謎色の空と無色の魔女

暇神

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進章

進四章 時間稼ぎ

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 炎竜は目を閉じている。私達はその姿を注意深く観察しながら、これからどうするかを話し合う。
「どうする?」
「ここはボス部屋だ。逃げられないのは自明だな」
「でも、今の私達で勝てる相手でもない」
「それなら、方法は一つだよね」
 私は懐から緊急用の魔道具を取り出し、アイクさんと目を合わせる。アイクさんは頷く。私はそれを地面に投げ付け、教師陣へ信号を送る。それによって漏れた少量の魔力を逃す炎竜ではない。炎竜は目を覚まし、私達の姿を見据える。とんでもない迫力だ。逃げ出したい。怖い。殺される。逃げたい。
 逃げるな。笑え。力で勝てないなら精神で勝て。ここで逃げるのは無理なんだ。最後まで足掻けば助かるかも知れない。何より、ここで死ぬ訳には行かない。

「先生達がここに来るまで、どんなに早く見積もっても半日掛かる!それまで時間稼ぎする!」
「半日か……ハードル高いがやるしかないな」

 アイクさんは杖を、私は刀を構える。目の前の敵を真っ直ぐ見つめ、息を整える。炎竜は口を開き、その口の奥底で炎を溜める。
「「防御を展開しろ!」」
 アイクさんは水の、私は風の盾を作り、炎竜の吐く炎を防ぐ。だが、炎の勢いは更に強まり、私達はそれぞれ、近くの柱の影に隠れる。
 何も勝つ必要は無い。半日耐える。耐久力も攻撃力も向こうが上なんだ。正面で戦うのは避ける。攻撃をなるべく避け、ギリギリまで粘る。私の装備は、この刀と邪魔な荷物……はここに置いて行こう。それとマリアがくれた、魔力回復用と体力回復用のポーションがそれぞれ一つずつ。これで半日持たせるのは、正直厳しい。どうする?
 そう考える間にも、炎竜は行動を止めない。奴は私達が隠れる柱をその腕で薙ぎ払い、私達が隠れられる場所を一気に二つ無くした。
「クッソ!あの腕で潰されたら終わりだぞ!」
「固まってると一気に潰される!」
「分かってる!また来るぞ!」
 炎竜は再び炎を吐き、私達を焼こうとする。私達はそれぞれ別の柱に隠れ、それをやり過ごす。
「服の裾燃えた……このままじゃ、直撃するのも時間の問題かも」
「防御だけじゃ後手に回るな。とは言え、俺達の攻撃手段じゃダメージにならないな」
「アイクさんでも無理ですか?」
「そもそも、炎竜は単独のパーティーで殺せる相手じゃない。十分以上に連携が取れる一流の冒険者が、数十人単位で挑んで、半分以上が死んだ上でようやく殺せる。まるで神話の化物だ」
 道理で大型迷宮の攻略者が英雄扱いされる訳だ。全くもって最悪の状況だ。
「炎竜の弱点とか無いの?」
「俺を何だと思ってる。この迷宮の各階層に残された石板に書かれていたのは、ただ『炎を操る竜』という文だけだ。そもそも、弱点なんて物が分かってたらこの迷宮はとっくの昔に攻略されてる」
 そうだよな。資料に書いてあったのは、吐く炎に対して有利な魔術と、『その鱗は魔銀ミスリルよりも硬い』という信じられない文と、後はその異常に高い攻撃能力だけだ。詰まる所、勝った奴は人数のごり押ししかしてないという訳だ。
「お前こそ、貫通能力を魔術に込めるのはできるんだろ?」
「さっき一本魔力の矢を放った。けど弾かれた。これがどういう事か、分からない人じゃないでしょ?」
「詰まり、咄嗟に放った一撃じゃ無理って訳だ」
「だけど、魔術を構築する溜めを許す相手でもない」
 アイクさんは「そうだよな……」と言って頭を抱える。その瞬間、柱が炎竜によって壊され、また二つ、隠れる場所を失う。
「俺が引き付ける!ライラはアイツの体吹き飛ばせる魔術を練ろ!」
「無理難題言ってくれる!」
 私は刀を前に向けて構え、魔法陣を展開すると共に詠唱を始める。
「『風を司る神霊よ』……『我が剣へ宿り、万物と切り裂く剣とならん』……」
『魔術属性、風……魔術形態、付与エンチャント……付与対象、刀……』
 頭が破裂しそうな情報量だ。魔力が全部吸われる。私は魔力が全部無くなる寸前で、魔力回復用のポーションを飲む。魔力を限界まで使え。魔力量ならマリアと一緒に鍛えて来ただろ。今までの全部を叩き込め。ここで死ぬ奴が、神様が作ったとか言う厄災に勝てると思うか?
「『我が望むは、この世を切り裂く刃を振るう、二本の腕也』……」
『形状、片刃……使用魔力量、最大……付与属性、切断、貫通、回転……』
 炎竜がこちらを向く。赤い瞳が私を見据え、その口の中には赤から青へと色を変えた炎を湛えている。気付かれた。どうする?動けない。詰みか?いや、私はアイクさんを信じよう。
 その炎が放たれる直前、アイクさんは私の目の前に来て、風と水の複合属性の壁を作る。その壁が壊れるのと、炎竜の炎が勢いを止めるの、そして私の魔術が完成するのは、正に同時だった。
「行け!」
「『この一閃、世界を切り裂く刃也』!」
『魔術名称、風神の剣ウィンド・アンピュテイション
 風の魔力は私の刀に集められ、一本の巨大な剣となる。私はそれを振り上げ、そして振り下ろす。現状、風系統の魔術で最も高い殺傷能力を持つその魔術は、炎竜の肩を切り裂いた。炎竜の巨躯は、右肩から切断される。二つに分かれたそれは、地面に倒れる。
 そして、私も同じだった。魔力を使い果たした私は、冷たい地面に倒れ込む。アイクさんは私に近寄って、私の上体を起こす。
「おい!大丈夫か!」
「魔力切れに、体力切れ、ついでに今までの疲労がどっと出た」
「何にせよ、炎竜は倒した。表彰式が……」
 『待ってるぞ』と続く筈の言葉は途切れ、アイクさんの体は私の視界から消える。僅かに見えた残像を辿って、アイクさんの姿を探す。その先にあったのは、ヒビが入った石の壁と、そこに付着した血液、そして頭から血を流して倒れるアイクさんの姿だった。
 もう聞きたくないとさえ思う鳴き声が聞こえる。私はその方向を向き、この迷宮が未だに攻略されていない理由を知った。

 炎竜の体は、既に再生していた。

「そりゃ無理な訳だ……こんなの、どうやって殺せって言うんだ……」
 炎竜は再び、口の中に炎を溜める。その炎の色は赤から青へ変化し、やがて一点に集まる。魔術も魔法も使えない。魔力が足りない。こんな事なら、最初から魔法を使っておけば良かったかもな。ああでも、もう考えるだけ無駄な事か。
 走馬灯が流れる。頭の中に今までの記憶が、現れては消え、そしてまた現れる。そして、この世で一人、私を育ててくれた人の声が聞こえた気がした。

『ライラ、またこんなに服を汚して……帰ったらお説教ですよ』

 自然と恐怖が消えた。私は訪れる死を受け入れるように目を閉じる。
「ごめんね……おやすみ、シスター」
 私はそう呟き、炎竜の口から漏れる熱を感じながら、間違い無く訪れる死を待つ。
 だが、その時は来なかった。炎竜の体は吹き飛ばされ、壁に激突する。そして目を開けた私の前には、見慣れた後ろ姿が二つあった。
「ライラちゃん、久し振りね」
「立てる……訳も無いか」
 片方は杖を構え、片方は私が持っていた刀を取り上げ、そして構える。
「鈍ってないか?」
「間に合わせの剣しか使ってなかったけど、鈍る程怠けてはいないわよ」

 そこには、タセイ先生と、リョウコさんが立っていた。
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