【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

Category 3 : Rebellion

2 : Approach

　砲撃の着弾音が近づいて来る。アンジュリーナやチャック、ロバート達兵士も察知している。しかし、双眼鏡でも狙撃スコープでも来ると予想されるマシンの大群はまだ見当たらない。

　後方では援軍が戦闘車両と共に到着した頃だった。敵の姿はまだ見えていなくとも準備を急いで取り掛かる。

「遅くなって済まない」
「いやいや、良く来てくれた」

　ロバートが援軍の指揮官と思われる人物とがっちり握手を交わした。

「奴らが見えましたぜ。距離約3.5キロメートル」
「戦車隊は準備が出来次第射撃に入ってくれ」

　援軍の準備途中で砂地に寝そべりながら対物ライフルのスコープを覗く兵士が告げた。戦車が準備済みの3割程だけ砲塔を少し斜め上に向ける。

　ズバーン！　と一斉に重い砲弾の発射音が何十も鳴り響いた。5秒も立たない内に基地砲撃に加わって前方で爆炎が広がった。

　炎と煙で見えにくかったが、スコープから目を離さぬ兵士には、爆発の隙間を掻い潜って前進を続ける機械の大群が見えていた。

「全然数が減ってねえ……」
「落ち着け。砲撃だと爆発範囲が広くても機械だし中心から離れていればそう壊れないだろう」
「その通りだ。近づいて来た所を俺達が弾幕の嵐を起こしてここ一帯をスクラップ場にしてやろう」
「おい、奴ら2.5キロ内に入ったぞ」

　最後の兵士の発言が場の緊張感を高めた。対物ライフルを持った狙撃兵達が次々と引き金に指を掛ける、が、まだ引かない。

　砲撃による爆発は大群を押し戻す事も出来ず、依然として近づくばかりである。

　少し経って誰かが叫んだ。

「1キロ内に入ったぞ！」

　対物ライフルの最大射程は3キロメートル以上あるが、空気抵抗により有効射程はそれよりも短い。また、対物ライフルの弾速は音速のおよそ3倍、つまり秒速約1000メートル。引き金を引いて命中まで1秒掛かるので、動く目標には有効射程は1キロメートル以下が妥当と考えるのが良い。

　直径13ミリメートルにも満たない銃口から、50グラムもの銃弾が音速の3倍で発射。それも前線のあらゆる場所から機械達目掛けて飛翔する。

　1人の歩兵が補助無しで扱える最強の銃から吐き出される金属の粒は、命中するとマシン達を屑鉄に変貌させる。

　加えて戦車の10割方が射撃に入っており、車両に搭載された重機関銃や歩兵の持つ軽機関銃、他の兵士が持つアサルトライフル、そして二足歩行戦車のサブマシンガンやロケット連装砲がまだ火を噴かぬまま前方へ向けられた。

　更に爆発は激しさを増すが、敵が引っ込む気配は無い。誰かの見る高倍率双眼鏡に【距離：6百メートル】と表示された。

「もうすぐで有効射程だ！　屑鉄の山を作れ！」

　ロバートが猛々しく発射音に負けない位大きな声で味方達へ叫んだ。それに応じて味方達はロバートの声が無に等しい程の雄叫びを一斉に張り上げた。

　二足歩行戦車の両肩にあるロケット連装砲から1機につき2発、ロケット発射がなされた。ジープや装甲車や戦車に懸架された重機関銃が重い連射音と共に金属塊と空薬莢を吐き出す。軽機関銃や無反動砲を持つ兵士達も引き金を引いた。

　ただでさえ近寄り難い爆発の嵐へ更に爆発量が増す。

　小さくて撃ち抜かれにくかった獣型戦闘ロボットが次々と倒れる様になった。

「これで動物愛護団体から苦情出たりしないだろうな」
「軍事目的の為なら致し方ねえだろう。所謂コラテラルダメージだ」
「お前それ言いたかっただけだろ」
「要するにあの犬コロどもを虐殺すれば良いんだろ？」
「犬？　どちらかと言えばネコ科だと思うが俺は」
「どうでもいい、リサイクル資源を作るぞ！」

　兵士達が銃の反動で体を振動させながらジョークを投げ合い、最後はロバートも冗談を利かせつつ喝を入れた。

　だが撃つのは兵士達だけではない。機械の大群も負けじとそれぞれに搭載された機関銃やロケット弾を発射してきたのだ。

　弓矢の時代からそれぞれの弾が空中でぶつかり合う事などめったに起こらない。だから互いにどうにか避けなければならない。

　マシン達は素早い動きで照準から抜け出そうとするか、数で強引に突破するか。

　反乱軍達は傾斜や遮蔽物の多い丘陵に位置取っているので身を隠すだけで大抵の攻撃は防げた。だが防げないものだってある。

　相手の無人バイクからロケット弾が発射され、何にもぶつからず一直線に飛ぶ。

　破片を撒き散らし、威力によっては地形を変えてしまう爆発は特に歩兵にとっては脅威だ。隠れている塹壕に手榴弾が投げ込まれればとんでもない事に。

　さて、先程のロケットの方といえば相変わらず撃ち落とされもせずに直進していた。

　次の瞬間、何の前触れもなく急減速した。だが、ロケット噴射はまだ続いているのだ。

　急減速した事に信管を刺激され、ロケットが空中で兵士達までの半分の距離も通過出来ずに虚しく爆発した。

　トランセンド・マンであれば、どこからか飛来してきたエネリオン塊がロケットに命中し、それが運動エネルギーに対して「中和」という現象が引き起こされたのが分かるだろう。そもそもこの場に居るトランセンド・マン2人の内1人であるアンジュリーナ・フジタが起こした出来事なのだから。

　他の場所で発射されたロケット砲や榴弾もアンジュリーナの放つエネリオン塊に被弾し、空中で四散する。

　アンジュリーナがトランセンド・マンの持つ並外れた動体視力や並列処理能力を持つ事によって可能とする技だ。ただし、カバーする範囲が広く数が多過ぎるので、初速の遅いロケットや榴弾程度しか防げない。小さく速い銃弾は逃してしまう。

　その点は兵士達も注意をしているし、兵士達はアンジュリーナが人が苦しむのが嫌いな事を知っている。戦闘が始まる前、兵士達の間で「アンジュを泣かせない様にな」と言い合う者達だって居た。

　だが必然的に、被弾する者だって居るのだ。常に不測の事態が起こるのが現実だ。

　アンジュリーナより右へ3メートルに居る兵士が激痛由来のうめき声を上げ、銃を捨てて地面に転がった。

（――！）

　人が傷付く姿を最も嫌うアンジュリーナは心配して無事を確かめたい。だが今彼女自身の役割を捨てれば他の味方まで死ぬ。だから気にせず前を見続けなければならない。しかし、彼女に迷いを起こすには1人の命すら十分だ。

　だから彼女は信じる。

　倒れた兵士に駆け寄る姿があった。この場にいるもう1人のトランセンド・マンであるチャック・ストーンだ。

「か、肩です……」
「ああ、致命傷でなくて良かったな」

　ピンセットが傷口へ入れられ、金属の粒が取り出される。

「ぐあっ！」
「我慢せい、すぐ終わるぞ。キャンディは居るか？」
「い、いえ……」

　喋っている少しの間に、銃口大の傷口は既に傷跡が見えない程に治っていた。チャックの「物質合成」は痛覚を伝える神経物質を緩和させ、痛みも消えた。

「凄い……ありがとうございます！」
「お礼はこの戦闘が終わってからにせんか。必ずだぞ」

　驚きを隠し切れないまま兵士が礼を述べ、転がっていた銃を拾い上げた。チャックが遠回しに死ぬな、と言いながら無事に戦線へ復帰した兵士を見送りながら次の負傷者の元へ急ぐ。

（良かった……このまま食い止めて！）

　医師と兵士の会話が聞こえていたアンジュリーナが心の中で安堵し、強く願う。空中で飛翔を止められたロケットや榴弾が爆発を起こす。

　機械達はじりじりとその進んでいた。




















　機械達の大群はたった4人の人物を避けながら行進する。

　外側に大柄な男性が2人、その2人が囲むのが背中を合わせる長身の女性と小柄な少年。

　細剣を持つ女性と対面する茶髪の男がナイフを右手に抱えた。少年と対面する黒髪の男は少年と同じ素手で、両拳を顎の高さに上げたボクシングの構えだ。

「アダム、私が相手する男はステルス能力を使う。認識から外れてお前へ奇襲を行うかも知れない。だが注意すれば見失う事はない筈だ。それに私が抑えておく」
「分かった」

　女性、クラウディア・リンドホルムの助言と、少年、アダム・アンダーソンの返事。それを機に突如開戦した。

　黒髪の男が真顔のまま地面を一蹴り。蹴られた地面に大きな足形が出来た。

　アダムが迎撃する様に地を駆ける。

　アダムが右足で地面を踏み込み、左足を上げ膝を曲げる。駆け込みの威力をそのまま足へ伝えるべく横へ膝を伸ばそうとする。

　対する黒髪の男は踏み込んだ足へエネリオンを送り込んだ。

　エネリオンが地面を踏んだ事による衝撃へ伝わり、増幅。

　それだけではない、威力を高められた衝撃波は本来上下左右前後全体へ拡散する筈、だった。だが、エネリオンの作用によって、アダムの居る方向だけへレーザーの如く直線に衝撃が伝わる。

　”空気中”の音速は秒速340メートルであるが、音が伝わる物質で異なる。例えば、水であれば空気中より4倍以上も速い。密度が大きければ大きい程音の伝わる速さは大きくなる。

　今この状況では黒髪の男が起こした音は地面を伝わる。土質によって密度は異なるが、少なくとも水より重い砂などあるまい。音速の数倍もの衝撃波がアダムへ襲い掛かるのだ。しかも2人の距離は2メートルも無い。

　地面を伝わる振動に足を刈られたアダムは、蹴る前の姿勢から崩れ弱々しく足が伸びる。

　ヒョロヒョロな蹴りは対して威力も出せず、そもそも遅いので相手に当たる事は無かった。バランスを崩したアダムの顔面へダッシュを加算したストレートがクリーンヒットした。

　それだけではない。地面を蹴った衝撃は更に別の事を引き起こした。

　アダムの真後ろにいたクラウディアまでも足元に感じた衝撃で体勢を崩したのだ。後ろからの不意だったので対応出来ず、その隙を突いて茶髪の男が突進する。

　急いで足を踏み直し前を向いたクラウディアは右手に持つ剣で繰り出されるナイフを左へ払う。そして刃先を正面に戻し、額へ。

　それを相手は左腕で強引に受け止め、上へ逸らす。不審がったクラウディアが一歩下がる。

　剣を受け止めた相手の腕は服どころか内側の皮膚にも切り傷を作っていた。しかし、西洋剣は突き刺して使う武器なので側面の切れ味はそれ程なく、斬撃で致命傷を与えるのは難しい。

「丈夫な奴だな……」
「……」

　後ろではアダムが距離を取りつつ銃撃によって戦いを繰り広げていた。

「ようし、私も負けてはいられないぞ！」

　周囲の機械達の走行音に負けない位、大きな騎士の様なな勇ましい声を張り上げた女剣士は剣をまた突き出した。