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Category 4 : Anxiety
7 : Crashed
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「今日はコイツを使うぞ。ビビって驚くなよ」
ラテン系の青年、レックスがヘルメットの形状をした物体を宙に放り投げた。
床へ落ち行く物体を、途中で拾い止めたのは小柄な少年、アダム。
「これをそこのケーブルに繋ぎ、そこに寝転がって付けるんだ。それから横に付いてるデカいボタンを押せ」
レックスはそう告げ、部屋に等間隔に並べられた幾つものシートの中から一つを倒して座り、アダムも隣に続いた。
「シートベルトはしっかりお締め下さい」
そう呟いた青年はヘルメット型の物体を被り、ヘルメット右側面にあった、指先程の面積のボタンに触れる。少年もそれを真似する。
直後、アダムは視界が暗転したと感じたら、次は明転。瞼の筋肉が引きつり、光量を無意識で調整しようとする。
気が付けば、アダムは“立っていた”――背景は白く、何も無い。
何故立とうともしていなかったのに立っていたのか、その理由が分からなかった。いや、それ以前に……
「どうだ? 初の神経同調型仮想世界の感想は?」
アダムの思考を親しい青年の声が遮った。音源は正面、同じ方向にレックスの姿を認めた。
「皆初めは大抵身体動かすまで慣れるのに時間かかるんだが、試しに動いてみてくれ」
そうレックスが言うと、彼はいつの間にか手に刃渡り六十センチメートル程の剣を二本持っていた。片方をアダムへ投げ渡す。
青年が前進、少年も踏み込む。青年の振り下ろしと少年の横殴りが衝突。
レックスが左胴、頭上、左肩、右胴、左側頭部、と連続薙ぎを繰り出すが、少年はそれを全て弾いた。
アダムが右脛、左側頭部、右胴、と降り、腹、喉、顔面、と突くものの、青年はそれら全てを逸らす。
今度は双方の刃がぶつかり合い、互いに相手を押そうと、僅かな合間の競り。
少年が左手で相手の右腕を押し下げ、顔面へ向けてを伸ばす。
「うおっ!」
咄嗟に体を後ろに逸らしスウェー。次はアダムからの跳び回し蹴り。跳びずさって躱した青年。
「そこまでで十分だろう」
そう言う青年の頬には、赤く発光する細線が浮かび上がっていた。先程のアダムの剣撃によるものか。
「さて、VRで今から銃撃訓練でもやろうと思っているんだが、その調子なら問題無さそうだな」
アダムは右手の違和感に気付いた。見下ろすと、右手に握っていた筈のショートソードが消えていた。
「ほらよ」
代わりに少年へ向けて投げられる二つの黒い物体。何も考えずキャッチし、両手に構える。
アダムが以前レックスから貰った拳銃と同じものだった。相手の方を向けば、向こうはアサルトライフル型の銃を青年に抱えている。
「いつものが良いだろ? さて、訓練に入ろうかと思うが、これからやるのは制限時間内で、どちらがより多く命中出来るかを競う。銃撃訓練だからそれ以外の攻撃はポイントには入らないぜ」
頷く少年。するとレックスは右手の指を振り、彼の目の前にホログラムモニターが浮かぶ。モニターを指で数回タッチ。
変化が起こった。アダムの目の前の青年が消え、代わりに白い空間からポリゴンが生成されるのが見える。
身長よりも大きな無色の立体は削られ、複雑な形を作り、色が塗られ――やがて近代高層建築都市の景色が並んだ。
人の気配が無いビルの林を眺めていると、頭に直接何かが話し掛けた。
『ビルを生やしてやった。アダム、VRはエネリオン感知も再現している。俺がどこに居るのか分かるだろ?』
言われるまでもなく、感覚的にチラチラと光が前方から“見えて”いた。
「ああ」
『俺もバッチリだ。まあエネリオン感知を出来るだけ防ぐ技能もあるんだが、この際は別にどうだって良い。そんで、今から十分だ。始めようぜ!』
威勢の良い青年の呼び掛けに応えるように、アダムの視界中央に示された【GAME START】の文字。
ホルスターから二丁拳銃を引き抜き、アスファルトの道路を駆け巡る。少年の視界の上端には、【残り:九分五十七秒】との文字が現れていた。
ビルの角を曲がろうとした、と、何かが見えた。
両手の拳銃で盲撃ち――銃口が光り、反動も発光も音も排莢も無く、常人には見えぬ弾丸が人影へ。
間違いない、人影をレックスだと認める。
アスファルトを踏み砕いたレックス。迫る銃弾を躱しざま、反対側のビルへ鋭角を描き斜め横へ。
ビルの壁へ足を突き立てる。脚を曲げ、停止――レックスがほくそ笑んだ。
膝のバネを解放、壁に亀裂とクレーターを残し、反動で壁から離れる。
銃弾は、勢い良く宙を舞う青年の体を掠め、虚しく後ろの壁を貫く。
着地したレックス、慣れた動作で背中のアサルトライフル型の銃を取り、狙うまでもなく染み付いた経験で銃口を少年方向へ。
秒間百発、弾速は三千四百メートル毎秒という怒涛の弾幕。
不利だと悟る。アダムは後ろへ退却しながら撃ち返し、そしてビルの影に。
レックスが助走を付け、クレーターを生み出しながら大きく跳躍。ビルの角から身を出し、トリガーを引く。
アダムが直感的に上へ意識を向ける。空を抉る弾幕が視界に現れた。
バク転しつつ銃弾を回避。通った痕跡の道路に大量の穴。
左方向のビルのショーウインドウを割ったアダムは、破片を散らしながらビルの陰へ。追う弾丸が壁に弾痕を作り上げた。
「室内戦か、面白え!」
青年は勢いのままビルの窓を破り、並ぶデスクを蹴散らして無人オフィス内へ。
「アダムの奴やるなあ。まるで映画の主人公だぜ」
「同感だ。レックスにあれだけやり合えるなんて」
「まだ始まったばかりだぜ。室内戦も楽しみだ」
上からリョウ、クラウディア、リカルドの順の発言。
三人はアダムとレックスが横たわる隣のモニター室でゲームを観ているのだ。
大きな画面をアダムの視点、レックスの視点がそれぞれ八分の一を占め、残りの六分割は第三者視点でそれぞれを映していた。
「二人共近いな」
「じれったいなあ、ウズウズするもんだ」
日系アメリカ人とブラジル人の男性二人が心境を声に出す。
「待て、アダムが何かするみたいだぞ」
スウェーデン人女性の青い瞳が光り、鋭くモニターの一カ所を見つめていた。他の二人も注目する。
画面内の少年がオフィスの内壁へ銃口を向け、何やら慎重に角度を調整しているようだ。
途端、彼の人差し指が動く。銃口が発光し壁に穴を開けた。
モニターの別部分ではレックスが大きくダッシュしていた。壁から突如多数の穴が開く。
「レックスも気配を消しているだろうに良く分かったもんだ」
「感知能力が高いんだろうな。レックスも焦っているんじゃないか?」
リョウの呟きにクラウディアが重なり、三人はモニターに集中する。
丁度画面内にて、オフィスの廊下で少年と青年が遭遇していた。
両手を前へ、銃口の先には後退する青年。オフィスを飛び交うのは音速の十倍、秒速三千四百メートルもの銃弾。
少年から送られる銃弾にレックスは障害物に隠れつつ距離を取る。
二丁拳銃の影を追う銃口――オフィスの机や椅子等が壊され散乱するのみ。
障害物の残骸を踏み、追跡すべくアダムが走りだした。
「俺がチキン野郎とでも思ったか?」
楽しむ声。直後、天井に亀裂。
突如として天井から注ぐ銃弾。避けようと少年の身体が大きくスライドする。
しかし、アダムは体の至る所に突かれる刺激を知覚した。痛覚のある箇所に鮮やかな赤い発光。
少年が無数の穴がある天井へ銃口を向ける。その時天井が崩れ、人の形が落ちる。
「俺を壁抜きでやるにはまだ早いぜ!」
着地したレックス。その両手に抱えるアサルトライフルがほぼ至近距離で銃弾をばら撒く。
大きく距離を取ろうとしても、狭く邪魔な物体の多い室内では無理がある――体中に痛み。
気に留めず撃ち返すが、青年の方にはまるで命中しない。
レックスが追う。アダムはオフィスの通路に身を潜め、視界から消えた。
(どこだ?)
トランセンド・マンは能力を駆使する際に、空間からエネリオンを吸収する。しかも、常人には見えない筈のエネリオンの流れまでも知覚出来る。
つまり、トランセンド・マンが能力を発揮する時、別のトランセンド・マンに位置がバレるのだ。
この仮想空間でも、エネリオン知覚は再現されている。同じく不可視の素粒子から相手位置を割り出せる筈だ。しかし、
(分からねえ。トレバーの隠密行動みたいだな……そこか?)
勘で方向を変え、人差し指――銃口の延直線上にある壁や障害物に次々穴が空く。
(違う)
塵埃が飛び散る室内を見渡すが、破壊された机や棚が見つかるのみ。
途端、床下から堅い物体が割れる音。靴裏に異変を感じたレックス。
跳び退こうとした矢先、足を着けていた床に大穴が開く。同時に穴から飛び出たのは見慣れた少年。
青年が反射的に銃を向けようとしたが、胸に掛かる一瞬の圧力――レックスが一時停止。
飛ばされ、壁を突き破って隣の部屋に出たレックス。視界前方に飛翔体を捉えた。
時既に遅し、衝撃で動かない体を無数の針が刺す感覚。
胸に衝撃――大柄な青年を支えていた壁が砕け散る。少年のウエイトの乗ったストレートは壁もろとも青年をビルの外へ弾き出した。
追うように穴から飛び出した少年。滞空中、拳銃からの銃弾が青年へ次々ヒット。
「ヤロー!」
軽い痛覚と憤りに奥歯を噛み締めたレックスも撃ち返す。しかし冷静な向こうは身体を捻り、殆ど当たらなかった。
後ろに迫るビルの壁を蹴破り、レックスが突入した。続くアダム。
「お返しだ!」
アダムがオフィス内へ着地する寸前の叫び――左九十度から頭一個分大きな体が突進している最中。
衝突。ガクン、と突き動かされては身のコントロールが出来ない。
背中で堅いものに押し付けられ、それが割れる感覚。
何回も、少なくとも十回は超えただろう。後ろに通った跡を示す大穴が幾つも見えた。
「うらっ!」
掛け声と共にレックスが横蹴り――少年の身がガラスの破片と共に、ビルの外へ飛び出た。
レックスは無言でアサルトライフルを構え、容赦なく撃ち続ける。
斜め前方へ落下していく少年を銃弾が追撃し、やがて相手は遠くのビルの外壁を破って姿を消した。
【残り:四分四十八秒】
レックスが疲れに肩を落とす。
「弾丸以外はポイントにはならんとは言ったが、アダムの奴純真に見えて汚い手を使いやがって……」
ラテン系の青年、レックスがヘルメットの形状をした物体を宙に放り投げた。
床へ落ち行く物体を、途中で拾い止めたのは小柄な少年、アダム。
「これをそこのケーブルに繋ぎ、そこに寝転がって付けるんだ。それから横に付いてるデカいボタンを押せ」
レックスはそう告げ、部屋に等間隔に並べられた幾つものシートの中から一つを倒して座り、アダムも隣に続いた。
「シートベルトはしっかりお締め下さい」
そう呟いた青年はヘルメット型の物体を被り、ヘルメット右側面にあった、指先程の面積のボタンに触れる。少年もそれを真似する。
直後、アダムは視界が暗転したと感じたら、次は明転。瞼の筋肉が引きつり、光量を無意識で調整しようとする。
気が付けば、アダムは“立っていた”――背景は白く、何も無い。
何故立とうともしていなかったのに立っていたのか、その理由が分からなかった。いや、それ以前に……
「どうだ? 初の神経同調型仮想世界の感想は?」
アダムの思考を親しい青年の声が遮った。音源は正面、同じ方向にレックスの姿を認めた。
「皆初めは大抵身体動かすまで慣れるのに時間かかるんだが、試しに動いてみてくれ」
そうレックスが言うと、彼はいつの間にか手に刃渡り六十センチメートル程の剣を二本持っていた。片方をアダムへ投げ渡す。
青年が前進、少年も踏み込む。青年の振り下ろしと少年の横殴りが衝突。
レックスが左胴、頭上、左肩、右胴、左側頭部、と連続薙ぎを繰り出すが、少年はそれを全て弾いた。
アダムが右脛、左側頭部、右胴、と降り、腹、喉、顔面、と突くものの、青年はそれら全てを逸らす。
今度は双方の刃がぶつかり合い、互いに相手を押そうと、僅かな合間の競り。
少年が左手で相手の右腕を押し下げ、顔面へ向けてを伸ばす。
「うおっ!」
咄嗟に体を後ろに逸らしスウェー。次はアダムからの跳び回し蹴り。跳びずさって躱した青年。
「そこまでで十分だろう」
そう言う青年の頬には、赤く発光する細線が浮かび上がっていた。先程のアダムの剣撃によるものか。
「さて、VRで今から銃撃訓練でもやろうと思っているんだが、その調子なら問題無さそうだな」
アダムは右手の違和感に気付いた。見下ろすと、右手に握っていた筈のショートソードが消えていた。
「ほらよ」
代わりに少年へ向けて投げられる二つの黒い物体。何も考えずキャッチし、両手に構える。
アダムが以前レックスから貰った拳銃と同じものだった。相手の方を向けば、向こうはアサルトライフル型の銃を青年に抱えている。
「いつものが良いだろ? さて、訓練に入ろうかと思うが、これからやるのは制限時間内で、どちらがより多く命中出来るかを競う。銃撃訓練だからそれ以外の攻撃はポイントには入らないぜ」
頷く少年。するとレックスは右手の指を振り、彼の目の前にホログラムモニターが浮かぶ。モニターを指で数回タッチ。
変化が起こった。アダムの目の前の青年が消え、代わりに白い空間からポリゴンが生成されるのが見える。
身長よりも大きな無色の立体は削られ、複雑な形を作り、色が塗られ――やがて近代高層建築都市の景色が並んだ。
人の気配が無いビルの林を眺めていると、頭に直接何かが話し掛けた。
『ビルを生やしてやった。アダム、VRはエネリオン感知も再現している。俺がどこに居るのか分かるだろ?』
言われるまでもなく、感覚的にチラチラと光が前方から“見えて”いた。
「ああ」
『俺もバッチリだ。まあエネリオン感知を出来るだけ防ぐ技能もあるんだが、この際は別にどうだって良い。そんで、今から十分だ。始めようぜ!』
威勢の良い青年の呼び掛けに応えるように、アダムの視界中央に示された【GAME START】の文字。
ホルスターから二丁拳銃を引き抜き、アスファルトの道路を駆け巡る。少年の視界の上端には、【残り:九分五十七秒】との文字が現れていた。
ビルの角を曲がろうとした、と、何かが見えた。
両手の拳銃で盲撃ち――銃口が光り、反動も発光も音も排莢も無く、常人には見えぬ弾丸が人影へ。
間違いない、人影をレックスだと認める。
アスファルトを踏み砕いたレックス。迫る銃弾を躱しざま、反対側のビルへ鋭角を描き斜め横へ。
ビルの壁へ足を突き立てる。脚を曲げ、停止――レックスがほくそ笑んだ。
膝のバネを解放、壁に亀裂とクレーターを残し、反動で壁から離れる。
銃弾は、勢い良く宙を舞う青年の体を掠め、虚しく後ろの壁を貫く。
着地したレックス、慣れた動作で背中のアサルトライフル型の銃を取り、狙うまでもなく染み付いた経験で銃口を少年方向へ。
秒間百発、弾速は三千四百メートル毎秒という怒涛の弾幕。
不利だと悟る。アダムは後ろへ退却しながら撃ち返し、そしてビルの影に。
レックスが助走を付け、クレーターを生み出しながら大きく跳躍。ビルの角から身を出し、トリガーを引く。
アダムが直感的に上へ意識を向ける。空を抉る弾幕が視界に現れた。
バク転しつつ銃弾を回避。通った痕跡の道路に大量の穴。
左方向のビルのショーウインドウを割ったアダムは、破片を散らしながらビルの陰へ。追う弾丸が壁に弾痕を作り上げた。
「室内戦か、面白え!」
青年は勢いのままビルの窓を破り、並ぶデスクを蹴散らして無人オフィス内へ。
「アダムの奴やるなあ。まるで映画の主人公だぜ」
「同感だ。レックスにあれだけやり合えるなんて」
「まだ始まったばかりだぜ。室内戦も楽しみだ」
上からリョウ、クラウディア、リカルドの順の発言。
三人はアダムとレックスが横たわる隣のモニター室でゲームを観ているのだ。
大きな画面をアダムの視点、レックスの視点がそれぞれ八分の一を占め、残りの六分割は第三者視点でそれぞれを映していた。
「二人共近いな」
「じれったいなあ、ウズウズするもんだ」
日系アメリカ人とブラジル人の男性二人が心境を声に出す。
「待て、アダムが何かするみたいだぞ」
スウェーデン人女性の青い瞳が光り、鋭くモニターの一カ所を見つめていた。他の二人も注目する。
画面内の少年がオフィスの内壁へ銃口を向け、何やら慎重に角度を調整しているようだ。
途端、彼の人差し指が動く。銃口が発光し壁に穴を開けた。
モニターの別部分ではレックスが大きくダッシュしていた。壁から突如多数の穴が開く。
「レックスも気配を消しているだろうに良く分かったもんだ」
「感知能力が高いんだろうな。レックスも焦っているんじゃないか?」
リョウの呟きにクラウディアが重なり、三人はモニターに集中する。
丁度画面内にて、オフィスの廊下で少年と青年が遭遇していた。
両手を前へ、銃口の先には後退する青年。オフィスを飛び交うのは音速の十倍、秒速三千四百メートルもの銃弾。
少年から送られる銃弾にレックスは障害物に隠れつつ距離を取る。
二丁拳銃の影を追う銃口――オフィスの机や椅子等が壊され散乱するのみ。
障害物の残骸を踏み、追跡すべくアダムが走りだした。
「俺がチキン野郎とでも思ったか?」
楽しむ声。直後、天井に亀裂。
突如として天井から注ぐ銃弾。避けようと少年の身体が大きくスライドする。
しかし、アダムは体の至る所に突かれる刺激を知覚した。痛覚のある箇所に鮮やかな赤い発光。
少年が無数の穴がある天井へ銃口を向ける。その時天井が崩れ、人の形が落ちる。
「俺を壁抜きでやるにはまだ早いぜ!」
着地したレックス。その両手に抱えるアサルトライフルがほぼ至近距離で銃弾をばら撒く。
大きく距離を取ろうとしても、狭く邪魔な物体の多い室内では無理がある――体中に痛み。
気に留めず撃ち返すが、青年の方にはまるで命中しない。
レックスが追う。アダムはオフィスの通路に身を潜め、視界から消えた。
(どこだ?)
トランセンド・マンは能力を駆使する際に、空間からエネリオンを吸収する。しかも、常人には見えない筈のエネリオンの流れまでも知覚出来る。
つまり、トランセンド・マンが能力を発揮する時、別のトランセンド・マンに位置がバレるのだ。
この仮想空間でも、エネリオン知覚は再現されている。同じく不可視の素粒子から相手位置を割り出せる筈だ。しかし、
(分からねえ。トレバーの隠密行動みたいだな……そこか?)
勘で方向を変え、人差し指――銃口の延直線上にある壁や障害物に次々穴が空く。
(違う)
塵埃が飛び散る室内を見渡すが、破壊された机や棚が見つかるのみ。
途端、床下から堅い物体が割れる音。靴裏に異変を感じたレックス。
跳び退こうとした矢先、足を着けていた床に大穴が開く。同時に穴から飛び出たのは見慣れた少年。
青年が反射的に銃を向けようとしたが、胸に掛かる一瞬の圧力――レックスが一時停止。
飛ばされ、壁を突き破って隣の部屋に出たレックス。視界前方に飛翔体を捉えた。
時既に遅し、衝撃で動かない体を無数の針が刺す感覚。
胸に衝撃――大柄な青年を支えていた壁が砕け散る。少年のウエイトの乗ったストレートは壁もろとも青年をビルの外へ弾き出した。
追うように穴から飛び出した少年。滞空中、拳銃からの銃弾が青年へ次々ヒット。
「ヤロー!」
軽い痛覚と憤りに奥歯を噛み締めたレックスも撃ち返す。しかし冷静な向こうは身体を捻り、殆ど当たらなかった。
後ろに迫るビルの壁を蹴破り、レックスが突入した。続くアダム。
「お返しだ!」
アダムがオフィス内へ着地する寸前の叫び――左九十度から頭一個分大きな体が突進している最中。
衝突。ガクン、と突き動かされては身のコントロールが出来ない。
背中で堅いものに押し付けられ、それが割れる感覚。
何回も、少なくとも十回は超えただろう。後ろに通った跡を示す大穴が幾つも見えた。
「うらっ!」
掛け声と共にレックスが横蹴り――少年の身がガラスの破片と共に、ビルの外へ飛び出た。
レックスは無言でアサルトライフルを構え、容赦なく撃ち続ける。
斜め前方へ落下していく少年を銃弾が追撃し、やがて相手は遠くのビルの外壁を破って姿を消した。
【残り:四分四十八秒】
レックスが疲れに肩を落とす。
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