謎色の空と無色の魔女

暇神

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進章

進二十三章 あの世に最も近い都市が終わる日

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 視界が霞んでいる。物の輪郭がはっきりしないまま、視界の端に映る色だけが変化し続ける。
 ここがあの世という奴だろうか。ああでも、それにしては大分変な気がする。体中……特に胸に、絶えず激痛が走っている。あの世も、物語で読む程は便利じゃないんだろうか。
 しかし、段々と視界が明瞭になって行く中で、私はここが、馬車の上である事に気が付いた。私は激痛に顔をしかめながら上体を起こし、周りを見渡す。
「生きてる……のかな?」
 その声が聞こえていたらしく、外で何やら騒がしい音がした後、こちらをいくつかの顔が覗いた。
「ライラちゃん……良かったぁ……」
「リョウコさん……いてて」
「起きたんだね。ライラちゃん……で良い?」
「はい。えっと……誰?」
 その後、なるべく消化に良い食事を取りながら、私はあの女性に胸を貫かれた後の、リョウコさん達の話を聞く事になった。


 私達は、目の前の敵に殺意を向けている。理由は明白だった。
「その子をどうしたの?」
「返答によっては殺す」
 聞いてはいるが、この状況を見れば、何が起こったのかは分かるだろう。特務隊のリーダー。彼女が抱えているのは、先程まで自身と戦っていた少女……その恐らく亡骸だ。それだけで、目の前の敵を殺すに値する。私達には、その力がある。
 だが、女性が次に取った行動は、恐らく私も大聖も予測していなかった、全く以て意外な事だった。女性は頭を下げ、はっきりと、複雑な感情を込めた声色で言った。
「済まなかった」
「「……は?」」
 理解できない。お前が抱えている少女を殺したのは誰だ?自分がどういう事をしたのか理解できない頭はしてないだろう?何故謝る。何故頭を下げる。何故、無防備に私達の前に立てる?
「今更謝った所で取り返しがつくとも思えない。私がやった事は、この少女が生きる事よりも罪深い。だが、この少女はまだ死んでいない」
 気付けば、私は駆け出していた。穴が開いた少女の胸は、魔力の膜のような物で覆われ、そこから血が漏れ出ていくのを防いでいた。少女の呼吸は弱く、次の一瞬で止まってもおかしくないとすら思える程だったが、それでもまだ、続いていた。
「これって……」
「無意識的に命をつないでいるらしい。だが心臓が潰れている。このままでは死んでしまう。だが聖女様なら或いは……」
 忍なら、心臓を修復して、ライラちゃんの命を繋ぐ事ができるかも知れない。なら早く、忍の所へ……
「大聖、頼んだわよ」
「ああ任せろ」
「街を出るなら早くするべきだ。私はその少女を殺した事になっている。長くこの街に留まれば、誤魔化しも効かないだろう」
 女性は大聖にライラちゃんを預け、そのまま直ぐ大聖堂へ向かう為、私達に背を向けた。私はその背中に、「一つ良いかしら?」と、言葉を投げ掛ける。
「……何だ?」
「なんで、あの子を助けたの?」
 女性は私の方を振り返った。少し言葉を喉で詰まらせ、何か言おうとしては、また何も言えない状態に戻る。それに二度繰り返した後、女性は私から顔を背けながら、細い声で答えた。

「未来ある少女の命を奪う事は、女神様のご意思に反する事だ」

 女性はそのまま、魔術を使って飛び去って行った。私は行商の馬車を預けていた馬小屋へ向かい、馬車と馬を回収してから、大聖と忍、行商の二人と合流した。


「あの人がそんな事をするなんて……」
「ライラちゃんの怪我は治せたよ。後遺症も多分無い。だけど、胸に風穴が空いてたのを無理矢理直したせいで、傷の痕は消せなかった。まだ十六なのにごめん」
「それで済んだのなら良いですよ」
 いや実際、元々死ぬはずだったのが生きているというだけで、感謝してもし切れないだろう。私は少し大きい服の裾から胸を覗き、そこに残っている痕を見た。ちょっと気になるな。やっぱり激痛は残ってるし。
「それとライラちゃん。治す時、体、見ちゃったんだけど……」
「同性だし気にしませんよ?」
「そうじゃなくてライラちゃん、体に何か……跡みたいなのがあったんだけど?」
 体?体に変な物……そう言えば一つ心当たりがある。まだ消せてなかったんだよな。
「ああアレですか。魔法陣の跡」
 シノブさんは頷いた。どうやら正解だったらしい。
 私は以前、体中に魔法陣を書いていた。咄嗟に発動できない程複雑だが、比較的頻繁に使う魔術を使う為だ。見た目こそ悪かったが、結構便利だった。それも、術の簡略化や魔法陣の作成速度の上昇などの要因から、既に消していた。跡は多少残っているが、それも段々薄くなっていた。
「気味悪かったですよね。その内消えるでしょうから、大丈夫ですよ」
「良いけど、諒子から伝言」
 え?何だろう。私は少し食事の手を止め、シノブさんの話を聞く。

「『次同じ事やったら、引っ叩くわよ。女の子なんだから』」

 思わず吹き出してしまった。シノブさんは少し怒ったような表情を見せたので、私は笑いを堪えながら、「すみません」と言った。
 うん。シスターもきっと、同じような事を言う。誰かが誰かを傷付けた時、誰かが自分自身を傷付けた時、あの人は一番起こった。どんな物より怖かった。何度も何度も目の前を横切った死よりも、よっぽど怖かった。
「いや、私の育ての親も、同じような事言っただろうなって」
「へえ。凄く、良い人だったんだね」
「ええ。凄く、凄く優しい人でした」
 少し、懐かしい気分に浸りながら、私は匙を動かし始める。心地良い風が、頬を撫でた。


 私は目の前の女性……いや、女性の姿をした神に向けて、心底恐怖を抱いている。その方は苛ついた口調で、私に問う。
「で、それ、本当なの?」
「は……はい」
 女神。この世界の全てを司る、全知全能の存在。その気になれば、私はこの世から一片の塵も残さず消されてしまうだろう。ああしかし、事実そうなるだろうな。今回は、それだけ大きな出来事だ。女神様は、先程私が申し上げた報告を、威圧を込めた声で繰り返す。

「勇者が、新たな魔王になったと?」

 この報せは、二か月前、亜人の国がある大陸に潜り込んでいるスパイから届いた物だ。『勇者が新たな亜人の王として、亜人の国を統治し始めた』と。亜人は元来実力主義な為、二代前の亜人の王を殺した勇者が新たな王となる事は、不自然な事ではなかった。
 だが、問題はこれに留まらない。勇者は亜人の国の改革を進め、新たな兵器や新たな部隊の編制を始めたのだ。停滞ではなく前進。魔銃の存在もあり、総合的な戦力は拮抗しているが、それもいつまで続くか分からない。
 それに腹を立てるのは、当然女神様だ。折角消した邪魔者が、それを消す為に呼んだ者と代わったとなれば、無理も無い。
 だが、どうにか機嫌を取らなければ。聖都の為、人類の為、何より私の為に。
「やっぱり、貴方達はもう要らないわ」
「お、お待ちを!私達にはまだ……」
「所詮は人間ね。こんな事も防げないだなんて」
「い、いえ!一か月程の時間さえくだされば……」
「特務隊は駒として優秀なのだけれど、仕方無いわね」
 既に眼中に無い。本来、神と人の構図はこうあるべきなのだろう。だが、まさかここまで……

「じゃ、さっさと消えてくれる?」

 次に女神様の目を見た時と、私の体が崩れ始めたのは、ほぼ同時の出来事だったのだろう。私は消える意識の中で、女神様を呪う言葉を吐いた気がする。
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