剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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015 男坂

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 新品には新品の良さがあるが、使い古された品には重ねてきた歴史のぶんだけ情緒が宿る。それはもう理屈ではない。おのずとにじみ出る存在感。それでいてけっして周囲から浮くわけでもなく。ゆっくりじっくり熟成された調和。
 その気になればマネはデキるだろう。けれども上っ面だけにて底が浅く、風味も雑味が混じってざらつきが残る。これらをとりのぞくのには時間をかけて静かに沈殿させるしかない。
 海門イシェール、その前身となる小島は三百年ほどの昔から人が住んでいたという。
 ただし、定住していたわけではなくて、漁師や船乗りたちが波の荒れたときに避難する場所として利用していただけのこと。
 これが本格的に開発されたのが百二十年ほど前のこと。
 内地だけでなく海洋進出をも視野に入れはじめた当時のレイナン帝国が行った。
 神聖ユモ国が千年の歴史を誇る華の聖都からすれば、百年っぽっちなんてほんの毛が生えたばかりの赤子みたいなモノ。だけど、だからこそ、ここには落ちつきとともに活気が融和して存在している。
 どっしり落ちついているのによどみがない。
 絶えず流動しており、それゆえにいつも新鮮な風が吹いている。
 とどのつまり、年代的にはちょうどいい頃合いということ。

 なだらかなのぼり坂。
 道幅こそはあまり広くないけれども、六角形に加工された平たい石を敷き詰められており、路面が美しい。
 道の左右に崖か壁のごとく立つ建物たち。隣同士の隙間はほとんどない。窓や扉の大きさや形がまちまち。てんでバラバラなのはいろんな建築様式が混じっているから。街全体がつぎはぎだらけ。けれども繋ぎ目がまるで想い入れのある古傷のように違和感なく馴染んでいる。
 ふと見上げると切り取られた空が青い。まるで自分が谷底にでもいるかのような感覚になる。
 しかしふしぎと圧迫感はない。

「なんというか……、絶妙なきゅうくつ具合?」

 わたしが街並みをそう称すると案内役の人がうれしそうに「ありがとうございます」と礼を述べた。
 わたしたちチヨコ組は現在、海門イシェール内をぶらついている。
 ラクシュ殿下からは、本土に上陸する前にここで十日ばかり滞在するので、その間は好きに過ごしてかまわないと云われている。
 そこでさっそく異国の街ブラを満喫中。いちおう宿舎からの出がけにシャムドにも声をかけたんだけど断られた。シャムドはここでも独自に動くそうで、いつものように別行動。
 うーん、その姿がわたしにはせっせと巣を張るクモのように見えなくもない。

 ちっとも揺れない足下のありがたみをかみしめつつ、街を歩く。
 適当な店に入っては見たことのない品々をしげしげ眺め、露店で揚げ物を買い食いしては新たな味との出会いにじ~んと感動、道行く人たちの服装にキョロキョロ、そしてやたらと存在する階段やら段差にちょっと辟易。
 なにせこの人工島ときたら中央の尖塔を頂点とした山っぽい形をしているものだから。
 限られた土地の中で空間を有効活用しようとおもったら、どうしても上へ上へとのびることになる。だから階段が多用されるのもまたしようがない。
 それとてもちゃんと工夫がされてある。一段一段の幅を広く、あまり高くなりすぎないように、傾斜が急にならないようにとの配慮がされているし、所によっては手すりなんかも設置されてあるし。
 とはいえ、ちんまい身ではちょっとたいへんかも。

「あんまり太った人がいないのは、そのせいか……」

 ここで暮らしていたら、日々の生活に階段運動が自然と付随するのでお腹に駄肉を貯め込んでいる余裕なんてなさそう。
 わたしが額の汗をぬぐいながらそうもらすと、案内役の人がクスクス笑った。
 そんな案内役の人が「とっておきの場所があるんですけど、どうしますか」と誘ってくれた。
 彼のご厚意をありがたく頂戴したものの、わたしはそのとっておきの場所を前にしてちょっと後悔。
 だって細い階段がカクカクしながら、ずっと上にまで続いているんだもの。
 二百、いや、三百段はあるかも。マジかぁ。

「ちょっとたいへんですけど苦労した分だけの価値は保障します。階段をのぼり切った上からだと、街や港を一望できるんですよ。中央の尖塔は許可がないとのぼれませんが、ここは誰でも出入りが自由ですから」

 地元っ子で新しく付き合いだした恋人たちならば、必ず一度はここを訪れる。
 そして暮れなずむ街の景色を二人で眺めてうっとり肩を寄せ合って……。
 まぁ、それだけ雰囲気がいい場所ってこと。
 ちなみに島の中央にある尖塔は重要拠点にて、いくつもの役割を担っているそうな。
 夜の海に燦然と輝き船乗りたちを導く灯台、時刻を報らせる鐘つき堂、外敵や異変を察知するための見張り台、地下水をくみ上げて供給する浄水施設、それから防衛用の魔道具も設置されている。それゆえに一般人は立ち入り禁止。
 もしかしたらわたしが特権を行使して頼めば見学させてくれるかもしれない。
 けどそういうのってちょっと感じ悪いよね? いちおうは国の特使の一員として訪問しているのだから、それに恥じない行動をとらないと。
 と、いうわけでえっちらおっちら階段をのぼる。
 ミヤビに乗ってビューンと飛んでもよかったんだけど、それだときっといろいろ台無しになる。

「ふぅふぅふぅ、とはいえこれはなかなか値打ちがある。山とか森とちがって地面が固いから足や腰にけっこうくるね。そりゃあこんな試練を乗り越えたら、男と女の仲もぐっと縮まるはずだよ。でも場合によっては逆に作用することもあるんじゃあ……」

 しんどい時、苦しい時ってその人の本性がチラリ。
 そこでやさしく手を差し伸べたり、励ましの声をかけたり、気遣いができれば合格だけれども、不機嫌顔でチッと舌打ちとかされたら、一瞬で気持ちが冷めることであろう。
 階段をのぼりながら、わたしがそんな話をしたら案内役の人が「じつはそうなんですよ」とにへら。

「たしかにそういうことはありますね。ですから女性たちの一部はここを『男坂』と呼んでいる人たちもいるとか」

 いざというときの言動をつぶさに観察し、相手の漢気を推し量る試練の地。
 ヤバい。どうしよう……。
 もしもとある男女が破局する場面とかに行き当たったら、わたし、笑うのをガマンできるのかしらん。こらえきれずにプププとかしちゃいそうで、ちょっと心配。

  ◇

 いけない期待半分、ドキドキ心配半分にて男坂をのぼり続ける。
 はや中腹に到着。幸か不幸か、いまのところモメる男女には遭遇していない。
 そこは少しひらけた場所にて長椅子なんかも設置されていた。
 で、「どっこらしょ」と腰をおろしてひと休み。
 ここからでもなかなかの景観。感心しつつ眼下にて街並みをぼんやり眺めていたら、遠くの路地より姿をあらわしたとある母子。ここからだと距離があるのでひと差し指ぐらいの大きさにしか見えない。
 お母さんに連れられて女の子がお買い物、といった様子。
 微笑ましい光景にほっこり。疲労でささくれがちだったココロもたちまち癒されるというもの。
 なのにそのお母さんが急によろけて膝をついちゃった!
 わたしはすぐさま水の才芽を用いる。「見えろ視えろ観えろえろえろ」と念じて遠目の術を発動し状況を確認。
 …………っ! 
 倒れた母親に幼子がとりすがって泣いている。

「ミヤビっ!」

 声に応じてすぐさま帯革内より飛び出した白銀のスコップ。
 ピカッと光って本来の大剣の姿となったところで、わたしは飛び乗った。


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