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005 船の秘密の禁忌
しおりを挟む順調な船旅のさなか。
あてがわれた広い部屋にて、本来の姿に戻っている天剣五姉妹ともどもまったりした時間を過ごす。
窓からぼんやり水平線を眺めていたら、彼方にて何かがピシャンと跳ねた。ほんの一瞬の出来事。
わたしはすぐさま目を凝らし水の才芽を使って遠見の術を作動させる。
しかし何の姿も発見することはできなかった。
「いまのはなんだったのかな、大きな魚?」小首をかしげつつ、その時わたしはふと思った。「あれ……、そういえばこの船団ってばどうしてちっとも禍獣に襲われないんだろう」
大海原にて隠れるところはどこにもなし。
空の禍獣からすれば、丸見えどころの話ではない。
とはいえ、いかにツバサを持とうともずっと飛び続けられるわけじゃない。ときにはカラダを休める場所が必要となるので、あまり外洋にはあらわれないのかも。
でも海の禍獣はちがう。
なにせ水の下は彼らの世界。
わたしが知っている海の禍獣といえば、気性の荒いサメの銅禍獣オオミフカ、でっかい海ヘビの銅禍獣ミズチ、あとは海の悪夢と恐れられる超大なイソギンチャクの金禍獣の大喰らい。
どれもこれも大型種。
陸地から遠ざかるほどに海の禍獣たちは、より強大に、より狂暴になるといわれている。
そんなモノがうようよしている弱肉強食の海域があったればこそ、北と南の大陸は長らく接点がとぼしく独自の発展を遂げてきたのだ。
だがレイナン帝国の船はそんな危険な海を越えてわたしたちのところにまでやってきた。それも大軍勢を乗せた船団を組んで。
よくよく考えたら、これはおかしな話である。
船の数に禍獣たちがビビったとも推察されるが、少なくともあの大喰らいがそんなことで怯むとはとても思えない。
むしろ「エサがこんなにたくさん、やったね!」と喜んで丸呑みしてしまいそう。
なにせあれは天災級。産み出す大渦の潮流は天剣であるミヤビのチカラをもってすら逃れることかなわず。わたしともどもあっさり飲み込まれたことも、いまとなっては懐かしい思い出。
だからこそ断言できる。
「いくら強力な武装をしているからって、あんなのに襲われたらどうしようもない」
わたしが疑問を口すると、勇者のつるぎこと白銀の大剣である第一の天剣ミヤビも「たしかにヘンですわ」と同意。
「……くんくん、なにやら香ばしい秘密のニオイがするっぽい」魔王のつるぎこと漆黒の大鎌である第二の天剣アン。
「でしたら母じゃ、それがしにおまかせあれ」大地のつるぎこと蛇腹の破砕槌である第三の天剣ツツミ。
ツツミ、さっそく自身の能力である空間把握能力にて船体を調べる。
ちょんと小突けば反響音で非破壊検査が実行され、たちまち情報があがってくる。
で、船体にいくつか奇妙な箇所があることがわかった。
「これは……、反応がかえってこない。ひょっとして吸収された?」
場所は船首、船尾、船底の竜骨、帆柱、それから魔道機関が積んである動力部。
どれも船にとっては大事なところ。
そこに奇妙な反応があるということは、きっとたまさかということはあるまい。
「是、かあさま、突撃探検」
「可、かあさま、探検突撃」
これはもう行ってみるしかあるまい。
麦わら帽子である第四の天剣・太陽のつるぎムギ、これに付随している赤い飾り紐である第五の天剣・月のつるぎベニオ、双子の末っ子たちが「はやくはやく」とはしゃいでいる。
「とはいえ、さすがに動力部は立ち入り禁止だよねえ。それに船底も厳しいか。だったらいつも自由にさせてもらっている甲板に向かうのが妥当か」
かくしてわたしたちはそろって出かけることにした。
そのさいにわたしは室内の棚の上に置かれてある鉢に声をかける。
「ワガハイはどうする?」
すると土からモコっと芽が顔を出したものの、左右にひらひら。
「ワガハイ潮風はちょっと。それに眠いからやめとく」
ここのところ彼はつき合いが悪い。
単子葉植物の禍獣ワガハイは、実家の花壇に落ちていた種から育てたもの。
まん丸黄色い花が雑学をくっちゃべっては、ゆらゆら踊る。成長逆行やら声マネとかいろいろ芸達者だけど、基本的には人畜無害な存在。
でも腐っても陸の植物であるからして、海とはあまり相性がよろしくない。塩害が怖いんだそうな。
そのせいもあってか、ここのところワガハイは鉢にもぐってよく寝ている。
さすがに寝すぎなので心配したら「寝る子はムキムキに育つ」とのこと。そのわりにはちっとも大きくならない。ずっとひょろっちいまま。わたし同様に成長がピタリと止まってしまっている。
毎日、わたしの才芽入りの水をたらふく飲んで、土の才芽の恩恵もたっぷり与えているのにも関わらず、である。
そのことからして「これ以上の成長はないのでは?」とわたしはにらんでいるけれども、あえて当人には伝えていない。
いずれ自分で気づくだろう。これはわたしのやさしさ。それまでせいぜいいい夢みろよ。
◇
甲板に出て船首部分へと向かう。
船首部分には獅子頭の像が設置されてある。いまにも噛みつかんばかりの形相。レイナン帝国の次期女帝が乗る旗艦を飾るのにふさわしい猛々しさと雄々しさ。
うちの神聖ユモ国では船首に風の精霊を模したものや女神像などを飾るのだが、レイナン帝国では獣の頭が主流。これは神の存在を否定し信仰を拒絶する国の在り方ゆえらしい。
で、船縁から身を乗り出し獅子頭をしげしげ眺めていたら、近づいてきた船乗りのひとり。
何やら危なっかしくって見ちゃいられないと声をかけたそう。
そんな彼の親切心につけ込んでわたしは「ねえねえ」
例のことについてたずねてみる。
するとあっさりナゾはとけた。
「あぁ、そいつは禍獣避けのことだな。特別な魔道具にてどういった理屈かは知らないけど、連中が誤認するらしくって襲ってこなくなるって話だ」
ある種の認識阻害の道具らしい。
効果はごらんのとおり。とっても役に立っている。
しかしこのことを教えてくれた彼は、こうも言っていた。
「ただしこれだけすごい魔道具だというのに誰が作ったとか、出処がよくわかっていねえ。ウワサでは帝が極秘裏に開発させていたって話だけど」
魔術師が心血を注いで開発されるのが魔道具。
とても便利だけれども、けっして安価なシロモノではない。
そして効果が高ければ高いほどに、使えれば使えるほどに、制作には手間やら技術に希少素材などがたんと必要にある。
禍獣避けの話を聞いたとき、わたしが思い出したのはかつてパオプ国で遭遇した黒い槍のこと。
数多の女たちを生贄にして作られた狂気の産物、よろずめの呪槍。
あれもまた強力な魔道具。
「まさか……」
自分が何に身を預けているのかを想像しゾクリ。
わたしはサーッと血の気が失せていくのを感じつつ、ただ立ち尽くす。
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