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026 間引き
しおりを挟む「帝位を継ぐ前に雑草を間引いて来い」
はるか北の大陸への遠征から帰国したばかりにもかかわらず、反旗をひるがえさんとしている第三王子と第八王子の討伐を帝より命じられたラクシュ殿下。
行動は迅速であった。
翌日にはもう自軍を率いて帝都を出発する。一路目指すは第三王子の所領。
二つの敵対勢力が結びつく前に各個撃破する。
第八王子の陣営ではなくてこちらを先に強襲するのは、かつて魔道狂いとの悪名を馳せた第四王子の残した負の遺産をいくつか引き継いでいるから。猶予を与えると後々に祟りかねない。よってすみやかに禍根を断っておく。
帝都を発ったときには五千程度の兵力しかなかったのだが、進むうちに続々と味方が合流、みるみる膨れ上がって三日後には十倍近い数の軍勢になっていた。
最終的には十万を超えると聞かされて、わたしは目をぱちくり。
意思決定から実際に行動を起こすまでの間隔がとにかく短い。
ゆったりもったいぶることが余裕であり貫禄であるとしている神聖ユモ国とはえらいちがいである。
にしてもラクシュ殿下がひと声かけただけで、これだけの軍勢が即座に集結することもおどろきだが何よりもおどろいているのは、血みどろの内輪モメの戦場にわたしが連れ出されていることである。なんでっ!
「置いてきてもよかったのだが、そうしたらたいへんだぞ。なにせ帝があれほど興味を示す姿をみなに見られているからな」とはラクシュ殿下。
凱旋式典のおり、わざわざ王座から腰をあげて降臨。
我が子にすらそんなことをしたことがない「高い高い」を現帝からされて、直答を許され、次期帝位が確定している第十三王女ラクシュこと金狼将軍からは手厚く保護されている。
そんな当人はパッとしない容姿ながらも、世にも稀な伝説の宝具・天剣なる武器を多数保持。
きっと「ぜひともお近づきに」と考える者はごまんといるだろう。手駒として取り込んでしまおうと画策する野心家たちもわんさか。
かつて故郷のポポの里から聖都へと出てきた際にも勧誘合戦はたいがいであったが、それの比ではない大攻勢にさらされることは必定。
そんな場所にポツンと小娘を置いておくことは、飢えたケモノたちの中に生肉の塊を放置するようなもの。喰うなというのが無理な話。ぶっちゃけ不安しかない。
本来ならばチヨコを守るべき立場である自国の使節団もいろいろと忙しいし、弱い立場ゆえに帝国側のえらい人から強硬な手段で迫られたら、とても守り切れそうにない。
そこでラクシュとシャムドが協議の上でわたしを連れ出すことになったそうな。
留守の間、接触をはかってくる客人たちのほうはシャムドが丁重にお相手する。
「こっちはまかしておきなさい。剣の母と金狼将軍の名声と威をかりて、連中の尻の毛までむしりとってやるわ」
美貌の毒の華は殺る気まんまんだ。この機会に、より深く帝国内部に喰い込むつもり。
都の外では女将軍が愚兄たちを間引き、都の内では女商人が人脈を選り分け間引く。
二人の女傑の間で、わたしは肩を縮こませているばかり。
◇
進軍中。
わたしの身柄は基本的にラクシュ殿下の近辺にちょこんと座らされている。
これまでにやらかした数々のせいで、信用は地に墜ち「おちおち目を離してはいられない」との評価ゆえの処遇。完全に置き物状態。主な仕事といえば、ぼんやりしているか、ときおり殿下のお茶につき合うぐらいだ。
これから戦の大一番と意気込む周囲との温度差がひどい。居心地が悪い。尻のあたりがムズムズする。とにかく肩身が狭いったらありゃしない。
そんな猛烈な進軍が突如としてピタリと止まった。
あてがわれた馬車から顔をのぞかせてみると、全軍停止。かといって敵襲というわけではなさそう。はて?
わたしが首を傾げているうちにも斥候から次々と報告が入ってくる。しかしあまりいい話ではなくて、ラクシュ殿下の表情がみるみる険しくなっていく。
敵ではない。待ち伏せでもない。
ただ進路に問題が生じているという。
ある道は土砂崩れで埋まっており通行止め。
ある道は橋は落ちており、向こう岸に渡れない。
ある道には深い谷が横たわり、それ以上は進めなかった。
ある道では行き止まりとなっており、手元の地図と実際の地形が異なっている。
「ほんの少し前に通ったときには、なんら問題なかったはずなのに」
との証言が数多。自軍内にて動揺が静かにだが確実に広がってゆく。
せっかく高まった戦への気運や、進軍の勢いがたちまちしぼんでいく。
これを厭ったラクシュ殿下が、詳しい調査を命じるかたわらで側近たちにちがう経路の選定を急がせる。
そうこうしているうちに判明したのが、「どうやら幻影による事実誤認が生じているらしい」ということ。
山は山にあらず、谷は谷にあらず、川は川にあらず。
しょせんは目くらまし。ならば無視して突き進めばいいだけのこと。
なんぞとわたしは素人考えなのだが、「そうもいかない」とラクシュ殿下はムズカシイ顔になる。
目の前に大きな穴があれば、足を止めざるをえない。
そしてその真偽を確認し安全を確保してからでないと行軍できない。
大規模な軍勢ともなれば、進む、止まる、ただそれだけのことが消耗へとつながる。せっかくここまでの強行軍で稼いだ時間も失われてゆく。
やっかいなのは幻影にまぎれて敵が潜んでいる可能性もあること。気づいたら罠にハメられて死地にいたりとかもありうる。
こうなるとどうしても足は鈍くなるしかない。
モタモタしているうちに敵軍が合流し準備を整えてしまう。
おそらくは大規模魔術の行使、もしくは何らかの魔道具使用によるのだろうが……。
ラクシュ殿下をはじめとして側近たちが打開策を協議中。
その片隅でわたしが「ぼへぇー」としていると、帯革内にてぶるっと震えたのは白銀のスコップ姿のミヤビ。
「あのぅ、チヨコ母さま。幻影を創り出している品の位置でしたら、たぶんわかるかと」
「へっ? わかるのミヤビ」
「はい、あっちの方から不快な気配がビンビンしてますけど」
ミヤビによるとここから北東にある山の天辺から、なにやら怪しげな思念波みたいのがまき散らされており、そのせいでみんなが幻影を見せられているっぽいとのこと。直接、頭の中に作用するとか、なんだかヤダなぁ、おっかないなぁ。
わたしとミヤビがひそひそそんな話をしていたら、いつのまにやら協議の場はしーん。
ラクシュ殿下と側近たち、全員がこっちを凝視していた。
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