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001 砂漠の民
しおりを挟む蒼天の下、見渡すかぎりの砂の海。
昼は太陽が牙をむき灼熱の地獄と化し、夜は月が冷徹なまなざしを向け極寒の地獄と化す。
ここではありとあらゆることが死へと直結している。
だがそんな過酷な場所でも育まれる命はある。
◇
「アリサ、そろそろ行くよー」
熱心にお祈りをしていた少女は姉から呼ばれてあわてて立ち上がる。「じゃあ、またきます」とつぶやき姉のもとへタタタタ、地面の砂を跳ねながら元気よく駆けていく。
妹を出迎えた姉は腰に手をあてちょっとあきれ顔。
「まったく……毎度毎度、飽きもせずに。あんなよくわからないものを、どうしてわざわざ拝むかねえ。それにほんの少しとはいえ貴重な水までお供えするだなんて」
「まあまあ、ゲン担ぎみたいなものだから。それに自分でもよくわからないんだけど。無性に気になるんだもん」
「あんな四角い石の塊が?」
「うん、なんていうか、こんなところでぽつんとひとり、寂しそうっていうか」
「石の塊が寂しそうねえ。まぁ、あんたがかわってるのは今にはじまったこっちゃないけど」
「なにそれ! お姉ちゃん、ひっどーい」
アリサがぷりぷり頬を膨らませるのをみて、姉がケラケラ笑ったところで姉妹が乗る砂舟が動き出す。
砂舟とは細長い葉のような船体にて、両脇に魚のヒレのような帆がついた舟のこと。
日中は足下の砂地に蓄えられた熱の放射を利用して進み、夜は凍風を帆で受けることで推進力を得る。砂漠の足にて、この地で生きる者にはなくてはならない乗り物。
アリサたちポテルカ族は砂漠の民である。
砂舟にて隊列を組んでは、各地のオアシスを巡って行商をし生計を立てている。
次の目的地はフルホン族が管理しているオアシス。定期的に大きな市が開催されており、近隣ではもっとも栄えているところ。
「ここのところ野宿続きだったから、ひさしぶりにゆっくりできるねえ」と姉。
「うんうん。それにあそこに寄ったらホロックルははずせないよ」と妹のアリサ。
ホロックルはフルホン族伝統の焼き菓子。
幾重にも折り込んだ生地に乾燥させた果物を刻んだものをふんだんに混ぜ込み、焼きあげた食べ物。
ひとくち頬張れば、サクっという感触と、夜空に煌めく星々のようにいろんな甘味が口いっぱいに広がる。
その味を思い出し姉妹そろってじゅるり。
フルホン族のオアシスはいつ行ってもお祭りみたいで、とっても楽しい。
到着してからどうしようかと、姉妹は夢中になっておしゃべりに興じる。
そんなかしましい娘たちの嬌声を聞き流しながら帆を操る父親。
「おや、今日は砂漠の機嫌がずいぶんといいらしい」
その言葉のとおりにて砂舟はずんずん進んでゆく。
この調子ならば予定よりも早く到着できそうだと父親から教えられて、姉妹はいっそうはしゃいだ。
◇
にぎやかなフルホン族のオアシスへとポテルカ族の隊列が到着したのは、夕刻よりも前。
空がやや茜色に染まり始めているものの、陽が暮れるまでにはまだ間がある。
ソワソワしている子どもたち。
これではとても仕事にならないと諦めた大人たちは苦笑い。
子どもらに小遣いを渡し、「夕食までには戻るように」と告げる。
歓声をあげ、我先にと舟の停留場からオアシスへ飛び出してゆくポテルカ族の子どもたち。
その中にはアリサと姉の姿もあった。
いっぱいの清廉な水をたたえるオアシスは、二つの大きな円をつなげたような形をしている。
キラキラゆらぐ水面。この岸辺をぐるりと囲むようにして並び建つ長方形の箱みたいなのが家々。
砂に特殊な配合でいろんな粉を混ぜて作られた石によって組まれた住居は、日中涼しく、夜間は熱を逃がさない性質を持つ。この砂漠にあるオアシスではわりとよく見かける建築様式。
通りには数多の露店が軒を連ねており、人混みができて活気に満ちていた。
おいしそうなニオイを漂わせている串焼き、色とりどりの反物が山積みになっていたり、かわいい首飾りや腕輪をあつかっているところ、他にもいろんなお店がたくさん。
キョロキョロ目移りしながらも、そんな中を姉妹はしっかり手をつないで歩く。
アリサと姉は「まずはホロックル」と固く決めていた。
となれば、いくつかあるホロックルのお店の中でも一番人気のところへ。
時刻が時刻なので、とっくり売り切れて店じまいをしている可能性が高かったけれども、それでも姉妹は目指した。
そのかいあって運よく、最後のひと切れを購入することに成功する。
よろこんだ姉妹はさっそくオアシスのほとりへと移動して、静かなところで待望の甘味を堪能することに。
だがそこで悲劇が起きた。
「あっ」「うっ」
姉妹そろっておもわず声がでたのは、きちん分けようとしたホロックルがずいぶんと歪に分かれてしまったからである。
小さいのと大きいの。
二つをじっと見比べる姉妹。
すると姉がおもむろにひょいと小さい方を自分の口に放り込んでモグモグ。
そして大きい方をアリサに差し出す。「ほら、あんたもはやく食べな」
「いいの?」
おずおずたずねる妹に姉がニカっと笑う。
「いいんだよ。だって今夜はたぶんごちそうだし」
それは本当のこと。隊列が目的地へと到着した夜は、だいたいちょっとした宴席となり、食事もふだんより豪華となる。
でもきっとそれだけじゃない。
姉のやさしさに感謝しつつ、アリサはホロックルに口をつける。
それはこれまで食べたどのホロックルよりもおいしくって、たちまちアリサのほっぺたが落ちて頬は緩みっぱなしとなってしまった。
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