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僕は彼のような、かっこいいヒーローじゃない。
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自分が嫌いだった。何かしようと思うばかりの自分が嫌だった。
彼が妬ましかった。自分に無い物を全部持っていた彼を妬んだ。
周りの視線が嫌だった。自分は無関係を決め込む人間が、気持ち悪くて仕方無かった。
けど、そうじゃない。僕が言いたいのはそうじゃない。
僕はもっと、あんな風に……
「慶介!起きなさい!遅刻するわよ!」
母親の声に、僕は目を覚ました。昨日寝る直前に開けたカーテンからは、眩い朝日が差し込んでいる。
僕は重い瞼を擦りながら、体を起こし、一階で呼びかけて来る母さんの所に行く。
僕の名前は佐々木慶介。中三。学校のテストでも部活の大会でも県のコンクールでも、中の下の成績を収めて来た、凡人代表だ。
別に僕が低いんじゃない。周りが高いだけなんだ。僕悪くないゼッタイ。
「早くしなさい慶介!遅刻しちゃうわよ!」
「まだ少し余裕あるし大丈夫」
僕は用意された朝食を食べ、朝の支度を済ませる。この間に、母さんはもう職場へと出て行った。父さんと離婚してから、女手一つで僕を育ててくれた。感謝はしているが、僕も反抗期なのだろう。少しうざったく感じる。
歯も磨いて、髪も軽くセットして、着替えまで済ませたら、もう完璧だ。俺は少し上機嫌に、学校に登校する。明るくなって来たばかりの朝の空は淡い青色をしていて、綺麗だ。
歩いていると、後ろから誰かが走って来る音が聞こえた。
「慶介!おはよう!」
「おはよう魁人」
彼は竹田魁人。僕の友人だが、容姿端麗に文武両道、おまけに性格も良いという、完璧な人間の欲張りセットみたいな人間だ。僕とは正反対。羨ましい。
魁人はよく僕に話しかけて来る。魁人のような人間が、僕のようなカースト最下層の人間と関わる事自体不思議なのだが、更に仲良くしてくれているという、異常事態が発生している。もう世界の七不思議に登録しても良いだろ。
「にしても、なんで魁人の字を難しい字にしたんだろ俺の親」
「かっけえから良いじゃん。キラキラネームじゃないだけマシじゃない?」
学校に着くと、僕達の関係は『友人』から『クラスメイト』に変わる。カースト最上位の魁人と、カースト最下層の僕は、根本的に生きる場所が違う。北極熊とライオンが同じ環境で生きられないように、僕には僕の、魁人には魁人の、自分に会った環境があるのだ。仕方が無い。
学校では、僕は基本怠そうにしている。学校は大して面白くもない。学校の中で仲が良い人も居ないし、勉強も得意って訳でもないし、読書も好きじゃない。そんな僕が、学校で楽しそうに過ごす事がおかしいのだ。
ただ、そんな僕にも一つ、得意な事がある。僕が僕らしく、いや、ある意味一番僕から離れた人間でいられる場所が、たった一つある。僕はそこそこ大きいディスプレイの前に座り、画面に映るアイコンに話しかける。
「皆さ~んこんばんわ~」
『お、KAITOさん!』
『こんばんわ~』
『今日何します?』
そう、ゲームだ。僕はこのオンラインゲーム、『ライン・オブ・ワールド』のトップランカーだ。僕はこのゲームで『KAITO』を名乗り、日々ネット上の友人と遊んでいる。
オンラインMMORPGのこのゲームは、マップ上に点在しているダンジョンの攻略や、ボスの討伐で実績が解除され、その数でランキングが決まる。僕は全部で百十四個。このゲームで、五番目に実績を解除している。僕が所属しているパーティーも、皆上位勢だ。
昔からゲームは好きだった。特に、RPGが好きだった。自分ではない、素晴らしい誰かになって、面白い世界を旅するという、何とも言えない楽しさがある。
「じゃ、今日は西のマップのボスの討伐に行きましょう。この間追加されたばかりでしたが、一回言って、様子を見てみましょう」
『了解!』
『早速か~!』
『ペナルティも怖いですし、準備はしっかりして行きましょう』
僕達はこんな感じで、毎日楽しくゲームをしている。顔も知らないけど、それでも良いと思える人間同士の集まりだ。周囲と上手く行ってない人も多いので、気が合う。自分は一人じゃないんだと、気が楽になる。
僕達はその日、ボスの討伐に行った。オンラインゲームでもあるこのゲームは、度々アップデートが来る。新しい技や武器の実装だったり、ボスやマップの追加だったりと、多種多様な要素が追加される。
しかし、このゲームももう五年になる。アップデートの頻度が落ちたり、内容に無理があったりなど、『そろそろ次回作待ちかな』と思わせるような事が重なっていた。そして先月、『来年四月、サービスを終了する』という通知が届いた。まだ人気はあったが、良い頃合いだと皆が言った。
『今回のボスはスリップダメージが痛いですね~。強く出れる人居ます?』
『念の為、対策装備付けて来てます』
「じゃあ、おっぱっぴーさん主軸で行きましょう。他の人は射線を切りつつ、バフと攻撃を」
『了解!おっぱっぴーさん、頼んだで』
『責任感じるわ~』
そんな感じで、僕達は今日も、ボスの所見クリアに成功した。
拠点で話していると、やはり、サービス終了の話が出た。
『にしても、このゲームもそろそろっすかね~』
『そだね~。インフレも凄いし、新規勢圧倒よ』
「このゲームに新規さんなんて居んの?」
『居ない居ない。もっと他のゲームに行ってるって!』
コンテンツの拡大が図れなくなったゲームは、もう終わる事が決定している。拡大ができないなら、金稼ぎもできない。会社が作っている以上、ゲームを作る目的は金銭であり、これが望めない作品は、腐った手足のように切り落とす。これが定石。
ただ、五年も続くのは凄いと思う。世の中には十年とか続くゲームもあるが、それらはインフレし続けている作品ばかりで、大して面白くもない。その点このゲームは、インフレもそこそこ程度に抑え、ある程度人気がある状態で、次のゲームへと移行しようとしているのだ。
勿論、次回作も買う気でいる。小遣いもあるし、恐らく機材も、このパソコンで足りるだろう。これならなんとかなる。
「じゃ、俺そろそろ落ちますわ。またね~」
『さよなら~』
『また明日』
『グッバイ』
『またね』
パソコンを閉じ、僕は疲れた目を押さえる。こんなにやっているのに、なんで眼鏡が必要になる程まで視力が落ちないんだろう。まあ楽だから良いけど。
明日は何をやろう。僕はそれを考えながら、眠るのだ。
翌日、代わり映えする筈が無かった僕の学校生活に、一つの異常が現れた。
「ねえ!君ってゲーム得意なの!?」
「……誰?」
休み時間、突如話しかけて来たクラスメイトに、僕は失礼にもそう聞き返した。
いや、実際覚えてないんですもん。関わりが薄いクラスメイトとか、覚える意味が無い。僕は彼女と話した事も、ましてや何か関わりがあった事も無い。正直、覚えてる方が凄いのだ。
まあ、流石に「誰?」は失礼だったらしく、彼女は少し怒りながら、僕に自己紹介を始めた。
「私上原響子!君のクラスメイトなんだけど!?」
「響子さんね。で、何の用なんだい?委員会とか部活とかも別だろ?ま、僕部活入ってないけど」
そう僕が言うと、響子さんは更に顔を赤くして、僕に捲し立てた。
「だ!か!ら!君ってゲーム得意なの!?」
「得意だよ。じゃあ質問返すけど、なんでそう考えたの?僕に何かして欲しい事あんの?」
「そうだよ!だから話してんじゃん!」
「ああはいはい。で、何の用?」
頭に響くから止めてくれないかな?名は体を表すと言うが、こんな合う事はそうそう無いだろうよ。
彼女は僕にそう言われると、慌ててバッグから一枚の紙を取り出し、僕に見せつけた。
「この大会!私景品欲しいんだけど、私ゲーム苦手でさ……だから、代わりに出て、取って来てくんない?」
「断る」
「何で!?」
「何で」?今「何で」と言ったか?当たり前だろうそんな景品価値が無い。大体、僕にメリットが無い。せめて『金は渡す』とか、『代わりに何かやるから』とか言えよ。ウィンウィンの関係は取引の基本だろ?
そう言うと、彼女は暫く悩んだ後、何か思い付いたように目を開いた。
「そうだ!やってくれたら、私を好きにして良いよ!」
いやそれは禁句だろ。『好きにして良い』はとんでもない話だぞ。
いやそれにしても、彼女をここまで突き動かす、その景品とやらは何なのだろう。僕は彼女が持っているチラシのを見る。
ああこのゲームのキャラクターのフィギュアか。女性人気が高いキャラだし、彼女の『推し』ってやつなんだろう。これは彼女にとって、それだけの価値があるのか。
「分かった分かった。ただし、この景品は自分で取れ。僕はその手伝いをするだけだ」
「え~なんでよ~ケチ~」
「コーチングしてやるだけありがたがれ」
とまあこんな感じで、僕から彼女への、熱血コーチ合宿が始まった。
どうやらその大会は、特定のダンジョンのスピード攻略らしい。参加者は、大会側から配布された装備を使い、レベル、ステータスも統一される事で、対等な条件で勝負ができる。
その為、勝敗は完全に、そのプレイヤーの腕前で決まる。なので僕は、このゲームのオンライン機能を通じ、彼女の腕前を上げる事にしたのだが……
「いやあお粗末だなあ……」
『そんな言わなくても良いじゃん!』
代行を依頼する位だし、相当下手なのだろうと予測してはいたが、彼女は下手だった。立ち回り、アイテムや技の使い所、それら全ての定石が、全くできていない。初心者ではあるらしいが、まさかここまでとは思わなかった。
ここまでとなれば、僕が彼女に立ち回りを教えなければ。幸い、大会で使う武器の種類は自由に選べる。彼女のプレイスタイルに合った武器を選び、それに会ったやり方を教える所から始めよう。
「じゃ、どうやって戦いたい?」
『火力鬼高いので気持ち良くなりたい!』
「はいはい。そんなら、大剣が良いね。僕が立ち回りを教えるから、後は実践で覚えよう」
それから、僕らはダンジョンに潜った。『僕ら』とは言いながら、基本は彼女のソロ攻略。僕は彼女が危なくなった時にだけ、手を貸すという感じだ。負けたら、約三十分のペナルティが課せられ、その間、プレイヤーはログインできなくなる。彼女へのコーチングには、たった三十分でも大きすぎる。なるべく、これは避けよう。
「ほら!攻撃の当たり判定が出る所は避ける!」『出るまでが早いよ~!』「相手の攻撃が終わったら、近接で大打撃当てる!」『遠距離との使い分け厳し過ぎでしょ!』
大会まではおおよそ三か月。ここから優勝が確実になるレベルまで育てるには、決して長い時間とは言えないが、狙える程度にはできるだろう。あの大会はローカル規模だし、トップランカー共は近寄らないだろう。先ずは脱初心者。頑張ろう。
充実した時間は早く過ぎる物で、大会当日まで、後一週間の日まで来た。
「いや~あと一週間だよ!」
「そうだね。後一週間は、おさらいしておけば良いだろ」
あのゲームで話すようになってから、僕らは結構仲良くなった。学校でも話す事が増え、僕が一人で居る時間は少なくなった。
勿論、魁人と話す時間は変わらなかった。無二の友人だし、そこは当然。
この日も、僕と魁人は一緒に帰った。
「最近、なんか例の子と居る事多くない?ゲームのコーチングしてんだっけ?」
「そ。あと一週間で大会だと。お互い部活が自由参加なのが救いだね」
どうやら、響子さんはそこそこな有名人らしい。所謂、クラスで三、四番目に可愛い女の子という奴で、一番可愛い子よりも近寄り易く、かつ可愛いという、男子からは結構な人気を博している人らしい。
ま、僕は響子さんにそういう感情は抱いていない。お互い、精々がゲーム繋がりのクラスメイト、良くて友人だ。そういう関係に発展する事は無いし、そういう関係は僕も嫌だ。ゲームが一緒にできる友人ができただけで満足だ。
「本当に、何も無いの~?」
「ゲームのボイチャで話してるだけの関係で、そうはならんだろうよ」
「いやいや分からんよ~?」
折れねえなあ手前は。
しかし、本当に無い。絶対にだ。大会まで後一週間。そんな浮ついた事を考えている余裕なんて無いのだ。この三か月、響子さんは努力していたが、あの大会で優勝できる程までになったと言うには、少し不安が残る。
その夜、僕らはこの三か月の総復習を始めた。今日にいたるまでの三か月。その間にやった事を、ボス討伐をしながらおさらいする。大会の舞台となるダンジョンの情報は、ボスだけでなく、ダンジョン内の雑魚敵の情報まで、大会当日まで開示されない。何が来ても良いように、おさらいはしっかりやるべきだ。
『ここで……近付く!』
「正解!ただしそこで大技は不正解!」
『何で!?』
「相手の残り体力が多い内は、コスパが良い技で削れ!大技は半分切ってから!」
しかし、三か月でよくここまで行ったな。レベルの上昇もあるが、推奨レベルよりも低いレベルで、ここまでの難易度のダンジョンをクリアできるのは、一重に響子さんの飲み込みの速さだろう。推奨レベルギリギリでのクリアが二か月、それよりも低いレベルでのクリアは三か月でできるようになった。凄いとしか言い様が無い。
正直な所、僕がこのゲームをガチでやるようになってから三か月の時点では、ここまでの事はできなかった。僕の場合は完全手探りだったのもあったが、それでもこれは凄い。
大会前日。ダンジョンをクリアした僕らは、適当な雑談をしていた。
『いや~にしても、三か月でこんななるのか~』
「機材も安いのにしては、結構良い動きできてた。後は本番。油断せず、手堅く行こう」
『はい!』
響子さんが使っているのは、十五万の安いパソコン。勿論、性能も高いとは言えない。それでも、響子さんは優勝が狙えるレベルまでになった。驚くべき事だし、僕も驚いている。
明日は本番。その腕前を遺憾無く発揮できるだけのスペックの機材が揃えられている。相手も同じ条件なら、響子さんは現在のトップランカーには敵わずとも、善戦はできるだけの腕になった。これなら、例えガチ勢が出て来たとしても、優勝は射程内だ。
そんな事を考えながら話していると、響子さんから思わぬ話題が出た。それは、僕のユーザー名についてだ。
『にしても、なんで名前『KAITO』なの?君の友達の名前だよね?』
「あ~……そうだよね……」
正直、触れてほしくなかった。この名前は僕なりの自己否定であると同時に、憧れを表した物である。隠したいという程でもないが、あまり言いたくもない。
僕は少し悩みながら、重い口を開いた。
「僕ね。魁人がカッコイイって、ずっと思ってたんだ。顔もそうだけど、何でもできて、皆から慕われて、自分をしっかりと持ててる、凄い人だって」
そう。僕とは違う。魁人は、僕なんかとは違う、『凄い人』なんだ。
「だけど、僕は何もできなくて、魁人と仲良くしてて良いのかって、ずっと不安だった」
なんで魁人が僕と仲良くしているのか、魁人がそれで何か得をするのか、何も理解できなくて、僕はずっと苦しかった。辛かった。消え去りたい、恥ずかしいと、何度も考える。
「だから、僕なんかでも魁人みたいになれるんだと思いたくて、それで、名前を『KAITO』にしたんだ」
『今、何て言ったの?』
え?僕は聞かれた通りに、この名前にした理由を述べただけなんだが?何か気に障っただろうか。
彼女は明るい画面の向こうから、響子さんは怒った声を発した。
『『自分なんか』なんて、最低の言葉だよ!もう、二度と口にしないで!』
響子さんはそれだけ言って、通話を切ってしまった。僕は、何が響子さんを怒らせたのかが分からず、暫く呆然としていた。
響子さんは、『自分なんか』という言葉に反応していた。僕があの言葉を使った事に怒ったのだろうか?何故?僕は事実を言っただけだ。いや、それだけであんな言われるだろうか?何か、響子さんに対して失礼な事があったのだろうか。う~ん全く分からん。
そうやって暫く悩んでいると、僕のパソコンのメールボックスに、一通のメールが届いている事に気が付いた。
『件名:明日の大会は来る事!』
どうやら、響子さんは相当慈悲深いお方だったようだ。そう言われては仕方無い。元々言われずとも行くつもりだったのだ。行って、弟子の勝利を拝もうではないか。
翌日、僕は小さいバッグに、財布とスマホを入れて、会場へ出発した。
会場は、そこそこ沸き立っている。いくら終わりが近いコンテンツとは言え、熱烈な固定客や、キャラのビジュアルから来る人気は健在なのだ。まあ当然っちゃ当然か。
僕は観客席に座り、試合のルールをおさらいする。
まず、装備、所持アイテムは、大会から支給される物のみ使う。試合は総当たり形式で、参加者が一度に、大会が制作したとかいうダンジョンを攻略し始め、一番最初にクリアした参加者が優勝。ダンジョンは一種類の武器が有利にならないように、モンスターが持つ、飛び道具やスキル、近接攻撃への耐性は、全て同じ水準になっている。
アイテムは三種類。HP回復用のポーションと、MP回復用のポーション、そしてバフアイテムだ。最後のアイテムは、効果時間がたったの二秒しか無いので、使い所は見極める必要がありそうに思える。
それから約十分。参加者が出揃い、大会が始まる時間となった。
『レディースエーンドジェントルメーン!』
おいどこの怪盗だ。いや別にあのキャラ単体の物じゃないけどさ。
そして参加者の紹介が始まった。その中で僕は、一人、異質なプレイヤーを見つけた。
『エントリーナンバー十四番!RUKAあああああ!』
RUKA。このゲームのランキング八位に鎮座する、紛れも無いトッププレイヤーの一角だ。八位以下はよく入れ替わるのに対し、八位以上の顔ぶれはあまり変わらないので、一種の関門とされている。
まさかガチ勢が居るとは、相当な誤算だ。響子さんはランキングに詳しくない。大丈夫だろうか。
『エントリーナンバー三十六番!キョコおおおおお!』
キョコとは、響子さんのユーザー名であり、結構適当に付けた物らしい。響子さんの表情は硬く、緊張している事が伺える。頑張れ。
参加者の紹介も終わり、いよいよ大会本番だ。
『では……カウントダウンです』
会場の正面にある大画面に、十のカウントダウンが写される。会場の観客は、皆それを見つめている。
『スタートお!』
カウントがゼロになると同時に、プレイヤー達はダンジョンの探索を始めた。少しでも敵とも戦闘を避け、より早く次の階層へ進む事が重要だが、ここは運の要素が大きい。響子さんの運が良い事を祈ろう。
幸いな事に、響子さんはモブを上手い事避け、次の階層へ続くポータルを、他の誰よりも早く見つけた。他の参加者達も、続々と次の階層へ進む。
二階層目では中ボスとの戦闘があったが、ここは難無く突破。響子さんはダメージも受けず、次の階層へと進んだ。勿論、RUKAもだ。
三階層目は、雑魚敵が大量に配置されていた。一部のプレイヤーはこれを裁き切れず、多くの脱落者が出た。響子さんは多少MPを消費して、ここを突破。RUKAは弓矢を使い、響子さんよりも少ないMP消費で次へ進んだ。この差が大きく開かないと良いんだが。
次は最終階層。ボス戦だ。ここまで、響子さんはRUKAに食らいついている。特訓の成果も出ているようで、良かったと思う。
しかし、ボスは少し手強そうだ。高いステータスに、詳細は不明だが複数のスキルを持っている。中ボスのようには行かないぞ。
さて、どうする?
いや何このボス!慶介君とやったのと全然違うんだけど!
移動早過ぎ!回避もギリギリになるし!何とか攻撃は当てられてるけど、このままじゃ他の人のが早く通過しちゃう!どこかで決定打をださなきゃヤバい。
すると、急にボスの動きが止まった。大技のタメだけど、ここはチャンス!一気に削る。大技をぶち込んでやる!
私のアバターが放った技は命中。ボスのHPは、ここでようやく半分になった。ここまでやって半分かという気持ちと、このまま行けば倒せるという希望の両方があった。
しかし、それが間違いだった。ボスはスタン攻撃を放ち、アバターは行動できなくなった。動けないアバターに、ボスは容赦無い一撃を当てる。HPが残り数ミリといった所まで減った。ここで脱落したプレイヤーが多いのか、他の参加者から驚きの声が漏れる。そりゃそうだ。HPが全快でなければ一撃なんて、予測できる訳が無い。
そこでスタンは解け、私はボスから距離を取り、HP回復用のアイテムを使った。HPは回復したが、次同じ技を食らえばゲームオーバー。
焦る。どうしよう。勝たなきゃなのに。勝って、慶介君に……
落ち着け。通常攻撃は回避できる程度だ。ならば勝てる。次にボスが大技を放つ時、その時、もう一度こっちの大技を叩き込む。勝てる。勝つ。
私は、先程と同じ行動をして、ボスのHPを確実に減らしていく。MP回復のアイテムも使ってしまったが、二度は使わない。これで良い。
そして、勝負の時。ボスは再び大技の体勢に入る。私はボスの懐に飛び込み、大技を貯める。
ボスが技を放つ、ほんの二秒前。私の技はボスに当たり、HPはゼロになる……筈だった。
「嘘……『生き残り』?」
ボスのHPは、残り一ミリで止まった。『生き残り』。とても珍しいスキルで、一度だけどんな攻撃からも生き延びる。読み違えた。負ける。ボスの攻撃は止められない。大技の後隙で技も打てない。負けてしまう。
いや、まだだ。私はアイテムの欄を開き、バフ用のアイテムを使用する。間に合え。もう少し。もう少し。あと一瞬。
ボスはスタン攻撃を放ち、次の瞬間、私のアバターに向かって、大きな斧が振り下ろされる。HPは無くなり、ゲームオーバー……かに見えた。
私は技のコマンドを打ち込み、ボスを倒した。
瞬間、私の画面は光り輝き、『GAMECLEAR!』の文字が浮かぶ。会場は沸き立ち、私の勝利を、司会が告げる。私は緊張の糸を解き、椅子にもたれかかる。
バフアイテムの与える効果。『攻撃力上昇』『防御力上昇』、そして最後の一文。それを、私は見逃さなかった。
『妨害無効』
これでスタンを無効化した私は、動きを止める事無く、技を打てたのだ。
判断力。それは、慶介君が教えてくれた、ゲームのスキルなのだ。
勝てた。勝ってくれた。
あの一瞬、ボスが攻撃を放つ一瞬。RUKAは回避を入力したが、響子さんはアイテムを使って、ボスを倒した。どちらの選択も間違ってはいなかった。RUKAは火力増強にアイテムを使ったが、響子さんは攻撃を耐える為にアイテムを使った。その違い。それだけの違いで、勝敗は決した。
響子さんは表彰台に立ち、景品を受け取る。その顔は、とても晴れ晴れとしていた。
『キョコ選手。今回優勝した今のご気分は?』
『とっても嬉しいです!』
響子さんは満面の笑みで答える。その笑顔は、僕なんかとは違って、とても輝いて見えた。
閉会式も終わり、僕は家に帰ろうとした。その時、後ろから誰かに肩を叩かれた。相手は、響子さんだった。表情は帽子で見えないが、響子さんだった。
「慶介君……来てくれたんだね」
「勿論。優勝おめでとう」
次の会話が続かない。騒がしい会場の音だけが、僕らの耳に入る。
その騒がしい沈黙を破ったのは、響子さんだった。
「昨日、『自分なんか』って言ったよね」
その事か。僕もその話は聞きたかった。なんで怒ったのか、聞きたかった。
しかし、響子さんが話したのは、その言葉の否定だった。
「そんな言葉、自分を卑下してる人からしか出ない。慶介君は、自分をダメな人間だって思ってるでしょ」
「うん。少なくとも、僕はそう思ってる」
響子さんは、ここで顔を上げた。少し泣きそうな、怒ったような顔だった。響子さんは、僕よりも低い所から、僕の目を睨みつける。
「そんな人、この世に居ない!下に見られて良い人なんて居ない!慶介君は、私にゲームを教えてくれた!少なくとも、私にとっての君は、『かっこいい』人なんだよ!?」
僕は、少しきょとんとしてしまった。
「それだけ言う為に、ここに来いって言ったの?」
「そうだよ!だから、もう『自分なんか』って言わないで!」
そして、僕は笑い出した。響子さんは驚いた顔をして、僕に言葉を投げ掛ける。
「何か可笑しいの!?」
「ははは。いや、面白い人だなって」
「分かってるの!?もう慶介君は……」
「分かってる。もう言い訳なんてしない。これから、少しは頑張るよ」
もう、言い訳はしない。逃げない。現実を見る。『誰かの様に』ではなく、『僕らしく』を考えて、何かをしよう。
僕は、魁人のようなかっこいいヒーローじゃない。
まるで無敵の、非の打ち所の無い人間じゃない。
でも、それで良いかも知れない。
僕には僕の、得意な事がある。
誰にも譲れないような、誰にも負けたくないような物がある。
だから、もう逃げない。言い訳はしない。
僕はユーザー名を、『KAITO』から『KENSUKE』に変えた。
彼が妬ましかった。自分に無い物を全部持っていた彼を妬んだ。
周りの視線が嫌だった。自分は無関係を決め込む人間が、気持ち悪くて仕方無かった。
けど、そうじゃない。僕が言いたいのはそうじゃない。
僕はもっと、あんな風に……
「慶介!起きなさい!遅刻するわよ!」
母親の声に、僕は目を覚ました。昨日寝る直前に開けたカーテンからは、眩い朝日が差し込んでいる。
僕は重い瞼を擦りながら、体を起こし、一階で呼びかけて来る母さんの所に行く。
僕の名前は佐々木慶介。中三。学校のテストでも部活の大会でも県のコンクールでも、中の下の成績を収めて来た、凡人代表だ。
別に僕が低いんじゃない。周りが高いだけなんだ。僕悪くないゼッタイ。
「早くしなさい慶介!遅刻しちゃうわよ!」
「まだ少し余裕あるし大丈夫」
僕は用意された朝食を食べ、朝の支度を済ませる。この間に、母さんはもう職場へと出て行った。父さんと離婚してから、女手一つで僕を育ててくれた。感謝はしているが、僕も反抗期なのだろう。少しうざったく感じる。
歯も磨いて、髪も軽くセットして、着替えまで済ませたら、もう完璧だ。俺は少し上機嫌に、学校に登校する。明るくなって来たばかりの朝の空は淡い青色をしていて、綺麗だ。
歩いていると、後ろから誰かが走って来る音が聞こえた。
「慶介!おはよう!」
「おはよう魁人」
彼は竹田魁人。僕の友人だが、容姿端麗に文武両道、おまけに性格も良いという、完璧な人間の欲張りセットみたいな人間だ。僕とは正反対。羨ましい。
魁人はよく僕に話しかけて来る。魁人のような人間が、僕のようなカースト最下層の人間と関わる事自体不思議なのだが、更に仲良くしてくれているという、異常事態が発生している。もう世界の七不思議に登録しても良いだろ。
「にしても、なんで魁人の字を難しい字にしたんだろ俺の親」
「かっけえから良いじゃん。キラキラネームじゃないだけマシじゃない?」
学校に着くと、僕達の関係は『友人』から『クラスメイト』に変わる。カースト最上位の魁人と、カースト最下層の僕は、根本的に生きる場所が違う。北極熊とライオンが同じ環境で生きられないように、僕には僕の、魁人には魁人の、自分に会った環境があるのだ。仕方が無い。
学校では、僕は基本怠そうにしている。学校は大して面白くもない。学校の中で仲が良い人も居ないし、勉強も得意って訳でもないし、読書も好きじゃない。そんな僕が、学校で楽しそうに過ごす事がおかしいのだ。
ただ、そんな僕にも一つ、得意な事がある。僕が僕らしく、いや、ある意味一番僕から離れた人間でいられる場所が、たった一つある。僕はそこそこ大きいディスプレイの前に座り、画面に映るアイコンに話しかける。
「皆さ~んこんばんわ~」
『お、KAITOさん!』
『こんばんわ~』
『今日何します?』
そう、ゲームだ。僕はこのオンラインゲーム、『ライン・オブ・ワールド』のトップランカーだ。僕はこのゲームで『KAITO』を名乗り、日々ネット上の友人と遊んでいる。
オンラインMMORPGのこのゲームは、マップ上に点在しているダンジョンの攻略や、ボスの討伐で実績が解除され、その数でランキングが決まる。僕は全部で百十四個。このゲームで、五番目に実績を解除している。僕が所属しているパーティーも、皆上位勢だ。
昔からゲームは好きだった。特に、RPGが好きだった。自分ではない、素晴らしい誰かになって、面白い世界を旅するという、何とも言えない楽しさがある。
「じゃ、今日は西のマップのボスの討伐に行きましょう。この間追加されたばかりでしたが、一回言って、様子を見てみましょう」
『了解!』
『早速か~!』
『ペナルティも怖いですし、準備はしっかりして行きましょう』
僕達はこんな感じで、毎日楽しくゲームをしている。顔も知らないけど、それでも良いと思える人間同士の集まりだ。周囲と上手く行ってない人も多いので、気が合う。自分は一人じゃないんだと、気が楽になる。
僕達はその日、ボスの討伐に行った。オンラインゲームでもあるこのゲームは、度々アップデートが来る。新しい技や武器の実装だったり、ボスやマップの追加だったりと、多種多様な要素が追加される。
しかし、このゲームももう五年になる。アップデートの頻度が落ちたり、内容に無理があったりなど、『そろそろ次回作待ちかな』と思わせるような事が重なっていた。そして先月、『来年四月、サービスを終了する』という通知が届いた。まだ人気はあったが、良い頃合いだと皆が言った。
『今回のボスはスリップダメージが痛いですね~。強く出れる人居ます?』
『念の為、対策装備付けて来てます』
「じゃあ、おっぱっぴーさん主軸で行きましょう。他の人は射線を切りつつ、バフと攻撃を」
『了解!おっぱっぴーさん、頼んだで』
『責任感じるわ~』
そんな感じで、僕達は今日も、ボスの所見クリアに成功した。
拠点で話していると、やはり、サービス終了の話が出た。
『にしても、このゲームもそろそろっすかね~』
『そだね~。インフレも凄いし、新規勢圧倒よ』
「このゲームに新規さんなんて居んの?」
『居ない居ない。もっと他のゲームに行ってるって!』
コンテンツの拡大が図れなくなったゲームは、もう終わる事が決定している。拡大ができないなら、金稼ぎもできない。会社が作っている以上、ゲームを作る目的は金銭であり、これが望めない作品は、腐った手足のように切り落とす。これが定石。
ただ、五年も続くのは凄いと思う。世の中には十年とか続くゲームもあるが、それらはインフレし続けている作品ばかりで、大して面白くもない。その点このゲームは、インフレもそこそこ程度に抑え、ある程度人気がある状態で、次のゲームへと移行しようとしているのだ。
勿論、次回作も買う気でいる。小遣いもあるし、恐らく機材も、このパソコンで足りるだろう。これならなんとかなる。
「じゃ、俺そろそろ落ちますわ。またね~」
『さよなら~』
『また明日』
『グッバイ』
『またね』
パソコンを閉じ、僕は疲れた目を押さえる。こんなにやっているのに、なんで眼鏡が必要になる程まで視力が落ちないんだろう。まあ楽だから良いけど。
明日は何をやろう。僕はそれを考えながら、眠るのだ。
翌日、代わり映えする筈が無かった僕の学校生活に、一つの異常が現れた。
「ねえ!君ってゲーム得意なの!?」
「……誰?」
休み時間、突如話しかけて来たクラスメイトに、僕は失礼にもそう聞き返した。
いや、実際覚えてないんですもん。関わりが薄いクラスメイトとか、覚える意味が無い。僕は彼女と話した事も、ましてや何か関わりがあった事も無い。正直、覚えてる方が凄いのだ。
まあ、流石に「誰?」は失礼だったらしく、彼女は少し怒りながら、僕に自己紹介を始めた。
「私上原響子!君のクラスメイトなんだけど!?」
「響子さんね。で、何の用なんだい?委員会とか部活とかも別だろ?ま、僕部活入ってないけど」
そう僕が言うと、響子さんは更に顔を赤くして、僕に捲し立てた。
「だ!か!ら!君ってゲーム得意なの!?」
「得意だよ。じゃあ質問返すけど、なんでそう考えたの?僕に何かして欲しい事あんの?」
「そうだよ!だから話してんじゃん!」
「ああはいはい。で、何の用?」
頭に響くから止めてくれないかな?名は体を表すと言うが、こんな合う事はそうそう無いだろうよ。
彼女は僕にそう言われると、慌ててバッグから一枚の紙を取り出し、僕に見せつけた。
「この大会!私景品欲しいんだけど、私ゲーム苦手でさ……だから、代わりに出て、取って来てくんない?」
「断る」
「何で!?」
「何で」?今「何で」と言ったか?当たり前だろうそんな景品価値が無い。大体、僕にメリットが無い。せめて『金は渡す』とか、『代わりに何かやるから』とか言えよ。ウィンウィンの関係は取引の基本だろ?
そう言うと、彼女は暫く悩んだ後、何か思い付いたように目を開いた。
「そうだ!やってくれたら、私を好きにして良いよ!」
いやそれは禁句だろ。『好きにして良い』はとんでもない話だぞ。
いやそれにしても、彼女をここまで突き動かす、その景品とやらは何なのだろう。僕は彼女が持っているチラシのを見る。
ああこのゲームのキャラクターのフィギュアか。女性人気が高いキャラだし、彼女の『推し』ってやつなんだろう。これは彼女にとって、それだけの価値があるのか。
「分かった分かった。ただし、この景品は自分で取れ。僕はその手伝いをするだけだ」
「え~なんでよ~ケチ~」
「コーチングしてやるだけありがたがれ」
とまあこんな感じで、僕から彼女への、熱血コーチ合宿が始まった。
どうやらその大会は、特定のダンジョンのスピード攻略らしい。参加者は、大会側から配布された装備を使い、レベル、ステータスも統一される事で、対等な条件で勝負ができる。
その為、勝敗は完全に、そのプレイヤーの腕前で決まる。なので僕は、このゲームのオンライン機能を通じ、彼女の腕前を上げる事にしたのだが……
「いやあお粗末だなあ……」
『そんな言わなくても良いじゃん!』
代行を依頼する位だし、相当下手なのだろうと予測してはいたが、彼女は下手だった。立ち回り、アイテムや技の使い所、それら全ての定石が、全くできていない。初心者ではあるらしいが、まさかここまでとは思わなかった。
ここまでとなれば、僕が彼女に立ち回りを教えなければ。幸い、大会で使う武器の種類は自由に選べる。彼女のプレイスタイルに合った武器を選び、それに会ったやり方を教える所から始めよう。
「じゃ、どうやって戦いたい?」
『火力鬼高いので気持ち良くなりたい!』
「はいはい。そんなら、大剣が良いね。僕が立ち回りを教えるから、後は実践で覚えよう」
それから、僕らはダンジョンに潜った。『僕ら』とは言いながら、基本は彼女のソロ攻略。僕は彼女が危なくなった時にだけ、手を貸すという感じだ。負けたら、約三十分のペナルティが課せられ、その間、プレイヤーはログインできなくなる。彼女へのコーチングには、たった三十分でも大きすぎる。なるべく、これは避けよう。
「ほら!攻撃の当たり判定が出る所は避ける!」『出るまでが早いよ~!』「相手の攻撃が終わったら、近接で大打撃当てる!」『遠距離との使い分け厳し過ぎでしょ!』
大会まではおおよそ三か月。ここから優勝が確実になるレベルまで育てるには、決して長い時間とは言えないが、狙える程度にはできるだろう。あの大会はローカル規模だし、トップランカー共は近寄らないだろう。先ずは脱初心者。頑張ろう。
充実した時間は早く過ぎる物で、大会当日まで、後一週間の日まで来た。
「いや~あと一週間だよ!」
「そうだね。後一週間は、おさらいしておけば良いだろ」
あのゲームで話すようになってから、僕らは結構仲良くなった。学校でも話す事が増え、僕が一人で居る時間は少なくなった。
勿論、魁人と話す時間は変わらなかった。無二の友人だし、そこは当然。
この日も、僕と魁人は一緒に帰った。
「最近、なんか例の子と居る事多くない?ゲームのコーチングしてんだっけ?」
「そ。あと一週間で大会だと。お互い部活が自由参加なのが救いだね」
どうやら、響子さんはそこそこな有名人らしい。所謂、クラスで三、四番目に可愛い女の子という奴で、一番可愛い子よりも近寄り易く、かつ可愛いという、男子からは結構な人気を博している人らしい。
ま、僕は響子さんにそういう感情は抱いていない。お互い、精々がゲーム繋がりのクラスメイト、良くて友人だ。そういう関係に発展する事は無いし、そういう関係は僕も嫌だ。ゲームが一緒にできる友人ができただけで満足だ。
「本当に、何も無いの~?」
「ゲームのボイチャで話してるだけの関係で、そうはならんだろうよ」
「いやいや分からんよ~?」
折れねえなあ手前は。
しかし、本当に無い。絶対にだ。大会まで後一週間。そんな浮ついた事を考えている余裕なんて無いのだ。この三か月、響子さんは努力していたが、あの大会で優勝できる程までになったと言うには、少し不安が残る。
その夜、僕らはこの三か月の総復習を始めた。今日にいたるまでの三か月。その間にやった事を、ボス討伐をしながらおさらいする。大会の舞台となるダンジョンの情報は、ボスだけでなく、ダンジョン内の雑魚敵の情報まで、大会当日まで開示されない。何が来ても良いように、おさらいはしっかりやるべきだ。
『ここで……近付く!』
「正解!ただしそこで大技は不正解!」
『何で!?』
「相手の残り体力が多い内は、コスパが良い技で削れ!大技は半分切ってから!」
しかし、三か月でよくここまで行ったな。レベルの上昇もあるが、推奨レベルよりも低いレベルで、ここまでの難易度のダンジョンをクリアできるのは、一重に響子さんの飲み込みの速さだろう。推奨レベルギリギリでのクリアが二か月、それよりも低いレベルでのクリアは三か月でできるようになった。凄いとしか言い様が無い。
正直な所、僕がこのゲームをガチでやるようになってから三か月の時点では、ここまでの事はできなかった。僕の場合は完全手探りだったのもあったが、それでもこれは凄い。
大会前日。ダンジョンをクリアした僕らは、適当な雑談をしていた。
『いや~にしても、三か月でこんななるのか~』
「機材も安いのにしては、結構良い動きできてた。後は本番。油断せず、手堅く行こう」
『はい!』
響子さんが使っているのは、十五万の安いパソコン。勿論、性能も高いとは言えない。それでも、響子さんは優勝が狙えるレベルまでになった。驚くべき事だし、僕も驚いている。
明日は本番。その腕前を遺憾無く発揮できるだけのスペックの機材が揃えられている。相手も同じ条件なら、響子さんは現在のトップランカーには敵わずとも、善戦はできるだけの腕になった。これなら、例えガチ勢が出て来たとしても、優勝は射程内だ。
そんな事を考えながら話していると、響子さんから思わぬ話題が出た。それは、僕のユーザー名についてだ。
『にしても、なんで名前『KAITO』なの?君の友達の名前だよね?』
「あ~……そうだよね……」
正直、触れてほしくなかった。この名前は僕なりの自己否定であると同時に、憧れを表した物である。隠したいという程でもないが、あまり言いたくもない。
僕は少し悩みながら、重い口を開いた。
「僕ね。魁人がカッコイイって、ずっと思ってたんだ。顔もそうだけど、何でもできて、皆から慕われて、自分をしっかりと持ててる、凄い人だって」
そう。僕とは違う。魁人は、僕なんかとは違う、『凄い人』なんだ。
「だけど、僕は何もできなくて、魁人と仲良くしてて良いのかって、ずっと不安だった」
なんで魁人が僕と仲良くしているのか、魁人がそれで何か得をするのか、何も理解できなくて、僕はずっと苦しかった。辛かった。消え去りたい、恥ずかしいと、何度も考える。
「だから、僕なんかでも魁人みたいになれるんだと思いたくて、それで、名前を『KAITO』にしたんだ」
『今、何て言ったの?』
え?僕は聞かれた通りに、この名前にした理由を述べただけなんだが?何か気に障っただろうか。
彼女は明るい画面の向こうから、響子さんは怒った声を発した。
『『自分なんか』なんて、最低の言葉だよ!もう、二度と口にしないで!』
響子さんはそれだけ言って、通話を切ってしまった。僕は、何が響子さんを怒らせたのかが分からず、暫く呆然としていた。
響子さんは、『自分なんか』という言葉に反応していた。僕があの言葉を使った事に怒ったのだろうか?何故?僕は事実を言っただけだ。いや、それだけであんな言われるだろうか?何か、響子さんに対して失礼な事があったのだろうか。う~ん全く分からん。
そうやって暫く悩んでいると、僕のパソコンのメールボックスに、一通のメールが届いている事に気が付いた。
『件名:明日の大会は来る事!』
どうやら、響子さんは相当慈悲深いお方だったようだ。そう言われては仕方無い。元々言われずとも行くつもりだったのだ。行って、弟子の勝利を拝もうではないか。
翌日、僕は小さいバッグに、財布とスマホを入れて、会場へ出発した。
会場は、そこそこ沸き立っている。いくら終わりが近いコンテンツとは言え、熱烈な固定客や、キャラのビジュアルから来る人気は健在なのだ。まあ当然っちゃ当然か。
僕は観客席に座り、試合のルールをおさらいする。
まず、装備、所持アイテムは、大会から支給される物のみ使う。試合は総当たり形式で、参加者が一度に、大会が制作したとかいうダンジョンを攻略し始め、一番最初にクリアした参加者が優勝。ダンジョンは一種類の武器が有利にならないように、モンスターが持つ、飛び道具やスキル、近接攻撃への耐性は、全て同じ水準になっている。
アイテムは三種類。HP回復用のポーションと、MP回復用のポーション、そしてバフアイテムだ。最後のアイテムは、効果時間がたったの二秒しか無いので、使い所は見極める必要がありそうに思える。
それから約十分。参加者が出揃い、大会が始まる時間となった。
『レディースエーンドジェントルメーン!』
おいどこの怪盗だ。いや別にあのキャラ単体の物じゃないけどさ。
そして参加者の紹介が始まった。その中で僕は、一人、異質なプレイヤーを見つけた。
『エントリーナンバー十四番!RUKAあああああ!』
RUKA。このゲームのランキング八位に鎮座する、紛れも無いトッププレイヤーの一角だ。八位以下はよく入れ替わるのに対し、八位以上の顔ぶれはあまり変わらないので、一種の関門とされている。
まさかガチ勢が居るとは、相当な誤算だ。響子さんはランキングに詳しくない。大丈夫だろうか。
『エントリーナンバー三十六番!キョコおおおおお!』
キョコとは、響子さんのユーザー名であり、結構適当に付けた物らしい。響子さんの表情は硬く、緊張している事が伺える。頑張れ。
参加者の紹介も終わり、いよいよ大会本番だ。
『では……カウントダウンです』
会場の正面にある大画面に、十のカウントダウンが写される。会場の観客は、皆それを見つめている。
『スタートお!』
カウントがゼロになると同時に、プレイヤー達はダンジョンの探索を始めた。少しでも敵とも戦闘を避け、より早く次の階層へ進む事が重要だが、ここは運の要素が大きい。響子さんの運が良い事を祈ろう。
幸いな事に、響子さんはモブを上手い事避け、次の階層へ続くポータルを、他の誰よりも早く見つけた。他の参加者達も、続々と次の階層へ進む。
二階層目では中ボスとの戦闘があったが、ここは難無く突破。響子さんはダメージも受けず、次の階層へと進んだ。勿論、RUKAもだ。
三階層目は、雑魚敵が大量に配置されていた。一部のプレイヤーはこれを裁き切れず、多くの脱落者が出た。響子さんは多少MPを消費して、ここを突破。RUKAは弓矢を使い、響子さんよりも少ないMP消費で次へ進んだ。この差が大きく開かないと良いんだが。
次は最終階層。ボス戦だ。ここまで、響子さんはRUKAに食らいついている。特訓の成果も出ているようで、良かったと思う。
しかし、ボスは少し手強そうだ。高いステータスに、詳細は不明だが複数のスキルを持っている。中ボスのようには行かないぞ。
さて、どうする?
いや何このボス!慶介君とやったのと全然違うんだけど!
移動早過ぎ!回避もギリギリになるし!何とか攻撃は当てられてるけど、このままじゃ他の人のが早く通過しちゃう!どこかで決定打をださなきゃヤバい。
すると、急にボスの動きが止まった。大技のタメだけど、ここはチャンス!一気に削る。大技をぶち込んでやる!
私のアバターが放った技は命中。ボスのHPは、ここでようやく半分になった。ここまでやって半分かという気持ちと、このまま行けば倒せるという希望の両方があった。
しかし、それが間違いだった。ボスはスタン攻撃を放ち、アバターは行動できなくなった。動けないアバターに、ボスは容赦無い一撃を当てる。HPが残り数ミリといった所まで減った。ここで脱落したプレイヤーが多いのか、他の参加者から驚きの声が漏れる。そりゃそうだ。HPが全快でなければ一撃なんて、予測できる訳が無い。
そこでスタンは解け、私はボスから距離を取り、HP回復用のアイテムを使った。HPは回復したが、次同じ技を食らえばゲームオーバー。
焦る。どうしよう。勝たなきゃなのに。勝って、慶介君に……
落ち着け。通常攻撃は回避できる程度だ。ならば勝てる。次にボスが大技を放つ時、その時、もう一度こっちの大技を叩き込む。勝てる。勝つ。
私は、先程と同じ行動をして、ボスのHPを確実に減らしていく。MP回復のアイテムも使ってしまったが、二度は使わない。これで良い。
そして、勝負の時。ボスは再び大技の体勢に入る。私はボスの懐に飛び込み、大技を貯める。
ボスが技を放つ、ほんの二秒前。私の技はボスに当たり、HPはゼロになる……筈だった。
「嘘……『生き残り』?」
ボスのHPは、残り一ミリで止まった。『生き残り』。とても珍しいスキルで、一度だけどんな攻撃からも生き延びる。読み違えた。負ける。ボスの攻撃は止められない。大技の後隙で技も打てない。負けてしまう。
いや、まだだ。私はアイテムの欄を開き、バフ用のアイテムを使用する。間に合え。もう少し。もう少し。あと一瞬。
ボスはスタン攻撃を放ち、次の瞬間、私のアバターに向かって、大きな斧が振り下ろされる。HPは無くなり、ゲームオーバー……かに見えた。
私は技のコマンドを打ち込み、ボスを倒した。
瞬間、私の画面は光り輝き、『GAMECLEAR!』の文字が浮かぶ。会場は沸き立ち、私の勝利を、司会が告げる。私は緊張の糸を解き、椅子にもたれかかる。
バフアイテムの与える効果。『攻撃力上昇』『防御力上昇』、そして最後の一文。それを、私は見逃さなかった。
『妨害無効』
これでスタンを無効化した私は、動きを止める事無く、技を打てたのだ。
判断力。それは、慶介君が教えてくれた、ゲームのスキルなのだ。
勝てた。勝ってくれた。
あの一瞬、ボスが攻撃を放つ一瞬。RUKAは回避を入力したが、響子さんはアイテムを使って、ボスを倒した。どちらの選択も間違ってはいなかった。RUKAは火力増強にアイテムを使ったが、響子さんは攻撃を耐える為にアイテムを使った。その違い。それだけの違いで、勝敗は決した。
響子さんは表彰台に立ち、景品を受け取る。その顔は、とても晴れ晴れとしていた。
『キョコ選手。今回優勝した今のご気分は?』
『とっても嬉しいです!』
響子さんは満面の笑みで答える。その笑顔は、僕なんかとは違って、とても輝いて見えた。
閉会式も終わり、僕は家に帰ろうとした。その時、後ろから誰かに肩を叩かれた。相手は、響子さんだった。表情は帽子で見えないが、響子さんだった。
「慶介君……来てくれたんだね」
「勿論。優勝おめでとう」
次の会話が続かない。騒がしい会場の音だけが、僕らの耳に入る。
その騒がしい沈黙を破ったのは、響子さんだった。
「昨日、『自分なんか』って言ったよね」
その事か。僕もその話は聞きたかった。なんで怒ったのか、聞きたかった。
しかし、響子さんが話したのは、その言葉の否定だった。
「そんな言葉、自分を卑下してる人からしか出ない。慶介君は、自分をダメな人間だって思ってるでしょ」
「うん。少なくとも、僕はそう思ってる」
響子さんは、ここで顔を上げた。少し泣きそうな、怒ったような顔だった。響子さんは、僕よりも低い所から、僕の目を睨みつける。
「そんな人、この世に居ない!下に見られて良い人なんて居ない!慶介君は、私にゲームを教えてくれた!少なくとも、私にとっての君は、『かっこいい』人なんだよ!?」
僕は、少しきょとんとしてしまった。
「それだけ言う為に、ここに来いって言ったの?」
「そうだよ!だから、もう『自分なんか』って言わないで!」
そして、僕は笑い出した。響子さんは驚いた顔をして、僕に言葉を投げ掛ける。
「何か可笑しいの!?」
「ははは。いや、面白い人だなって」
「分かってるの!?もう慶介君は……」
「分かってる。もう言い訳なんてしない。これから、少しは頑張るよ」
もう、言い訳はしない。逃げない。現実を見る。『誰かの様に』ではなく、『僕らしく』を考えて、何かをしよう。
僕は、魁人のようなかっこいいヒーローじゃない。
まるで無敵の、非の打ち所の無い人間じゃない。
でも、それで良いかも知れない。
僕には僕の、得意な事がある。
誰にも譲れないような、誰にも負けたくないような物がある。
だから、もう逃げない。言い訳はしない。
僕はユーザー名を、『KAITO』から『KENSUKE』に変えた。
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