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006 寄港地
しおりを挟む船に搭載されている禍獣避けの魔道具。
ミヤビに気配を探ってもらったところ。
「なんだかミチミチしてウゴウゴしていますわ」
そのミチミチとウゴウゴの正体についてどうしても気になったわたし。さっそくラクシュに問い質そうとしたが途中で考えをあらためてやめた。
だって、もしも自分が考えた通りだったとして、それからどうするの?
ここは危険な禍獣たちが蠢く大海原の真っ只中。
望むと望まざるとにかかわらず、安全に旅を続けるにはあの魔道具に頼るしかない。たとえそれが忌まわしい狂気の産物だとしても。
ただしシャムドにだけは打ち明けてある。浮かない顔をしていたら問い詰められて、あっさり白状させられた。
で、シャムドもわたしと同じで意見で「黙っていなさい」と言った。「たぶん殿下に訊いたところで教えてくれないわ。ガッツリ軍事機密っぽいし。それに……」
使い方次第では社会を変革させる。現在の物流の形を破壊し、大航海時代の幕を開けかねない技術。
シャムドはそれゆえに慎重に対処すべし、との考え。
出所や由来、開発された目的やら手段にかかわらず、有益だと判断されたら大衆はそれを求め群がる。シレっと不都合な真実には目をつむり、にっこり微笑みながらおいしい結果だけを甘受する。
だから中身が本当にヤバいシロモノならば、なおのことあつかいには気をつけたほうがいい。
人、金、物、それらを巡ってのあれやこれやをしこたま見てきたシャムド。彼女から脅しともとれる忠告を受けて、わたしはコクコクうなづくしかなかった。
とはいえ、いったん気になり出すとどうしても意識してしまう。
これまでわりと快適だった船旅がとたんに居心地の悪いものとなり、わたしのお尻のあたりはいつももぞもぞ、なにやら落ちつかない。
だからココロを落ちつかせるためにも、本当は土イジリがしたいんだけど、あいにくとここにそんなモノはない。
だからモヤモヤが強いときには一心不乱に拳をふるって汗をかく。
頭を空っぽにして、カラダを酷使していれば余計なことを考えずにすむ。
「シュッシュッ、シュッシュッ……左、右、左、右、深く踏み込んでかーらーの幻の左、そして続けて必殺の右の手刀っ!」
するとある日のことだ。
いつものように拳をふるっていたら。
パァン!
小気味よい音が鳴った。
突如として目の前の何もない空間がはぜた。
手には見えない板みたいなのをぶち抜いたような感触。
フム。これは……どうやらわたしの拳は次の段階へと至ったらしい。
◇
水平線の彼方、船団の行く手に島が見えてきた。
二つの小さなコブに挟まれる大きなコブのような形をした絶海の孤島。小さな男の子のアレに似ているけれども、そのことはあえて口にすまい。しかしよく似ている。
北と東西は険しい岸壁やら岩礁地帯にて天然の要害となっている。
そして南側にまわったとたんにお目見えするのが、石で組まれた港湾と街。
この島はもともと無人だったのをレイナン帝国が寄港地として接収、開発したもの。
北と南の大陸の間には広大な海が横たわっており、行き来をするのに補給は必要不可欠。ましてや大勢の人間が乗っている船団ともなればなおのこと。それゆえにいかに補給手段を確保するのかは最重要課題となる。
レイナン帝国は都合のいい島があればこれを接収し、なければ城塞島カイリュウのように自ら足場を組み橋頭保を築き、航路をつぎ足しつぎ足し。着々と侵略の手をのばしていたのである。
でも、そのおかげでわたしはひさしぶりに陸地の恩恵にありつけるわけだ。
さすがに船団の船を一斉に寄港させるのは無理なので、補給と休憩がてら順番に。それゆえにこの島で三日ほど滞在予定。
しかし特別枠のわたしには関係ない。ある意味主賓みたいなものだし。
なので特別は特別らしくさっさと島にペイっと放りだされる。
「ちょろちょろされても邪魔なので、しばらく好きにしてかまわない」
ラクシュ殿下より告げられた。気心が知れるほどに、心なしかあつかいがぞんざいになってきたような……。
同じように船から降ろされたシャムド。彼女の方は「港町の方をぶらついてくるわ」と日傘片手にふらりと消えてしまった。おおかた散歩がてら市場調査でもするのだろう。
だったらいっしょに連れて行ってくれればいいものを。仕事女はけっこう冷たい。胸が大きな女は情が深いとか、まえにポポの里の衛士ロウさんがいってたけど、アレはウソだね。むしろ乳や尻に養分をとられて情が薄まっているのにちがいあるまい。っていうか、その説は老人の哀れな願望なのだろう。
◇
わたしは桟橋周辺をぶらぶら。
遠い異国の港町。けっこうドキドキするはずなのに、いまいち気分が盛り上がらないのは、ここに情緒が欠片もないせい。
必要に迫られて造られた場所は、機能優先。
それによってどこか全体の雰囲気が淡泊にて、風土とか文化のニオイがまるでしない。
アンにいわせると「……ちっとも香ばしくない」とのこと。
わたしも同意見にて見知らぬ街角を歩いていても、まるでココロが踊らない。
通りや港にはいろんな肌や容姿の人が入り交じってはいるけれども、表情やら態度からして率先してこの島にやってきたというよりは、無理やりに配置された感がありあり。
つまりここの住人たちは、あくまで寄港地に付属する要員にすぎないということ。
もちろん、なかには将来性を見越し、あえて自らこの環境に飛び込んできた者もいるのだろうけど、たぶんそれはほんのごく一部にすぎないのだろう。
そしてシャムドのお目当てはきっとそういった人たち。
防波堤の上に立ち潮風を受けながら「うーん」と背伸び。
ついでに腰に手をあてグイグイえび反り。背筋をのばしていたら、ちらりと目に入ったのが島の中央にてデデンとそびえ立つ山の勇姿。
その頂上付近にてキラリ。
「うん? いま何かが光った」
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