25 / 72
Genesis 2
19××
しおりを挟む
生物とは何か、それは宇宙との対極にある存在なのだ、と私は思う。
宇宙は「無限大」に限りなく近い膨大なエネルギーから生まれ、拡散し、限りなく「無」に近づこうとする。
一方、生物は少ない物質とエネルギーの下で生まれ、自らは生き続けようと「無」に抗い、「有」を保持する。
だが、この説明では生物は宇宙とは対極の存在だとは言えない。
生物が行うのは「有」である自己・種族保存であって、限りない力の増大による「無限大」に近づく訳では無い。「無限大」に近づけば自らを滅ぼす事を、生物は本能的に知っているからだ。
そもそも生物の本質とは何か、未だに人類は分かっていない。それを知るために一部の科学者は生命の起源を追い求めている。
だが私の考えは逆だ。
根源ではない、行き先を知るべきだ。
この世に起こる事は何事にも理由があり、理由には目的が伴う。
私の興味はその目的だ。
生物が生まれた最終的な目的とは何か、誰も答えを知るまい。
そして、宇宙が生まれた最終的な目的とは何か。
その目的を探す事こそが私の仕事だ。
では、どうやってそれを探しているのか、答えは私の目の前にある。
強化ガラス越しには男が目を瞑って座っている。被験者は男性、身長百七十五センチメートル、体重六十七キログラム。
この男はつい一か月前まで死刑囚だった人物だ。それを私は、軍という強力なスポンサーを味方に、強化兵士開発という名目で、この男を“所有”したのだ。
強化兵士開発は勿論目的の一つであり、協力者の軍隊の目標でもあるわけだが、私の目的はそんな事ではない。
二週間前から、脳の神経や血管を刺激・変質させる、常人が飲めば間違いなく即死の薬剤を与え続け、脳に直接電気信号を与え、神経組織構造すら大きく変えた。
今日は試験の為に安定剤を飲ませ、観測と拘束を兼ねるケーブルを繋ぎ、マジックミラーと厚さ二メートルを超えるコンクリートと鋼鉄の壁で作られた部屋に閉じ込めている。
「準備が完了しました。記録開始します」
「よし、起動させろ」
報告した研究員の一人に私が指示を送る。研究員は操作パネルにあった大量のボタンの中の一つを、迷わずに押した。
同時に、分厚い防弾ガラスの向こうに居る男が目を開け立ち上がる。少なくとも人体制御は出来ているらしい。
「異常は無いか?」
「脳波、磁気、神経反応、血管、いずれも誤差範囲内、肉体的にも精神的にも非常に安定しています」
「では活性化させ、様子を見るぞ」
「了解、中和剤投与します」
研究員は私の命令に従って慣れた手つきでパネルを操作する。
『グ、グガッ!』
スピーカーに流れたのは、隔離室内のマイクが受け取った苦しそうな呻き声。多少心配になった私はすぐさま別の観測員に訊いた。
「大丈夫か?」
「一瞬不安定になりましたけど、もう戻りました。恐らく薬剤投与に驚いたのでしょう」
「成程、やはり生物としての感情を取り除くのは少々無理があるのかもしれん」
男は顔を歪ませ右手で頭を押さえていたが、やがて無表情になると手をどけ、苦痛無き平気そうな様子を見せた。
「これをご覧下さい、活性度は今までの試作中で一番数値が高いです」
【活性度:二百八十九倍】
操作者の見るモニターの前に立った私はそこに書かれてある内容を見るなり満足した。
「おお、凄いじゃないか! では早速テストしよう。きっと最高傑作が出来るぞ!」
「テスト開始します」
興奮した私が操作者にまたも命じる。操作者がボタンを押すと、壁の向こうの男は後ろにあった一辺一メートルのコンクリート塊の方へ振り向いた。
グシャッ!
一瞬にしてコンクリート塊が跡形もなく完全に砕かれ、そこには男が拳を打ち終えた様に腕を伸ばしていた。
「推定エネルギーは八十四万ジュール以上。次に入りますか?」
「ああ、早くそうしてくれ。良いぞ、予想以上だ!」
私は嬉しくてつい口にしてしまった。
コンクリートを一立方メートル、つまり千リットルを粉々にするには、TNT爆薬二百グラム、丁度ダイナマイト一本分が必要だ。
まさか、これをたったパンチ一発で繰り出したというのか?! それに、エネルギーの破壊への変換によってエネルギー損失が起こるのであれば、これよりも大きな数値だって出せる筈。
それを余所にまたしてもボタンが押される。
男は歩き始め、やがて立ち止まった。
男の目の前には固定銃座。調整で亜音速から音速の三倍まで、様々な種類の銃弾を撃てる。
「まずは秒速三百四十メートルです」
男と銃座との距離は十メートル。ストレートの野球ボールよりも七倍近く速い銃弾を躱すには、同様にアスリートの七倍以上の動体視力が必要になるだろうし、躱すのにそれ相応のスピードで体を動かさなければならない。
破裂音――同時に男の体が横へ大きくスライド。
後ろの壁を見ると新しい銃痕が出来上がっていた。その下の床には先端が潰れた銃弾。
「速度、約秒速百七十メートル」
「何だとっ?!」
秒速百七十メートルとは音速の半分に迫る速さではないか! 陸上選手ですら秒速十メートルが限界だというのに!
しかし、それ程速く動いたとするなら空気が圧縮された音、即ち衝撃波が起こっても良い筈。だというのにスピーカーからは発砲音以外に何も鳴らなかった。
それに、これ程の速さで動くにはどれ程のエネルギーが必要になるか。
「推定エネルギーは九十六万ジュール。こんなエネルギーはもはや呼吸によるエネルギーとは全く別物になるでしょう。動体視力も神経伝達物質が全く別物だと考える他ありません」
「……ああ、ひょっとしたらこれが私の求めていた答えかもしれん……」
炭水化物や脂質を使わず運動するとすればそれは一体何なのか……もしこれが何か新エネルギーの仕業だとすれば大発見ではないか!
一体エネルギー源は何だろうか。観測したところ、質量変化は見られない。被験者の体温も上がっていない。見当も付かない。
もし、このエネルギーの正体が分かれば一体どんな事が出来るだろうか……
「ちょっと、博士?」
部下の呼び掛けによって私は我を取り戻した。遠い夢を馳せるのはまだ早い。今は土台を築き上げ、徐々に鋭く尖らせるのだ。
「ああすまん、次のがまだだったな。試すぞ」
「分かっていますよ。これ程のエネルギーならもう予想出来る事かも知れませんが」
「確認するのに越した事はない」
「次は音速の三倍です」
私も他の研究員達も期待に満ちた中、ボタンが再び押された。
もう一度発砲音。が、ガラスの向こうの男は何も変化を見せなかった。よく見れば、男の足元には拳銃弾らしき弾頭が転がっていた。
「まさか、弾いたのか?!」
「……としか考えられません。映像を確認します」
モニターに映像が流れる。先程銃弾が発射された際のスロー再生映像だ。
銃弾が一直線でゆっくりと男の右肩に向かう。しかし銃弾は男の身体に命中すると、突然何か堅い物体にでも当たったかの様に跳ね返され、後は重力に従って落下した。
銃弾はその尖った先端が凹んでいたが、男の方は無傷で、何かに接触したような赤い痕だけが残っていた。
実験で使われたのはライフル弾と同じ威力だ。コンクリートにヒビを入れ、薄い金属板も貫通するだろう。しかし、この男は傷付きもしなかった。
男は“私達”と同じく“人類”である事に変わりはない。つまりタンパク質で体が構成されているならば銃弾に身体を貫かれる筈だ。
だがそれが無いという事は、この男は先程も言ったエネルギーとやらで銃弾を受け止める、という荒技すら可能にしているのかも知れない。
「凄い……全く負傷無し。精神も非常に安定しています」
「間違いない! これこそ私が求めていた答えを示してくれるに違いない!」
この場に居た研究員達は皆感激していた。私も素晴らしさのあまり跳び上がりそうになった。流石にもう五十代も半ばなので無理だったが。
「軍も喜ぶでしょうね。強い、速い、堅い、これこそ完璧な兵士ですよ」
「まあ待て、今はまだ実験室段階でしかない。この男を完璧にコントロールするには更なる技術も必要だろう。それに、私は求めるものが出て来るまで研究を止めるつもりはないぞ」
「ええ、しかしこれでも偉大な結果と言えます。軍は喜んで更に研究資金を下さる事でしょうね……」
ビーッ!
喜びが突然の警報音にかき消された。周囲から狼狽が見える。
「むっ、何だ?」
遅れて反応した私。不安がる研究者達を余所に、モニターに目をやる。
「何故かは分かりませんが、急に脳波が不安定になりました。見て下さい、命令を与えてもいないのにこれだけ活性化しています」
画面に映る各数値の急激な上昇に私は目を疑った。
「鎮静剤だ! 電気信号も切れ!」
「今やってます! しかし数値が一向に下がらないんですよ!」
私が苛立ちを込めて命令すると、部下も苛立った様に返事する。
不意に遠くから響く低轟音。同時に部屋の照明が消えた。モニターも黒くなっているのも見ると、恐らくは停電か。
この施設には独自の発電システムが備わっており、通常なら十秒以内で電源が復旧する。
だが、二十秒待っても一分待っても照明が灯る事はなかった。発電機に異常でもあったのか?
仕方なく机の下にあった懐中電灯を取り出し、側面のスイッチをスライドさせると、おそるおそるガラスに向けて照らす。
マジックミラーで反射されて何も見えない。
何が起きている?
「電気はどうした?!」
「分かりません。ですが可能性としては……」
『俺だ!!!!!』
ガラスの向こう側からくぐもった怒りの声が聞こえた。
「こいつ、まさか電気を……」
『死ね!!!!!』
男が叫ぶ。途端、私達と男とを隔てる強化ガラスが粉々に砕け、破片が私達に襲い掛かる。
腕を掲げ、目をつぶり、床に伏せ身を守る。伏せる途中で腕に破片が当たり、所々鋭い痛みを覚えた。
音が消え、収まったと思って起き上がる。ガラスがあった向こう側、男は依然と同じ位置から動いていなかった。
今のは何だ? 何も触れていないのにガラスが割れた。まさか超能力か?!
見ると、男は怒りと同時に何か言いたげな眼差しを送っていた。
「お前は何がしたい?」
「こっちの台詞だ!」
男が更に睨み付ける。
「ギャッ!」
「ぐあっ!」
後方から炸裂音と同時に部下の悲鳴。再び無音に。
振り向けば、部下の身体が黒く焦げており、火花を少しと痙攣。操作パネルはショートしているらしく火花を大きく散らしていた。操作パネルから過電流を起こし、感電死させたのか。
前に向き直る。
「よくも俺をこんな目に合わせやがって!」
「……刑務所でしつこく死にたくないと言っていたのはお前の方だ! それを助けてやったんだぞ! 死なせなかっただけでも感謝しろ!」
「黙れ!!!!!」
私の反論を無視するように、男は雄叫びを上げ、私に向かって手を突き出した。
最初は何も感じなかったが、徐々にそれに気付いた。
体が焼けるように熱い、そう感じて見下ろすと私の服があっという間に燃え広がっていた。
「ぐわあああああ!!!!! 焼けるっ!!!!!」
火を消そうと手で払ったり床に身を押し付けたりするが、所詮焼け石に水。電気が無いなら火災報知器が反応しないし、当然散水されない。
既に火の玉となった私はただ死を待つだけ。
意識が朦朧とし、床に倒れてしまった私は、燃える炎の中で確かに警報を聞いた。
『……が実行……自爆まで……』
西暦一九××年、某国のとある軍研究施設が全壊する爆発事故が起こった。
事件はその軍内部のみだけ知られ、捜索隊は死者以外何も発見出来ず、爆発原因は意図的な自爆だと判明。
また、その施設内で行われた研究の証拠も完全に破壊され、全て誰にも知られる事なく一切が秘密のまま破棄された。
宇宙は「無限大」に限りなく近い膨大なエネルギーから生まれ、拡散し、限りなく「無」に近づこうとする。
一方、生物は少ない物質とエネルギーの下で生まれ、自らは生き続けようと「無」に抗い、「有」を保持する。
だが、この説明では生物は宇宙とは対極の存在だとは言えない。
生物が行うのは「有」である自己・種族保存であって、限りない力の増大による「無限大」に近づく訳では無い。「無限大」に近づけば自らを滅ぼす事を、生物は本能的に知っているからだ。
そもそも生物の本質とは何か、未だに人類は分かっていない。それを知るために一部の科学者は生命の起源を追い求めている。
だが私の考えは逆だ。
根源ではない、行き先を知るべきだ。
この世に起こる事は何事にも理由があり、理由には目的が伴う。
私の興味はその目的だ。
生物が生まれた最終的な目的とは何か、誰も答えを知るまい。
そして、宇宙が生まれた最終的な目的とは何か。
その目的を探す事こそが私の仕事だ。
では、どうやってそれを探しているのか、答えは私の目の前にある。
強化ガラス越しには男が目を瞑って座っている。被験者は男性、身長百七十五センチメートル、体重六十七キログラム。
この男はつい一か月前まで死刑囚だった人物だ。それを私は、軍という強力なスポンサーを味方に、強化兵士開発という名目で、この男を“所有”したのだ。
強化兵士開発は勿論目的の一つであり、協力者の軍隊の目標でもあるわけだが、私の目的はそんな事ではない。
二週間前から、脳の神経や血管を刺激・変質させる、常人が飲めば間違いなく即死の薬剤を与え続け、脳に直接電気信号を与え、神経組織構造すら大きく変えた。
今日は試験の為に安定剤を飲ませ、観測と拘束を兼ねるケーブルを繋ぎ、マジックミラーと厚さ二メートルを超えるコンクリートと鋼鉄の壁で作られた部屋に閉じ込めている。
「準備が完了しました。記録開始します」
「よし、起動させろ」
報告した研究員の一人に私が指示を送る。研究員は操作パネルにあった大量のボタンの中の一つを、迷わずに押した。
同時に、分厚い防弾ガラスの向こうに居る男が目を開け立ち上がる。少なくとも人体制御は出来ているらしい。
「異常は無いか?」
「脳波、磁気、神経反応、血管、いずれも誤差範囲内、肉体的にも精神的にも非常に安定しています」
「では活性化させ、様子を見るぞ」
「了解、中和剤投与します」
研究員は私の命令に従って慣れた手つきでパネルを操作する。
『グ、グガッ!』
スピーカーに流れたのは、隔離室内のマイクが受け取った苦しそうな呻き声。多少心配になった私はすぐさま別の観測員に訊いた。
「大丈夫か?」
「一瞬不安定になりましたけど、もう戻りました。恐らく薬剤投与に驚いたのでしょう」
「成程、やはり生物としての感情を取り除くのは少々無理があるのかもしれん」
男は顔を歪ませ右手で頭を押さえていたが、やがて無表情になると手をどけ、苦痛無き平気そうな様子を見せた。
「これをご覧下さい、活性度は今までの試作中で一番数値が高いです」
【活性度:二百八十九倍】
操作者の見るモニターの前に立った私はそこに書かれてある内容を見るなり満足した。
「おお、凄いじゃないか! では早速テストしよう。きっと最高傑作が出来るぞ!」
「テスト開始します」
興奮した私が操作者にまたも命じる。操作者がボタンを押すと、壁の向こうの男は後ろにあった一辺一メートルのコンクリート塊の方へ振り向いた。
グシャッ!
一瞬にしてコンクリート塊が跡形もなく完全に砕かれ、そこには男が拳を打ち終えた様に腕を伸ばしていた。
「推定エネルギーは八十四万ジュール以上。次に入りますか?」
「ああ、早くそうしてくれ。良いぞ、予想以上だ!」
私は嬉しくてつい口にしてしまった。
コンクリートを一立方メートル、つまり千リットルを粉々にするには、TNT爆薬二百グラム、丁度ダイナマイト一本分が必要だ。
まさか、これをたったパンチ一発で繰り出したというのか?! それに、エネルギーの破壊への変換によってエネルギー損失が起こるのであれば、これよりも大きな数値だって出せる筈。
それを余所にまたしてもボタンが押される。
男は歩き始め、やがて立ち止まった。
男の目の前には固定銃座。調整で亜音速から音速の三倍まで、様々な種類の銃弾を撃てる。
「まずは秒速三百四十メートルです」
男と銃座との距離は十メートル。ストレートの野球ボールよりも七倍近く速い銃弾を躱すには、同様にアスリートの七倍以上の動体視力が必要になるだろうし、躱すのにそれ相応のスピードで体を動かさなければならない。
破裂音――同時に男の体が横へ大きくスライド。
後ろの壁を見ると新しい銃痕が出来上がっていた。その下の床には先端が潰れた銃弾。
「速度、約秒速百七十メートル」
「何だとっ?!」
秒速百七十メートルとは音速の半分に迫る速さではないか! 陸上選手ですら秒速十メートルが限界だというのに!
しかし、それ程速く動いたとするなら空気が圧縮された音、即ち衝撃波が起こっても良い筈。だというのにスピーカーからは発砲音以外に何も鳴らなかった。
それに、これ程の速さで動くにはどれ程のエネルギーが必要になるか。
「推定エネルギーは九十六万ジュール。こんなエネルギーはもはや呼吸によるエネルギーとは全く別物になるでしょう。動体視力も神経伝達物質が全く別物だと考える他ありません」
「……ああ、ひょっとしたらこれが私の求めていた答えかもしれん……」
炭水化物や脂質を使わず運動するとすればそれは一体何なのか……もしこれが何か新エネルギーの仕業だとすれば大発見ではないか!
一体エネルギー源は何だろうか。観測したところ、質量変化は見られない。被験者の体温も上がっていない。見当も付かない。
もし、このエネルギーの正体が分かれば一体どんな事が出来るだろうか……
「ちょっと、博士?」
部下の呼び掛けによって私は我を取り戻した。遠い夢を馳せるのはまだ早い。今は土台を築き上げ、徐々に鋭く尖らせるのだ。
「ああすまん、次のがまだだったな。試すぞ」
「分かっていますよ。これ程のエネルギーならもう予想出来る事かも知れませんが」
「確認するのに越した事はない」
「次は音速の三倍です」
私も他の研究員達も期待に満ちた中、ボタンが再び押された。
もう一度発砲音。が、ガラスの向こうの男は何も変化を見せなかった。よく見れば、男の足元には拳銃弾らしき弾頭が転がっていた。
「まさか、弾いたのか?!」
「……としか考えられません。映像を確認します」
モニターに映像が流れる。先程銃弾が発射された際のスロー再生映像だ。
銃弾が一直線でゆっくりと男の右肩に向かう。しかし銃弾は男の身体に命中すると、突然何か堅い物体にでも当たったかの様に跳ね返され、後は重力に従って落下した。
銃弾はその尖った先端が凹んでいたが、男の方は無傷で、何かに接触したような赤い痕だけが残っていた。
実験で使われたのはライフル弾と同じ威力だ。コンクリートにヒビを入れ、薄い金属板も貫通するだろう。しかし、この男は傷付きもしなかった。
男は“私達”と同じく“人類”である事に変わりはない。つまりタンパク質で体が構成されているならば銃弾に身体を貫かれる筈だ。
だがそれが無いという事は、この男は先程も言ったエネルギーとやらで銃弾を受け止める、という荒技すら可能にしているのかも知れない。
「凄い……全く負傷無し。精神も非常に安定しています」
「間違いない! これこそ私が求めていた答えを示してくれるに違いない!」
この場に居た研究員達は皆感激していた。私も素晴らしさのあまり跳び上がりそうになった。流石にもう五十代も半ばなので無理だったが。
「軍も喜ぶでしょうね。強い、速い、堅い、これこそ完璧な兵士ですよ」
「まあ待て、今はまだ実験室段階でしかない。この男を完璧にコントロールするには更なる技術も必要だろう。それに、私は求めるものが出て来るまで研究を止めるつもりはないぞ」
「ええ、しかしこれでも偉大な結果と言えます。軍は喜んで更に研究資金を下さる事でしょうね……」
ビーッ!
喜びが突然の警報音にかき消された。周囲から狼狽が見える。
「むっ、何だ?」
遅れて反応した私。不安がる研究者達を余所に、モニターに目をやる。
「何故かは分かりませんが、急に脳波が不安定になりました。見て下さい、命令を与えてもいないのにこれだけ活性化しています」
画面に映る各数値の急激な上昇に私は目を疑った。
「鎮静剤だ! 電気信号も切れ!」
「今やってます! しかし数値が一向に下がらないんですよ!」
私が苛立ちを込めて命令すると、部下も苛立った様に返事する。
不意に遠くから響く低轟音。同時に部屋の照明が消えた。モニターも黒くなっているのも見ると、恐らくは停電か。
この施設には独自の発電システムが備わっており、通常なら十秒以内で電源が復旧する。
だが、二十秒待っても一分待っても照明が灯る事はなかった。発電機に異常でもあったのか?
仕方なく机の下にあった懐中電灯を取り出し、側面のスイッチをスライドさせると、おそるおそるガラスに向けて照らす。
マジックミラーで反射されて何も見えない。
何が起きている?
「電気はどうした?!」
「分かりません。ですが可能性としては……」
『俺だ!!!!!』
ガラスの向こう側からくぐもった怒りの声が聞こえた。
「こいつ、まさか電気を……」
『死ね!!!!!』
男が叫ぶ。途端、私達と男とを隔てる強化ガラスが粉々に砕け、破片が私達に襲い掛かる。
腕を掲げ、目をつぶり、床に伏せ身を守る。伏せる途中で腕に破片が当たり、所々鋭い痛みを覚えた。
音が消え、収まったと思って起き上がる。ガラスがあった向こう側、男は依然と同じ位置から動いていなかった。
今のは何だ? 何も触れていないのにガラスが割れた。まさか超能力か?!
見ると、男は怒りと同時に何か言いたげな眼差しを送っていた。
「お前は何がしたい?」
「こっちの台詞だ!」
男が更に睨み付ける。
「ギャッ!」
「ぐあっ!」
後方から炸裂音と同時に部下の悲鳴。再び無音に。
振り向けば、部下の身体が黒く焦げており、火花を少しと痙攣。操作パネルはショートしているらしく火花を大きく散らしていた。操作パネルから過電流を起こし、感電死させたのか。
前に向き直る。
「よくも俺をこんな目に合わせやがって!」
「……刑務所でしつこく死にたくないと言っていたのはお前の方だ! それを助けてやったんだぞ! 死なせなかっただけでも感謝しろ!」
「黙れ!!!!!」
私の反論を無視するように、男は雄叫びを上げ、私に向かって手を突き出した。
最初は何も感じなかったが、徐々にそれに気付いた。
体が焼けるように熱い、そう感じて見下ろすと私の服があっという間に燃え広がっていた。
「ぐわあああああ!!!!! 焼けるっ!!!!!」
火を消そうと手で払ったり床に身を押し付けたりするが、所詮焼け石に水。電気が無いなら火災報知器が反応しないし、当然散水されない。
既に火の玉となった私はただ死を待つだけ。
意識が朦朧とし、床に倒れてしまった私は、燃える炎の中で確かに警報を聞いた。
『……が実行……自爆まで……』
西暦一九××年、某国のとある軍研究施設が全壊する爆発事故が起こった。
事件はその軍内部のみだけ知られ、捜索隊は死者以外何も発見出来ず、爆発原因は意図的な自爆だと判明。
また、その施設内で行われた研究の証拠も完全に破壊され、全て誰にも知られる事なく一切が秘密のまま破棄された。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年 -戦勝国日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1940年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、美貌と天才的な頭脳で軍部を魅了し、外交・戦略・経済・思想、あらゆる分野で革命を起こしていく。
真珠湾攻撃を再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出すレイ。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、第二次世界大戦を勝利に導き、世界一の国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
新・三国志
明日ハレル
SF
皆さんも三国志はご存じですね、私も学生の頃嵌って読みふけりました。丁度図書委員をしていたので放課後遅くまで図書館で読んでいたのを思い出します。
三国志を見ていると弱い劉備と強い曹操を見て何時も不思議に思っていました。劉備の配下には曹操配下の猛将に劣らない関羽、張飛、趙雲等の勇将が居るのに、なぜ?何時も負けているのか?
劉備も漸く軍師諸葛亮を得て蜀と言う辺境の小国の主となりますが、漢王朝の復興も出来ないまま死んでいきます。
反三国志等が出て、徐庶の母親を趙雲が助けて、鳳士元、諸葛亮、徐元直の3名の軍師が揃って、劉備が曹操を打倒する物語もあります。
他だ黄巾党が滅んだ時点で軍師なり有能な文官が付いていれば1国の主となり、曹操や孫権、董卓や袁紹等にも対抗で来たのではないでしょうか?
兎も角劉備に漢帝国を再興して欲しいので、この物語を書きました。是非、皆さんも応援してください!
9歳になり早くに父親を失った劉備は従兄らと長安を牛耳る秦王劉星玄に招集され、彼の一番下の息子となる。秦王には16名の息子があり、それぞれが英雄クラスの武官・文官であった。
彼らの教育を受けながら劉備は成長して行く、10歳になり幼年学校に進み同じく劉氏の子弟達と争いながらも成長して行く。幼年学校を3年で納めた劉備は12歳で高校に進んだ。
劉備はここで知己を得て人脈を築いていく、師範級の兄達に幼少時から剣術、槍術、弓術、太極拳等を叩き込まれた劉備は学生では敵う者がなかった。高校を是も2年で終わらせ大学へ進む。
大学では学生以外に学者や官吏、商人とも接する機会があり、劉備の人脈は急速に拡大した。
大学を3年で終わらせ劉備は18歳で南陽の丞(太守の副官)となり政治の世界に入った。
これから太守を目指して勉学に勤しむ劉備の姿があった。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
桜華ノ戦将 -Ouka no Sensho-
斎賀慶
SF
世界は、突如現れた“異形”に蹂躙された。
空と海は封じられ、国々は孤立し――人類は、滅びの淵に立たされた。
日本を襲うのは、「鬼」や「妖」。
それに唯一対抗できるのが、「戦将」と呼ばれる選ばれし者たち。
魂を削り、異形を討伐する彼らは、特務機関〈桜華〉に集い、“最後の希望”となった。
戦将を志す少年・宮本蒼真(みやもとそうま)は、
歴史上の偉人の記憶を宿す武器《戦武》を手にする。
その二振り――それは、かの剣聖・宮本武蔵であった。
二天一流の剣が、現代に蘇る。
蒼真の刃が滅びゆく世界を切り拓くとき、
人類の未来を懸けた、新たな戦いが幕を開ける。
※本作は、VR訓練・異能武器・近未来の日本を舞台にした〈和風バトルSF〉です。
※本作品は他サイトでも掲載しています。
※AIで生成したオリジナルイラストです。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
【なろう450万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて450万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる