謎色の空と無色の魔女

暇神

文字の大きさ
上 下
31 / 102
真章

真二十三章 果たし状

しおりを挟む
 差出人不明の果たし状、奇妙な噂、ついでに人が来なさそうな場所の指定と来れば、多少興味をそそられるのも仕方の無い事だろう。
 だが、これはドラマチックな小説の話じゃない。こんな面倒事に首を突っ込む以外にも、私にはやる事があるのだ。無視しよう。
 しかしこの選択の弊害は、早くも指定された日の翌日に現れる事になった。
「ちょっとアンタ!」
「どなた?」
「アンタ!」
 鬼教師の体育も終わり、教室の机に突っ伏していると、一人の女の子が話し掛けて来た。私は疲労感が残る体を起こして、彼女の顔を見る。
「アンタ、ラインハルト様に物を頼むとか、平民の癖に生意気なのよ!」
「そうよそうよ!」
「恥を知りなさい!」
 うん。こんなあからさまな悪役令嬢初めて見た。ていうか実在する物なんだ。でも綺麗な子だな。白くて真っ直ぐな髪に青い目、整った顔立ち。マリアのような華は無いけど、誰もが二度見するような容姿だ。高圧的な喋り方と取り巻きを連れている所をどうにかすれば、相当モテそうだ。
「そうじゃなくて、先ずは名乗ったら?」
「平民に名乗る名は無いわ!」
 うん。性格も直すべき項目に追加だ。せめて名乗ろうよ人として。身分どうこうじゃなくてさ。そもそも君何もやってないでしょ。何かやってるっていう点なら、多分私の方が偉いぞ。
 まあ、名乗りたくないなら仕方無いし、どうせ用件も分かっている。適当にあしらうか。
「用件は?今疲れてるんだ」
「だ!か!ら!ラインハルト様に平民が話し掛けるなと言っているの!」
「そうよそうよ!」
「これだから平民は!」
 うん。多分一昨日の果たし状も彼女達だろう。三人で私刑でもしたかったのかな?まあそうなっても、今の私なら多少対処は可能だ。大した問題じゃなかったかも。それより、『ラインハルト様』って呼び方どうにかならないかな?うざったくて堪らない。いや私とあの三人が馴れ馴れしいだけだけども。
「その複数人で騒ぎ立てる所、治した方が良いよ。耳障りで不快だ」
「なっ……黙りなさい!」
 やっぱどう足掻いても子供だな。私よりかは年上かもだけど、それでもこんな程度の話もできないなんて。
 まあ、『平民が王子に話し掛けてはいけない』法律は無い。私の自由だ。さっさと食堂に行って、マリアと合流しよう。今日の昼は何にしようかな。最近財政難なんだよね。そう言えば、最近おばちゃんが異国の料理にハマったらしいな。珍しいのも出てるらしいし、たまには冒険してみようかな。
「待ちなさい!」
「交渉は私が仕掛けたけど、応じたのは向こう。交換条件は飲んでくれたし、部外者に文句を言われる筋合いは無いね」
 教室を出た私は、まだ何か言っているあの子を置いて、食堂に向かった。

 食堂では、マリアが待ってくれていた。
「マリア!お待たせ!」
「大丈夫ですわ。ワタクシも、何を頼もうかなやんでいましたの」
 そう言ってマリアは、メニューの方に視線を戻した。朝には無かったメニューが追加されている。
「『天丼』って何ですの?」
「人から聞いた話で悪いけど、魚とかエビとか野菜とか、色々な物を揚げた物を、お米の上に乗せた物らしいよ」
 マリアはピンと来ない感じの顔をした。まあ、私も形の想像できるが、味はどうにも想像できない。フライとも違うらしいし、私達がいつも食べる物とは違う事だけは確かだ。
 今日の私は少し冒険したい気分な事だし、ちょっと試してみようかな。こういう日常も六年程度しか無いんだ。色々試した方が得だろう。
「私は天丼にするよ。マリアは?」
「ワタクシは……やはりいつものにしますわ。感想を聞かせてほしいですわ」
「分かったよ」
 出て来たのは、予想よりも白っぽい物だった。それに、エビの尻尾も付いたままだ。ここも食べるのだろうか。
「大丈夫ですの?」
「大丈夫。多分行ける」
 私は覚悟を決めて、エビの尻尾の部分から食べ始める。あ、案外行ける。嚙み難いけど、普通に食べられる程度だ。
 その後も私達は、平和なランチタイムを楽しんだ。食べ終わり、廊下に出ると、またあの子が待っていた。
「見つけた!さあ!謝罪しなさい!」
「今の君達の印象、最初のマリアのよりも悪いよ」
「え?ちょっと待ってライラ。それどういう……」
 マリアへの説明と謝罪は後にしよう。今は取り敢えず、この子らがこれ以上付き纏わないようにしよう。それで平和だ。それが良い。
「謝罪しなさいと言っているのよ!」
「なんで?」
「だから!ラインハルト様と喋った事をと言っているのよ!」
「だからその理屈が分からないんだって」
 取り巻きも煩いけど、この子が一番面倒だな。自己を正義だと考えてる無敵の人だ。いや私が言えた事じゃないんだろうけど。こういう人には何か言っても無駄なんだけど、このまま付き纏われても煩わしいだけだ。ここであの王子一行が参上してくれたら嬉しいんだけどな。
「ライラさん?何をしてるんだ?そっちのは……」
 うん。時々思うけど凄い良いタイミングで登場するよね君。こないだも何故かアレンさんが居ない時に来てたし。
 まあ今回は好都合。ここはさっさと、彼女の自信を砕いてくれる事を祈ろう。
「ラインハルト様!」
「君は?」
「A組十八番、アリス・スーサリアです!」
 やっと名前が聞けた。しかしスーサリアとは。二代前までは力を持っていたらしいが、先代がやらかしまくった結果、今はギリギリの生活をしてるみたいな話しか聞かない家だぞ。それで王子とお近付きになりたいみたいな話なんだろうか。
「今は何を?」
「この平民が、ズルをして特待生になっただけでなく、ラインハルト様とお近付きになりたいだなんて、馬鹿げた話をしているので、立場を弁えるよう言っていたのです!」
「ライラさんが?」
 そう言って王子サマは、一瞬私を見てから、直ぐに顔を背けた。オイ。なんだその反応は。『自分達の関わりにはなんの問題も無い』と言ってくれるだけで良いんだ。なんだその顔は。ただでさえ面倒な誤解をされているんだぞ。顔を赤くするんじゃない。明日の校内新聞の一面なんて飾りたくないぞ私は。
 その反応を見たアリスさんは、とてもショックを受けた顔をして、王子サマから離れた。そして直ぐ、「おぼえてなさい!」と言って、取り巻きと一緒に逃げてしまった。残されたのは、心底面倒そうな顔の私と、顔を赤らめている王子と、野次馬、そしてそこに埋もれてしまったマリアだけが残った。
 私はこの状況は、たった一言で表す事ができた。
「最悪だ……」
 翌日、私が号外でだされた校内新聞の一面を飾った事は、言うのも憂鬱な事だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王メーカー

壱元
ファンタジー
その少女は『魔王』になるべくして創られたーー 辺境の地のごく普通の農民夫婦の間に生まれた、黄金の目と髪を持つ美少女。 魔法、語学、創造力に長けた神童は、無知な村人達に「悪魔」と呼ばれて恐れられ、迫害を受けるようになる。 大切な人にも見捨てられ、全てを失った彼女は村を脱し、自由を得る。しかし、その代償は大きかった。彼女はその無垢な心に傷を負い、ある人物との接触をきっかけに、その力を世界への復讐に用いるようになっていく...。

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

チートスキル『異世界知覚』を手に入れた俺は頭のおかしいナーロッパの連中を倒したい!

グランマレベル99
ファンタジー
小説初心者ですが頑張って書きたいと思いますご感想やご指摘がありましたら気軽にコメントしてください

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

王女、豹妃を狩る

遠野エン
ファンタジー
ベルハイム王国の王子マルセスは身分の差を超えて農家の娘ガルナと結婚を決意。王家からは驚きと反対の声が上がるが、マルセスはガルナの自由闊達な魅力に惹かれ押し切る。彼女は結婚式で大胆不敵な豹柄のドレスをまとい、周囲をあ然とさせる。 ガルナは王子の妻としての地位を得ると、侍女や家臣たちを手の平で転がすかのように振る舞い始める。王宮に新しい風を吹かせると豪語し、次第に無茶な要求をし出すようになる。 マルセスの妹・フュリア王女はガルナの存在に潜む危険を察知し、独自に調査を開始する。ガルナは常に豹柄の服を身にまとい人々の視線を引きつけ、畏怖の念を込めて“豹妃”というあだ名で囁かれるのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

みんなからバカにされたユニークスキル『宝箱作製』 ~極めたらとんでもない事になりました~

黒色の猫
ファンタジー
 両親に先立たれた、ノーリは、冒険者になった。 冒険者ギルドで、スキルの中でも特に珍しいユニークスキル持ちでがあることが判明された。 最初は、ユニークスキル『宝箱作製』に期待していた周りの人たちも、使い方のわからない、その能力をみて次第に、ノーリを空箱とバカにするようになっていた。 それでも、ノーリは諦めず冒険者を続けるのだった… そんなノーリにひょんな事から宝箱作製の真の能力が判明して、ノーリの冒険者生活が変わっていくのだった。 小説家になろう様でも投稿しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...