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022 巨大なケモノ
しおりを挟む海門イシェールでの留め置き期間、十日を過ぎレイナン帝国本土へと向けて出発した一行。
なお出立に際してひと悶着あった。
病魔からみなを救った剣の母。その銅像を作りたいと、イシェールの責任者がいらぬことを言い出したからだ。
もちろんわたしは断った。「冗談じゃない!」
しかし彼は引き下がらない。そこでしばし押し問答の末、事態をニヤニヤ眺めていたシャムドが「だったら肖像画は? 街中に銅像を飾られるよりかはマシでしょう」と打開案を提示。
広場に自分のちんちくりんな銅像が建つよりかは、どこぞの屋内でひっそり展示されている絵の方がずっといい。
ゆえにわたしはそっちで手を打つ。
けれどもそれこそが悲劇の始まりであった。
イシェールは栄えており暮らし向きに余裕がある分、芸術面にも寛容。だから優れた絵描きも多いのだけれども……。
「だめだ。ちっとも映えない」
「くっ、どこを誇張しても不自然になってしまう」
「なんという絶妙なちんちくりん具合」
「一分の隙もない。これでは盛りようがないぞ」
「あんまりにも自然(地味)すぎて弄れるところが見当たらん」
「芸術ってなんなんだろう」
「これがオレの限界なのか? オレの絵はこんなモノなのか?」
「ハァ……。そろそろ実家に戻って稼業を継ぐかな」
至難の題材を前にして、筆を折り、膝をつき、うな垂れ、奇声を発し、自信を喪失する芸術家続出。
なにせ肖像画はそっくりそのまま描けばいいというものではない。かといって似ても似つかないほどに誇張したり装飾してもダメ。
描かれた当人がムフンと鼻を鳴らす程度には満足しつつ、見る人たちが「この絵の御方はなんだかすごいヤツっぽい」と感じる程度に貫禄を与える。その辺の絶妙なサジ加減こそが肖像画の肝。
だがこれまで彼らが培ってきたモノがまるで通用しないバケモノがあらわれた!
腕に覚えありの肖像画描きども。軒並み自慢の鼻をへし折られ意気消沈。己の非力を嘆きトボトボと背中を丸めて去ってゆく。
でもね。それを見送るばかりのわたしの方がもっとキツイから!
会う画家、会う画家、全員から「地味ジミじみじみ」言わるせいで、こっちの乙女心こそが根元からバッキバキにへし折れそうだよ!
そうして紆余曲折の末、どうにか完成した肖像画。
フタならぬ額縁にかけられてある幕をのけてみれば、絵の中では顔の部分が薄い布で隠されていた。高貴な女性とかがかぶっているアレである。
これによって「剣の母であるチヨコはやんごとなき御方」と表現しているとのこと。
苦肉の策ではある。
人は追い詰められたときにこそ真価を発揮する。
そのことをこの絵からわたしは学んだ。
イシェールの芸術家たちに幸あれ。
◇
いらぬ肖像画騒動のせいで残りの滞在期間は散々であった。
そんな苦い思い出の地、海門イシェールも早や遠い後方となりすでに姿は見えない。
わたしたちを乗せた船はズンズン進む。
次の目的地はいよいよ帝都アルシャン。
とはいえ、まずはその端っこ。
ラクシュ殿下の話では帝都はとにかく広大なんだとか。
海あり、川アリ、山あり、湖あり、森林あり、農地、酪農地、商業地、工業地……といった具合に、帝都を囲む壁の中はそこだけで完結し完成している一つの世界。
すべてがひと通りそろっており、外部との接触を断ってもぜんぜん生きていける。膨大な数の帝都臣民を養えるという話なのだが、いくらなんでもそれは誇張しすぎだろう。
ぐらいにわたしは考えていたわけだが……。
「なっ、なんじゃこりゃーっ!!!」
ようやく帝都アルシャンが見えてきて、甲板から眺めていたわたしは叫ばずにはいられい。
高く巨大な壁。近々で見上げたらたぶん首がグキリとしちゃいそうなほどもあるだろう。もはや断崖絶壁と呼んでも過言ではない。
そんなシロモノが延々と、延々と、延々と、どこまでもどこまでもどこまでも続いている。
果てがちっとも見えない。霞がかかっている。
わたしはためしに遠目の術を発動。彼方を凝視してみるも、やっぱり見えない。
とんでもない規模の建造物。本当にこれが人の手によるものなの?
あまりのことにわたしは絶句。
国の中心地を守る壁は、その国のチカラを示すもの。
これがレイナン帝国のチカラ……。何もかもがケタ違いだ。こんなの勝てるわけがない。シャムドが早々に帝国側についたのも当たり前だ。もしもわたしが彼女と同じ立場だったらきっと迷わず同じ選択をしたはずだ。
だというのに、そんなシャムドはすぐとなりで腰に手をあて仁王立ち。不敵にほくそ笑んでいる。
うわぁ、毒の華は超大なケモノを腹の中から喰いモノにする気まんまんだ。
もしかしたらわたしは帝国にとってもっともやっかいな女を連れてきてしまったのかもしれない。
どうか外来種によって環境が破壊されて在来種が駆逐されませんように。ナムナム。
心の中で手を合わせていたら、「チヨコの目にこの帝国はどう見える」と訊ねてきたのはラクシュ殿下。側近連れにて登場。
わたしは両手を広げて「おっきい」と素直な心情を吐露。
するとフッと目元を細めたラクシュ殿下。
「そうか、そう見えるか。だがな、育ちすぎたケモノはあまりの大きさゆえに、すでに己が足で立つこともままならない。自分で自分を支えられない。ただ運ばれてくるエサを貪り喰らい続けることしか出来ないんだ」
口の端を歪めてそうつぶやくラクシュ殿下の言葉に、わたしはどう返答していいのかわからない。
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