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021 ひと振りの刃
しおりを挟むぶわっとモヤが割れた。
霧の向こうから襲ってくる青の大蛇。
突っ込んでくる動きはさほど速くない。だから落ちついて対処すれば回避するだけならば問題ない。
だというのに、肝心のこっちの方がいまいち動きに精細を欠いている。
原因は視界を埋め尽くすこの白い濃霧。
「なんだこれ? 妙にカラダにまとわりついてくる」
じっとり湿り気が強い。粘性があるわけではない。なのにベタベタしてまるでクモの糸のように離れない、しつこい、うっとうしい。水の中を泳いでいるときのよう。意識と動作にわずかながらの時差が生じ、それが行動を阻害する。
場所の制約により自慢の機動力を封じられているミヤビもやりにくそう。
そして案の定、斬っても斬っても水で構成された青の大蛇はまるでへっちゃら。
ならば天剣五姉妹のチカラを結集してひと息に圧殺したいところだけれども、なにせ大蛇は二体いる。
ツツミやアンの方も、病魔の霧にやられて行動不能になっている兵士たちを守るので手一杯。これでは合流はムズカシイ。
「どうしよう、どうしたら、どうすれば……、えーと、えーと、あっ!」
じりじり追い詰められながらも必死に打開策を考えていたとき、ついにわたしはパッと閃いた。
あれは草原と戦士の国クンルンを旅したときのこと。
疑装天剣(ギソウアマノツルギ)、忌櫃(イミヒツ)、魔耶風(マヤカゼ)などが悪さをして生じた首都アルマハルでの騒乱。人心を乱し狂わせる邪風と赤い淡雪。
それらをわたしは水の才芽を使って天候を操り、癒しの霧雨を降らせることで封じた。それが可能だったのは雲もまた水が変化したモノだから。
もしかしたら同じことがこの病魔の霧にも出来るかもしれない。
「となればミヤビ、いったん上空へ」
すぐさま急上昇する白銀の大剣。霧の範囲外へと飛び出した。
敵の頭上をとったところで反転停止。
わたしは剣身にしっかりと踏ん張りつつ両腕を突き出す。十の指を目いっぱいに伸ばし、手を広げ、自身に宿る水の才芽を強く意識しつつ、眼下の病魔の霧をキッとにらむ。
左右の腕にて空間をかき混ぜるような動きにて宙に大きな円を描く。
これにあわせてゆっくりとだか、着実に霧に流れが生じた。「やった、イケる!」けど……。
「ぐぬぬぬ、お、重い」
見かけは軽い霧なのに、まるで生乾きのドロをかき混ぜているかのような感覚。おもいのほかもっさりしており強い抵抗。
うぅ、チカラを込めすぎて頭に血がのぼる。噛みしめた奥歯がギチギチとイヤな音を立てる。口の中に赤サビの味がする。りきむあまり口腔内のどこかが切れたか。
それでも手を動かし続けているとついに変化が起こる。
ゆるやかながらも渦を巻き、明確な流れが産まれ、一か所に集まりだす病魔の霧。
これによって視界がひらけていき、ついには敵味方の姿があらわとなる。
「よし、これで青い大蛇の体内にある像の位置もわかるはず」
あとはそいつをぶっ壊すだけ。
がここで二つの誤算が生じる。
ひとつは霧が晴れたおかげで、こっちからも敵や状況が丸見えとなったが、あちらさんからもわたしたちの居場所がモロばれしちゃったこと。
青の大蛇の一体が鎌首をぬぅんと持ち上げる。そのまま跳ねた。これまでのような探り探りの動きとはちがう。上空にいるわたしたちをひと呑みにせんと大口を開け猛然と迫る!
しかし病魔の霧の動きを封じることに集中していたわたしは反応が遅れた。これは避けられない!
もうひとつの誤算は、いままさにわたしとミヤビが大蛇にパクリとされる直前に起きる。
アンとツツミが相手をしていたもう一体の青の大蛇。
その身に駆け寄った小さな影ひとつ。
誰あろう軍人さん。病に蝕まれてふらつく身にもかかわらず瞬時に距離を詰めて抜刀。鞘走る神速の銀閃。両断したのは大蛇の体内をのらりくらりと移動していた双頭のヘビの像。
狙いあやまたず。刃が像を真っ二つ。
その瞬間。
「ぴぎゃっ」
鳴いた青の大蛇。二体とも即座に形を失う。崩れてバシャリと床に降った。
病魔の霧もたちまち散って消滅。
なんと! あの軍人さんってば天剣たちが手こずっていた相手をたったの一刀で倒しちゃったよ、すげー。
が、感心してばかりもいられない。
しんどいのに無理をしたものだから軍人さんがパタリと倒れてしまったんだもの。他にも病人だらけにつき、勝利の余韻なんぞに浸っている暇はない。
えらいこっちゃ。わたしはあわてて治療に入ることに。
◇
浄化作業を終え、へとへとになって帰還したわたしたち。
戦いのあとの方がたいへんだった。病人の世話だけでなく、汚染されまくった浄水場全体も掃除するはめになったから。
持ち帰った双頭のヘビの像の割れたモノ。
後日、それを前にしてラクシュ殿下が「こいつには見覚えがある」とぼそり。
かつて魔道狂いとして悪名を馳せたレイナン帝国の第四王子。
一本の呪槍を造るためだけに何万もの女たちを生贄とし、ときには発掘された古代遺物を実験と称して面白半分に解き放っては多大な犠牲を出す。第四王子のもとに集った魔術師たちや学者などが、学問と魔道の追求の名の下にどれほどの悪逆非道な実験をくり返したことか。
そんな愚兄を誅したのがラクシュであった。
「どさくさにまぎれて逃げ出した連中が持ち出した品がいくつかあってな。このヘビの像はそのうちの一つだ。資料に情報があった。だからずっと行方を追っていたのだが、やはりアイツのところに持ち込まれていたか」
アイツとは第三王子のこと。
かつてクンルン国に忌櫃を送り込んだ張本人。もっともそれを手引きしたのはロイチン商会のチャムドだけど。美貌の姉シャムドとは似ても似つかない醜悪な肉団子な双子の弟の片割れ。
この場に居合わせているシャムドにわたしはジト目を向けるも、素知らぬ顔でとぼけている。そしてロイチン商会と第三王子につながりがあったことを知っているはずのラクシュ殿下も特に触れないところを見るに、ソレはソレ、コレはコレみたい。
あの双頭のヘビの像は、滅んだ国の遺跡から発掘された品。
もとは水を清める働きを持つ魔道具だったらしいのだが、長いこと使用されているうちにあんまりにも悪いモノを貯め込みすぎたせいで、当初とは逆の作用をおよぼす呪具になってしまい封印されていた。
しかしそんな危ないシロモノを壊すでもなくわざわざとって置くあたり、その滅んだ国とかもたいがいである。
「美術品とでも偽って持ち込まれたのだろう。おおかた疾病の大規模感染を理由に、私ごとイシェールを焼き払うつもりだったんだろうが。あのバカどもがいかにも考えそうなことだ」
吐き捨てるラクシュ殿下、けれどもキツイ物言いとは裏腹に目元は笑っている。
理由は彼女の手元の文にあった。
アスラからの手紙。そこには第三王子と第八王子が自分の領地にあわてて戻ったと書かれてあるそうな。
耳の早い彼らは海門イシェールでのたくらみが不首尾に終わったと知るなり、すぐさま次の行動を起こしたらしい。
すなわち本格的な戦の準備である。
ことここに至ってはと覚悟を決めた模様。
にしても、だ。
「その行動力をべつのところで活かせばいいのに、あきれた!」
わたしが率直なところを口にすると、シャムドと軍人さんはウンウンうなづき、ラクシュ殿下は苦笑い。
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