【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

タツマゲドン

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Category 1 :Recognition

9 : Inexplicable

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 心臓からナイフを引き抜いたアダムは続けて、下腹部、首、額、とリズム良く突き刺す。

 赤い液体が大量に垂れ、抵抗が消える。意思を失った暗殺者は重力のままに地面に伏した。

(終わりか、呆気ない)

 アダムは死体に目もくれず振り返った。

 その姿こそ、この場唯一の観戦者にとってはショックな出来事だった。

(そんな、嘘……)

 何故死を忌まないのか、それが彼女には不可解だった。床が赤く染まるのを見るだけで目を覆っている。

「どうして殺したの……」

 震えそうな声での質問。返答はすぐに来た。

「なら何故殺さないという選択が出来る?」
「……だって、私は人が苦しむのは見たくない……」

 その不合理な回答こそ少年には不可解だった。

「損害を考えないのか? ではアンジュ、君なら殺さずにどうするつもりだ?」
「それは……捕らえて捕虜に……」

 言い切る直前、横で発光――先程出来上がった死体が光っていた。

 注目した途端、光が激しさを増幅させる。アダムが飛び退き、アンジュリーナが両腕を顔にかざし、二人を熱と閃光が襲う。

 空気が急激に加熱された事による衝撃波が広がり、眩しさは止んだ。

 次に二人が確認したのは、暗殺者の死体が消え、死体があった場所では床が半球状の穴を開けていた事だ。恐らく死体が放った熱によって溶けたのだろう。

「……まさか、自爆?」
「だろう。捕虜にする意味も無かった。被害が増える可能性もあっただろう。しかしトレバーはどうしたのか。さっきから“感じ”ない……」

 話題を捨て去り既に先を行くアダムに対し、自身の考えを否定されたアンジュリーナは立ち止まったまま顔を俯かせていた。

(どうしてここまで残酷なの……)




















「ガルシア、ブラウン、共に離脱。派遣した「予備軍」も生体信号が途絶えました」

 ポールは指令室で部下の報告にも腕を組んだまま黙っていた。表情には出していないが、内心ではイラつき、指をポキポキ鳴らしていた。

「……もはやアンダーソンが覚醒したとしか思えん。テイラーはどうした?」
「現在もまだ足止めを受けているようです」
「繋げられるか?」
「出来ます」

 オペレーターが肯定と同時に通信を立ち上げる。ポールが即刻マイクの前に立って、呼び掛ける。

「テイラー、作戦中止だ。だが、アンダーソンはお前の丁度上に居る。お前に離脱を命じる代わりに「覚醒」の確認をしろ」
『了解』

 さて、とマイクから顔を遠ざけ、考え事をし始めた。

「アレクソン君どうかね?」

 丁度指令室の扉が開き、そこから室内に入ってきた赤毛の人物、ディック中佐がポールの思考に割り入った。

「失敗です。アンダーソンは十中八九で覚醒したものだと思われます。現在生存者を撤退させています」
「そうか、残念だ……別に君を責めるつもりは無いが……」

 中佐は悩むように頭を押さえた。

「中佐、別にアンダーソン無しでも「成功」の分析は可能です」
「……それは分かっている。まあ、実物があれば分析に手間が掛からんと思ってな……」

 ポールには納得出来る答えだったものの、中佐の言い方はどこかぎこちなく、答えに詰まっているようにも思えた。

(中佐は何故ここまでアンダーソンに拘るんだ? 今は摘出されていても「チップ」を埋めてあったのなら持ち出されたと分かった時点で自爆を命じる事だって出来た筈だ……いや、俺の考え過ぎか?)

 隣でモニターを見詰める中佐を横目に考えたが、今はどうでも良いと打ち切った。




















 トレバーは、対峙するヘルメットと黒い服装に隠れた相手の変化をすぐに見切った。もっとも、この変化は一般人には全く分からないのだが。

(「エネリオン」の量が増えた? ……首に何か隠れているな。一種の増幅装置といった所か)

 行動も予想外だった。ヘルメットの人物は突如床を蹴ると跳び上がり、天井を突き破って外へ大穴を空ける。

 不味い、と思った時にはトレバーもそれを追って穴へ向かって跳ぶ。ただ、相手の方が圧倒的に速かった。




















 アダムがトレバーの気配が消えた事に気付き、アンジュリーナがアダムの残酷性を考え込んでいた頃。

 バゴッ! ――堅い床が破れる音。咄嗟に振り向いた少年少女。堅い床に大穴が空き、何者かが飛び出していた。

 人相をヘルメットと黒い衣装で隠した人物の登場は突発的で二人に考える暇さえ与えなかった。

 姿を確認した時、ヘルメットの人物は既に剃刀サイズのナイフを持ち、アダムに向かって投げていた。

 途轍もないスピードで迫るそれを、アダムは避けようとしたが、

(速過ぎる!)

 信じるか否かの以前に、認識が追い付かない。体を横へスライドさせても刃は確実に突き刺さる……

 突然、飛翔するナイフが目に見えた――明らかに遅くなったのだ。

 何故かと疑問よりも、今は回避を続行。ナイフはアダムの頬ギリギリを通過した。

 今度は、床に開いた穴から浅黒い肌の人物、トレバーが飛び出したのが見えた。するとヘルメットの人物がナイフ投げの体勢から腕を引き戻す。

 アダム向かって飛んでいたナイフが逆方向に飛び、相手の手中に戻る。

 ヘルメットから意味ありげな視線を送ると、床を蹴り、目にも止まらぬスピードで屋上から姿を消した。

 少年が刃を避けた体勢のまま呆然としている。そこへ大人が駆け寄る。

「無事か?」
「ああ」

 大人からの質問に少年は無事を伝えたが、

「ごめんなさい、私はあんまり……」

 少女の方は、苦しみに耐える声だった。

 声の元へ目線をやると、アンジュリーナはアダムに右手を向けたまま、立ち止まっている。

 そして、もう片方の左手は、彼女自身の下腹部を押さえていた。その周りには赤い染みが……

「アダム君は、無事?」
「そうだが」
「良かった……」

 自身は傷付きながら、しかし安心したように言った少女。膝から地面に崩れた。

「チャック、屋上に来い」

 通信機を耳に当て、最短かつ早口で告げたトレバー。返事は聞かなかった。

(もう一本投げられていたのか? まるで分からなかった……いや、待て……)「アンジュ、あのナイフは君が減速させたのか?」
「そう、よ……」

 苦痛を我慢し、即答。辛い筈なのに、何かを成し遂げたような満足が、少しだけ見えた。

「何故助けたんだ? 君自身の事はどうでも良いのか?」
「私が人を……貴方を、アダム君を助けたいからよ……!」

 少年に訴え掛けるような言い方だった。

 納得出来なかった。不可解だった。何も理屈が無いのが分からない。

 丁度その時、チャックが慌ただしく階段から走って屋上に辿り着き、倒れかけのアンジュリーナの傍へ来ると、負傷箇所に手を当てる。

 医師の手から発される光と共に、少女の傷が塞がるのを見届けながら、アダムは孤独に分からないままだった。





















『アンダーソンから一定以上のエネリオンを感知』
「ご苦労、戻って来い」

 オペレーターの隣、ずっと立ちっぱなしだったポールは、通信を聞くなり肩を落とした。

 続けて百八十度振り向き、そこに居た赤毛の中年男性へ声を掛ける。

「申し訳ありません中佐、また失敗です」
「……そう気にするな。私の我侭みたいなものだ」

 中佐は、作戦において残り一人が離脱し、少数によるアンダーソン奪還作戦が完全失敗したと知ると落胆のため息をつき、眉をつり下げる。

「しかし中佐、これでは重要機密が……」
「心配するな。奴らに渡ったところで“本当の価値”を引き出す事は出来ない」

 彼は言い終えると部下の次なる台詞も聞かず、逃げるように一人で部屋から出た。

 廊下には誰も居ない。このまま自分の部署に戻るとしようと足を動かす。

 中佐、文字通り階級は中佐だが、ある事情で彼は時に少将並みの権力を発揮する時もある。先程失敗に終わったアンダーソン奪還作戦も、彼がポールに命じたものだ。

 本名、クリストファー・ディック。四十五歳。身長は百七十五センチメートル、と白人にしては低い方の部類に入る。

 生まれつきの派手で年に合わない赤毛が悩みだが、短くしているだけで、彼には染めるという発想は無いらしい。

 歩きながらクリストファーは二つの事を考えていた。一つは逃げるように足早に移動する事。そしてもう一つ。

(「覚醒」した……じゃあ“アダム”は目覚めたのか? ならば反抗的な行動も理解出来るが、まだ説明不足だ……)

 廊下には彼以外誰も居なかった筈だ。
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