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025 薄い大地
しおりを挟む到着早々、帝にさらわれそうになって悪目立ちした日の夜。
与えられた部屋にてわたしたちチヨコ組は家族水入らずでの話し合い場を設ける。
議題は「帝ってどうよ?」である。
「えー、では、何か感じた人、挙手」
議長役を務めるわたしがみなに問うも、一同しーん。
ちらりと第一の天剣・勇者のつるぎミヤビに目を向けたら長女は「すみません。チヨコ母さま。とくに何も感じませんでしたわ」と恐縮している。
五姉妹の中ではいちばんの感知能力を持つミヤビ。
とはいえ海門イシェールでの双頭のヘビの像の例もあるから、絶対ではない。歴代の帝にとり憑き守護しているというナゾの存在。相手が意図的に気配を断っている、もしくは覚醒状態になければわからない可能性が高い。
攻撃を仕掛けて反応を見るのが手っ取り早いのだけれども、超大国の王を相手にしてそんなマネをすれば、わたしだけでなく使節団全員の首が刎ねられちゃう。
いきなり接近する機会を得たけれども、あの状態で何も感じないとすれば、ぶっちゃけお手あげである。
都合よく暗殺者でもあらわれてくれたらいいんだけど、引退を目前に控えた帝を殺す意味なんてないし、狙われるとしたら次期帝位が確定しているラクシュ殿下の方。
もしも彼女の身に何かあったらたいへん!
神聖ユモ国および北の大陸の国々との間で交わした密約がご破算になってしまう。くれぐれも注意するようにと星読みのイシャルさまからも厳命されているし、ここから先はゆめゆめ気を引き締めないと。
「……母」第二の天剣・魔王のつるぎアンがおずおず口を開く。「なんだか薄い男だった」
さすがは超大国の頂点に君臨しているだけあって存在感はある。威圧もある。覇気もある。なのにどこか軽い印象を受ける。見た目や雰囲気が、ではない。もっと根源的なところ、それこそ魂の厚みとでもいおうか。それを「薄い」とアンは表現した。
これに同調するかのように、第三の天剣・大地のつるぎツツミがうなづく。
「しかりしかり、それがしも堂々とした体躯のわり目方が少なく感じました」
帝は齢六十を超えているというからそのせいかとも思えたが、足どりはしっかりしていたし、幼女とはいえ催事用にいろいろ着飾っていたわたしの身をひょいと持ち上げてもいた。がっちりした手。膂力はたいして衰えてはいない。なのに何かが足りない。
ツツミには対象の構造を知るチカラがある。空間把握能力によって複雑な建造物の内部を瞬時に把握する。視る目はたしかにて、ツツミがそう言うからにはやはり帝には何かが欠けているのだろう。
「是是是、まるで水でかさましされた酒」
「可可可、まるで薄められたハチミツ」
第四の天剣・太陽のつるぎムギ、第五の天剣・月のつるぎベニオ。
双子の末っ子たちが現帝をそう評する。なかなか辛辣にて当人には絶対に聞かせられない。
「わたしはいきなりすぎて相手をじっくり検分する余裕なんてなかったけど、みんなの話を聞く限りでは、なんともちぐはぐな印象を受けるね」
相手の内面に潜んでいるであろう何者かを探ろうとしたミヤビ。
あくまで外から敵の正体を見極めようとした他のみんな。
わたしにもわずかながらに感じられたことはある。それは……。
「どうにもビビっとこなかったんだよねえ。はじめて皇(スメラギ)さまと会ったときみたいに、こう、なんていうか」
頭のてっぺんから足のつま先までビリビリくるような、カミナリに打たれたかのような強烈な感覚。
問答無用で首根っこを抑えつけられるような威圧。
突出した腕を持つ武人たちが放つ綺羅星のごとく鮮烈なまばゆさ、かがやき。
度し難い悪党がまとう底知れぬドロリとした闇色の何か。
昇る朝陽は何度見ても感動するし、沈む夕日もまた何回見てもやっぱり感動する。
剣の母の使命を賜ってからこっち、方々を出歩きいろんな出会いと別れの経験を積んできたわたしだけれども、なぜだかあの帝にはピンとこなかった。
ラクシュ殿下のこれまでの言動からして、現帝を激しく憎んでいるのはまちがいない。彼女をしてそうさせるだけのことをしてきた人物なのだろう。
善悪は別にして傑物なのはたしか。
なのに響かない。こっちのココロにズドンとくるモノがない。
腕を組んでわたしが「うーん」と考え込んでいると、室内にカタカタカタという異音が鳴り出す。
卓上に置かれた鉢が小刻みに揺れていた。
かとおもえば鉢の中の土がモコっとして、ひょっこり芽が出る。それがみるみる成長をして黄色い花弁がパッと咲く。
姿をあらわしたのは単子葉植物の禍獣ワガハイである。自分の家の花壇に落ちていた種を育てたら、やたらとベラベラしゃべっては小躍りする花になった。まわりくどい台詞とやたらとムズカシイ言葉を使いたがるけど、ごくたまーにいいことも言う。チヨコ組の相談役みたいな存在。
船旅の間中は潮風を嫌って、成長逆行のチカラを使って土に潜ってグースカ寝ていたけれども、ようやくお目覚めのようだ。
「あー、よく寝た」
枝葉をのびのびするワガハイ。
「おはよう。っていうのもちょっとヘンか。いま夜だし」
なんぞというわたしの軽口は受け流しつつ、周囲をキョロキョロ、花弁をひくひく、くんくんさせていたワガハイが不機嫌そうにぼそり。
「やれやれ、ようやくついたか。ここが南の大陸……。しかしなんとも辛気臭いところだなぁ」
これほど美麗で栄えてる帝都をして辛気臭いとは、これいかに?
「大地の気が薄い。北方域とは真逆みたいな場所だ。うぅ、陰陰鬱鬱」
ワガハイによれば、南の大陸はとにかくすべてが薄いのだという。大地に根を張る者たちにとっては、かなり住みにくい土地であろうということ。
木々は茂っているし、作物もそこそこ育つ。
ぱっと見には北の大陸産のモノとかわらない。けれども内包されている生命力というか蓄えられているチカラは雲泥の差。
それらを指して「スッカスカの出涸らし」とまでワガハイは言い切った。そして「おおかた帝とかいう男もスカスカなのだろう」とも。
なにやらわかるようなわからないような。
おかげでわたしはさらに頭を悩ませることになった。
モヤモヤを抱えたまま、帝都での初夜が悶々と過ぎてゆく。
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