13 / 67
013 ここだけの秘密
しおりを挟む寄港地を出立し、ふたたび船上の人となったわたしこと剣の母チヨコ。
大人たちはみんな仕事があるから、なんだかんだとせわしなく過ごしている。
そいつを尻目にわたしはのんびり釣り糸を垂らしている。
なお竿は持ってなかったので第三の天剣・大地のつるぎツツミで代用。でもって糸は第五の天剣・月のつるぎベニオががんばってくれている。エサはわたし所有の保存食の干し肉。森の暴れん坊との異名を持つ銅禍獣の鎧熊(ヨロイグマ)の肉を加工したモノ。味はともかく日持ちがして腹持ちがよく、そしてアゴの鍛錬にもってこいの品。
しかしいまのところピクリとも反応なし。
アタリがまったくない。
まぁ、けっこうな速度で進んでいる船なので並みの魚では追いつけないのかも、もしくは恐れて近寄ってこないか。
わたしが大あくびをしていると、近寄って来たのはラクシュ。
本国から緊急の連絡があったとかで、朝からずっと側近らと会議をしていたのがようやく終わったらしい。
でもって「何かあったの?」と心配したら、彼女は肩をすくめながら「べつに。追い詰められたネズミどもがあわてているだけだ」と言った。
意味がわからずわたしは首をかしげる。
「あぁ、すまん。ネズミというのは三番目と八番目の兄たちのことだ」
レイナン帝国の王族は生まれ落ちた時から、次期帝位を目指す血の抗争へと否応なしに放り込まれる。
その苛烈な競争を駆け抜け、最後の曲がり角までこれた者たちはほんのわずか。
しかし直線へと出たところでいっきにラクシュに引き離された二人の兄。
もはや自力での巻き返しは不可能。
かくして勝敗は決したわけなのだが、すぐ目の前、手をのばせば届きそうなところに帝位がある。欲しくて欲しくてたまらなかったシロモノ。
それをスパッと諦められるぐらいならば、こんなところまで死に物狂いで走り続けたりはしない。
ならばどうすればこの局面を打開できる?
答えは簡単だった。昨日の敵は今日の友。切磋琢磨してきた強敵と手を結ぶこと。
つまり次期帝位第一位のラクシュを追い落とすために、第二位と第三位がガッツリ組んだ。邪魔者を排除し、あらためて雌雄を決しようという算段。
とんでもない話をさらりと口にしたラクシュ。
聞かされた方のわたしが「ええーっ!」
だってこれってけっこうたいへんなことだよね。
しかしラクシュは平然としたまま。船縁に背を預けて海風を楽しんでいる。
「心配はいらない。どうせこのままおとなしく引き下がるとは思っていなかったからな。私が本国を離れたら動き出すことは容易に想像できた。だからそのための対抗手段はちゃんと用意してきた」
「対抗手段?」
「ふふっ、アスラだよ」
アスラとはレイナン帝国の二十三番目の王子。藍色の髪と瞳を持つ偉丈夫だけど、ちょっとオレさま節が鼻につく自惚れ屋さん。まぁ、自惚れるだけあって直剣と短剣の二刀流の剣術は相当な実力。クンルン国の大練武祭にて外部枠の予選会を勝ち上がり、本選出場を果たしたばかりか優勝候補と善戦さえしてみせ、その未完の大器ぶり、将来性の高さを観衆に強く印象づけたものである。
ちょっと無鉄砲なところがあるけれども、仲間想いの一面があったり、義理堅かったり。クセは強いけで妙に味がある人物。
わたしとは、かつてクンルン国にある試練の迷宮にいっしょに潜った仲。
「あの子はクンルン国から戻って変わったよ。彼の地にてよほどいい経験をしたらしい。ヤンチャぶりは相変わらずだが、ずいぶんと頼もしくなった」他の兄弟の話をするときとはちがって、とてもやさしい目となるラクシュ。「おかげで安心して後事を託せる」
話を聞いて「へー、アスラのヤツ、ちゃんとがんばってるんだぁ」と友の成長に感心しつつも、わたしは「うん?」となる。
えーと、後事を……託す?
留守の間のことを任せる、じゃなくて?
いまのはいったいどういう意味なのかしらん。
真意を測りかねてわたしがキョトンとしていたら、ラクシュは「自分は露払いに過ぎない」とぼそり。
「帝国を蝕む負の連鎖を止め、できる限りキレイに地ならしをし、後顧の憂いを断ってから帝位を弟に譲る」
きっぱりとした断定。つもりだとか、予定の話ではない。つまりこのことは彼女の中ではすでに決定事項であるということ。
いきなりの爆弾発言。
わたしはどう反応していいのかわからず、オロオロ。
それにはかまわずラクシュは言葉を続ける。
「あの子はいい王さまになる。宿った『覇王』の才芽もそうだが、ヴルスをはじめとして師や部下、友人知人にも恵まれている。不思議とあの子の周りにはよき人材、縁が集まるんだ。だから大丈夫。きっといい御世を築いてくれるはずだ」
まるで彼女には確信があるかのよう。
人差し指を口元にあてて、ラクシュが片目をつむってにやり。
「とはいえまだ少しばかり先の話になるだろう。だからここだけの秘密にしておいてくれると助かる」
そんなこと念を押されるまでもない。こんな重大な暴露話、いったいどこで誰にしろと?
わたしはひたすら首を上下させ唯々諾々。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
おなら、おもっきり出したいよね
魚口ホワホワ
児童書・童話
ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。
でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。
そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。
やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる