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002 少女の見た夢
しおりを挟むひとしきり呑んで食べて騒いで……。
まだしばらく続きそうな宴を抜けて、アリサと姉は自分たちの舟へ。
ここからは大人の時間。子どもたちは先に就寝する。
「あしたは何しよっか」
「広場に大道芸の一座がきてるらしいよ」
「本当? だったらそれを見に行こうか」
「うん!」
そんな会話をしながらアリサと姉は眠りにつく。
◇
ゆさゆさゆさ。
体を強く揺すられて、アリサの眠りは唐突に中断される。
眠い目をこすってみれば、いつになくこわい顔をした姉がいた。
「うーん、どうしたの、お姉ちゃん。あれ? 空が明るい。もう朝なの……」
寝ぼけまなこでたずねるアリサに姉は首をふる。
「ちがう! リングル族の連中だ」
姉の口よりその名を聞かされたとたんに、アリサの眠気はたちまち吹っ飛んだ。
この砂漠にはいくつもの部族が存在している。
オアシスを拠点にしているところもあれば、アリサたちポテルカ族のように各地を渡り歩いている者たちもいる。
友好的な部族もあれば、排他的な部族もあり、協力関係にあるところもあれば、敵対しているところもある。それでもみな必ずどこかとはつながっており、だからこそ過酷な環境下でもどうにか生きていける。
ただしリングル族だけはちがう。
連中は何も産み出さない。何も与えない。ただ奪うだけ。
もとは他の部族同様に生活していたのだけれども、数代前の首長のときのことだ。彼らのオアシスが枯れたのをきっかけとして、略奪を生業とするようになった。
もちろん他の部族も奪われるままなんて許しはしない。
紛争が起き、これが長らく続く。
拡大する被害を前にして砂漠の平和を守るために同盟が結成される。
そしてついにリングル族の本拠地を攻め落とし、戦いは同盟側の勝利で終わった。
だがしかし平和はほんの一時しか続かなかった。
リングル族の生き残りが各地へと散って、徒党を組んでは暴れる賊となったからである。
その都度、叩きつぶすも完全に消えることはない。いつの時代にもあぶれ者は尽きず、悪は芽吹き、それらを吸収しては規模を大きくして復活する。
夜半にリングル族の襲撃を受けて、フルホン族のオアシスは大混乱に陥る。
あちこちでふるわれる残虐な刃。
迎え討たんとする者もあれば、逃げ惑う人もあり。
怒号、悲鳴、嘆き、怨嗟……。
悪意の炎が天を焦がし、流された血が砂を赤く染める。
殺意と死が手をつないで輪となり踊り狂う。
平和な楽園であったオアシスは一転して地獄となった。
災いの火の粉は舟の停留場にいたアリサたちポテルカ族にも降り注ぐ。いや、むしろ彼らこそが真っ先に襲われたのである。
理由は場所にあった。この地では砂舟は生きていくのに欠かせない乗り物。
それはつまり、これさえ押さえてしまえば獲物はどこにも逃げられないことを意味している。
当然ながら停留場周辺には警備の者らが常時配置されていた。だがオアシス内部に潜入していた賊の仲間の手引きによって、一服盛られてしまって満足に動けなくなったところを強襲されたために、なすすべなく。
凶刃はさらなる血を求めて、アリサと姉のすぐそばにまで迫っていた。
このままでは誰も助からない。連中は残虐だ。きっと皆殺しにされてしまう。
そう判断した姉妹の父親。彼の左肩には矢が深々と刺さっており、すでに半身が血まみれに。
残る右手に剣を握った父は桟橋にとどまり、自分の長女に告げた。
「アリサを連れて、おまえたちだけでも逃げろ!」
◇
姉の操る砂舟がオアシスを飛び出し、夜の砂漠を疾走する。
だがすぐに追っ手がかかった。
いかに幼い頃より父から手ほどきを受けているとはいえ、まだ子どもの身。
チカラも経験も、ずる賢さも、なにもかもが大人にはかなわない。
決死のがんばりにもかかわらず、次第に追い詰められていく姉妹の舟。
懸命に歯を食いしばり帆を操る姉。
だというのに追ってくる悪鬼どもは余裕しゃくしゃく。
まるで獲物をいたぶるかのごとく、こちらをいびり、嘲笑し、よってたかって嬲り、戯れに責めたてる。
それはまるで悪い夢の中にいるような光景であった。
一連のことを妹のアリサはぼんやりと眺めていることしかできない。
やがて遊びに飽きたかのようにして放たれたのは一本の矢。
ズブリとくぐもった音がして、姉のお腹がたちまち赤く染まりだす。
よく見れば背中から貫通した矢の突端がおへその横から生えていた。
「お姉ちゃんっ!」
泣いてすがろうとするアリサ。
だが姉は倒れることもなければ、操舟の手をゆるめることもなく。
「だいじょうぶ。アリサは……絶対に、ぜったいに……わたしが守る……から」
妹に向かってにっこり微笑む姉。
その口元から垂れた血がぽたりぽたりとアリサの頬を濡らす。
◇
どこをどう逃げたのかは覚えていない。
気がついたとき。アリサはいつも通りがかるたびに拝んでいる四角い石のところにいた。
左目は開かない。背中に刺さった矢は三本。右腕に負った深い切り傷からは血がとめどもなくあふれており、右足の膝から下にはまったくチカラが入らない。
どうにか見える方の目で周囲を探すも姉の姿はどこにもない。少し離れたところには転覆した自分たちの砂舟。黒ずんで焦げたニオイを漂わせていることから、たぶん追手に火を放たれたのであろう。
おもちゃに飽きたのか、こちらが死んだと判断したのか。
リングル族たちも、彼らの砂舟もとうに消え失せている。
でも助かったわけじゃない。むしろほんの少しだけ死出の旅路が遅れただけのこと。
アリサは四角い石に倒れ込むようにしてもたれ、泣きながら誰いうともなくつぶやく。
「どうしてこんなヒドイことをするの? どうしてこんなヒドイことができるの? どうして、どうして、どうして……。わたしはただ、お父さんやお姉ちゃんや、仲間たちと、みんなと笑っていたいだけなの……に……」
薄れゆく意識の中、アリサが抱いたのは憎しみでもなければ恨みでもない。
ただ「大切な人たちとしあわせに暮らしたい」という純然たる願いであった。
それからほどなくしてアリサはまぶたを開けたままで息絶える。
だが彼女の最期を見届け、その声を聴き、願いを受けとめた者がいた。
遥か古代に人の業が産み出したモノ。
石へと封じられ砂の海に打ち捨てられしソレは、以前から自分のことを気にかけてくれていた少女の死に触れて、それを悲しむのとともに、歓喜にうちふるえる。
『なんとキレイな心なんだろう。なんとあたたかい想いなんだろう。なんと無垢な魂なんだろう。そしてなんとやさしい願いなんだろう。
わかった……。きみの願いはボクがかなえてあげる。
だからキミそのカラダ、ボクにちょうだい』
とたんに冷たくなっていた骸が熱を帯び、傷がふさがるばかりか、欠損していた部位が元通りになってゆく。
白濁していた虚ろな瞳に光が戻る。
そしてかつてアリサであった者はむくりと立ち上がった。
砂漠の民、ポテルカ族の少女アリサ。
彼女こそが数多の部族が乱立していた混迷の砂漠を制し、一代にしてレイナン帝国を建国、その後の繁栄の礎を築いた偉大なる初代女帝である。
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