剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

文字の大きさ
上 下
25 / 67

025 薄い大地

しおりを挟む
 
 到着早々、帝にさらわれそうになって悪目立ちした日の夜。
 与えられた部屋にてわたしたちチヨコ組は家族水入らずでの話し合い場を設ける。
 議題は「帝ってどうよ?」である。

「えー、では、何か感じた人、挙手」

 議長役を務めるわたしがみなに問うも、一同しーん。
 ちらりと第一の天剣・勇者のつるぎミヤビに目を向けたら長女は「すみません。チヨコ母さま。とくに何も感じませんでしたわ」と恐縮している。
 五姉妹の中ではいちばんの感知能力を持つミヤビ。
 とはいえ海門イシェールでの双頭のヘビの像の例もあるから、絶対ではない。歴代の帝にとり憑き守護しているというナゾの存在。相手が意図的に気配を断っている、もしくは覚醒状態になければわからない可能性が高い。
 攻撃を仕掛けて反応を見るのが手っ取り早いのだけれども、超大国の王を相手にしてそんなマネをすれば、わたしだけでなく使節団全員の首が刎ねられちゃう。
 いきなり接近する機会を得たけれども、あの状態で何も感じないとすれば、ぶっちゃけお手あげである。
 都合よく暗殺者でもあらわれてくれたらいいんだけど、引退を目前に控えた帝を殺す意味なんてないし、狙われるとしたら次期帝位が確定しているラクシュ殿下の方。
 もしも彼女の身に何かあったらたいへん!
 神聖ユモ国および北の大陸の国々との間で交わした密約がご破算になってしまう。くれぐれも注意するようにと星読みのイシャルさまからも厳命されているし、ここから先はゆめゆめ気を引き締めないと。

「……母」第二の天剣・魔王のつるぎアンがおずおず口を開く。「なんだか薄い男だった」

 さすがは超大国の頂点に君臨しているだけあって存在感はある。威圧もある。覇気もある。なのにどこか軽い印象を受ける。見た目や雰囲気が、ではない。もっと根源的なところ、それこそ魂の厚みとでもいおうか。それを「薄い」とアンは表現した。
 これに同調するかのように、第三の天剣・大地のつるぎツツミがうなづく。

「しかりしかり、それがしも堂々とした体躯のわり目方が少なく感じました」

 帝は齢六十を超えているというからそのせいかとも思えたが、足どりはしっかりしていたし、幼女とはいえ催事用にいろいろ着飾っていたわたしの身をひょいと持ち上げてもいた。がっちりした手。膂力はたいして衰えてはいない。なのに何かが足りない。
 ツツミには対象の構造を知るチカラがある。空間把握能力によって複雑な建造物の内部を瞬時に把握する。視る目はたしかにて、ツツミがそう言うからにはやはり帝には何かが欠けているのだろう。

「是是是、まるで水でかさましされた酒」
「可可可、まるで薄められたハチミツ」

 第四の天剣・太陽のつるぎムギ、第五の天剣・月のつるぎベニオ。
 双子の末っ子たちが現帝をそう評する。なかなか辛辣にて当人には絶対に聞かせられない。

「わたしはいきなりすぎて相手をじっくり検分する余裕なんてなかったけど、みんなの話を聞く限りでは、なんともちぐはぐな印象を受けるね」

 相手の内面に潜んでいるであろう何者かを探ろうとしたミヤビ。
 あくまで外から敵の正体を見極めようとした他のみんな。
 わたしにもわずかながらに感じられたことはある。それは……。

「どうにもビビっとこなかったんだよねえ。はじめて皇(スメラギ)さまと会ったときみたいに、こう、なんていうか」

 頭のてっぺんから足のつま先までビリビリくるような、カミナリに打たれたかのような強烈な感覚。
 問答無用で首根っこを抑えつけられるような威圧。
 突出した腕を持つ武人たちが放つ綺羅星のごとく鮮烈なまばゆさ、かがやき。
 度し難い悪党がまとう底知れぬドロリとした闇色の何か。
 昇る朝陽は何度見ても感動するし、沈む夕日もまた何回見てもやっぱり感動する。
 剣の母の使命を賜ってからこっち、方々を出歩きいろんな出会いと別れの経験を積んできたわたしだけれども、なぜだかあの帝にはピンとこなかった。
 ラクシュ殿下のこれまでの言動からして、現帝を激しく憎んでいるのはまちがいない。彼女をしてそうさせるだけのことをしてきた人物なのだろう。
 善悪は別にして傑物なのはたしか。
 なのに響かない。こっちのココロにズドンとくるモノがない。

 腕を組んでわたしが「うーん」と考え込んでいると、室内にカタカタカタという異音が鳴り出す。
 卓上に置かれた鉢が小刻みに揺れていた。
 かとおもえば鉢の中の土がモコっとして、ひょっこり芽が出る。それがみるみる成長をして黄色い花弁がパッと咲く。
 姿をあらわしたのは単子葉植物の禍獣ワガハイである。自分の家の花壇に落ちていた種を育てたら、やたらとベラベラしゃべっては小躍りする花になった。まわりくどい台詞とやたらとムズカシイ言葉を使いたがるけど、ごくたまーにいいことも言う。チヨコ組の相談役みたいな存在。
 船旅の間中は潮風を嫌って、成長逆行のチカラを使って土に潜ってグースカ寝ていたけれども、ようやくお目覚めのようだ。

「あー、よく寝た」

 枝葉をのびのびするワガハイ。

「おはよう。っていうのもちょっとヘンか。いま夜だし」

 なんぞというわたしの軽口は受け流しつつ、周囲をキョロキョロ、花弁をひくひく、くんくんさせていたワガハイが不機嫌そうにぼそり。

「やれやれ、ようやくついたか。ここが南の大陸……。しかしなんとも辛気臭いところだなぁ」

 これほど美麗で栄えてる帝都をして辛気臭いとは、これいかに?

「大地の気が薄い。北方域とは真逆みたいな場所だ。うぅ、陰陰鬱鬱」

 ワガハイによれば、南の大陸はとにかくすべてが薄いのだという。大地に根を張る者たちにとっては、かなり住みにくい土地であろうということ。
 木々は茂っているし、作物もそこそこ育つ。
 ぱっと見には北の大陸産のモノとかわらない。けれども内包されている生命力というか蓄えられているチカラは雲泥の差。
 それらを指して「スッカスカの出涸らし」とまでワガハイは言い切った。そして「おおかた帝とかいう男もスカスカなのだろう」とも。
 なにやらわかるようなわからないような。
 おかげでわたしはさらに頭を悩ませることになった。
 モヤモヤを抱えたまま、帝都での初夜が悶々と過ぎてゆく。


しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

眠れる夜のお話

天仕事屋(てしごとや)
児童書・童話
子供たちが安心して聴ける 眠れるお話です。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。童話パロディ短編集

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

処理中です...