【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

タツマゲドン

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Category 5 : Encounter

1 : Rock

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 低木がまばらに生えた赤い土の乾燥地帯。所々に風化した岩や断層も見える。

 そこを何十台もの軍事車両が、整備されず荒れて砂や石粒が散乱したアスファルトの道路を走っている。

 兵員輸送トラックから四輪駆動汎用型戦闘車両、重戦闘車両を荷台に載せている輸送車両まで、兵装も多種多様なそれらは時速百キロメートルにも及ぶスピードを出し、砂埃を巻き起こしつつ走る。

 鋼鉄の物体がエンジン音とタイヤの音を上げながら走る無愛想な外観に反して、その中の一つの兵員輸送トラックの内部にて、

「あーあ、遅い……」

 普段は明るい好青年のレックスの筈だが、彼は目を半開きに菓子の袋を持ちながら、だらしなく車両内部のど真ん中で寝転がっていた。

「もっと飛ばせねえのかよ、詰まんねえぜ」
「燃料無駄になっちゃいますぜ」

 運転席に座ってハンドルを握る兵士が呟きに答える。それを聞くと、レックスの手が菓子袋からサツマイモチップを一枚取り出し、口に入れると目を完全に閉じると仰向けになったのだった。

「あーあ、もう俺一人だけでもさっさと行きてえよ」
「相変わらずせっかちだな。それとも景色に飽きたのか?」

 横に座る黒人、リカルドが指でつつきながら声を掛ける。

 彼ら反乱軍一行の目的地はロサンゼルスから約千三百キロメートル離れたイエローストーンに存在する地球管理組織の採掘施設らしき場所だ。

 音速、つまり時速千二百二十四キロメートルで走れるトランセンド・マンの全速力ならば、到着まで一時間と少ししか掛からないが何の能力も無い一般兵士達はそうはいかない。燃費を考慮して車両が出せる最高速度は精々時速百キロメートル。障害物を避ける道のりを考慮すると十五時間は掛かる。

 しかし、半日以上も連続行軍しては運転の疲れもあるので途中途中で休憩を挟む。それに、今回の作戦は今回の作戦はテキサス方面の反乱軍勢力と合同で行うので、途中のソルトレークシティで一旦合流し、改めて敵・味方戦力や作戦内容を確認・修正する時間、兵士達の休養等、それらを考慮して実際に襲撃を開始するのは、出発からおよそ二十二時間五となる。

「まあ気分は分かるぜ。何か遊ぶか? 生憎今ゲーム機は持って来てねえからやれる事は限られるだろうが。トランプなら一応」
「俺は寝る、もういい、そのサツマイモチップ食って良いからな」

 開き直ったように袋を手放し、今度はうつ伏せになったレックス。リカルドの向かいにはアンジュリーナが座って何かの紙の書籍を読んでいる。

「若いのに真面目なこった」
「昔のファンタジーです。結構面白いんですよ」
「火口へ指輪捨てに行く奴だっけ。途中の坑道でデッケえ悪魔が出てくるのが好きだったな。城の攻防も良かった」
「物語も設定も凄いんですよね。言語を一から作るなんてとても凄いです」
「映画も好きだったぜ」

 前世紀、第三次世界大戦が始まる二〇七〇年代まで、書籍は一般に電子書架がメインだったものの、一部のマニアによって紙の本の需要が廃れる事は無かった。

 戦争が始まってから現在まで、書籍は勿論あらゆるエンターテイメントや芸術は、人間の感情を煽る危険性を孕んだ物として、その大部分は地球管理組織が回収しては処分した。デジタル化され、インターネット上に散らばったものは完全に姿を消したが、紙の本等、物体として存在する物はまだ残っている。今少女が手にしている本もその内の一つなのだ。

「アダム、そっちのは何だ?!」

 今度は少女の隣に腰掛けるアダムへの問い。彼は両耳にイヤホンをはめて目を硬直させている。

「リョウからにでも貰ったのか?」

 向こうが反応を示さなかったので、少年の目の前で手を振りながら言う。するとアダムが気付いてイヤホンを外した。

「これの事か?」
「おう、何のメーカーだか知らんが。曲は何入ってるんだ? 聞かせてくれよ」

 指でよこせと示し、渡されたイヤホン片方を受け取り、耳にはめる。途端、

「うおっ!」

 予想外の大きな高音に、耳に入れたイヤホンを全部出した。今度は半分だけ入れ、強烈なエレキギターの弦音と激しいドラムの打音を鼓膜で確かめながら、目の前に問う。

「お前マンソンとか中々ハードだな」
「知らなかったが、妙に聴き入るんだ」
「マジか。バイクといい、やっぱ男の趣味は良いねえ。俺はレゲエとかヒップホップ派だがな」
「何故かは分からないが、気に入った。聞こえてくる言葉からも何かを感じるんだ……」

 アダムの長い語りを聞いていた二人は、黙ったまま熱中していた。普段は無表情で大抵一言で返事を済ませるのに、今の姿が不思議で無意識に取り込まれていた。

「大丈夫?」
「大丈夫だ……」

 が、そう言う本人は頭を抱え込むように口を閉じた。言いたいことが思うように表現できない、そうだと少女は確信した。

「分かるわ、凄くて言葉に出来ないんでしょ?」
「ああ」
「私はロックが好きって訳じゃないけど、分かるわ。だた凄いって思う、きっとアダム君にとって大事なものなんでしょう」
「大事、なのか?」

 アダムが更に疑問をこじらせる最中、イヤホンの中では高く強い男性の叫び、否、「訴え」が響いていた。

「ロックは死よりも醜い、ってな。マリリン・マンソンは“俺達”みてえに現実が嫌だったのだ。それが気に入ったんだろ?」
「多分」

 普段は白黒はっきりしている筈の少年は、確信を持っていなかった。目線が泳ぎ、迷っている。

「それが正しい反応だぜきっと。迷うなよ、自分の身に任せるだけで良い。自由なのが一番だ」
「自由……」

 アダムが単語を復唱する。再び何かを考えるように俯く。

「水よ」

 タイヤ走行音だけの沈黙を破ったのはアンジュリーナだった。

「トレバーさんが良く言ってたわ。水みたいに柔軟になれ、って」
「水……」
「自在に流れて形を変えるでしょ?」

 言われて少年が顔を上げた。何かを思い付いたのだろうか。

「アイツの言う事は昔から難しいが、事実なのは確かだ。“俺達”すら“超越”してるぜ」

 今度は向かい側から青年の苦笑しながらの台詞。

「ハンも似た事を言っていた。カンフーを教えてくれた時、柔軟さが大事だと」
「まあこの世には変わらねえ大事なものもあるって事だ」

 南米黒人があくびしながらまとめるように発言し、場を治める。

「リカルドさんもたまには良い事言いますね」
「そりゃあガキ出来たし、良い親父にならなきゃ」

 アンジュリーナの突っ込みに笑って返すリカルド。すると、少女が祝うように言う。

「あっ、この前赤ちゃんが生まれたって言ってましたもんね。改めておめでとうございます」
「サンキュー、ロドリゴは生まれてもう半年くらいだがな。ロス行きたい奴は居ねえか、って知らせが来たもんで、誰も名乗り出なかったから俺が仕方なく、アマンダとリオに居てきてそのまんまこっちに来たって訳。勿論アマンダはちゃんと分かってくれたし、何十年も掛かる訳じゃないし」
「何十年、気長ですね……」
「のんびり生きてえよ俺は。だからキッチリしている管理群が嫌いさ。早くアマンダとロドリゴと三人でどっか海沿いで暮らしたいもんだ」

 少女から呆れ気味の突っ込みに返答するリカルドは、口は笑いながらも目は真面目さを帯びてた。
リカルドの故郷であるブラジルは、第三次世界大戦が始まってもどこの子閣下ら敵対されていた訳でもなかった。ただし、国内の貧困層と富裕層の経済格差は大きく、それが引き金となって多数の地域に分かれ内戦状態となったのだ。

 結局経済力を一番持つリオデジャネイロ周辺地域が勝利を収めたが、国家を立て直す力はもはや残っておらず、崩壊した。

 その後、ブラジルはスラム街が更に広がり、戦争以前よりも治安が悪化したと言われているが、
「俺は好きだねあの雰囲気が。犯罪が多いなんて言われるが、基本的に皆良い奴ばかりだよ。苦しければ皆で助け合っている。一度は来てみな。自然は最高だしカーニバルだって健在だし」
「そうなんですね。年中通して暑い地域なんて行ってみたいなあ」
「是非来てくれ。肉もトウモロコシも美味い。肉の焼き方は世界一だ。保証する」

 白人少女と黒人男性は、対照的な肌色と違って話の気が合うらしい。耳に直接響く音楽に気を取られている少年を置いて談笑していた。

「でも太っちゃいそうです」
「気にすんな、ちょっとポッチャリしてる方がモテるぜ。男達はムッチリした女の尻を叩きたいのさ。特に色白とくれば尚更だ」
「えー、行くの止めようかな……なんて」

 アンジュリーナが苦笑する。リカルドは更に続けた。

「でもそっちの料理も太りそうじゃねえか」
「寒いからですよ。リカルドさんだってロシア来てみて下さいよ」
「えー、寒いの嫌だ……」

 半分沈みながら半分笑って黒人が言う。気持ちを察した少女は訊いた。

「何かあったんですか?」
「昔スウェーデン行った事があったが、寒いのはもうこりごりだ」
「私だって寒いの好きな訳じゃないですよ。家の中は暖房してますし」
「風通し最高なボロスラムとは大違いだな」

 リカルドが黒い肌と対照的な白い歯を見せて笑う。アンジュリーナは同様に笑うべきか、それとも黙るべきなのか戸惑って目を泳がせる。

「気にすんな、ただの自虐ジョークだってば。しかし真面目だねえ。日本人の血か?」
「私はただ自分がすべきだと思った事をしているだけですよ……血筋、なのかなあ?」
「スコットも真面目な所そうじゃねえか。さすが兄妹似てるってこった」
「そうかなあ、そんな似てないって言われますけど」
「まあ見た目や雰囲気じゃなく、何気ない部分なんだろ似るのは」

  少女が微笑み、黒人男性は話題を切り替えた。

「ところでスコットは元気か?」
「それが、アフガニスタン行ってからずっと連絡くれてないんです。大丈夫かなあ……」
「心配すんな。アイツはきっと元気に敵兵に銃弾ぶち込んでいるさ」

 苦笑する少女。するとリカルドが思い付いたように喋る。

「そういやスコットとアダムって雰囲気似てねえか?」
「あ、言われてみれば」

 アンジュリーナがはっと気付き、隣でイヤホンをした少年を見る。

 無表情のアダムは車両の外の景色に目を向け、自分の世界に浸っているらしい。鋭い目は近寄り難い印象を受ける。

 イヤホンからは微かに高い電子楽器の音。激しい曲に比べて動じない少年の姿が異様だった。

「あのキレた感じだなやっぱ。いかにもロックンロールが弾けそうだ」

 揺れる車両の外では、相変わらず風欠いた岩場からの荒野だけが見える。
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