謎色の空と無色の魔女

暇神

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深章

深五章 次なる敵を定めし時

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 剣が振り下ろされ、アイクの首は刎ね飛ばされた……ように思えた。だが、巨大な片手剣はアイクの首の僅かに手前の台座を割るに留まった。長耳族の男性は剣を鞘に仕舞い、闘技場から一度姿を消す。
 あれ?腰が抜けたのか、上手く立てない。だけどそれでも、私はアイクに言わないといけない事がある。私は力が入らない足を動かして、アイクの近くまで駆け寄る。
「アイク!大丈夫……な訳無いか……」
「いや。怪我の一つも無い。一つも……」
 その声を最後に、アイクは一筋の涙を流した。アイクは腕で目元を隠しながら、涙が混じった声で言葉を紡ぐ。
「一つも無いんだ。一つも……怪我をさせない余裕すら剥がせなかった……」
 考えてみればそうだ。あの戦士さんは、常に余裕のある表情をしていた。揺らぎが無かった。常に相手を見透かしたような目。真っ直ぐ、冷たく、それでいて正しい目だった。

「悔しい……」

 絞り出すような声だった。この時、アイクは私の前で、初めて涙を流した。


 通路の端、小さなベンチに座り、私は私の戦いが始まるのを待っている。あの戦士さんの戦い方は分かった。負ける可能性は捨て切れないけど、勝てる見込みが全く無い訳でもない。どうせ賭けにしかならないんだ。やってやる。
「おぉい!どうするよ!?こんな事態初めてだぞ!?」
「知るか!族長が代案を……」
「俺らの中で一番強い奴の代わりだぁ!?居たら是非拝みたいね!」
 何だろう。話している内容を聞くに、あの片手剣の男性に何かあったんだろうか。でも誰が?何の為に?誰かが争っているような音も聞こえなかったし、危害を加えられたと言うより、自分から退いた感じだろうか。あの人が抵抗もできずにやられるとは思えないし。
 だけど、それなら誰が私の相手になるんだろうか。順当に考えればこの集落で二番目に強い人が来る。けど、あの慌てようを考えるに、それができないのだろう。なら誰が……

『皆の衆。話がある』

 魔術!?長耳族は魔術を使えない……魔道具か。拡声用魔道具。確かアレンさんの家にもあった筈だ。あれの改良版といった所か。そして、『話』とは……?兎に角、聞いてみようか。
『我らが誇る最強の戦士サフラが、襲撃者によって殺された』
 瞬間、会場全体がざわめきだした。私自身、とても驚いている。あれ程の実力を持つ人が、こんな短時間で、それも争いも無く殺されたなんて……信じられない。
『これより集落は厳戒態勢に入る。各自自宅に戻り、外出をなるべく避けるように』
「ぞ、族長様!決闘の続きは!?あの少年の生死は!?」
『サフラの意思だ。少年は生き延びた。そして少女の方には、また別の機会を与えよう』
 後回し……まぁ、この状況なら当然か。集落で最も強い戦士が、恐らく抵抗もできずに殺されたのだ。そんなレベルの敵が潜んでいる状態で、こんな娯楽にかまけている暇は無い。
 だけど、まさかこんな時にこんな事になるなんてなぁ……早くリョウコさん達と合流しなきゃなのに、厳戒態勢に入るだなんて思ってもいなかった。私達も外に出れない事は確実だ。は~ヤダヤダ。
「おい。行くぞ」
「またあの埃だらけの部屋?」
「いや。族長の館の最奥である、書斎に行く」
「なんで?」
「お前に話があるそうだ」
 大体内容は察しがつくな。だけど、その対価によってはもしかして……っと、そこまで考えるのは時期尚早だ。もう少し状況を把握してからだ。ここは大人しく付いて行こう。


 案内された先では、やはり族長さんが待っていた。彼女は私を真っ直ぐ見据えてはいるが、その目は焦りで満ちていた。やはり、不測の事態には変わらないらしい。
「お話とは?」
「不敬だが……緊急事態だ。許そう」
 お優しい事で。まぁ、それだけの事態という事は分かっている。
「話は聞いていたな?」
「うん」
「なら良い。お前には、戦士サフラを殺した者を探し、殺害してもらう。勿論単独でな。できれば、処刑は無し。あの少年と同じように、生かしたまま集落から出させてやろう」
 やっぱりか。この人、私達をどうしても殺さなければならないとは考えていない。それなら、まだやりようはある。と思う。
「だけど、私が見つけたとして、その人を殺せるとは思えないんだけど」
「私としてはそれでも良いが、無駄に時間を潰すのは容認できない。これを渡しておこう」
 おっと。危ないな。急にこんな重そうなのを投げて寄越すなんて。にしてもこれ……何だろう。魔道具なのは分かるけど、魔石が無い。これに魔力を流し込み、予め決めておいた魔術を発動する道具だろうけど、この術式は……?
 知らない魔術だ。て言うか魔術の造りからして違う。体系と言うべきだろうか。魔術の効果も威力も分からない。
「これは……どんな魔術ですか?」
「我ら長耳族で作り出した術だ。魔力にも対応しているが、試作品だ。使えるのは一度で、発動するかも分からない」
 成程。犯人を見つけて、この魔道具で奇襲を仕掛ければ、あの戦士さんを殺せるレベルの人でも殺せるだろうって事か。甘い見通しではあるけど、賭けに出るしか無いか。
「居場所の目星は?」
「ついてはいないが、ここには結界がある。出入りは全て感知可能だが、出て行く様子は無い。入って来る様子も無 い以上は、長耳族の者であるという事は確かだ」
 成程。『家から出ないように』と言ったのは、市民の安全確保と同時に、犯人を逃がさない為でもあった訳か。よく頭が回る人だ羨ましい。
「分かりました。では早速……」
「今日は休め。こちらも色々、やる事があるのでな。連れて行け!」
 あらら殺生な。ま、仕方無いか。ここは従っておくか。

 その後、私はあの埃だらけの部屋に叩き込まれた。ちょっと咳が出た。
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