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Category 3 : Rebellion
10 : Funeral
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機械仕掛けの動物達の中に、2つの人影をアンジュリーナは感じた。
2人を中心に周囲のマシン達がバタバタと息を引き取る。アダムが2丁の拳銃を休む暇なく動かし続け、クラウディアの持つ小銃と合わせ、秒間約200体が屑鉄へ変貌する。
「皆さん、クラウディアさんとアダム君が戻って来ました! これなら対空に火力を向けられます!」
「ピーター、ぶちかませ!」
『勿論です!』
アンジュリーナの報告を受けたロバートに促され、人間の2.5倍の大きさがある二足歩行戦車、そのアームが上空へ目掛けて伸びている。アームが持つ2丁の20ミリサブマシンガンが火を噴く。そして上空で爆発を引き起こす。
「航空戦力はあと僅かだ。地上に引きずり落とせ!」
途端、背後にそびえる観測塔が電子を噴いた。金属の鳥もどきの群れの一部が雷を浴びて爆炎を上げる。
生き残りが機体下部に設置されたミサイルを発射した。直後、機体は地上からの鉄塊を食らい、燃料が引火し爆散したが、直進するミサイルは無事だ。初速は遅いが、ジェット噴射で加速され、音速の四倍にも匹敵する。そして他の無人機からも……
「そうだ。クラウディアさん、アダム君、聞こえますか?」
『どうしたんだ? 何か頼みでもあるのか?』
『聞こえる』
右手を前にやりながら左手に持った通信機に話し掛けたアンジュリーナ。彼女と同じく余裕の無い返事は言葉を終えるとすぐに来た。
「上空に管理軍の航空機が沢山、観測塔を狙っているんです。それを撃ち落としてくれませんか?」
『早速やろう、アダム』
『了解』
数百メートル位先だろうか、エネリオンの弾丸が地上から宙を舞う無人機達を襲うのがアンジュリーナには見えた。
後方で、何かがめり込み粉砕した様な音、瞬時に振り向く。
まず衝撃で吹き飛んだ土砂がアンジュリーナに降り掛かった。そして金属の巨人、二足歩行戦車の一体が先程まで存在しなかった大穴に足を取られ、転倒している最中だった。
爆弾が作った穴に二足歩行戦車が完全に落ち込んだ。すると、見ていて顔が強張っていた彼女の隣に居たロバートが「任せろ」と肩を優しく叩き、クレーターへ向かう。
「大丈夫か?」
『ええ、何とか……デカくても穴には落ちるなんて酷い世界です』
「お前が下手くそなだけだ。オネンネしている場合じゃねえぞ」
冗談混じりにきつく言われ、コクピットに居座るピーターが片足を持ち上げた。それに連動し、メタルの足が爆発で黒く焦げた穴の外に引っ掛かる。後は重心も穴の外に出し、もう片方の足も出た。二足歩行の利点である地形走破性により可能なのだ。
体勢を整え、上空へ意識を向ける。コクピットの中央に拡大された赤外線映像が映る。
赤外線敵位置把握システムと弾道予測処理により画面には赤い照準点が現れ、軽く曲げた人差し指を更に曲げる。手を閉じようとしても何かを握っている様な手応えがあった。
腕が押し下げられる反動が連続。画面に映る赤外線可視化映像の中心の影が四散した。
『敵航空戦力が全滅しました!』
一人の興奮を隠し切れていないオペレーターの告げる声に連鎖し、兵士達が喜びの声を上げた。
「やったぜクソッタレ!」
「なあ、お前どれだけ撃ち落とした?」
「覚えてねえ。まあいいや、ハハッ」
「カモなら良いんだが、参った、こりゃ食えねえな、ハッハッハッ!」
「おい、地上の犬コロ共を駆逐するのを忘れんな」
誰かが注意して言った。確かに喜ぶのはまだ早い。
「てか犬かよあれ、ネコ科じゃねーの?」
「まあお前ら、要するにあのワン公を虐殺すれば良いんだ。さっさとしろ」
「……やっぱ犬じゃん」
下らぬ兵士達の口論をリーダーらしくロバートがまとめた。そして夜空を向いていた機銃や砲塔が地面に対し水平になる。
『対空部隊全員給弾完了。何時でもどうぞ』
「あの狂犬共を片っ端から駆除だ! 撃て!」
地上から横方向へ一斉に無数の銃弾が。攻めていた四足走行ロボット、無人バイク、人型ロボット、どれも例外なく無差別に銃弾を受けた。
一番この状況を喜んでいたのはアンジュリーナかも知れない。敵攻撃に専念し、迫り来る銃弾やミサイルを止める。そして味方の士気が上がる。彼女にとっては仲間が喜ぶのが何よりの幸せなのだ。
携帯端末から部下によるロサンゼルス掃討作戦が完全な失敗に終わったという事を聞き、ポールはテーブルに座りながら片手に握るコーヒーカップを握り締めたい衝動を抑えながら、「やはりか」と呆れた様に顔をしかめた。
端末のスピーカーからは聞きたくもない言葉が出て来る。減少した敵戦力は多く見積もって2割。当初では6割超えを目指していたが、これでは話にならない。彼は上層部にどう説明するべきか悩まされていた。
原因は分かっている。たった"2体"なのだ。彼は端末を乱雑にテーブルの上に置いた。
片方が敵トランセンド・マンを引き付け、もう片方が敵通常戦力へ攻撃を行う、というものだ。用意した数が少なかったが、短期的にでも効果はあった筈だ。
だが、計画通りでは無かった。”何故計画通りに動かなかった”のか、それがポールの一番の疑問だ。
出撃を命じたあの2体に欠陥でもあったのか、そこである人物を連想する。
「ディック中佐……」
トランセンド・マンの”管理”は彼が責任を負っている。ポールがトランセンド・マンの”使用許可”を得たのも彼の承諾によるものだ。
再び携帯端末を取り、番号を入力、スピーカーを耳に。
『……という事がありまして……』
「それは残念だったな」
椅子の上でくつろいでいる所、電話からの知らせにクリストファー・ディックは無念の表情を浮かべた。彼には責める意思もない。
『ところで中佐には訊きたい事があります』
「何だ?」
次の電話からの音声を聞いた途端、彼の表情は余裕を失った。
『要請して使用許可を貰った2体ですが、命令に背きましてね。欠陥でもあるのかと……』
声を伝えるだけの音声電話で良かった、と内心で思った。そして一方、彼の普段無表情な顔は急変し、恐ろしさに強張っていた。
「……そんな事があったのか」
『2体は無事に帰還中です。それで戻って来たら貴方に原因を調べて欲しい。私も立ち会います』
「分かった、ご報告どうも」
冷汗が額を通るのを感じ、強制的に電話を切った。
周囲に誰も居ない事を視認で確かめると、クリストファーは無人の研究室で安堵をついた。ハンカチで汗を拭き取る。
「流石に不味かったか……しかし、これも失敗となればどうやって”アダム”を取り戻すべきか」
ロサンゼルスはサンタモニカ丘陵、そこで一つの戦いが終わりを迎えた。
防衛に成功した反乱軍の損失は約1割。死者はその半分程だろうか。
スクラップに成り果てた無人兵器の散乱する荒野の中、倒れている人影を発見した。それも至る所で。
既に屍となった彼らは生き残った兵士達に運ばれ、死体袋の中へ次々と入れられる。その様子を1人の少女が黙って、しかも目を背けずに見続けていた。
何十、いや、何百もあるかも知れぬ死体袋の列を前に、アンジュリーナが正座し手を合わせて目を瞑る。
(ごめんなさい、私の力が足りなくて……)
彼女が最も忌避する出来事がこの日何百も訪れた。だが押し潰される訳には行かない。
(二度と誰も苦しませたくない。全員生かせてあげたい。だからもっと頑張らなきゃ!)
立ち上がる。そして前を向く。戦いが終わる度、何度もこうしてきた。
「どうしたんだ?」
背後から少年のものと思われる疑問の声。振り向けば何時の間にかアダムが2メートル先に立っていた。どうやら行為が理解出来ない様だ。だから教えてあげる。
「弔いよ」
「とむらい?」
言葉の意味を知らなかったアダムは尋ねる。普段は落ち着いて大人びたその雰囲気が異様に思えた。
「死んだ人の事を想い悔やむのよ。死んだ人達が成仏する様に、そして死んだ人達の分私達が生きていける様に」
「くやみ? じょうぶつ?」
無表情なままだが、いつもとは違ってまるで好奇心旺盛な子供の様に質問する。おかしかった。それでも少女は決して笑わずに教えてあげた。
「悔やみ、後悔とも言うわ。してしまった事を謝る為に。成仏は死んだ人が迷いなく天国へ行ける様に」
「天国とはどんな場所だ?」
予想外の質問にアンジュリーナは戸惑い、目を泳がせて考え、自分の思い付く限り精一杯答えた。
「天国、死んだ人が行く世界と言われているわ。でも生きていた頃に良い事をしていなければ、地獄へ行ってしまう……」
複雑な心境だった。彼は理屈的な説明を求めているのは分かっている。だが思い浮かんだ事といえば、まるで子供相手にする為のお伽話の如き内容だ。
「……一般にそう信じられているの。人は死ぬ事を一番怖がっている、だから少しでも安心する為に、嘘か本当かも分からない話を作って……大事なのは信じる事よ」
「信じる、か……」
咄嗟に思い浮かんだ言葉をそのまま口に出す。アダムが黙って考え込んでいる様だが、どう感じているのかは分からない。
「ご、ごめんなさい。あんまり私も分からなくて……」
不安げに俯いた少女。少年の顔が見えない。だが答えは少女の意表を突くものだった。
「ありがとう」
「えっ?」
意外感に拍子抜けし、顔を上げながら間の抜けた声を発した。アダムの目ははっと見開いていた。
「自分はトレバーから信じる事を教わった。信じる事が重要、そういう事なのだろう。改めて分かった」
「そういうつもりじゃなかったけど、アダム君が良いなら私は別に良いわ。教えてあげたかった、それだけよ」
改めて向き合うのは、まだ成人前の2人の男女。
「アンジュ、ただの疑問だが、君は天国や地獄を信じるのか?」
今度はアンジュリーナ自身が考えさせられる問い掛けだった。頭を捻った挙句、口を開く。
「私は信じている。だって楽しくないでしょう? 私はこう思うわ、信じていればその人にとっては存在するんだ、って」
そして今度はアダムが腕組み思考を繰り広げる番だった。組んでいた腕を解除した時、その表情ははどこか晴れている様にも見えた。
「アンジュ、君が何故僕には理解出来ない、理論に合わない様な行動をするのか、少しだけ分かった気がする。ありがとう」
「どういたしまして!」
アンジュリーナは心優しく元気な笑顔で返事した。程度はあれ、人の役に立つ、それだけで彼女は嬉しかった。
2人を中心に周囲のマシン達がバタバタと息を引き取る。アダムが2丁の拳銃を休む暇なく動かし続け、クラウディアの持つ小銃と合わせ、秒間約200体が屑鉄へ変貌する。
「皆さん、クラウディアさんとアダム君が戻って来ました! これなら対空に火力を向けられます!」
「ピーター、ぶちかませ!」
『勿論です!』
アンジュリーナの報告を受けたロバートに促され、人間の2.5倍の大きさがある二足歩行戦車、そのアームが上空へ目掛けて伸びている。アームが持つ2丁の20ミリサブマシンガンが火を噴く。そして上空で爆発を引き起こす。
「航空戦力はあと僅かだ。地上に引きずり落とせ!」
途端、背後にそびえる観測塔が電子を噴いた。金属の鳥もどきの群れの一部が雷を浴びて爆炎を上げる。
生き残りが機体下部に設置されたミサイルを発射した。直後、機体は地上からの鉄塊を食らい、燃料が引火し爆散したが、直進するミサイルは無事だ。初速は遅いが、ジェット噴射で加速され、音速の四倍にも匹敵する。そして他の無人機からも……
「そうだ。クラウディアさん、アダム君、聞こえますか?」
『どうしたんだ? 何か頼みでもあるのか?』
『聞こえる』
右手を前にやりながら左手に持った通信機に話し掛けたアンジュリーナ。彼女と同じく余裕の無い返事は言葉を終えるとすぐに来た。
「上空に管理軍の航空機が沢山、観測塔を狙っているんです。それを撃ち落としてくれませんか?」
『早速やろう、アダム』
『了解』
数百メートル位先だろうか、エネリオンの弾丸が地上から宙を舞う無人機達を襲うのがアンジュリーナには見えた。
後方で、何かがめり込み粉砕した様な音、瞬時に振り向く。
まず衝撃で吹き飛んだ土砂がアンジュリーナに降り掛かった。そして金属の巨人、二足歩行戦車の一体が先程まで存在しなかった大穴に足を取られ、転倒している最中だった。
爆弾が作った穴に二足歩行戦車が完全に落ち込んだ。すると、見ていて顔が強張っていた彼女の隣に居たロバートが「任せろ」と肩を優しく叩き、クレーターへ向かう。
「大丈夫か?」
『ええ、何とか……デカくても穴には落ちるなんて酷い世界です』
「お前が下手くそなだけだ。オネンネしている場合じゃねえぞ」
冗談混じりにきつく言われ、コクピットに居座るピーターが片足を持ち上げた。それに連動し、メタルの足が爆発で黒く焦げた穴の外に引っ掛かる。後は重心も穴の外に出し、もう片方の足も出た。二足歩行の利点である地形走破性により可能なのだ。
体勢を整え、上空へ意識を向ける。コクピットの中央に拡大された赤外線映像が映る。
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腕が押し下げられる反動が連続。画面に映る赤外線可視化映像の中心の影が四散した。
『敵航空戦力が全滅しました!』
一人の興奮を隠し切れていないオペレーターの告げる声に連鎖し、兵士達が喜びの声を上げた。
「やったぜクソッタレ!」
「なあ、お前どれだけ撃ち落とした?」
「覚えてねえ。まあいいや、ハハッ」
「カモなら良いんだが、参った、こりゃ食えねえな、ハッハッハッ!」
「おい、地上の犬コロ共を駆逐するのを忘れんな」
誰かが注意して言った。確かに喜ぶのはまだ早い。
「てか犬かよあれ、ネコ科じゃねーの?」
「まあお前ら、要するにあのワン公を虐殺すれば良いんだ。さっさとしろ」
「……やっぱ犬じゃん」
下らぬ兵士達の口論をリーダーらしくロバートがまとめた。そして夜空を向いていた機銃や砲塔が地面に対し水平になる。
『対空部隊全員給弾完了。何時でもどうぞ』
「あの狂犬共を片っ端から駆除だ! 撃て!」
地上から横方向へ一斉に無数の銃弾が。攻めていた四足走行ロボット、無人バイク、人型ロボット、どれも例外なく無差別に銃弾を受けた。
一番この状況を喜んでいたのはアンジュリーナかも知れない。敵攻撃に専念し、迫り来る銃弾やミサイルを止める。そして味方の士気が上がる。彼女にとっては仲間が喜ぶのが何よりの幸せなのだ。
携帯端末から部下によるロサンゼルス掃討作戦が完全な失敗に終わったという事を聞き、ポールはテーブルに座りながら片手に握るコーヒーカップを握り締めたい衝動を抑えながら、「やはりか」と呆れた様に顔をしかめた。
端末のスピーカーからは聞きたくもない言葉が出て来る。減少した敵戦力は多く見積もって2割。当初では6割超えを目指していたが、これでは話にならない。彼は上層部にどう説明するべきか悩まされていた。
原因は分かっている。たった"2体"なのだ。彼は端末を乱雑にテーブルの上に置いた。
片方が敵トランセンド・マンを引き付け、もう片方が敵通常戦力へ攻撃を行う、というものだ。用意した数が少なかったが、短期的にでも効果はあった筈だ。
だが、計画通りでは無かった。”何故計画通りに動かなかった”のか、それがポールの一番の疑問だ。
出撃を命じたあの2体に欠陥でもあったのか、そこである人物を連想する。
「ディック中佐……」
トランセンド・マンの”管理”は彼が責任を負っている。ポールがトランセンド・マンの”使用許可”を得たのも彼の承諾によるものだ。
再び携帯端末を取り、番号を入力、スピーカーを耳に。
『……という事がありまして……』
「それは残念だったな」
椅子の上でくつろいでいる所、電話からの知らせにクリストファー・ディックは無念の表情を浮かべた。彼には責める意思もない。
『ところで中佐には訊きたい事があります』
「何だ?」
次の電話からの音声を聞いた途端、彼の表情は余裕を失った。
『要請して使用許可を貰った2体ですが、命令に背きましてね。欠陥でもあるのかと……』
声を伝えるだけの音声電話で良かった、と内心で思った。そして一方、彼の普段無表情な顔は急変し、恐ろしさに強張っていた。
「……そんな事があったのか」
『2体は無事に帰還中です。それで戻って来たら貴方に原因を調べて欲しい。私も立ち会います』
「分かった、ご報告どうも」
冷汗が額を通るのを感じ、強制的に電話を切った。
周囲に誰も居ない事を視認で確かめると、クリストファーは無人の研究室で安堵をついた。ハンカチで汗を拭き取る。
「流石に不味かったか……しかし、これも失敗となればどうやって”アダム”を取り戻すべきか」
ロサンゼルスはサンタモニカ丘陵、そこで一つの戦いが終わりを迎えた。
防衛に成功した反乱軍の損失は約1割。死者はその半分程だろうか。
スクラップに成り果てた無人兵器の散乱する荒野の中、倒れている人影を発見した。それも至る所で。
既に屍となった彼らは生き残った兵士達に運ばれ、死体袋の中へ次々と入れられる。その様子を1人の少女が黙って、しかも目を背けずに見続けていた。
何十、いや、何百もあるかも知れぬ死体袋の列を前に、アンジュリーナが正座し手を合わせて目を瞑る。
(ごめんなさい、私の力が足りなくて……)
彼女が最も忌避する出来事がこの日何百も訪れた。だが押し潰される訳には行かない。
(二度と誰も苦しませたくない。全員生かせてあげたい。だからもっと頑張らなきゃ!)
立ち上がる。そして前を向く。戦いが終わる度、何度もこうしてきた。
「どうしたんだ?」
背後から少年のものと思われる疑問の声。振り向けば何時の間にかアダムが2メートル先に立っていた。どうやら行為が理解出来ない様だ。だから教えてあげる。
「弔いよ」
「とむらい?」
言葉の意味を知らなかったアダムは尋ねる。普段は落ち着いて大人びたその雰囲気が異様に思えた。
「死んだ人の事を想い悔やむのよ。死んだ人達が成仏する様に、そして死んだ人達の分私達が生きていける様に」
「くやみ? じょうぶつ?」
無表情なままだが、いつもとは違ってまるで好奇心旺盛な子供の様に質問する。おかしかった。それでも少女は決して笑わずに教えてあげた。
「悔やみ、後悔とも言うわ。してしまった事を謝る為に。成仏は死んだ人が迷いなく天国へ行ける様に」
「天国とはどんな場所だ?」
予想外の質問にアンジュリーナは戸惑い、目を泳がせて考え、自分の思い付く限り精一杯答えた。
「天国、死んだ人が行く世界と言われているわ。でも生きていた頃に良い事をしていなければ、地獄へ行ってしまう……」
複雑な心境だった。彼は理屈的な説明を求めているのは分かっている。だが思い浮かんだ事といえば、まるで子供相手にする為のお伽話の如き内容だ。
「……一般にそう信じられているの。人は死ぬ事を一番怖がっている、だから少しでも安心する為に、嘘か本当かも分からない話を作って……大事なのは信じる事よ」
「信じる、か……」
咄嗟に思い浮かんだ言葉をそのまま口に出す。アダムが黙って考え込んでいる様だが、どう感じているのかは分からない。
「ご、ごめんなさい。あんまり私も分からなくて……」
不安げに俯いた少女。少年の顔が見えない。だが答えは少女の意表を突くものだった。
「ありがとう」
「えっ?」
意外感に拍子抜けし、顔を上げながら間の抜けた声を発した。アダムの目ははっと見開いていた。
「自分はトレバーから信じる事を教わった。信じる事が重要、そういう事なのだろう。改めて分かった」
「そういうつもりじゃなかったけど、アダム君が良いなら私は別に良いわ。教えてあげたかった、それだけよ」
改めて向き合うのは、まだ成人前の2人の男女。
「アンジュ、ただの疑問だが、君は天国や地獄を信じるのか?」
今度はアンジュリーナ自身が考えさせられる問い掛けだった。頭を捻った挙句、口を開く。
「私は信じている。だって楽しくないでしょう? 私はこう思うわ、信じていればその人にとっては存在するんだ、って」
そして今度はアダムが腕組み思考を繰り広げる番だった。組んでいた腕を解除した時、その表情ははどこか晴れている様にも見えた。
「アンジュ、君が何故僕には理解出来ない、理論に合わない様な行動をするのか、少しだけ分かった気がする。ありがとう」
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