23 / 67
023 白亜の魔都
しおりを挟む海岸沿いに設けられた超大な外壁。その一部が横に動いた。
姿を見せたのは内地へと通じる運河。
外洋を渡るほどの大きな軍船、それが幾艘も連れだった船団があっさり飲み込まれてゆく。
レイナン帝国の帝都アルシャンは小国ほどもある広大さ。内部には運河を主軸として水路が多数張り巡らされており、人と物の流れを円滑に行っている。
ゆえにここは水の都とも呼ばれている。
運河を進み内地深くへと向かう船団。
船縁から見える岸辺の景色は整然としている。
白を基調とした建物群。おそらくは白い石を用いたり、壁を白く塗ったりしてあるのだろう。
それにしても大きなお椀型の屋根が多い。
ふつうに平らな屋根をかぶせるよりも、あれを組み上げる方が何倍もの手間も技術も金も人もかかる。だというのにそんなモノがごろごろ。
ここはとてもキレイだ。それこそ「天上の神々が住まう地とか、きっとこんな風なのかなぁ」と思わせるほどに。
幻想的で美しい。だがそれゆえにどこか現実味がない。ここはあまりにもキレイに整いすぎている。
丁寧、というよりも執拗に掃き清められ、染みひとつないように白く塗られた都。
こだわりというよりかは、なにやら病的なモノを感じ肌がぞわりと粟立たずにはいられない。
そんな帝都の景色を眺めつつ、わたしは昨夜ラクシュ殿下と交わした会話を思い出していた。
シャムドともども夕食に誘われて席をともにしたのだが……。
◇
「二人には先に言っておく。これから不快なモノを目にする機会が度々あると思うが、どうか短慮な行動はつつしむように」
ラクシュ殿下からの忠告というか助言に、わたしたちは顔を見合わせる。
そりゃあ超大国だとて、いろいろあるだろう。
いや、むしろ超大国だからこそあってしかるべし。
レイナン帝国は主に四つの階級によって成り立っている。
帝国臣民。
これはそのままの意味。この国では最上位に位置しており、様々な恩恵と加護によって守られている存在。
第一等級臣民。
準独立にて政権と国主を戴くことも許されている特別自治区の人間たち。
第二等級臣民。
政権と国主の上に中央から派遣された統治官がいる属国の人間たち。
第三等級臣民。
完全に支配下に置かれ、戦線ではつねに最前線に立たされる。消耗品にてひたすら搾取されるだけの立場の人間。
帝都アルシャンには基本的に帝国臣民しか住めない。
けれどもそれでは都の運営に支障をきたす。それゆえに労働階級として他の臣民を使役している。だが待遇はまちまち。
臣下や仲間、あるいは家族の一員として手厚く遇されている場合もあるし、それこそ使い捨ての奴隷としてあつかわれている者まで。
明確な区別があり、差別があり、特権を享受する側はなんら疑問も抱かずこれを行使し、かしずく側は静々と主人の意向に従うばかり。
北の大陸、神聖ユモ国および近隣諸国では奴隷は禁じられてひさしい。
とはいえ法の抜け道があり、裏ではいろいろあるけれど。大っぴらにはやれない程度の制約はある。少なくとも後ろ暗いことをしているとの自覚があるのだ。
が、レイナン帝国の帝都ではそれがない。
極論を言えば、帝都臣民こそが殿上人。
国や文化がちがえば、考え方や成り立ちが異なるのは当たり前。とはいえ自分の中にて培われた価値観や倫理、正義などと相容れぬ事柄を前にしたとき、人はついカッとなりがち。
「それをこらえてくれ」とラクシュ殿下。
シャムドなんかは商人ゆえに、いろんなところ、いろんな客とつき合いがあるせいか、わりと平然とこれを受け入れている。
一方でわたしは内心で戸惑っていた。
ここまでの船旅。船の乗務員たちや兵士ら、あちこちの寄港地、海門イシェールなどで接した帝国の人間たちとは、わりと良好な関係を築けたと思う。
でも帝都の人間たちにはそれが通用しない。「そのことに気をつけろ」ともラクシュ殿下は仰っている。そればかりか「姿形が同じだとて中身は別物。それこそチヨコが異界で会ったという連中のようなものと考えて対処するのが妥当だろう」とまで言った。
壁の中にいるのは昆虫の羽をむしり、なんら罪悪感を抱くことなくケラケラ笑っていられる幼子のような者ばかり。
相手の吐いた言葉を額面通りに受け取らないこと。
相手の見せた笑顔を安易に信用しないこと。
相手につけ込まれないようにうかつな言動は慎むこと。
ラクシュ殿下から特に念を押されたのは、この三つ。
「もちろんまともなヤツも大勢いる。だがそうじゃないヤツもまたごまんといるんだ。だからくれぐれも慎重に行動してくれ。判断に迷ったりわからないときには、私か部下を頼ってくれればいい」
◇
昨夜の話を思い出し、わたしはハァとタメ息。
上流階級なんざ大なり小なりそういった側面を持つけど、ここの連中は極めつけらしい。
当船団は帰港後、わたしたちはそのまま凱旋祝いの式典に参列。
その場で神聖ユモ国の使節団は恭順の意を示し、そろって帝に頭をさげる。
以降、細かいことは大人同士の話し合いにて詰めていく。
わたしおよび天剣たちの身柄はいちおうラクシュ殿下預かりとなる予定。
歴代の帝にとり憑いているというナゾの存在。
はたして世界の破滅に関与している偽神ウノミタマなのか、正体が気になるところ。
もしもそうだとして、さすがに式典の場でサノミタマから預かった封魔の短剣を抜いたら大騒ぎになるだろうし。う~ん。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
おなら、おもっきり出したいよね
魚口ホワホワ
児童書・童話
ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。
でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。
そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。
やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる