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Category 4 : Anxiety
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原子核の周囲では通常、原子核の陽子の数だけ電子が周回する。
公転する電子は振動しつつ原子核を周回し、その正確な軌道を完全に予測する事は不可能といわれている。
電子を始めとし、陽子やその他素粒子には、「二元性」という性質が存在する。簡単に言えば、素粒子には「粒」と「波」の性質の二つがあるという事だ。人類の生きるマクロな世界では通常起こりえない現象だが、素粒子レベルのミクロの世界では当たり前のように起きる。
例えば、電子を粒子として観測すれば、その瞬間の位置や瞬間のエネルギーは分かるが、素粒子の持つエネルギーや軌道が分からない。逆に、電子を波として観測すれば、エネルギーや軌道、周期が分かるが、正確な位置や瞬間のエネルギーが掴めない。
だが、例外が居た。それこそ今ロサンゼルス市中心部、反乱軍のビルの一室で、今まさにそんな有り得ない芸当を可能にしている中国人と韓国人のハーフの青年、ハン・ヤンテイ。
彼の特殊能力は「電子操作」であり、電子の分布から一個一個の動きまでも感知可能なのだ。特にミクロレベルでの電子知覚を通してハンは研究者としても貴重な人材であった。
彼は東洋人にしては大柄な身体を椅子に座らせて瞼を閉じ、正面の机に置かれた砂粒程度の黒い物体に意識を集中させていた。電子のエネルギーや軌道から、それの付く元素を特定する技を持っているのだ。
この物体こそ、数日前アダムが敵と遭遇した際に、敵の首輪から割れ落ちた破片なのだ。それをアンジュリーナが案内してハンへ届けられた、という訳だ。
離れていてもエネリオンを通して知覚すれば距離や物理的障壁も関係ない。
(電子のエネルギーが普通よりも遥かに強い……)
電子は熱や磁気によって高エネルギーを得て速度が速くなる。しかし、この場は常温で電磁気を発する機器も周囲には置かれていない。
(この物質は何だ?)
脳内の苦悩。電子の持つ周期や軌道、エネルギーによってその物質の性質を知る事も可能なのだが、ハンは該当する物質に見当を付けられていなかった。
(天然に存在するとは思えない。安定しているし放射線も無いし……)
ふと、悩みながらある事を発見したハン。
(エネリオン? ひょっとして構造にエネリオンが関わっているとでもいうのか?)
電子よりも遥かに小さな素粒子、エネリオン。トランセンド・マンはこのエネリオンの流れを感じ、流動させる事で力を発揮する。
人間は水流を生み出し利用する事が出来るが、水分子一つ一つを認識する事は出来ない。それと同じ様に、トランセンド・マンはエネリオンを利用出来ても、ちっぽけなエネリオンの粒一個一個は知覚出来ない。エネリオン自体が原子核や電子の持つエネルギーに関与するならそれさえも不可能だった。
(これ以上細かくは調べられないなあ……)
ため息をつき、椅子の背もたれに倒れて腕を伸ばしたハン。だが全く見当が付かない訳でもない。
アンジュがアダムから話を聞いた事には、これの付いた首輪をした敵は格段にエネリオン量が上がったという。問題の砂粒はそれから取れたらしい。
(首輪、か……)
思い当たりがあった。以前少数でロサンゼルス市内に敵トランセンド・マンが侵入した時。ハン自身が相手した女性が付けていた首輪を彼女が触れた時、相手の身体に許容量を超えるエネリオンを感知した。
その頃同じく交戦していたというリョウ達やトレバーからも同じ報告があった。全部同じ物だと考えるのが妥当だろう。
(エネリオンを増幅する技術、正体が分かれば凄いものだ)
だが他に方法が無い訳ではない、それをハンは知っている。唯一の手段を。
(カイルならばなあ……でも忙しいだろうし、来て貰えるかどうか……)
ふとズボンのポケットの中が振動した。すかさず手を入れ、震源である携帯端末を耳に当てる。
「はい?」
『私だハン、ロイだ』
左耳に当てたスピーカーから聞こえたのは五十代位の穏やかな男性の声。聞き覚えがあった。
「ああジェンキンズさん、何の用です?」
『いや、少し前からそちらのトレバー君達のお陰で助かったよ。でもそちらもこの前攻めて来られたそうじゃないか、大丈夫なのか?』
電話はカルフォルニアからロッキー山脈を越えた先にあるテキサス、その中心に位置するダラス市へ通じている。
三日前のロサンゼルス強襲より前からダラスで戦闘が起こり、その加勢にハンはトレバーを始めとする戦力を送り込んだのだ。
そして、電話の向こう側に居る人物こそ、反乱軍ダラス勢力の指揮者、ロイ・ジェンキンズという名の人物だ。
「こちらは皆頑張ってくれたお陰で被害は抑えられました。そちらはどうです?」
『メキシコ湾からの海上戦力が決め手となって相手が撤退した。北方からの戦力はトレバー君達がやってくれたよ。感謝する』
「いえいえ、こっちで送れる最低限でしたが、役に立てたなら何なりですよ」
二千キロメートル以上離れていても二人は笑顔を共有し合う。すると、電話越しの声は思い出したよう話を切り替えた。
『その節はどうも、恥ずかしながら私からの電話なのに話が逸れてしまっていた』
「おっと、それじゃあ本題とは?」
『実は暫くそちらのトレバー君達をこちらに居させて欲しいんだ。今回の件もあるし、警戒せねばと思ってね。メキシコ湾からの加勢軍も暫くこちらへ駐在させる許可を取っているんだ』
快く受け入れようとしたハンだった、が、ある事を思い出した。
「実は話しておきたいんですが、今回地球管理組織がロサンゼルスへ攻めて来た事についてなんです」
電話越しの声の主が深刻に考え込むようにしばし黙った。
『まず話してくれ』
「戦力をダラスに送り、その後こちらも攻め込まれたという事がどうしても引っ掛かるんです。まるでロサンゼルスの戦力が手薄になるのを待って攻撃したみたいで。敵のアラスカ方面の基地からダラスへ送られた戦力はリョウとレックスが止めてくれましたが、これもこちらの戦力を削ぐためとも……」
『ならば地球管理組織の本当の目的はロサンゼルスだというのか?』
「つまりそういう事です」
スピーカーから一時声が途絶える。再び聞こえた時、声から穏やかさが消えていた。
『……分かった、ならばこうしよう。私から南アメリカ方面やオーストラリアからロサンゼルスへ戦力を送れないか言っておく。もし駄目ならトレバー君達を帰させるよ』
「考えてくれるだけでもありがとうございます」
『大丈夫だ、こういうのは老人に任せておけ』
電話が切れた事を知らせるコール。ハンは一息つき、テーブル上にあった保温ボトル入りのイタリアンコーヒーをありったけ飲んだ、が、すぐに底をつく。
「……足りないや」
新しく淹れようと椅子から立ち上がると、窓の向こう側にロサンゼルスの高層ビル達が南からの光を浴び、窓は鏡の如くこちらへ光の一部を反射させていた。
「コーヒーなら私が淹れましょうか?」
自分へ掛けられた声。どうやら立ったまま少しぼうっとしていたらしい。声の主はハンの副官兼オペレーターとして務める彼と同年代位の女性だ。
「いいや、僕が淹れるよ。イタリアンなんて苦くて誰も飲みたがらないからね。薄いと気が紛れないんだ。頭を刺激するのが一番さ」
袋から豆を出す。深く煎られた黒い豆だ。それを豆ひきに入れ、ハンドルを回す。強い香りが室内に漂った。副官の女性がそれに合わせてレトロなヤカンを持ってくると、水を入れIHコンロに掛ける。
謎に苦悩を抱えているのはハンだけではなかった。少なくとも同時に同じ建物内にその人物が居た。
ビルの中程の階の一室、幾つもの机の上に散乱した書類やコンピューターの類。
それらに紛れてパソコンの一台にキーボードを物寂しく打ち込んでいるアイルランド系中年男性。
彼、チャック・ストーンは少し経つとタイピングする手を止め、画面をじっと睨む。
目先には表やグラフ、記号や専門用語、多数の色の付いた点とそれらを結び付ける線分で覆われた画面。複雑な化合物の構造を示す立体図だ。
炭素を主成分とした有機化合物の分析はチャックの得意であり、それらの情報を基に化合物の材料さえあれば合成する事も可能だ。
蓄えた髭を弄りながらチャックは熟考し始める。
(アダム少年の体内から発見された未知の物質の構造は分かった。だが、問題はこれがどんな役割をするのか、それが突き止められていない……)
アンジュリーナがアダムを初めて連れて来た時、彼の粘膜から羊水に似た物質と同時に数種類の未知の物質が発見されたが、未だどれも性質が分かっていないのだ。だがそれがかえってチャックの研究者魂を燃え上がらせるのかもしれない。
(全く、地球管理組織は凄いものを作るもんだ。この技術をもっと平和的に利用すれば……)
平和、地球管理組織は元々それを実現する為に管理社会を徹底する目標を持っている。だが少なくとも反乱軍の人間はそれが本当の平和に繋がるのだろうか、疑問に思っている。だからこそ理想社会に反対する。
しかし、それが逆に人類を滅ぼす可能性がある、それを人類は繰り返す歴史を通して感覚的に知っている。それでも……
(おっと、対話でもないのに一人でに考えが逸れてしまうとは……私も歳を取ったな)
我に返ったチャックは改めてディスプレイを見直した。
(まだ分からん事はある。生首もまだ調べなくてはな)
管理組織基地を襲撃した際の土産、トレバーが足止めを食らい、その際に残った敵の一人の首から上。
彼が言うには標準的なトランセンド・マンよりも能力が劣ると聞いた。調べて分かった事は他にもある。
(脳を活性化させる覚醒剤の一種と思われる成分が検出された。また、アダム少年の血管内に含まれていた薬品と一部合致している物もあった)
まだ時間が掛かりそうだ。
(だが一刻も早く調べなくては)
戦争が何時激化するかもしれぬ現実だ。スピードこそ全て、備えのためにも時代に追い付かなければならない。
半面、チャック自身は楽しんでもいた。彼にとっては生きがいと言える仕事である。観察の時に興奮で震えが止まらなくなる事すらある。
(何より、アダム少年が地球管理組織を動かす「何か」を持っている)
そうに違いない。パソコンの隣に置いたカップの持ち手を取る。
半分を満たし湯気が立ち上る黒い液体を飲み干す。程良く冷めていた。
「足りんな……」
椅子から立ち上がり、コーヒーカップを抱えながら机の並んだ室内を歩き回る。
薄暗い部屋の隅に置かれた金属製コーヒーポット。中身が見えないので持ってみると、手応えが全く無かった。
「一人は辛い……まあハンの作る特製イタリアンよりはマシか」
文句を言いながら彼は棚から調理器具を取り出した。
公転する電子は振動しつつ原子核を周回し、その正確な軌道を完全に予測する事は不可能といわれている。
電子を始めとし、陽子やその他素粒子には、「二元性」という性質が存在する。簡単に言えば、素粒子には「粒」と「波」の性質の二つがあるという事だ。人類の生きるマクロな世界では通常起こりえない現象だが、素粒子レベルのミクロの世界では当たり前のように起きる。
例えば、電子を粒子として観測すれば、その瞬間の位置や瞬間のエネルギーは分かるが、素粒子の持つエネルギーや軌道が分からない。逆に、電子を波として観測すれば、エネルギーや軌道、周期が分かるが、正確な位置や瞬間のエネルギーが掴めない。
だが、例外が居た。それこそ今ロサンゼルス市中心部、反乱軍のビルの一室で、今まさにそんな有り得ない芸当を可能にしている中国人と韓国人のハーフの青年、ハン・ヤンテイ。
彼の特殊能力は「電子操作」であり、電子の分布から一個一個の動きまでも感知可能なのだ。特にミクロレベルでの電子知覚を通してハンは研究者としても貴重な人材であった。
彼は東洋人にしては大柄な身体を椅子に座らせて瞼を閉じ、正面の机に置かれた砂粒程度の黒い物体に意識を集中させていた。電子のエネルギーや軌道から、それの付く元素を特定する技を持っているのだ。
この物体こそ、数日前アダムが敵と遭遇した際に、敵の首輪から割れ落ちた破片なのだ。それをアンジュリーナが案内してハンへ届けられた、という訳だ。
離れていてもエネリオンを通して知覚すれば距離や物理的障壁も関係ない。
(電子のエネルギーが普通よりも遥かに強い……)
電子は熱や磁気によって高エネルギーを得て速度が速くなる。しかし、この場は常温で電磁気を発する機器も周囲には置かれていない。
(この物質は何だ?)
脳内の苦悩。電子の持つ周期や軌道、エネルギーによってその物質の性質を知る事も可能なのだが、ハンは該当する物質に見当を付けられていなかった。
(天然に存在するとは思えない。安定しているし放射線も無いし……)
ふと、悩みながらある事を発見したハン。
(エネリオン? ひょっとして構造にエネリオンが関わっているとでもいうのか?)
電子よりも遥かに小さな素粒子、エネリオン。トランセンド・マンはこのエネリオンの流れを感じ、流動させる事で力を発揮する。
人間は水流を生み出し利用する事が出来るが、水分子一つ一つを認識する事は出来ない。それと同じ様に、トランセンド・マンはエネリオンを利用出来ても、ちっぽけなエネリオンの粒一個一個は知覚出来ない。エネリオン自体が原子核や電子の持つエネルギーに関与するならそれさえも不可能だった。
(これ以上細かくは調べられないなあ……)
ため息をつき、椅子の背もたれに倒れて腕を伸ばしたハン。だが全く見当が付かない訳でもない。
アンジュがアダムから話を聞いた事には、これの付いた首輪をした敵は格段にエネリオン量が上がったという。問題の砂粒はそれから取れたらしい。
(首輪、か……)
思い当たりがあった。以前少数でロサンゼルス市内に敵トランセンド・マンが侵入した時。ハン自身が相手した女性が付けていた首輪を彼女が触れた時、相手の身体に許容量を超えるエネリオンを感知した。
その頃同じく交戦していたというリョウ達やトレバーからも同じ報告があった。全部同じ物だと考えるのが妥当だろう。
(エネリオンを増幅する技術、正体が分かれば凄いものだ)
だが他に方法が無い訳ではない、それをハンは知っている。唯一の手段を。
(カイルならばなあ……でも忙しいだろうし、来て貰えるかどうか……)
ふとズボンのポケットの中が振動した。すかさず手を入れ、震源である携帯端末を耳に当てる。
「はい?」
『私だハン、ロイだ』
左耳に当てたスピーカーから聞こえたのは五十代位の穏やかな男性の声。聞き覚えがあった。
「ああジェンキンズさん、何の用です?」
『いや、少し前からそちらのトレバー君達のお陰で助かったよ。でもそちらもこの前攻めて来られたそうじゃないか、大丈夫なのか?』
電話はカルフォルニアからロッキー山脈を越えた先にあるテキサス、その中心に位置するダラス市へ通じている。
三日前のロサンゼルス強襲より前からダラスで戦闘が起こり、その加勢にハンはトレバーを始めとする戦力を送り込んだのだ。
そして、電話の向こう側に居る人物こそ、反乱軍ダラス勢力の指揮者、ロイ・ジェンキンズという名の人物だ。
「こちらは皆頑張ってくれたお陰で被害は抑えられました。そちらはどうです?」
『メキシコ湾からの海上戦力が決め手となって相手が撤退した。北方からの戦力はトレバー君達がやってくれたよ。感謝する』
「いえいえ、こっちで送れる最低限でしたが、役に立てたなら何なりですよ」
二千キロメートル以上離れていても二人は笑顔を共有し合う。すると、電話越しの声は思い出したよう話を切り替えた。
『その節はどうも、恥ずかしながら私からの電話なのに話が逸れてしまっていた』
「おっと、それじゃあ本題とは?」
『実は暫くそちらのトレバー君達をこちらに居させて欲しいんだ。今回の件もあるし、警戒せねばと思ってね。メキシコ湾からの加勢軍も暫くこちらへ駐在させる許可を取っているんだ』
快く受け入れようとしたハンだった、が、ある事を思い出した。
「実は話しておきたいんですが、今回地球管理組織がロサンゼルスへ攻めて来た事についてなんです」
電話越しの声の主が深刻に考え込むようにしばし黙った。
『まず話してくれ』
「戦力をダラスに送り、その後こちらも攻め込まれたという事がどうしても引っ掛かるんです。まるでロサンゼルスの戦力が手薄になるのを待って攻撃したみたいで。敵のアラスカ方面の基地からダラスへ送られた戦力はリョウとレックスが止めてくれましたが、これもこちらの戦力を削ぐためとも……」
『ならば地球管理組織の本当の目的はロサンゼルスだというのか?』
「つまりそういう事です」
スピーカーから一時声が途絶える。再び聞こえた時、声から穏やかさが消えていた。
『……分かった、ならばこうしよう。私から南アメリカ方面やオーストラリアからロサンゼルスへ戦力を送れないか言っておく。もし駄目ならトレバー君達を帰させるよ』
「考えてくれるだけでもありがとうございます」
『大丈夫だ、こういうのは老人に任せておけ』
電話が切れた事を知らせるコール。ハンは一息つき、テーブル上にあった保温ボトル入りのイタリアンコーヒーをありったけ飲んだ、が、すぐに底をつく。
「……足りないや」
新しく淹れようと椅子から立ち上がると、窓の向こう側にロサンゼルスの高層ビル達が南からの光を浴び、窓は鏡の如くこちらへ光の一部を反射させていた。
「コーヒーなら私が淹れましょうか?」
自分へ掛けられた声。どうやら立ったまま少しぼうっとしていたらしい。声の主はハンの副官兼オペレーターとして務める彼と同年代位の女性だ。
「いいや、僕が淹れるよ。イタリアンなんて苦くて誰も飲みたがらないからね。薄いと気が紛れないんだ。頭を刺激するのが一番さ」
袋から豆を出す。深く煎られた黒い豆だ。それを豆ひきに入れ、ハンドルを回す。強い香りが室内に漂った。副官の女性がそれに合わせてレトロなヤカンを持ってくると、水を入れIHコンロに掛ける。
謎に苦悩を抱えているのはハンだけではなかった。少なくとも同時に同じ建物内にその人物が居た。
ビルの中程の階の一室、幾つもの机の上に散乱した書類やコンピューターの類。
それらに紛れてパソコンの一台にキーボードを物寂しく打ち込んでいるアイルランド系中年男性。
彼、チャック・ストーンは少し経つとタイピングする手を止め、画面をじっと睨む。
目先には表やグラフ、記号や専門用語、多数の色の付いた点とそれらを結び付ける線分で覆われた画面。複雑な化合物の構造を示す立体図だ。
炭素を主成分とした有機化合物の分析はチャックの得意であり、それらの情報を基に化合物の材料さえあれば合成する事も可能だ。
蓄えた髭を弄りながらチャックは熟考し始める。
(アダム少年の体内から発見された未知の物質の構造は分かった。だが、問題はこれがどんな役割をするのか、それが突き止められていない……)
アンジュリーナがアダムを初めて連れて来た時、彼の粘膜から羊水に似た物質と同時に数種類の未知の物質が発見されたが、未だどれも性質が分かっていないのだ。だがそれがかえってチャックの研究者魂を燃え上がらせるのかもしれない。
(全く、地球管理組織は凄いものを作るもんだ。この技術をもっと平和的に利用すれば……)
平和、地球管理組織は元々それを実現する為に管理社会を徹底する目標を持っている。だが少なくとも反乱軍の人間はそれが本当の平和に繋がるのだろうか、疑問に思っている。だからこそ理想社会に反対する。
しかし、それが逆に人類を滅ぼす可能性がある、それを人類は繰り返す歴史を通して感覚的に知っている。それでも……
(おっと、対話でもないのに一人でに考えが逸れてしまうとは……私も歳を取ったな)
我に返ったチャックは改めてディスプレイを見直した。
(まだ分からん事はある。生首もまだ調べなくてはな)
管理組織基地を襲撃した際の土産、トレバーが足止めを食らい、その際に残った敵の一人の首から上。
彼が言うには標準的なトランセンド・マンよりも能力が劣ると聞いた。調べて分かった事は他にもある。
(脳を活性化させる覚醒剤の一種と思われる成分が検出された。また、アダム少年の血管内に含まれていた薬品と一部合致している物もあった)
まだ時間が掛かりそうだ。
(だが一刻も早く調べなくては)
戦争が何時激化するかもしれぬ現実だ。スピードこそ全て、備えのためにも時代に追い付かなければならない。
半面、チャック自身は楽しんでもいた。彼にとっては生きがいと言える仕事である。観察の時に興奮で震えが止まらなくなる事すらある。
(何より、アダム少年が地球管理組織を動かす「何か」を持っている)
そうに違いない。パソコンの隣に置いたカップの持ち手を取る。
半分を満たし湯気が立ち上る黒い液体を飲み干す。程良く冷めていた。
「足りんな……」
椅子から立ち上がり、コーヒーカップを抱えながら机の並んだ室内を歩き回る。
薄暗い部屋の隅に置かれた金属製コーヒーポット。中身が見えないので持ってみると、手応えが全く無かった。
「一人は辛い……まあハンの作る特製イタリアンよりはマシか」
文句を言いながら彼は棚から調理器具を取り出した。
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