26 / 67
026 間引き
しおりを挟む「帝位を継ぐ前に雑草を間引いて来い」
はるか北の大陸への遠征から帰国したばかりにもかかわらず、反旗をひるがえさんとしている第三王子と第八王子の討伐を帝より命じられたラクシュ殿下。
行動は迅速であった。
翌日にはもう自軍を率いて帝都を出発する。一路目指すは第三王子の所領。
二つの敵対勢力が結びつく前に各個撃破する。
第八王子の陣営ではなくてこちらを先に強襲するのは、かつて魔道狂いとの悪名を馳せた第四王子の残した負の遺産をいくつか引き継いでいるから。猶予を与えると後々に祟りかねない。よってすみやかに禍根を断っておく。
帝都を発ったときには五千程度の兵力しかなかったのだが、進むうちに続々と味方が合流、みるみる膨れ上がって三日後には十倍近い数の軍勢になっていた。
最終的には十万を超えると聞かされて、わたしは目をぱちくり。
意思決定から実際に行動を起こすまでの間隔がとにかく短い。
ゆったりもったいぶることが余裕であり貫禄であるとしている神聖ユモ国とはえらいちがいである。
にしてもラクシュ殿下がひと声かけただけで、これだけの軍勢が即座に集結することもおどろきだが何よりもおどろいているのは、血みどろの内輪モメの戦場にわたしが連れ出されていることである。なんでっ!
「置いてきてもよかったのだが、そうしたらたいへんだぞ。なにせ帝があれほど興味を示す姿をみなに見られているからな」とはラクシュ殿下。
凱旋式典のおり、わざわざ王座から腰をあげて降臨。
我が子にすらそんなことをしたことがない「高い高い」を現帝からされて、直答を許され、次期帝位が確定している第十三王女ラクシュこと金狼将軍からは手厚く保護されている。
そんな当人はパッとしない容姿ながらも、世にも稀な伝説の宝具・天剣なる武器を多数保持。
きっと「ぜひともお近づきに」と考える者はごまんといるだろう。手駒として取り込んでしまおうと画策する野心家たちもわんさか。
かつて故郷のポポの里から聖都へと出てきた際にも勧誘合戦はたいがいであったが、それの比ではない大攻勢にさらされることは必定。
そんな場所にポツンと小娘を置いておくことは、飢えたケモノたちの中に生肉の塊を放置するようなもの。喰うなというのが無理な話。ぶっちゃけ不安しかない。
本来ならばチヨコを守るべき立場である自国の使節団もいろいろと忙しいし、弱い立場ゆえに帝国側のえらい人から強硬な手段で迫られたら、とても守り切れそうにない。
そこでラクシュとシャムドが協議の上でわたしを連れ出すことになったそうな。
留守の間、接触をはかってくる客人たちのほうはシャムドが丁重にお相手する。
「こっちはまかしておきなさい。剣の母と金狼将軍の名声と威をかりて、連中の尻の毛までむしりとってやるわ」
美貌の毒の華は殺る気まんまんだ。この機会に、より深く帝国内部に喰い込むつもり。
都の外では女将軍が愚兄たちを間引き、都の内では女商人が人脈を選り分け間引く。
二人の女傑の間で、わたしは肩を縮こませているばかり。
◇
進軍中。
わたしの身柄は基本的にラクシュ殿下の近辺にちょこんと座らされている。
これまでにやらかした数々のせいで、信用は地に墜ち「おちおち目を離してはいられない」との評価ゆえの処遇。完全に置き物状態。主な仕事といえば、ぼんやりしているか、ときおり殿下のお茶につき合うぐらいだ。
これから戦の大一番と意気込む周囲との温度差がひどい。居心地が悪い。尻のあたりがムズムズする。とにかく肩身が狭いったらありゃしない。
そんな猛烈な進軍が突如としてピタリと止まった。
あてがわれた馬車から顔をのぞかせてみると、全軍停止。かといって敵襲というわけではなさそう。はて?
わたしが首を傾げているうちにも斥候から次々と報告が入ってくる。しかしあまりいい話ではなくて、ラクシュ殿下の表情がみるみる険しくなっていく。
敵ではない。待ち伏せでもない。
ただ進路に問題が生じているという。
ある道は土砂崩れで埋まっており通行止め。
ある道は橋は落ちており、向こう岸に渡れない。
ある道には深い谷が横たわり、それ以上は進めなかった。
ある道では行き止まりとなっており、手元の地図と実際の地形が異なっている。
「ほんの少し前に通ったときには、なんら問題なかったはずなのに」
との証言が数多。自軍内にて動揺が静かにだが確実に広がってゆく。
せっかく高まった戦への気運や、進軍の勢いがたちまちしぼんでいく。
これを厭ったラクシュ殿下が、詳しい調査を命じるかたわらで側近たちにちがう経路の選定を急がせる。
そうこうしているうちに判明したのが、「どうやら幻影による事実誤認が生じているらしい」ということ。
山は山にあらず、谷は谷にあらず、川は川にあらず。
しょせんは目くらまし。ならば無視して突き進めばいいだけのこと。
なんぞとわたしは素人考えなのだが、「そうもいかない」とラクシュ殿下はムズカシイ顔になる。
目の前に大きな穴があれば、足を止めざるをえない。
そしてその真偽を確認し安全を確保してからでないと行軍できない。
大規模な軍勢ともなれば、進む、止まる、ただそれだけのことが消耗へとつながる。せっかくここまでの強行軍で稼いだ時間も失われてゆく。
やっかいなのは幻影にまぎれて敵が潜んでいる可能性もあること。気づいたら罠にハメられて死地にいたりとかもありうる。
こうなるとどうしても足は鈍くなるしかない。
モタモタしているうちに敵軍が合流し準備を整えてしまう。
おそらくは大規模魔術の行使、もしくは何らかの魔道具使用によるのだろうが……。
ラクシュ殿下をはじめとして側近たちが打開策を協議中。
その片隅でわたしが「ぼへぇー」としていると、帯革内にてぶるっと震えたのは白銀のスコップ姿のミヤビ。
「あのぅ、チヨコ母さま。幻影を創り出している品の位置でしたら、たぶんわかるかと」
「へっ? わかるのミヤビ」
「はい、あっちの方から不快な気配がビンビンしてますけど」
ミヤビによるとここから北東にある山の天辺から、なにやら怪しげな思念波みたいのがまき散らされており、そのせいでみんなが幻影を見せられているっぽいとのこと。直接、頭の中に作用するとか、なんだかヤダなぁ、おっかないなぁ。
わたしとミヤビがひそひそそんな話をしていたら、いつのまにやら協議の場はしーん。
ラクシュ殿下と側近たち、全員がこっちを凝視していた。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
山姥(やまんば)
野松 彦秋
児童書・童話
小学校5年生の仲良し3人組の、テッカ(佐上哲也)、カッチ(野田克彦)、ナオケン(犬塚直哉)。
実は3人とも、同じクラスの女委員長の松本いずみに片思いをしている。
小学校の宿泊研修を楽しみにしていた4人。ある日、宿泊研修の目的地が3枚の御札の昔話が生まれた山である事が分かる。
しかも、10年前自分達の学校の先輩がその山で失踪していた事実がわかる。
行方不明者3名のうち、一人だけ帰って来た先輩がいるという事を知り、興味本位でその人に会いに行く事を思いつく3人。
3人の意中の女の子、委員長松本いずみもその計画に興味を持ち、4人はその先輩に会いに行く事にする。
それが、恐怖の夏休みの始まりであった。
山姥が実在し、4人に危険が迫る。
4人は、信頼する大人達に助けを求めるが、その結果大事な人を失う事に、状況はどんどん悪くなる。
山姥の執拗な追跡に、彼らは生き残る事が出来るのか!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる