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004 海路にて
しおりを挟むレイナン帝国へと向かう船団。
神聖ユモ国の領海である南海を出て外洋へと入ったところで波の当たりが強くなる。船体の揺れもややキツクなった。けれども大きな嵐などに巻き込まれることもなく、危険な禍獣と遭遇することもなく、いまのところは順調である。
朝の甲板にて「おいっちに、おいっちに」と固まった関節や筋肉をほぐしてから、日課の運動を始めるわたしことチヨコ。
ちょこちょこ船旅を経験して学んだのは、海の上では「体調管理が大切」ということ。
油断するとすぐに怠け虫が顔を出してのんべんだらり。そのままずるずるグータラの沼へと引きずり込まれてしまう。こいつがねっとりしており、一度ハマるとなかなか抜け出せなくなるからたいへんなのだ。
白銀のスコップ姿から本来の白銀の大剣となった第一の天剣・勇者のつるぎミヤビ。
宙に浮かぶ彼女。その寝かせた剣身にてわたしは仁王立ち。ぐらぐら適度に揺れる足下にて振り落とされないように体の均衡を保つ。
たったこれだけで足腰のみならず体の芯が鍛えられる。
そんなわたしの姿をお尻をさすりながら、恨めしげに見ている者がいた。
商連合オーメイにて躍進目覚ましいロイチン商会。そこの女会長シャムド。美貌と知略を武器に海千山千の商業界に咲く一輪の毒の華。
すれちがった殿方の大半が思わず二度見するほどに美人で華麗だ。
ただし可憐でもなければ儚くもない。見た目に反して中身はバリバリの雑草魂の持ち主。老獪な商人たちをやり込め、灰色の領域をスイスイ涼しい顔で泳ぎ、黄金のランプに封じられていたバクメ神をも手玉にとり、散々に使い潰してポイ捨てした実績を持つ女性。
このたび、わたしがレイナン帝国へと赴くにあたって助っ人として頼ったのが彼女。
シャムドや彼女の弟たちが率いるロイチン商会とはいろいろあった。
敵か味方かと問われれば、敵だったとわたしは即答するだろう。
でも、敵対していたからこそわかることもある。
世の中には単純なチカラだけでは勝てない相手がいる。強さにもいろんな種類がある。
自分にはない部分をわたしはシャムドに求めた上での招聘。
「あいたたた……」とシャムド。
彼女はわたしがミヤビと運動をしているところに顔を出し、腰のくびれと下っ腹によく効くとの話を耳にしたとたんに目の色を変えた。
「ちょっと私にもやらせて! ここのところ体がなまってるから」
船旅が始まってからこっち、シャムドはあてがわれた船室にほとんどこもりっぱなし。
潮風にてお団子頭に結ってある深緑色の髪がベタついたり、海のキツイ陽射しにて白い肌が焼けるのを嫌ったこともあるが、それだけじゃない。
来たるべき戦に備えて、何やら大量の書類やら資料と格闘しているらしい。
商魂たくましい彼女は、これを機にレイナン帝国の内部深くに食い込む気まんまん。
もしも成功すれば、商連合オーメイにおいてロイチン商会の地位は不動となるだろう。いいや、それどころの話ではない。きっと北の大陸随一の大商人になることだって夢じゃない。
で、そんな野心家のシャムドだが、ものの見事にミヤビから落っこちてお尻を強打した。
しかし被害は軽微。おっぱい同様にたわわなデカっ尻が衝撃をボヨヨンと受け止めた。おかげで大事には至っていない。
もしもわたしだったら尾てい骨を打って、お尻がパカンと割れて、悶絶必至であったことであろう。
これが持つ者と持たざる者との格差。
ちっ、もげればいいのに。
一方でわたしはいつもミヤビに乗剣してびゅんびゅん飛び回っているから、すっかり慣れたもの。フフン、余裕余裕。
わたしのドヤ顔にシャムドの右のこめかみあたりがヒクヒク。
「どうしてそんな不安定なところに平然と立っていられるのよ? うーん、やっぱり体に余計なモノがついていないぶん、チヨコは身軽なのかしらん」
失礼なことをほざきながらシャムドが組んだ腕にて胸を持ち上げる。そのひょうしに魅惑の谷間がぷるるん。
ちなみに今回の旅が始まってからこっち、もういろいろめんどうくさいので、とっくに呼び捨てのタメ口でのやりとりになっている。すでにお互いの本性はわかっているから、いまさら体裁を整える必要もない。年齢差を考えればこちらが敬語を使うのが筋なれど、それは不要とシャムド自身がきっぱり拒んだ。だから公の場所以外では、すっかりあけすけの関係となったわたしたち。
シャムドの言い草にカチンときたはわたしは「ちがうね。きっと若さだよ」とやり返す。唯一にして最強の武器をふりかざしたところで「むっきーっ!」とシャムドが怒った。
で、二人して「なんだこのやろう」「おまえこそなんだこのやろう」とポカポカ。
ネコパンチの応酬でじゃれていたら、そこに姿を見せたのは当船団を率いるレイナン帝国第十三王女ラクシュ。
供も連れずにふらりとあらわれたやんごとない身分の女軍人。「おまえたちは仲がいいな」と笑いながら、少し離れたところで持ってきた訓練用の鉄剣をブンブンふり始めた。
金狼将軍と畏怖され、尊敬される帝国の姫将軍。
数多の手柄をあげ、無数の屍にて築いた血みどろの道を突き進み、ついには次期帝位へと至ろうとしている彼女。その剣は生まれ持った才に頼ることなく、たゆまぬ鍛錬と実践を経て磨かれたモノ。
洗練された所作は美しく、それでいて苛烈だ。
いつしかわたしとシャムドはケンカを忘れて、ラクシュの武に魅入っていた。
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