【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

タツマゲドン

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Category 4 : Anxiety

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 ポール・アレクソンは静かな休憩室の傍らで、タブレット端末を見ながら頭を抱えていた。

「……ふざけるな、何故だ?」

 思わず呟く様子を心配そうに伺う部下も居たが、全員がポールの鋭い眼光によって退けられる。

 グラスに注がれた冷たいブラックコーヒーで気を散らそうとしても苛立ちが募るばかり、遂に声を上げる始末だった。

「何故“正常”なのだ?! 有り得ない!」

 数日前、ロサンゼルス強襲作戦において命令と異なる行動を実行していた二体のトランセンド・マンを精神検査に掛けさせた。しかし、端末画面に映る検査データの下端、【正常】という文字がポールの怒りをかき立てるのだ。

 何故命令違反という致命的なエラーがあるというのに正常と言えるのだろうか、何故従わないのか。それが彼には受け入れられなかった。

 挙句、彼自身は何も行動せず上層部から咎められる事となってしまったのだ。

(次回の計画で挽回せよ、とはなったが……)

 命令を聞かぬ部下が他にも居る可能性も否めない。作戦に使うトランセンド・マンをどう判断するか、それが難題なのだ。

(ディック中佐にも管理状況を尋ね、しっかり使える奴を選ばなければ……)

 新たな作戦に張り切るため、ポールはグラスの残りの黒い液体を飲み干し、目を見開きながらグラスをテーブルの上へ叩くように置いた。




















「おーい俺だ、居るか?」
「何時でも居るぞ。これが生きがいみたいなもんだからな」

 ロサンゼルス市郊外の開けた住宅地、その中の一軒にパーカー姿の茶髪の青年、リョウは来ていた。

 廃墟と化した前世紀の市街地では若者達が昼夜遊び暮れている。

 リョウが話し掛けた相手は、口髭を生やした四十代半ばと思われる男性。玄関のコテージの揺れ椅子に座っていた。リョウはコテージの階段へ座る。

「この前は市街地を襲おうと管理軍が犬を散歩させに来たって? 兵士から聞いたよ。何でもロボットだったそうで」
「俺が戦ったのはもっと骨のある奴だ。ロボットにも骨組みはあるが、それより並大抵じゃねえ奴」

 ジョークを交わしながら笑う二人。前菜はこれ位にしてリョウがメインディッシュを持ち出した。

「俺のマシン言う通りにしてくれたか?」
「勿論。見るか?」

 立ち上がった二人は玄関の正面から見て左側にある大きなガレージへ。シャッターは既に開いており、中には自動車が二台並べられていた。

 両方共車高が低くクーペ型の乗用車で、見るからにスポーツカーだと分かるだろう。リョウは左側の灰色の車へ駆け付け、有無を言わずボンネットを開けた。

 縦に並ぶ四つの気筒を樹脂カバーが覆っている。側部には吸気排気筒が伸び、手前には放熱用のラジエーター。他にもバッテリーだのオイルだの並べられ、排気筒に付けられた太いチューブ状の物体も見えた。

「フライホイールとクラッチをカーボンにした。エンジンは圧縮比を上げ、ECUも書き換えた」
「ターボも変えたのか?」
「おう、出力に応じるファン可変ターボだ。これで効くまでのタイムラグが無くなるし、低出力でも効く。重さがかさばるのが難だが、他の軽量化で賄ったよ」
「おお、でもそんなの手間掛かるんじゃねえのか?」

 相手の男性はにやけながら自分の腕を叩いた。笑って応えるリョウ。

 今度はボンネットから離れ、前輪のタイヤを見る。溝の細いデザインで、細いリムのホイールが黒光りしている。すると、タイヤの裏側を覗き始めたリョウ。

「サスは何だ? マグネシウム製か?」
「当たり」

 発見をする度に子供のように嬉しがる青年。相手の男は仕事をやり切った大人の得意げな笑顔を浮かべた。

「こりゃあ想像以上だぜ。ありがとよ」

 とドル紙幣の束を景気良く渡すリョウ。

「良いって事よ。ただ過熱注意しとけよ」

 札束を受け取った所で後ろから足音、二人が同時に振り向く。

「何だ、先に来てたのかお前」
「お前も来たのか? 珍しい」

 リョウより少し年下と思われるジャケット姿で黒髪の青年、レックス。左手にはポテトチップスらしき菓子袋。

「お前またサツマイモか。飽きねえなあ」
「ジャガイモみたいなしょっぱい奴なんて食えるかってんだ」
「ところで、お前のも調整終わってるんだ。見るか?」
「どこっすか?」

 家の主はガレージから出ると右を指す。二人のトランセンド・マンも出てくると同じ方向、ガレージの裏に小さな工場らしきトタンで出来た外壁の建物。

「毎回来る度に錆びてる気がするぜ」
「うるせえ、リサイクル資材を使った地球に優しい建築だ」

 リョウと家主が冗談を交わす中、レックスは見渡し、所々車やバイクが並ぶ内の一つに駆け付けた。

 座席前方についた風除けと相まった流線型の大型バイク。

「クラッチ、マフラー、ホイール、とにかく軽量化出来るもんは軽くした。特にサスを見てみてくれ」

 言われてしゃがみ込み、タイヤに繋がるフレームの合間を覗く。通常、サスペンションは衝撃を吸収するための大きなバネが付いているが、

「無い。さては空気バネ式ですか?」
「その通り、作るの大変だったんだぞ」
「良いなあ、俺にも作ってくれよ」
「バカ言え、あれにどんだけ手間掛かったと思ってるんだ。3Dプリンタで型作っても金が足らんわ」

 リョウの馴れ馴れしい口調に対し、レックスは丁寧な言葉で礼を述べる。

「それにしてもこんなの嬉しいですよ俺。ありがとうございます」
「良いって事よ、これが趣味だ。リョウ、お前もレックスみたいに年上を敬わんか」

 リョウへの説教だが、肝心の彼は視線を逸らし聞く耳を持たぬ。レックスは丁寧に謝礼の金を払う。

「それよりレックス。お前は車乗らんのか?」

 説教から逃げ出すようにレックスへ会話を持ち出すリョウ。「あっ待てこの……」と家主。

「俺はあんなデカブツ操るなんて御免だ。バイクは体に馴染むのが良いんだぜ」

 とスタンドが立ったままのバイクのシートに跨り、セルモータースイッチを押すと、煽るようにアクセルを捻るレックス。マフラーが低く強く震える。

 するとリョウは工場もどきの建物を早足で出た。姿を消して数秒後、甲高い排気音。

 そして工場内へ自動車が突っ込み、バイクの前で停車した。

「この野郎、工場潰すつもりか」
「材料なんてそこらの瓦礫とか幾らでもあるだろ?」
「こいつめ、人の家をレゴとでも思ってるのか?」

 冗談混じりの叱りを吹き飛ばすように、バイクと競ってアクセルを吹かすリョウ。

「いいや、車みたいなデケえ車体を操るのが楽しいんだろうが。何なら二輪には無理な動きだって出来るぜ」
「バイクの加速力舐めんなよ。それに重心ごと傾けてカーブ曲がるスリルは他では味わえねえ」

 マフラーを奏でながらあたかも互いの手の内を探る雰囲気の両者。店主は子供同士の喧嘩を見る気分で呆れと苦笑を顔に浮かべている。

 店主はふと、ある事を思い出しながら二人の間に割って入り、口論を止めさせるとリョウへ訊いた。

「ところで、お前ここに来る前電話してお前のバイク出しておいてくれ、とか言ってなかったけ? 珍しいな、三年ぶり位じゃないか?」

 先程の口先の戦いに燃えていた雰囲気は何処へ行ったか、リョウは涼しい顔で答えた。

「いいや、俺が乗るんじゃないんだ。ある奴へ譲ろうと思ってね」
「バイクならそこに置いてあるぞ。バッテリー充電しておいたし、ちょいと掃除もした」

 建物の隅の方に置かれている中型二輪車。家主が指すそれにリョウは駆け寄った。

「サンキュー。四百ccだったか。まああいつの体格なら十分使えるだろう」




















 あちこちに設置されたスピーカーが低音と高音で会場を揺らす。

 その音に揺れるのは人々も同じ。暗い部屋の至る所から発生するレーザーやストロボが光源代わりだ。

 音に踊り狂う若者達の中に、ただならぬ存在感を持つ人物が居た。

「ようそこの姉ちゃん、俺と踊らねえ?」

 二十代程の金髪を伸ばし、ピアスやタトゥー、装飾で着飾った男性。彼が話し掛けたのは同年代と思われる女性だった。

 照明で煌びやかに輝く長い銀髪と青い瞳。男性の身長は百七十前半だが、女性はそれより五センチメートルは高い。周囲の荒々しい服装と比べ、長めの上品なタイトドレス。グラマラスな肉体を強調している。

 男達の魅力を惹き付けてやまない女性は手を横に振り、

「悪いが、先客が居るんだ」

 と言い残し人混みの中へ去った。

「あっ、ちきしょう、良い女だったのによ……」

 当の人混みへ紛れた女性は周りをキョロキョロ見渡しながら、目標の人物を見定めると手を振り、寄った。向こうの姿も近づいてくる。

「レックス、お前はうるさくないのか?」
「これが良いんだよ。刺激が欲しいのさ。まあお前みたいな女は城で上等なダンスしてる方がお似合いなんだろうが。それにしてもこんなむさ苦しい所へようこそ、クラウディア」

 レックスの発言に笑いながらクラウディアは早速本題に入った。

「ところで、私に何の用だって? 私を呼ぶなんて珍しいじゃないか」
「いきなり話題だなんて相変わらず真面目だなあ。折角のクラブだ、踊ってからでも良いんじゃないか?」
「歩いていたらさっきそこでナンパされたんだぞ。こんな服でおまけにヒールまで履いているんだ。目立って仕方ない」

 女性の苦笑にレックスは大笑いした。仕方無いなあ、と青年は手を広げ「こっちだ」と言いながら人混みから離れたテーブルへ座った。

 何処からかジュースを持って来たレックスはクラウディアへ一本渡し、更に何処からか取り出した菓子袋へ手を突っ込む。

「またサツマイモか?」
「その台詞言われたのは今日で二回目だ」

 クラウディアの笑顔はどことなく淑やかだ。こうしてジョークを言いつつクラウディアの顔を綻ばせるのがレックスは好きだ。

「じゃあ話すか。今日これからバイクレースやるんだ。観に来ないか?」
「お誘いか? 私には男共がはしゃぐのは理解出来んのは知っているだろう?」
「いいや、ただ騒ぐんじゃない。まあ見てな」

 言いつつ青年はグラスの鮮やかな液体を飲み干し、にやけながら立ち上がった。
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