魔道具をつかったり、疫病をまきちらしたりしている、これまでの行動から察するに、たんに自身が矢面に立ちたくないだけのようにも思える。
 そんなわたしの所見に「くくく」と笑いをかみ殺すラクシュ殿下が「なかなか的を得ている」とホメてくれた。
 どうやら第三王子とはそういう人物であるらしい。

  ◇

 足場が悪い中、軍勢が丘へとじりじり迫れば、城塞からたちまち激しい遠距離攻撃がお出迎え。
 魔法、砲撃、投石、弓矢……。
 ありとあらゆる飛び道具が雨あられ。とてもではないが近寄れない。
 こちらも負けじと遠距離攻撃にて応戦するも、城塞の硬い防御に阻まれるばかり。
 ならば誘い出そうと挑発するも反応なし。第三王子は城塞奥にこもったまま。この余裕っぷりからして、食料や物資をしこたま持ち込んでいるのだろう。
 攻城戦を始めてから早や二日がすぎ、なんら進展のないまま現場に倦怠感だけが漂いはじめる。
 が、すべてはラクシュの計画通りであった。
 そのことが判明するのは、三日目の朝日が昇る直前のこと。

 攻める側、守る側、双方にとってほどよくマンネリ化して弛緩した戦場。
 その空気が一変する。
 薄暗い中、突如として爆音が鳴り響く。出現したのは巨大な輪っかの数々。
 幅が三トト(約三メートルぐらい)、直径が二十五トトほどもあろうか。あんぐり見上げるほどに大きな車輪。
 工作部隊が極秘裏に組み上げたそれらが複数、火を噴きながらギュルギュル激しく回転してはユミルヌアダ城塞へと向かって一斉に転がってゆく。
 夜討ち、朝駆けは戦の基本なれど、ここまで派手なのも珍しい。
 燃えながら疾走する大車輪。これまでとは比べものにならない進軍速度。
 城塞側は対応しきれず迎撃が虚しく空を切り、後塵を舐めるのみ。
 激しい砲撃の下をくぐり抜け、勢いのままに丘へと到達した大車輪たち。斜面をいっきに駆けのぼり、城塞に激突。
 だが堅牢を誇る城塞の岩壁はビクともせず、ヒビ一つ入らない。
 かえってぶつかった方の車輪たちがバラバラになるばかり。
 しかしそれもまた計画の範疇であった。
 バラけた残骸たちの内部から煙が激しく立ち昇る。これにより城塞がみるみる黒煙に包み込まれてしまった。

 一連の光景をずっと後方の本陣から眺めていたわたしは、風にのって漂ってきたツンとするニオイにおもわず「へくちょん」とクシャミする。
 なにやら刺激臭にて鼻の奥がむずむずするぞ。
 すぐ隣に立つラクシュ殿下を見れば、ちゃっかり鼻と口元を布で覆っていた。側近たちや他の兵士たちもみな似たような格好をしている。

『炎車の陣』
 火をつけた巨大な車輪を敵陣へと突撃させて、吸うと涙や咳がとまらなくなる黒煙にて燻し、穴倉に閉じこもった敵をあぶり出す戦法。

 もしも第三王子と戦うことになれば、きっとこの地が雌雄を決する舞台になると以前より想定していたラクシュ。
 あの難攻不落のユミルヌアダ城塞を陥落するには?
 との問いに対する彼女の答えがこの『炎車の陣』であった。

「時間があれば堤で囲って、じっくり水攻めでもよかったんだがな」

 平然とそんなことを口にするラクシュ殿下。
 やっぱり怖い人だ。
 わたしはあらためて畏怖を感じずにはいられない。

  ◇

 遠く離れた後方にて、ほんのわずかに触れただけでもけっこうキツイ黒煙。
 そいつを間近で喰らった敵陣営。 
 悶絶する苦しさのあまり城塞から逃げ出してきた者たちはすでに戦意喪失。ほとんどが抵抗することなく降参。
 一部がんばっている敵勢もいるけれども、ばっちり黒煙対策の装備をしているこちらの兵士にはかなわず、次々と討たれてゆく。
 このまま終局を迎えそうにおもわれた矢先のこと。
 戦はここで新たな局面を迎える。

 水面にパッと波紋が広がるようにして、戦場が割れた。
 散るように退避したのは味方の兵たち。
 彼らの視線の先には、のそりと立ち上がる大きな異形。
 下半身が長い。
 ヘビのようなカラダにはたくさんの足がついている。けれどもよくよく見てみれば、それらは足ではなくて腕であった。
 すとんと落ちた極端なナデ肩。ダラリと垂れさがる両腕がひょろ長い。腕に関節は見当たらず太いツルのよう。胸部に膨らみがあることから、おそらくは雌型。
 首はない。その根元にめり込むようにして白い仮面がついている。
 石膏細工のような一本角の仮面。口や鼻はなくぬめった光沢を放つ黒い目が二つあるばかり。

 わたしはこれを知っている。
 かつて南海の城塞島カイリュウの研究施設で対峙したバケモノ。
 クスリによって強制的に禍獣にされた人間の成れの果て……、人禍獣。


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