【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

タツマゲドン

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Category 2 : Equilibrium

3 : Knife

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 標準的なトランセンド・マンの走行速度は約音速、つまり秒速三百四十メートル。

 これに対し、トランセンド・マン専用の銃器から発射されるエネリオンの弾は一般に音速の五倍から音速の十倍にも及ぶ。対人・対物では音速の五倍にし、対トランセンド・マンには音速の十倍、と切り替えるのが妥当だ。

 これを“普通の人間”スケールに直せば、時速三十六キロメートルで走るアスリートが、最低でも時速百八十キロメートル、最高でも時速三百六十キロメートルの野球ボールを避けるのに等しい。弓矢でも最大時速二百キロメートルという事を考えれば驚異だろう。

 野球のベースからホームベースまでの距離は約二十メートル。その動きを目に捉えられれば時速百五十キロメートルのストレートでも避けられない事もないだろう。しかし距離が詰まれば回避は困難で、最大弾速は普通の人間基準に換算すれば時速三百六十キロメートル。

 しかし、速くても離れていれば避けるまでの余裕もあり、以上の理由により、数十メートル程度の距離がトランセンド・マン同士の銃撃に最適と言われている。

 ちなみに、それ以上の距離でも不意を突いた狙撃なら数キロメートル離れた所からでも可能だ。そもそも“銃弾”は認識し辛い構造になっているため、弾道予測出来るのは結構近距離になってからでしか分からない場合もあるのだ。

 それより近い距離であれば、狙う手間が省けて弾が遅くても到達時間が短いが、接近されやすく距離を詰められて接近戦に持ち込まれるかもしれない。

 なので、トランセンド・マンは、大体十メートル以内の距離であれば格闘か接近武器を使用する。それに、銃弾としてエネルギーを飛ばすよりも、エネルギーを打撃や斬撃として直接伝える方が断然効率が良い。

 トランセンド・マン専用の近接武器は、見た目だけは何の変哲も無い。超越しているといえど身体構造は完全に人間なので、剣や槍等お馴染の武器が丁度良く、無駄に凝った形態の武器では使いにくいのは当然だ。

 切断力や打撃力や耐久力も使用者のエネリオンによって格段に上昇する。

 今アダムが握る刃渡り十五センチメートルの両刃ナイフもそれだ。

「それで良いのかい?」
「これが良い」

 ハンが示した先の台には大小長短様々な武器が並んでいるが、アダムが手に取ったのはその中で最小かつ最短のナイフ。意思を変更するつもりは無いようだ。

「拳銃といいナイフといい、接近戦がメインか。確かに小柄な体格を活かすにはそれがベストだろうね。それじゃあ始めようか」

 一週間を通してアダムは様々な武器を試してみたが、本人にとって一番しっくり来たのがこのナイフなのだ。まるで自分の手足のように動かせる。

 ここは反乱軍軍事施設内にある格闘場。二人が立つフィールドは一辺三メートルの狭いスペース。

 少年と青年は一メートルの間隔の二本の横線にそれぞれ立って向かい合う。

「中国武術は長江を境に北と南に分かれる。北は広い大地を活かしたダイナミックな動きが特徴的だけど、南は閉所や船の上で戦う事を想定しているんだ。僕は南派だし、戦闘では常に好条件が整っているとは限らないからね」

 と、ハンの意見。トランセンド・マンはその身体能力を活かすために広いエリアで縦横無尽に駆け回るのがベストだが、室内等の限られたスペースでは意味を成さない。

 アダムはナイフを持った右半身を前に左手を顎の位置に、ハンは同じナイフを右手に持って左半身を前に右手が後ろ。

 次の瞬間、少年の踏み込み――青年のこめかみに向かって刃が伸びる。

 ハンが左手で腕を押さえ、右手のナイフを向こうの腕へ伸ばす。

 右腕でナイフを持つ腕を受け止めたアダム。膠着。

 青年が左手で相手の腕を払い除け、右手をそのまま前に。少年が更にその腕を左手で外側に逸らしてナイフを逆手に持ち、突き。

 ナイフで突きを逸らすが、残された威力で青年が二歩バック。それを追う少年の左肘先。

 左手で肘を内側へ反らしたハン――二人の位置が逆転。すれ違う瞬間、アダムがナイフを薙ぐが刃が防ぐ。

 一瞬で追い詰められた少年が振り向きながら左ローキック。青年が右足を前に出し、蹴りを跳ね返す。

 右、左、右、左、と連続下段蹴り。ハンが踏ん張るように突き出した足裏が受け止める。

 途端、蹴りを受けた衝撃で体を回転させた青年の下段回し蹴りが、相手の左脛に炸裂。

 左足の荷重が消え、横に一回転して右足を着き前を見直すアダム。速度が上がった回し蹴りが脇腹を狙っている最中だった。

 少年が垂直に跳躍し、落下の威力を合わせた踵落としを振り下ろす。

 青年が蹴り上げ、衝突──よろめいて一歩後退する大人と、跳ね飛ばされ後ろに一回転して着地する子供。

 続けてアダムは姿勢を低く重心を前にしながら接近、刃を振るう。

 八の字を描く連続斬撃に同じくナイフで対抗。瞬間、隙を見抜いたハンの左拳がカウンターに少年の腕を狙う。

 咄嗟に身を屈めて躱し、ナイフを低く振る少年。合わせてハンも中腰に、低位置への斬撃を次々防ぐ。

 アダムの右腕が掴まれ床へ押し付けられる。ハンの右腕が止められ頭上へ逸らされる。

 静寂──次の瞬間、少年が右手で体を支えて脇腹へキック。

 左足を折って左右二連蹴りを防ぐ青年。相手の腕が拘束から抜け出た。

 起き上がったアダムは掴んだ腕を放さず斬撃を繰り出し続ける。身を引いて避ける相手だが、闘技スペースの場外を示す線まで追い詰められていた。

 不意に掴まれた腕を勢い良く引っ張るハン。アダムは瞬時に放す。

 二本の刃が衝突――鍔迫り合い。両者共力強く踏み込みながらナイフを両手で持っていた。

 胸の前の刃を青年が下向きにずらし、少年が応じようと上向きに押し返す。

 不意に少年から両手の圧力が消えた。向こうが膠着するナイフを離したのだ。

 アダムの刃はアッパー気味に空を切り、ハンの刃先はアダムの額寸前で停止した。

「よし、この位にしよう」

 合図と共に体勢を解く二人。どちらも息を切らしておらず、汗をかいてもいなかった。

「見事な動きだったよ。僕も正直楽しかった」

 少し興奮したようにハンは普段より幾分大きな声を出していた。

 アダムは無愛想に返事すらしなかったが、青年は更なる話題を展開させる。

「動きは既に習得しているみたいだね。慣れも早いし」

 トランセンド・マンの能力を具体的に示す数値があり、「能力値」と呼ばれている。

 エネルギー量に比例した数値で、標準的なトランセンド・マンを秒速三百四十メートルで走行するエネルギーを持つと仮定し、この数値を五と置く。

 力(エネルギーの伝導力)、速さ(筋速度と筋持久力)、防御、特殊エネルギー量(特殊能力や武器に使用可能なエネリオンの量)、知覚処理、この五つをそれぞれ十段階で評価する。

 能力は“鍛える”事も可能だ。これらの数値を伸ばす事も出来れば、訓練を怠り下がる事だってあり得る。また、これらの数値は日々の体調による変動も大きいのだ。

 能力値は専用機器によって測る事が出来るが、他のトランセンド・マン自体のエネリオン感知能力で測る、という事も可能だ。

 ハンが見る所、アダムはいずれの五項目も標準以上の能力を持ち、その中では速さと知覚処理に優れていると見抜いている。

(やはり接近戦が主体となるか。武術を本格的に教えたいものだ。それに……)「アダム、君の弱点とでも言うか、良くもあるんだが、君の行動は直感的なんだ」

「直感的?」

 少年がオウム返しに疑問を口にする。

「最後、競り合いから君が押し返したのが逸れて負けただろう? 先を見越した駆け引きの経験が足りないと思うんだ。教えたい技術がある」
「どんな技術だ?」

 アダムが速攻で訊いた。興味を持ってもらえて嬉しそうにハンが返答する。

「具体的にはカンフーを幾つかね。カンフーの良い所は、攻防一体な所、そして予測なんだ」
「予測……」
「未来を見据えるのは他でも大事だ」

 過去を求めている少年に未来を見ろ、と言うのは矛盾しているかもしれない。だがハンはあえて逆を助言したのだ。

「君が記憶を取り戻したいのは分かる。だが時間というのは「流れ」だ。過去・今・未来、全て繋がっている。知りたいのは過去、居るのは今、進むのは未来。どれも君には欠かせない事だ」

 アダムははっと目を見開いた。

 一部ではない、全体を見通すのだ。

 西洋の薬品は一部を治すために一部にしか効かない。漢方薬は一部を治すために、繋がりを大事にし、全体に効果が現れる。東西の思想を分ける違いの一つだろう。

「教えてくれないか?」
「勿論だよ」

 ハンが右手を差し出す。同じく少年が右手を出し、握手。

 友好的な笑顔の東洋人に対し、少年からは感情が読み取れない。しかし、その深く青い目は普段より生き生きと輝いているようにも見えた。
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