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013 ここだけの秘密
しおりを挟む寄港地を出立し、ふたたび船上の人となったわたしこと剣の母チヨコ。
大人たちはみんな仕事があるから、なんだかんだとせわしなく過ごしている。
そいつを尻目にわたしはのんびり釣り糸を垂らしている。
なお竿は持ってなかったので第三の天剣・大地のつるぎツツミで代用。でもって糸は第五の天剣・月のつるぎベニオががんばってくれている。エサはわたし所有の保存食の干し肉。森の暴れん坊との異名を持つ銅禍獣の鎧熊(ヨロイグマ)の肉を加工したモノ。味はともかく日持ちがして腹持ちがよく、そしてアゴの鍛錬にもってこいの品。
しかしいまのところピクリとも反応なし。
アタリがまったくない。
まぁ、けっこうな速度で進んでいる船なので並みの魚では追いつけないのかも、もしくは恐れて近寄ってこないか。
わたしが大あくびをしていると、近寄って来たのはラクシュ。
本国から緊急の連絡があったとかで、朝からずっと側近らと会議をしていたのがようやく終わったらしい。
でもって「何かあったの?」と心配したら、彼女は肩をすくめながら「べつに。追い詰められたネズミどもがあわてているだけだ」と言った。
意味がわからずわたしは首をかしげる。
「あぁ、すまん。ネズミというのは三番目と八番目の兄たちのことだ」
レイナン帝国の王族は生まれ落ちた時から、次期帝位を目指す血の抗争へと否応なしに放り込まれる。
その苛烈な競争を駆け抜け、最後の曲がり角までこれた者たちはほんのわずか。
しかし直線へと出たところでいっきにラクシュに引き離された二人の兄。
もはや自力での巻き返しは不可能。
かくして勝敗は決したわけなのだが、すぐ目の前、手をのばせば届きそうなところに帝位がある。欲しくて欲しくてたまらなかったシロモノ。
それをスパッと諦められるぐらいならば、こんなところまで死に物狂いで走り続けたりはしない。
ならばどうすればこの局面を打開できる?
答えは簡単だった。昨日の敵は今日の友。切磋琢磨してきた強敵と手を結ぶこと。
つまり次期帝位第一位のラクシュを追い落とすために、第二位と第三位がガッツリ組んだ。邪魔者を排除し、あらためて雌雄を決しようという算段。
とんでもない話をさらりと口にしたラクシュ。
聞かされた方のわたしが「ええーっ!」
だってこれってけっこうたいへんなことだよね。
しかしラクシュは平然としたまま。船縁に背を預けて海風を楽しんでいる。
「心配はいらない。どうせこのままおとなしく引き下がるとは思っていなかったからな。私が本国を離れたら動き出すことは容易に想像できた。だからそのための対抗手段はちゃんと用意してきた」
「対抗手段?」
「ふふっ、アスラだよ」
アスラとはレイナン帝国の二十三番目の王子。藍色の髪と瞳を持つ偉丈夫だけど、ちょっとオレさま節が鼻につく自惚れ屋さん。まぁ、自惚れるだけあって直剣と短剣の二刀流の剣術は相当な実力。クンルン国の大練武祭にて外部枠の予選会を勝ち上がり、本選出場を果たしたばかりか優勝候補と善戦さえしてみせ、その未完の大器ぶり、将来性の高さを観衆に強く印象づけたものである。
ちょっと無鉄砲なところがあるけれども、仲間想いの一面があったり、義理堅かったり。クセは強いけで妙に味がある人物。
わたしとは、かつてクンルン国にある試練の迷宮にいっしょに潜った仲。
「あの子はクンルン国から戻って変わったよ。彼の地にてよほどいい経験をしたらしい。ヤンチャぶりは相変わらずだが、ずいぶんと頼もしくなった」他の兄弟の話をするときとはちがって、とてもやさしい目となるラクシュ。「おかげで安心して後事を託せる」
話を聞いて「へー、アスラのヤツ、ちゃんとがんばってるんだぁ」と友の成長に感心しつつも、わたしは「うん?」となる。
えーと、後事を……託す?
留守の間のことを任せる、じゃなくて?
いまのはいったいどういう意味なのかしらん。
真意を測りかねてわたしがキョトンとしていたら、ラクシュは「自分は露払いに過ぎない」とぼそり。
「帝国を蝕む負の連鎖を止め、できる限りキレイに地ならしをし、後顧の憂いを断ってから帝位を弟に譲る」
きっぱりとした断定。つもりだとか、予定の話ではない。つまりこのことは彼女の中ではすでに決定事項であるということ。
いきなりの爆弾発言。
わたしはどう反応していいのかわからず、オロオロ。
それにはかまわずラクシュは言葉を続ける。
「あの子はいい王さまになる。宿った『覇王』の才芽もそうだが、ヴルスをはじめとして師や部下、友人知人にも恵まれている。不思議とあの子の周りにはよき人材、縁が集まるんだ。だから大丈夫。きっといい御世を築いてくれるはずだ」
まるで彼女には確信があるかのよう。
人差し指を口元にあてて、ラクシュが片目をつむってにやり。
「とはいえまだ少しばかり先の話になるだろう。だからここだけの秘密にしておいてくれると助かる」
そんなこと念を押されるまでもない。こんな重大な暴露話、いったいどこで誰にしろと?
わたしはひたすら首を上下させ唯々諾々。
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