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進章
進十五章 聖女に課せられた役割
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目を覚ますと、そこには見慣れた三人の顔と、初めて見る女性の顔が一つあった。私が目を覚ました事を確認すると、その四人全員が、少し安堵したような表情になった。
「目を覚ました」
「良かったね」
「ライラの飯は?」
「まだ温かいよリーダー」
リョウコさんの膝の上から起き上がりながら、少し周囲を見渡す。地下牢……にしては、造りや装飾が豪華だし、窓から光も差し込んで来ている。やはり、あの結界が張られた部屋の中らしい。詰まり、この見慣れない女性が……
「貴女が聖女様?」
「そうだよ。名前は竹下忍。よろしくね」
「よろしくお願いします」
手が柔らかい。ついでに若干冷たい。それはもう物凄く。優しい人なんだろう。まあ聖女様だしな。魔王を倒した後にやった事も、ある程度は知っている。貧しい人に仕事を与えたり、炊き出しをしたり、ついでにあくどい貴族を裁いたり……所謂聖人君子だ。素晴らしい。
「そう言えばリョウコさん。タイセイ先生はどうしたの?」
「今は分かってないわ。多分逃げれてると思うんだけど……」
そう話していると、扉が凄い勢いで開かれた。シノブさんとリーダーさんは前に出て、リョウコさんとエディさんは、私を守るような体勢に入った。四人の隙間から扉の方を見ると、特務隊のローブを羽織った、数人の魔術師が部屋に入って来た。
「ご機嫌麗しゅう。愛しの聖女様?」
「いい加減諦めたらどうですか?」
「それはできない。これは神父長、延いては女神様の偉大なるご意思なのですから」
成程。神父長の外出は、彼等がその名を自由に使え、且つそれを誰にも否定できない状況を作り出す為の物だったのか。その場に居ない人間、その場に干渉できない人間の名を使えば、『そう言った』という出来事自体には、否定のしようが無い。
とは言え、バレる時は直ぐバレそうな手ではある。もし神父長がこの都市に戻って来たら、この発言を否定されて終わりだろう。ある程度自由に行動する権利を持っていたとしても、彼等が神父長に与えられたのは、この街を自由に出入りする権利、この部屋を自由に使う権利の二つだけ。詰まり今の状況は明らかな越権行為で、処罰の対象となる物だ。そんな事をしてまでやりたい事とは何だろうか。
「何故です?貴女は聖女だ。なら、私達の目的は……」
「言ったでしょう?私はただ、元の世界に帰りたいだけです」
シノブさんがそう言ったと同時に、扉の向こうから「そうでしょうね」と、少し低い女性の声がした。その声の主は部屋に入ると、皆の後ろに居る私を見た。いや正確には、『睨んだ』とでも形容すべきだろうか。その目はどこまでも、氷よりも、冬の空気よりも、私が知る限り最も冷たい何かよりも冷たかった。
「魔法使い……この世で最も忌むべき、女神様の敵の一角。何故、聖女ともあろう貴女が、その子供を庇うのですか?」
「ただの子供です。この世界の宗教など、私の与り知る所ではありません」
「散々この国の宗教を利用しておいて?」
「私はただ、私の道徳と良心に従っただけです」
女性は溜息を吐いた。彼女はシノブさんとリーダーさんの間を通り抜け、リョウコさんとエディさんを押し退けて、一番後ろに居た私の顔に手をかざした。
「何を……」
「行動するだけ無駄ですよ。万全の私達相手に勝てるとでも?それに、貴女方には既に、魔力の使用を禁じ、身体能力を著しく制限する鎖が装着されています。無論、貴様にもだ。見るのも汚らわしい魔法使い」
「へえ。魔女狩りの手順は心得てるって訳だね。流石、かつて魔法使いに対する大虐殺を行った組織だね」
この瞬間、女性は初めて怒りを露わにした。言葉で表すのも難しい程の怒りをその顔に湛えた彼女は、私の首を掴み、そのまま宙へ持ち上げた。首に込められる力が段々と増して行く。ああこれは不味い。多分死ぬ。
「そうまでして早く死にたいか!大罪人!」
「まだ……死ぬつもり……は……無い……」
女性は私の目を睨み続ける。私もその目を見つめ返しながら、遠退いて行く意識を自身に繋ぎ留める。私に限界が雇用としていた頃、女性は私を床に叩き付けた。私は大きく咳き込みながら、女性を見る。
「どうせ貴様は死刑が確定している。住民達に石を投げられ、体から少しづつ血が失われる感覚を味わうと良い。恨むなら、魔法を使える体に生んだ両親を恨むんだな」
その両親の顔も知らないんだけどなあ私。咳き込んでいる中、そんな事も言えない私は、部屋から出て行く特務隊の背中を見続けた。
俺は今、自分の目を疑っている。手に持っているのは、昨晩ライラに託された、神父長の日誌だ。確かに、『神父長が聖都を離れている』という事実にも驚いているのだが、それ以上に、日誌に書かれていた聖都の地図を見て、俺はかつて無かった程の衝撃を受けている。もし、この地図が、聖都の区分を大まかに、それでも正確に記しているのだとしたら……
この街には、スラムが無い事になる。
「目を覚ました」
「良かったね」
「ライラの飯は?」
「まだ温かいよリーダー」
リョウコさんの膝の上から起き上がりながら、少し周囲を見渡す。地下牢……にしては、造りや装飾が豪華だし、窓から光も差し込んで来ている。やはり、あの結界が張られた部屋の中らしい。詰まり、この見慣れない女性が……
「貴女が聖女様?」
「そうだよ。名前は竹下忍。よろしくね」
「よろしくお願いします」
手が柔らかい。ついでに若干冷たい。それはもう物凄く。優しい人なんだろう。まあ聖女様だしな。魔王を倒した後にやった事も、ある程度は知っている。貧しい人に仕事を与えたり、炊き出しをしたり、ついでにあくどい貴族を裁いたり……所謂聖人君子だ。素晴らしい。
「そう言えばリョウコさん。タイセイ先生はどうしたの?」
「今は分かってないわ。多分逃げれてると思うんだけど……」
そう話していると、扉が凄い勢いで開かれた。シノブさんとリーダーさんは前に出て、リョウコさんとエディさんは、私を守るような体勢に入った。四人の隙間から扉の方を見ると、特務隊のローブを羽織った、数人の魔術師が部屋に入って来た。
「ご機嫌麗しゅう。愛しの聖女様?」
「いい加減諦めたらどうですか?」
「それはできない。これは神父長、延いては女神様の偉大なるご意思なのですから」
成程。神父長の外出は、彼等がその名を自由に使え、且つそれを誰にも否定できない状況を作り出す為の物だったのか。その場に居ない人間、その場に干渉できない人間の名を使えば、『そう言った』という出来事自体には、否定のしようが無い。
とは言え、バレる時は直ぐバレそうな手ではある。もし神父長がこの都市に戻って来たら、この発言を否定されて終わりだろう。ある程度自由に行動する権利を持っていたとしても、彼等が神父長に与えられたのは、この街を自由に出入りする権利、この部屋を自由に使う権利の二つだけ。詰まり今の状況は明らかな越権行為で、処罰の対象となる物だ。そんな事をしてまでやりたい事とは何だろうか。
「何故です?貴女は聖女だ。なら、私達の目的は……」
「言ったでしょう?私はただ、元の世界に帰りたいだけです」
シノブさんがそう言ったと同時に、扉の向こうから「そうでしょうね」と、少し低い女性の声がした。その声の主は部屋に入ると、皆の後ろに居る私を見た。いや正確には、『睨んだ』とでも形容すべきだろうか。その目はどこまでも、氷よりも、冬の空気よりも、私が知る限り最も冷たい何かよりも冷たかった。
「魔法使い……この世で最も忌むべき、女神様の敵の一角。何故、聖女ともあろう貴女が、その子供を庇うのですか?」
「ただの子供です。この世界の宗教など、私の与り知る所ではありません」
「散々この国の宗教を利用しておいて?」
「私はただ、私の道徳と良心に従っただけです」
女性は溜息を吐いた。彼女はシノブさんとリーダーさんの間を通り抜け、リョウコさんとエディさんを押し退けて、一番後ろに居た私の顔に手をかざした。
「何を……」
「行動するだけ無駄ですよ。万全の私達相手に勝てるとでも?それに、貴女方には既に、魔力の使用を禁じ、身体能力を著しく制限する鎖が装着されています。無論、貴様にもだ。見るのも汚らわしい魔法使い」
「へえ。魔女狩りの手順は心得てるって訳だね。流石、かつて魔法使いに対する大虐殺を行った組織だね」
この瞬間、女性は初めて怒りを露わにした。言葉で表すのも難しい程の怒りをその顔に湛えた彼女は、私の首を掴み、そのまま宙へ持ち上げた。首に込められる力が段々と増して行く。ああこれは不味い。多分死ぬ。
「そうまでして早く死にたいか!大罪人!」
「まだ……死ぬつもり……は……無い……」
女性は私の目を睨み続ける。私もその目を見つめ返しながら、遠退いて行く意識を自身に繋ぎ留める。私に限界が雇用としていた頃、女性は私を床に叩き付けた。私は大きく咳き込みながら、女性を見る。
「どうせ貴様は死刑が確定している。住民達に石を投げられ、体から少しづつ血が失われる感覚を味わうと良い。恨むなら、魔法を使える体に生んだ両親を恨むんだな」
その両親の顔も知らないんだけどなあ私。咳き込んでいる中、そんな事も言えない私は、部屋から出て行く特務隊の背中を見続けた。
俺は今、自分の目を疑っている。手に持っているのは、昨晩ライラに託された、神父長の日誌だ。確かに、『神父長が聖都を離れている』という事実にも驚いているのだが、それ以上に、日誌に書かれていた聖都の地図を見て、俺はかつて無かった程の衝撃を受けている。もし、この地図が、聖都の区分を大まかに、それでも正確に記しているのだとしたら……
この街には、スラムが無い事になる。
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