謎色の空と無色の魔女

暇神

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真章

真三十六章 家族

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 落ち着け。先ずは状況の確認だ。やれる事を確認しよう。私は自分の体の中に意識を向け、自分の状態を確認する。
 どうやら魔力はあるようだ。むしろ多い。私の倍はあるだろう。逸材って奴かな羨ましい。しかし魔法は使えないのか。念じても動かない。いつもならもう一つ腕があるみたいな感じで、自由に魔力を動かせるんだけど。
 タイムスリップでもしたんだろうか。この家の造りは、かなり昔の物だろう。もしそうだとしたら、移動したのは私の意識だけかな。だけどそんな事、少なくとも今の魔術にはできない筈だ。場所の転移は可能だが、意識のみ、それも時空間を超えた転移なんて、まるで神の御業としか思えない。
 じゃあここはどこなんだろう。母さんの姿は、図書室で見たあの女性とほぼ同じだった。多少の違いはあるが、服装を揃えれば見分けが付かないだろう。ここは、あの人の記憶の中なのか?幻覚……にしては、様々な所がおかしい。魔力の量とか、私の姿が変わっている所とか。全く訳が分からない。
「ルーシエ?何かあったの?」
「リ、リーシエ姉さん」
 ルーシエ……そうか。私の名前だ。私は「何でもないよ」と誤魔化して、少し笑う。
「本当?母さんと喧嘩したの?」
「違うって。何でもない」
「なんだか様子が変よ?」
「それ、母さんと同じ事言ってるよ」
 姉さんは「あれ?」と言って首を傾げた。やっぱりかわいい人だな。二つ上とは思えない。
 あれ?私は今、「二つ上」って思ったよな。だけどアレンさんの話では、お父様は私と姉さんが生まれた事を隠された筈。二つも年が離れてるのは不自然じゃないか?
 いやそもそも、私の記憶もどこかおかしい。元々の名前だけが、まるで上から墨で塗りつぶされたみたいに思い出せない。それなのに、私の事や、今まで経験した事は、今の私と元々の私の両方覚えている。変な感覚だ。
「それより、今日はお父様が来る日でしょ?ちゃんと準備したの?」
「え?準備って……」
 ますますおかしい。お父様は私達が生まれた事を隠そうとしている筈だ。それなのにわざわざ会いに来るのは、どう考えてもおかしい。アレンさんの話と明らかな差異がある。伝わって行く内に変化したのか?それにしてもおかしい。
「奥様も来てくれるんだし、しっかりしないと」
「は~い。分かったよ姉さん」
 成程。どうやらこの体の方が覚えているらしい。お父様は月に一、二度、私達に会い来る。私達はそれに合わせて、できる限りのおもてなしをする為に、それぞれ準備するのだ。私は井戸から水を汲んで来る役だ。
 取り敢えず、やり過ごすしか無いか。私は桶を持って、少し歩いた所にある井戸を目指す。魔術で出した水は次第に消えるし、本当に井戸まで歩くしか無いな。
 井戸に着くと、木々の向こうに屋敷が見える。所々違うし、魔道具の装飾も無いけど、元々の私が居た時代の屋敷と、ほぼ同じ造りなのが分かる。改修を繰り返して、形を残しているんだろうな。
 おっと自分の役割を忘れる所だった。私は井戸から水を汲んで、元来た道を戻る。水が入った桶は、子供の私にはかなり重く、家に辿り着いた時には、一応魔術を使わないようにしていた私は、もうすっかり疲れ果ててしまった。
「ただい……まあ~」
「あらルーシエ。お疲れ様」
「もうすっかり疲れちゃったよ。これで良いんだよね?」
 母さんは桶を見て、「ええ。ありがとうね」と言った。私は小さくガッツポーズをして、立ち上がった。
 少し疲れたし、外の空気を吸いたいな。私は外に出て、外にある椅子に座った。良い天気だ。私は何故か、空に浮かぶ雲が掴めそうな気がして、宙に向かって手を伸ばす。この時の私は、後ろから足音が近づいて来る事に気が付かなかった。私は突然視界を覆った人の顔に驚いて、慌てて腕を引っ込めた。
「お父様!?」
「ははは。ルーシエ、一週間振りだな」
 お父様は愉快そうに笑いながら、腰に手を当てている。奥様もお父様の後ろから、クスクスと口元を隠しながら笑顔を見せている。
「馬車で来るんじゃ……」
「たまには体を動かさないと健康に悪いだろう?私ももう年を取ったしな」
「アラン様。そういう事は言わないでと何度も」
 お父様は奥様の言葉に「ゴメンゴメン」と、両手を合わせて謝る。母さんと姉さんが、私の声を聞いて家から出て来て、お父様と奥様の顔を見て笑う。
「お父様!奥様!」
「おおリーシエ!すまんな中々来れなくて」
「ラーシアさんにリーシエちゃん、久し振りね」
「お久し振りです奥様。今日は日差しも強いです。どうか中へお入りください」
 お父様とお母様は日傘を畳んで、小さな家の中に入って行く。その後ろ姿を見て、私はやはり、途轍もない違和感を覚える。お母様もお父様も奥様も、とても仲が良いように見える。この様子では屋敷で働いている人達も手出しできないだろう。それなのに、後世に伝わっているのは『嫌がらせの末に殺した』という話だけ。明らかにおかしい。
「ほらルーシエちゃんも、こっちにおいで」
 いや、今は考えるのはよそう。今は取り敢えず、この二人が帰るまで、自分の役に徹しよう。
「はい!奥様!」
 私は、慣れない純真無垢な笑顔を顔に浮かべて、家に向かった。
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