【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

タツマゲドン

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Category 2 : Equilibrium

1 : Human

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 アダムが反乱軍へ参加してから約一週間後。ロサンゼルス市郊外の荒野にて。

「あれ見て」

 登り勾配の砂地の中でポツンと立つ灰髪灰目の少女、アンジュリーナが指さした。その先には【HOLLYWOOD】と書かれた半壊の白い看板が物寂しく存在していた。

「ここでは昔映画が良く作られたの。でも戦争以来この街が壊されてから作られる事は無くなったの」
「映画?」

 アンジュリーナの後ろを追う少年、アダムの素朴な問い。

「ストーリーを作って、それに合った映像を撮って、それを編集して、そして観るの」
「意味はあるのか?」

 少女は予想外の質問に黙った。

 アダムは何事にも理由を求めるのだ。この少年にとっては作り話を再現するという行為が理解出来ない。

 考えをまとめ、アンジュリーナは口を開いた。

「……映画は作った人が何を伝えたいのか、それが伝わる事が大事よ」
「ならばそれを虚構の話に纏める事必要はあるのか?」
「大事よ」

 間も空けず答え。

「人が演じる事によって共感するし、感動するの」
「……分からない」

 アダムには感情が無い。医師であるチャックは以前そう言っていた。だから彼は人の感情に対して「分からない」と言い続ける。

 チャックは言っていた。記憶とは箱だ。記憶喪失は箱が開かなくなった事であり、開けるきっかけは必ずある筈だ、と。

(でも人には記憶と同じように感情だってある。だから感情も取り戻せる筈よ)

 だからアダムに眠っているであろう感情を信じ続け、呼び掛ける。今の所成果は上がってなかろうが。

 ところで、二人が都市から離れて荒れ果てた土地へ来ているのには理由がある。当然、この土地昔からの名物である、高さ十三メートルを超す看板を見に来たのではない。

「丁度あれね。見えるでしょ?」
「あの塔か」

 サンタモニカ丘陵のリー山と呼ばれる、この高い位置にある送電線や電波塔のような鉄塔。ここが二人の目的地だった。

 やがて鉄塔の下へ来た二人。見上げてその大きさを実感する。

 ゆうに百メートルは超えるだろう。塔の表面にはプレートが無数に貼り巡らされていた。

 この鉄塔は、前世紀はテレビ電波を飛ばすためのものだったが、アメリカ合衆国が崩壊すると、反乱軍がこの電波塔を改修し利用し始めた。

 主に敵・味方の通信の傍受は勿論、施設を増設したり防衛システムを設置したり、丘陵地帯である事を利用して北方や東方遠くまで探知し、管理軍からの防衛を担っている。

 二人の仕事は都市周辺見回りついでに、ある物をこの施設に届ける事だ。

 鉄塔の真下にある四角い建物。周辺には軍事車両が幾つも並んでいる。更に大量の兵士達の姿。

 兵士達は警戒に当たっている者も居れば、雑談したり昼食を食べたりしている者も居る。常に武装し、常に一定の警戒心。

「すみませーん!」

 武装した兵士達へ向かってアンジュリーナが大声で挨拶する。一斉に振り向く兵士達。

 それでもアンジュリーナは物怖じなかった。というか兵士達の態度は歓迎的だった。

「おお、アンジュか」
「何の用だい嬢ちゃん?」

 男女平等社会が進んでいるとはいえ、男ばかりの軍隊にとって女性は珍しい。そのうえ美人となるとそうは居ない。特にアンジュリーナはロシア系の優雅さと日系の可愛らしさを持ち合わせていた。

 また、トランセンド・マンという貴重な戦力であるという事もあって反乱軍内での認識度は高く、アンジュリーナはかなりの人気を持っているのだ。

 兵士達の中のリーダーと思われる、短い黒髪で顎髭を生やした三十代の白人男性が少女へ歩み寄った。

「ひょっとしてもう出来たのか?」
「はい、これです。気を付けて下さいね」

 少女はリュックから何かを取り出し、リーダー格の兵士へ手渡す。
この梱包材に包まれた物体の正体は、ハンが製作したエネリオン感知システム搭載ハードウェアだ。

 エネリオンはあらゆるエネルギーに変換される。逆に、別のエネルギーからエネリオンへ変換する事だって可能だ。

 この装置は電気エネルギーを無性質のエネリオンに変換し周囲に発信しレーダーとして使う。

 エネリオンを発信するレーダーはトランセンド・マン対策の為の物。活性化したトランセンド・マンのエネリオンに跳ね返り、それによって探知するという通常のレーダーと何ら変わらない仕組みだ。

 ハンが一週間前に管理軍侵入を受けたのを見かねて、現行型を無理矢理彼が改良したのだ。

 ソフトウェアとして送信するには管理軍に傍受される危険性があり、第一エネリオン変換用ハードウェアが無ければ意味が無い。そういう理由で直接ここへ届けに来た二人だった。

「流石ハン、仕事が早い。アンジュも持って来てくれてありがとな」
「いえ、見回りついでですから」
「まあそれは良いとして……お前がアダムか?」

 男性が目線を変え話し掛けたのは、アンジュリーナの後ろに立つ少年。

「そうだ」

 一言で、無表情かつ無慈悲に返すアダム。

「話は聞いたぞ。侵入したトランセンド・マンを一人倒したそうで。腕の立つ奴は歓迎するぜ」

 向こうの男性が握手を求めて手を差し出した。

「俺はロバート、よろしくな。何かあったら是非俺に言ってやってくれ」

 アダムが手を握り返す。すると、男性の握力が一段と強くなり、少年は不信感を抱きながら手を無理矢理引っ込める。

「すまんすまん、やり過ぎたか。性分でね」
「ロバートさんはちょっとやり過ぎなんですよ。ほら、アダム君も警戒してますし……」

 アダムは無表情のまま手を引っ込めた体勢から動じていない。ロバートは怒られたと思って手を振って申し訳ないと伝えた。

「違うぜ、お節介だ」

 後ろのスキンヘッドの黒人男性が割り込んだ。

「余計な事言うなルーサー」

 叱られたが、黒人は聞かぬふりして少年へと言葉を投げる。

「俺はルーサー。うちの隊長がちょっかい出して済まんな。元から世話焼きだってのに子供が出来てからあの様だ。俺達がヨダレかけしてる幻覚が見えるらしい」

「お前は何でいつも口出しするんだよ」

 ロバートが突っ込み。二人共口元が楽しそうに笑っている。

「うちの隊長と副隊長仲良いでしょう? これが僕達スミス中隊さ。総勢二百五十名、分けると五小隊、更に分ければ二十五分隊も……」
「こらピーター、説明役を勝手にやりやがって」

 アダムへ話し掛けた好青年だったが、彼もまた叱られた。他の兵士達の笑い声が聞こえる。

 ミリタリージャケットを着て、服やベルトやリュックに武器をぶら下げたままはしゃぐ彼らの姿は、傍から見れば滑稽に思えるだろう。

 これこそ反乱軍の在り様なのだ。悲観的状況であれど皆が喜び、怒り、泣き、笑う。それらは味方同士の信頼に基づいている。

「ごめんね、騒がしくて……」

 エンジョイしている“一般人”達を他所に、アンジュリーナは隣で黙り込むアダムを見て機嫌を悪くしたのだと思って申し訳なさそうに言った。

「気にしてない。しかし戦争状態だというのに……」
「でも皆やる時はやる、そんな人達だから大丈夫」
「そういうものなのか?」
「今はあんまり信じられないだろうけどね」

 苦笑して少女の答え。

 ところで、アダムには気に掛けている事があった。

「彼ら、トランセンド・マンではないのか」

 防弾装備に予備弾倉に手榴弾。兵士達からはトランセンド・マンには不要な武器が幾つも見えた。何よりエネリオンを感じられない。

「そうよ。むしろ“私達”の方が珍しいだけ。でも私は普通の人もトランセンド・マンも大して変わらないって思うの。喜び、怒り、泣き、笑う。本質的な所は同じだと私は思うわ」
「とてもそうは思えないが……」
「今は分からないと思うけど、きっと分かるようになるわ。絶対」

 アンジュリーナは期待を込めて言った。少年自身の奥に眠っている筈の人格に向けて。

 その期待をアダムはまだ、感じ取れなかった。彼自身、自分の事すら分かっていない。

 前方ではしゃぐ大人達の姿は二人の意識の外だった。




















 ロサンゼルス市中心から少し離れた中華料理店。客はアジア系の顔ぶれやメキシコ系、白人、あらゆる人種が混じっている。

 その中の三つのカウンター席。

「お疲れ、何か楽しい事でもあった?」
「皆さんちょっとした事で言い争って、しまいにはロバートさんとルーサーさんが取組み合いまでして……」
「なんだ、いつも通りか」
「えへへ……」

 右から順に少年、少女、青年の並び。隣り合うアンジュリーナとリョウは会話を楽しんでいたが、

 ズゾゾゾゾッ――麺と汁を同時に吸う音。二本の棒が麺を求めて汁の中を探る。

(アダム君話さないなあ……)
(あのケツデカ女、わざわざ俺の金使う意味ねえだろ……)

 リョウはグラウディアから「自分の役目を放っておいた代わりにレースで手に入れた金でアダムに奢ってやれ、そして親しくなれ」と言われ、それを渋々引き受けたのだった。

 少年はお構いなしに食事にありつける。残りの二人の思惑など知らずに、まだ慣れてない手つきで箸を握り無言で食う。

(バラエティ映えしない美味そうな食い方しやがって……)

 そうリョウがジョークを込めて思った時、期待していた事が遂に来た。

「このラーメンという料理は美味いものだな」
「おっ、分かる?」

 それ以上は何も言わず、すぐに麺と汁の吸引を再開したが。

「美味しそうに食べるわね」

 今度はアンジュリーナから声が掛けられる。

「……」(それにしてもこの麺の歯ごたえが良い。ただ小麦粉を固めただけではないのか)

 だが麺を噛んでは飲み込み、食事を休めようとしない。

(やっぱり話してくれないなあ……)

 期待が外れてしゅんと落ち込んだ少女。彼女を慰めるべく、リョウが話し掛ける番だった。

「アンジュちゃん、人は本当に美味い物を食ってる時は誰にも邪魔されず黙々と食いたいもんだぜ。だから、バラエティ番組の味の感想とマスコミだけは信用するなよ」
「そ、そういうものですか? あとマスコミ関係無いような……」

 ズズズズズッ――少年がお椀を両手で持ち上げ、汁をすすっていた。

(汁も見事だ。油と香辛料が抜群に組み合わさっている。麺に味が染み込んでいるのも良い)

 するとアンジュリーナは皿に乗った物体を指差した。

「豚の角煮、タレが染み込んで美味しいわよ。これは餃子、中のタネが熱いかも知れないから気を付けてね。それとこれが……」

 少女からの説明をアダムは無言で、真剣に聞いていた。話を聞く度に箸を料理に伸ばしては口に入れる。

 その様子をリョウが微笑ましく眺めていた。「追加は安いのにしてくれ」と吐き捨てながら。
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