謎色の空と無色の魔女

暇神

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進章

進十章 巨大な陸地を進む道

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 日が昇るよりも少し前。私はいつかと同じ馬車に揺られながら、次第に遠のく王都を眺めていた。
「良かったのかい?ライラちゃん」
「エディさん……大丈夫ですよ。今生の別れって訳じゃないですし」
 そうならない筈だ。昔と違って、今は友達も居るんだ。死んで堪るかってんだ。
 長い間見ない内に、エディさんとリーダーさんは老けた。口の端にや目の縁に、僅かに皺が刻まれた。それでも、内面的な物は何一つ変わっていないのを見て、私は少し安心した。
「にしても、そっちの子はどうしたんだい?」
「朝早かったですからね。眠かったんでしょうね」
 アイクは馬車に積まれた荷物の間に挟まりながら、小さく寝息を立てている。リョウコさんはアイクに毛布を掛けながら、「まだほんの子供だもの。仕方無いわよ」と呟いた。
「そうだぞライラ。お前ももう少し寝てたって良いんだ」
「大丈夫ですよリーダーさん。それに、王都が見える内は起きていたいんです」
「いや、こればっかりはマイクさんに同意だ」
 タセイ先生まで言うのか。まあ、睡眠の重要さは理解しているつもりだし、もう少ししたら寝るかな。
 にしても大所帯だな。昔この馬車に乗った時から、二人も人が増えている。若干狭く感じる。次第に空が明るくなって来た頃、私は馬車の端で丸くなって、静かに目を閉じた。

 目を覚ましたのは、火が点けられた薪が弾ける音が聞こえたからだった。私はまだ重い瞼を擦りながら、馬車を降りる。
「お、目を覚ましたみたいだな」
「ライラちゃん。朝ご飯、できてるわよ」
「その前に顔を洗うべきだな。エディ、川まで案内してやれ」
「リーダーったら人使い荒いんだから」
 私はエディさんに手を引かれ、川へ向かう。顔を洗うと、瞼が大分軽くなる。私は頬を一度叩いてから、魔術で顔を乾かした。
「君が魔術をこんな事に使ってると知ったら、ファンの人は幻滅するだろうね」
「ファンなんて居ないでしょ」
「そうでもないよ?ほら」
 そう言ってエディさんが見せて来たのは、どうやらスクラップブックらしかった。いくつかの新聞から、記事が切り抜かれている。
「やっぱり、こういうのは見といた方が良いんですか?」
「新聞は良いよ。金は掛かるけど」
 ふうん。にしても、こんな量のスクラップブックなんて誰の……と、口に出し掛けた所で、私はその記事の見出しに目が行った。そしてエディさんからその冊子を奪い取り、その記事を確認する。ニ、三回程目を擦った後、また見て、溜息を吐きながら、私はエディさんに聞いた。
「私、いつのまにこんな記事書かれてたんですか?」
「巷じゃ有名な話だよ。ほら、さっさと行こう」

 その記事は、私が様々な賞金首を討ち取った事を英雄視する、実に質の悪い物だった。

 今の私達の目的地は、この国における絶対的信仰対象である女神様、そして女神様が住まう天界に、この地上で最も近いとされる都市、『メイデ』だ。どうやらそこで、勇者パーティーの聖女様と合流し、そのまま亜人達の国へ行き、勇者と合流、作戦会議といった流れらしい。
 問題は、何事も無く合流という訳には行かなそうという話だ。どうやら、対処に困る障害があるらしい。
「連絡は取り合ってたんですか?」
「元は取り合ってたんだけど、一年前から聖女と勇者の二人は連絡が取れないの。聖女の方は事情がある程度掴めてるんだけど、勇者は何やってるんだか……浮気してたらぼっこぼこにしてやる……」
「諒子と勇者は恋人同士なんだ。そのせいでちょっと荒れる事もあるが、流してやってくれないか?」
 成程。そういう関係ね。なら勇者様が浮気していた場合は、私も思い切り殴ろう。不敬?関係無い。私は行くぞ。
 とは言え、私は今まで新聞とか全く読んで来なかったからな。何が起こってるのか知らないんだよね。私は隣に座っていたアイクの肩を軽く叩き、話を聞く。
「ねえアイク。聖女様って、今何してるの?」
「何って……そっか。お前新聞読まないタイプなんだったか。そら知らないよな」
 次にアイクの口から出て来た言葉に、私は思い切り、「ええええええええええええ!?」と叫んでしまった。

「聖女様、今絶賛監禁中なんだってよ」

 不敬が過ぎるだろ。私が言えた事じゃないけどさ。


 扉がノックされた。私は「どうぞ」と言って、その音を立てた人物を部屋に招き入れる。その人物は私の直ぐ横まで近付いて来た後、私を見下ろしながら問う。
「いい加減、首を縦に振ってくれませんかね?貴女の協力が必要なんですよ」
「何度も言った通り、そちら側が私にとって、明確な利益をもたらさない限り、その話はお請けできませんよ」
 相手は「そうですか」と言いながら、私の向かいの椅子に座り、ティーカップを持ち上げる。私も同じように、机の上に置かれたティーカップを持ち上げ、注がれている紅茶を一口啜る。
「今の貴女であれば、一人で魔族を根絶やしにできるのでは?」
「私の道徳とそれは相反します……こう答えるのは、もう両の手では数えきれない回数になりますね。それに、私一人では無理ですよ。皆と一緒じゃないと……」
「『聖女』の名を冠する貴女こそ、この役目には適任だと思うのですがねえ……」
 目の前の人物は、私の目を見つめながら、私の名を口にする。

「勇者パーティーが一人、『聖女』のシノブ様?」

 私は、牢獄とは思えない煌びやかな部屋の中で、静かに眉をひそめた。
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