謎色の空と無色の魔女

暇神

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真章

真九章 賞金狩り

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 夕方も終わりが近い時間帯。私達は、体の良い何でも屋なんて呼ばれる冒険者ギルドで、熟練冒険者のラインハルトさんに、相談をしていた。
「……てな感じで、お金が要るんだ。それも、そこそこまとまったお金が。何か良い方法はあります?」
 ラインハルトさんは困ったような顔をして、首を傾げた。そりゃそうだ。こんな条件、結構無い。まとまった金は手に入り辛い物だ。
「少しずつの貯金ってなら話は別だが、まとまった金ってなるとどうにも……その魔道具が実践まで持って行けないとなると、かなりムズイな」
「ですよねえ……」
 しかし、改良するにも金が要る。改良する為の材料、試運転に掛かるコストを考えると、これはどうしようもない。どうにかならない物か……
 私達が皆揃って天を仰いでいると、冒険者ギルドの扉が勢い良く開いた。それから一拍置いてから、建物の中は大いに沸いた。
「おお!賞金狩りだ!」「今日は誰を殺して来た!?」
 建物に入って来たのは、この王都だけでなく、この国全体で有名な冒険者、リューク=アライデリオンだ。彼は、冒険者制度始まって以来、最も賞金首を殺した人間として有名だ。良い意味でも悪い意味でも、彼は話題に上がり易い。
 この反応は、別に彼だからという訳じゃない。有名な冒険者が現れた時は、基本こうなる。皆、その人間の成した事が知りたいのだ。
 彼はそのまま、受付へと歩いて行き、一つの箱を置いた。どうやらそこそこ重い物が入っているらしいその箱は、木の台に置かれた時、少し気の板が軋む音がした。
 その箱を受付嬢が開くと、中から人の首が露わになった。
「ヒュッ」
「なんで……」
 後ろから、二人が動揺する音が聞こえる。まあ、温室育ちのお貴族様には見慣れない光景だろう。私もそうだった。最初に見た時は驚いたが、二か月もギルドに入り浸っていると、まあ慣れてしまった。
 ギルドに居た皆は、その首の本来の持ち主の名を、今か今かと待ち侘びる。そして、受付嬢は、その名を言った。
「赤旗盗賊団の棟梁、ガイル・リールドですね。一万五千ゴルドの賞金首です」
 瞬間、建物内は盛り上がった。それはもう盛大に。「すげえや!」、「よくやった!」等の、称賛の声が殆どだ。喜んでいないのは、後ろの二人程度だろう。賞金首が死んだ事の喜びよりも、人の生首のインパクトが勝っているらしい。
 いや、喜びを露わにしていないのは、ラインハルトさんも同じだった。少し考え込んだ後、ラインハルトさんは私達に向かって、一つの質問をした。
「なあライラとそのお友達さんよ。その魔道具、人を殺せる威力はあるかい?」
 その質問の意味は、すぐに分かった。むしろ、この状況で分からない方がおかしい。
「コレを使って、賞金首を取れと?」
「ご名答。最も、そっちのお二人さんが納得すればの話だがな」
 まあ、それはその通りだと思う。彼はパフォーマンスの意味も含めて生首を持ち帰っているだけで、実際に首を持って来る必要は無い。ただ、首を落とす落とさないの問題ではなく、まだ十代にもなっていない女の子と、十代も前半程度であろう男の子に、人殺しをさせるのは酷だ。首だけでこれなのだから、実際にやろうと思えるだろうか。
 二人はまだ固まって、受付台に乗せられた人間の生首を凝視している。やはり、これではやれそうにない。今日の所は一旦帰って、二人と話し合おう。何か別の方法は無いか考えて、少しでも、二人に負担が少ない方を選ぼう。
 ラインハルトさんは、そんな二人を見て、「ま、今決めなくても良い。暗くなる前に帰れ」と言ってくれた。こういう気遣いができるから、新人ベテラン関係無く好かれるのだろう。

 私達は、学校の寮に戻った。アレンさんは男性寮なので、建物に着く前に別れた。
 寮に着いても、マリアは少し呆然としていた。あんな物を見たのだ。当たり前だろう。
「マリア?大丈夫?」
「ええ……いえ、少し……」
「そっか……今は一緒に居れるから、落ち着くまで、ここに居るよ」
 マリアの顔は青ざめていて、とても辛そうだ。少し肩も震えているようだし、少し一緒に居よう。あ、良い匂い。
 夜も更けて、少し眠くなってきた頃。マリアは私に話しかけて来た。
「ライラは……平気ですの?あんなの見て……」
 あら意外な質問。こういう時、人が友人に何を言うのかは分からないが、多分普通な話なのだろう。
 しかし、こう言われた時、私は何をすれば良いんだろう。物語だと、肩を抱いて慰めるらしいが、私にはそういうのが向いてない。現実として、慰めの言葉が浮かばない。どうしよう。質問に答えるしか無いか。
「私の村はね、狩りとかもしてたんだ。魔獣の襲撃も珍しいって程じゃなくて、こんな言い方しかできなくて悪いけど、温室育ちの貴族よりかは、『死』ってのが身近だったんだ。だからね、ああいうのを始めて見た時も、マリア程ショックを受けなかったんだ」
「そうでしたの……」
 狩りを見せてもらった時も、魔獣の襲撃に対応した時も、私達は『死』を間近で経験した。人が少ない村だったから、そういう場に多く連れ回された。シスターは良い顔をしてなかったけど、私が見たいと言ったからか、何も言って来なかった。
「でもね、私もショックは受けたんだ。ビックリして、飲んでたお茶で咽ちゃったよ」
「ふふっ」
 おお笑ってくれた。少しは落ち着いたって事で良いのかな?寒い冗談を言った甲斐もある。
 さて。今度は私の番だ。質問しよう。
「マリアは、アレやろうと思う?」
 マリアは暫く黙ってしまった。まあ、何も今答えを出してもらう必要は無いのだ。今はゆっくりしよう。
「ワタクシは……少し抵抗がありますわ。あんなの見せられたら、嫌でも考えてしまいますわ。『もし自分がああなったら』って」
「……え?」
 成程。それなら、あの落ち込みようも頷ける。ただ、そう考える理由が分からない。マリアは貴族だし、結構真面目だ。それなのに、なんでそんな事を考えているのだろう。
 マリアは、その理由を話し出した。それは、直接の血縁の話だった。
「ワタクシの父は……『怪物卿』なんて呼ばれてるんですわ。魔術も使えないのに、その圧倒的な情報力と財力で、多数の貴族を手玉に取ってるんですの。その中には、とても人には言えないような事も含まれているので、父はとても恨まれてるのですわ」
「成程。それで、一族皆殺しがいつか起こるんじゃ……みたいな感じで、自分が処刑される事を考えたと」
 マリアは小さく頷いた。どうやら貴族ってのは、私が思う数倍面倒な生き物らしい。誰かが問題を起こしたら、ソイツを切り捨てるか、一族皆殺しの二択。『自己完結が許されない一族』。それが王侯貴族という物か。『高貴なる者の責務』なんて言葉はよく聞くが、ここまで徹底するか。
「ワタクシがこの学校に来たのは、そんな父をワタクシの手で叩き落とし、真っ白でなくても良い、少しでも黒くない当主になるためですわ」
 立派な決意だと思う。真っ白ではやっていけない現実を見つめ、それでも自身の理想を曲げない。凄い子だ。
 マリアの顔色も、もうすっかり元通りだ。多分、もう大丈夫だろう。
「もうこんな時間だよ。マリア、一緒に寝よ?」
「はい。おやすみなさい」

 その日、私は夢を見た。

 村の皆の夢。

 皆が、



 何かに焼き殺される夢。
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