謎色の空と無色の魔女

暇神

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深章

深三章 この世で最も清らかな集落

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 屋敷の中もやはり豪華だが、金やプラチナ等に飾られている訳ではない。木の彫刻や綺麗な石、宝石等で作られた置物で飾られているのだ。煌びやかではない分、私はこっちの方が落ち着く気がする。
「さて……私はエルクレア・ブレイド。長耳族の長だ」
「これはご丁寧に。私は……」
「人間の名を知りたい訳ではない。どうせ貴様らは、明日、この集落で死ぬのだから」
 先程言っていた決闘だろうな。ここの精鋭部隊を動員する気だろうか。少なくとも、私達を生きて返す気は無さそうだ。ただの餓鬼二人相手に何をそんな真剣にするんだろうか。
 女性は私達を、屋敷の隅の部屋に案内した。「入れ」と言うので、私達はそれに従って、暗くて湿った部屋の中に足を踏み入れる。ここで一晩過ごすのか……嫌だな。カビやらキノコやらが生えて来そうだ。
「食事は後で持って来る。ここで待て。出るなよ?」
「はいはい。分かってますよ」
「ライラ」
 あ痛。肘で小突かなくても良いじゃないか。相手は長耳族の長だけど、こっちを殺そうとしてるんだし。
「あまり嘗めた口を利くようなら、不敬罪で殺しても良いんだぞ」
「済みませんでした」
 前言撤回。やっぱ丁寧な言葉遣いにしとこう。公開処刑とかもう嫌だ。あれはかなり特殊な例だろうけど、流石にトラウマだ。なんか思い出しそう。気分悪くなって来た。おえ。
 女性はそのまま踵を返し、部屋の前から去って行った。足音が遠退いて行くのを聞いて、私は顔を上げた。
「行ったな」
「そうだね」
 さてどうしよう。多少自由な訳だけど……魔術を使うのは無しかな。向こうに、『やはり何か目的があるのでは』とは思わせたくないし。今の内に何か仕掛けでも……できるような物も無いもんな。
「どうするアイク。連絡用の魔道具も取られちゃったけど」
「どうしようも無い。エルクレアの話じゃ、明日勝てば多少話ができそうだ。その相手がどれだけ強いかという話になる訳だが」
「魔法を使うのは無しだよね?」
「流石にな。どんな影響があるか分からない」
 アイクは兎も角、私は魔術師として特別強力な訳ではない。私のアドバンテージは、魔力に対して敏感である事だ。魔術師相手であれば、魔術が発動するタイミングをある程度まで予測できる。加え、魔力操作も繊細にできるので、魔術の発動が早い。
 ただ、使う魔術は一般的な魔術師とそう変わらず、アイクのような特別な技術も無い。魔力を戦闘でほぼ使わない長耳族相手では、そこまで強く出れないだろう。
 弱ったな~。ここで勝てなければ処刑で、勝っても生きてここを出れるかは分からない。脱走しようにも、ここの具体的な場所も分からない。王都に転移できなかった理由が分からない以上、下手に転移もできない。最悪。
「俺達のアドバンテージは魔術だ。距離に関係無く、ある程度の火力を出せる。だが相手はそれより早く、こっちを攻撃できる」
「始まるタイミングが同時なら、こっちは勝てないんだよね」
「そういう事だ。俺の魔術は開始の合図なんて無い状態でこそ強いが、その前提が崩れてるんじゃなぁ……」
 やっぱり私達じゃ勝てないんじゃないだろうか。魔術は使う暇が無い、魔法は使えない、魔術抜きでの近接戦闘で勝てる相手じゃない。正にどん詰まりだ。やっぱり死ぬしか無いのかな。何とか生き長らえたけど、ただ死ぬ時を少しだけ遅らせただけな気がする。
 そうして悩んでいると、おもむろにアイクが「あっ!」と声を上げた。どうやら、何か良い事を思い付いたらしい。
「どうしたの!?何か思い付いたんだね!?」
「……いやでも……やっぱなぁ……」
「言ってよ!皆と合流できる可能性が少しでもあるなら言ってよ!」
「いやしかしなぁ……う~ん……」
 じれったいなぁもう!もっとはっきりしてくれ!『もっと良い方法があるかも』なんて言ってる場合じゃないだろうに!

 その後、「言え!言えぇ!」と粘り続けた結果、アイクは何とか折れて、思い付いた作戦を話してくれた。

「成程……それなら、相手の出鼻を挫いた上で、魔術を使える時間も稼げる」
「成功するかどうかは、運と相手の初手次第だけどな」
「それ位のギャンブルもするさ。生き残る為ならね」
 そうと決まれば、早速準備に取り掛からなければ。私達は部屋にある物を片っ端から使い、下準備を始めた。


「……寝たな」
「そのようですね」
 一体一晩中何をしていたんだろうか。何をしようと無駄なのに。
「明日……いやもう今日か。自分達の命を賭けた決闘の、下準備といった所でしょうね」
「心配する事は無いだろう。奴らの死は揺るがない」
 そう。心配する程でもない。相手は所詮人間……それも子供だ。例え魔術師であったとしても、長耳族最強を誇る戦士に勝てる訳が無い。他種族の戦い方を、嫌と言う程教えられて来た奴だ。
 だが、戦士長はそうではなかったようだ。彼は「発言をお許しください」と、挙手した。
「戦士長。何か?」
「族長。あの者達には警戒すべきかと」
 戦士長のその発言に、会議室に集まったほかの者達から笑いが起こる。かつて長耳族最強と謳われた戦士が、人間の子供二人相手に「警戒すべき」と言ったのだから、笑いたくもなるだろう。
「戦士長も焼きが回ったようですな。相手は人間ですぞ?」
「黙れ第三区長。戦士長よ、何故警戒すべきと?」
 どうやら、上手く言葉にできないらしい。戦士長は少し考える素振りをしてから、宙を見つめ、私の問に答える。
「人間の小童は、常に周囲を観察していました。僅かな隙も逃さないという、鍛え上げられた戦士の目でした。そして小娘の方は……何か、既視感のような物を感じます」
「見た事も聞いた事も無いあの人間に、『既視感』と?」
「その通りでございます。不思議な事に、あの者が纏う空気には、少し覚えがあります」
 それに関しては、私も少しばかり思う所がある。あの者を一目見た時、私は妙に、『懐かしい』と感じたのだ。古い友人に会ったような、久方振りに家族や親戚と再会した時のような感覚だった。何故?私はあの小娘に、何を重ねている?
 やはり、あの者達を殺すのは少し惜しい事なのではないか?少なくとも、この違和感を拭い去るまでは……

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「戦士長。お前の息子の……我らの勝利に変わりは無い。そうだな?」
「……はい。全ては、森の純潔の為」
 何も問題は無い。我らは勝利し、あの人間二人は処刑され、森の純潔は守られる。この話はそれで終わりだ。永い一生の内の瞬きのような出来事として、いつか記憶の隅にも見当たらなくなる。それで終わり。全部、全部終わる。
 私は冴え切った、冷え切った頭で物を考えながら、決闘の場を整える会議を進める。会議は日が昇り切る頃まで続いたが、滞る事は無かった。
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