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理想を語る物語
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いよいよこの日がやって来た。『 』は身形を整えて、そろそろ冬服に変わりそうな制服を来て、いつもの通学路を歩き始めた。日差しはすっかり柔らかくなり、外を歩くのも然程苦に感じなくなった。
今日だけは、マイナスな感情を忘れよう。赤星春樹を邪魔だと感じるのはやめにしよう。楽で明るい感情だけを内に込めよう。悟られないように。感じ取られないように。邪魔にならないように。
笑顔を作る。私がその顔に貼り付けるべき、明るい、他者に好印象を与える笑顔を。『 』が考えるべきは、『 』一人の気分ではなく、私を含めた全体の成功だ。それを妨げない笑顔を作れ。
私は、しっかりとした笑顔を湛えたその顔を保ったまま、学校の門をくぐった。
「おはよう今日子」
「おはよう」
「演劇十一時頃だっけ?」
「そうだよ。見に来てね」
うん。違和感は無いようで良かった。今日は文化祭当日。半端な笑顔を作るのはご法度だ。だから少し安心した。私はその安心を確かめながら、朝のホームルームを待った。
朝のホームルームも終わると、僕はいつもの部室に行かなければならない。何故なら、演劇の宣伝の為に、衣装を着た状態で看板を持って、学校を練り歩くからだ。僕は衣装に加え、化粧までする必要がある。早く行かなければ。
部室には、部長だけが待っていた。部長は待っていたと言わんばかりに、衣装と化粧道具を取り出した。
「さあ春樹君!遂にこの日がやって来た!はよ顔面いじらせろ!」
「部長。その発言キモイって事を理解して言ってますか?」
「織り込み済みだな」
無敵の人がよぉ。まあ、これが僕の役だから仕方が無い。僕は衣装を着た後、大人しく椅子に座り、部長の化粧を受けた。手ほどきを受けたと言っても、やはり部長の方がクオリティーが高い。任せた方が良いな。
化粧が済んだ後、鏡に映っていたのは、なんか二十世紀後半の欧米の人みたいな服を着た美少女だった。
「これが僕だってのが信じたくない……」
「なんだその言い方癪に障るな」
この頃には、いつものメンバーも全員揃って、校内を練り歩く準備も整っていた。僕と部長、俊介さんと今日子さんに人を分けた僕らは、ペアで一つずつの看板を持って、校内へ繰り出した。
「女声で頼むぞ春樹君」
「言われなくともって奴ですよ部長」
女声女声……私は女の子……部長の彼女……うん。行ける。て言うよりかは押し通さねば。私は喉の調子を整えて、しっかり声を出す。
「この後十一時から、大体育館で演劇部の劇をやります!是非見にいらしてください!」
まだ大声を出すのは慣れないが、まあまあできている方だろう。私達は歩く片手間に、各クラスや部活の出し物も見て回る。
「お、食い物系の屋台だな。何か食べるか?」
「任せますけど、あまり化粧が崩れない方が良いですね」
「分かった」
少し待っていると、部長が二つ、たこ焼きの箱を持って来た。私達はそれを食べながら、次どこに行くかを話し合った。サボり?まあ、一応やる事やってはいるんだから、俊介さんと今日子さんも許してくれるだろう。
私は他の部活や学年の出し物を見て回りながら、十時半前まで宣伝を続けた。部室に戻ると、俊介さん達が焼きそばやらかき氷やらを食べながら待っていた。空のプラスチックケースがいくつかあるのを見るに、そこそこ待たせてしまっていたようだ。
「済みません。待たせましたか?」
「いや大丈夫。私達もコレ食べる時間欲しかったしね」
「咎めないでくださいよ?」
「俺達も途中で物食ったりしたからな。何も言わねえよ」
俊介さん達が買って来ていたパックが全て空になった後、僕らは本番前の打ち合わせを済ませた。いよいよ本番だ。これまでの練習の結果が、この後の二、三十分で披露される。
正直緊張する。だけど、今までの練習を信じるしかやれる事は無い。僕だけじゃない。僕ら四人がやって来た事を信じる。ああでもやっぱり緊張する。打ち合わせを済ませ、化粧直しを済ませた後も、僕は深呼吸を続けた。
舞台袖で深呼吸する僕の背を、俊介さんが叩いた。何かと思って振り向いた僕の首筋に、冷たいペットボトルが当てられる。
「うわっ!何するんですか!?」
「飲みな。少しは緊張が解れるだろう」
僕は眉間に皺を寄せながら、それを受け取って、ほんの少し口に含む。少しだけ、肩が軽くなったような心地がする。頭がスッキリした。僕は最後に一つだけ深呼吸して、しっかりと前を見据える。
やる事はハッキリしてるんだ。僕はそれをこなすだけだ。演じる。大丈夫、きっと上手く行く。一度だけ頬を叩き、私は最初の出番に備えた。
さて。この日をどれ程待ち侘びただろうか。俺は時計を見て、もう直ぐ始まる演劇に胸を躍らせる。そうしていると、いつの間にか来ていたらしい不良集団が、俺の肩を叩いた。
「よ、ヒッキー」
「おお政宗。それにダメンズ」
「「「おい待てなんだその呼び方」」」
ちょっとした冗談じゃないか。まあ良いか。どうせ始まったら静かになるだろうし。彼等は俺の横に座ると、ざわざわと話し始めた。手には、恐らく外の屋台で買ったと思われる、焼きそばやたこ焼きが握られている。
「やっぱ来るんだな」
「そらダチの部活の成果だからな。気になるってモンよ」
「出し物で旨いモンも食えるし」
「この学校かわいい子多いし」
「ナンパも捗るってモンだ」
「その割に誰も女連れてねえよな」
「それは言わねえお約束」
そうこうしている内に、開演の時間が来た。それを知らせるアナウンスと共に、ステージを隠していた幕が横に移動し、ステージに並べられたセットが見える。
ハルから聞いた話だと、この劇は二十世紀後半の欧米を舞台に、探偵として働く主人公が駆け回る話らしい。うん。やっぱりハルは説明が下手だ。情報量が圧倒的に少ない。まあ、楽しんで見る分には丁度良いのかも知れないけど。
ステージの全体が見えるようになった後、ハルの声で放送がされた。どうやら、時代背景の説明らしい。
『二十世紀後半。オランダでは、ある奇妙な出来事が、世間を騒がせていた。』
ステージに照明が点けられる。背の高い男性が、ステージの上のベンチに座って新聞を読んでいる。
「『最近は物騒だな。なあ、警察さん?』」
「『そうよ。そんな忙しい私に、一体何の用があって呼び付けたのかしら。探偵さん?』」
舞台袖から一人の女性が出て来る。どうやら警察の役らしい。彼女は男性の横に座ると、男性が読んでいた新聞を取り上げた。
「『何、この名探偵エドワード様が協力してやろうと思ってな。ああ礼は良い。金さえくれれば……』」
「『お断りさせてもらうわね。』」
「『そうかそれは何よ……は?』」
「『貴方の助けは要らないって言ったの。聞こえなかった?』」
「『いやいや待てキリエ。いつもお前……』」
「『今回は大丈夫そうなのよ。貴方も首を突っ込むのはよしなさいな。』」
そう言うと、キリエと呼ばれた女性は新聞を男性の顔に叩き付け、また舞台袖へ戻って行った。舞台には、不愉快そうに新聞を顔から引き剥がした男性だけが残った。彼は新聞を投げ捨て、煙草に火を点けた。
「『あの様子は明らかにおかしい……観客諸君。人が普段のアルゴリズムから外れる時はどんな時か、分かるかね?私は『触れられたくない確かな変化があった時』だと考えている。これはいけない。このままでは、私の明日の夕食がパン屋のゴミ箱から拝借したパンの耳になってしまう。』」
会場から小さく笑いが起こる。男性は「『是非とも首を突っ込ませてもらおう。』」と言って、舞台袖へ引っ込み、それと同時に照明が落ちる。次に照明が点いた時、舞台のセットは入れ替えられていた。男性はまだ火が点いたタバコをくわえながら、ポケットに手を突っ込んだ状態で歩いていた。
「『アイツが今遭遇している事件の概要は主に二つ。恐らく似たような刃物と思われる凶器、そして殺害されるのは決まって若い女性……これだけじゃどうにもならんな。警察に話を聞くか。』」
そう言った男性とは反対側の舞台袖から、一組の男女が現れた。女性の方は、先程とは別の人だ。どうやら男性は、彼等に話を聞くようだ。
「『やあジャック、リリー。元気かい?』」
「どうも……確か先輩の……」
「『そう。彼女の親愛なるオトモダチさ。今回の事件にも協力する事になっていてね。情報をくれないかい?』」
「『含みがある言い方ですね。まあ良いですけど……リリー、確かメモを持っていたのは君だったよな?』」
「え?は、はい!ちょっと待ってください……!」
女性は懐からメモ帳を取り出した。彼女はその中身を確かめるように、多少つっかえながら話し始めた。それとタイミングを合わせ、背景に映像……いやスライドだろうか……が映し出される。
「えっと……新聞に載ってた事は省きますね。被害者に共通しているのは性別だけで、特に無いと思われてたんです。でもえっと……全員に共通する知人が居ます。作家のふぉ、フォント・クローバー氏です」
「『ああ新聞に載っていたな。確か新聞社のコンテストで大賞を取ってたな。』」
「は、はいその人で間違い無いです。ですけど彼にはアリバイがあります」
「『ほほう?』」
「三人目の被害者……名前は……」
「『名前はいい。』」
「あ、はい。それと五人目の被害者が殺されたとされる日ですが、彼は例の新聞社の社屋で寝泊まりしていたらしく、殺害現場に向かう事は不可能です」
「『電車を使えば……ってのも、昼の話だな』」
「はい。反抗は深夜でしたから、電車も使えません」
「『成程。実行犯が別に居る可能性は……薄いな。』」
「はい。被害者は全員、ほぼ無関係の人だったんです。共通の知人が居る方が驚きです。五人中二人は、なんと海外旅行中に殺されてます。それに加え、殺害方法は首を切り裂かれた上で腹をず、ズタズタに……おぇ……」
女性がえづき、ジャックと呼ばれた男性が彼女の背中をさする。
「『ああ済まない。不快な思いをさせた。殺害方法を統一させている以上は、何かしらの動機がある。そして被害者それぞれの関係性が薄い以上、単独犯と考えていると。』」
「『ですけど問題は、そも容疑者がほぼ居ないって事です。』」
「『フォント氏の知人は洗ったのか?』」
「『フォント氏は他人との関わりが薄い上、ご家族は全員海外、数少ない知人にもアリバイがありました。例えば海外旅行、例えば夜勤、例えば家族の団欒……全員目撃証言付きです』」
「『まあそうだよな……ありがとう。済まないね外出中に。またキリエへの贈り物かい?』」
「『はい。リリーも俺も、お世話になってる人ですから。』」
「ですけど、あの人が好きな物をよく知らないんですよね」
「『煙草はどうだ?アイツ常に吸ってるレベルで好きだった筈だ。』」
「最近は禁煙していらっしゃるそうです」
「『俺達も、最初はそう考えてたんですけどね。禁煙してるならお邪魔でしょう。』」
「『それもそうか……じゃあ、小説でもどうだ?嫌いな奴は少ないだろう。』」
「それも良いですね。あ、もうこんな時間か……では、失礼します」
「『デートの邪魔をしたな。悪い。』」
「『違いますから!』」
男性がそう声を上げる横で、女性はメモ帳を懐にしまい、二人は元々進んでいた方向に舞台袖に消えて行った。舞台上に残った男性は、舞台の中央に戻り、また話を始めた。
「『被害者は関わりの無い女性五名、現場に凶器は無く、目撃情報も無い。深夜帯の犯行だが、犯行に及んだ可能性のある人間には全てアリバイがある。協力している可能性、残虐な通り魔という説もあるが、それを考え出したらおしまいだ。警察から得られる情報はこれまで。後は、フォント氏とやらを当たってみるか。』」
男性は舞台袖へ移動し、それと同時に、再び舞台が暗転する。照明が点くと、セットはまた変わっていた。その場所には、二人の男性と、リリーと呼ばれた女性が居た。
「『で、私の所までわざわざ……』」
「『お邪魔して申し訳無い。』」
「『いえ、今日は何か予定があった訳ではありませんから。ですが、そちらの方から話を聞いたのなら、そこで終わりですよね。』」
「『ええ。今回私は、貴方に作家として話を聞こうと思ったのです。』」
「『それは……どういう?』」
探偵役の男性がハリボテのソファから立ち上がり、セットの中を歩き回り始める。
「『被害者は喉を切り裂かれ、且つ腹をズタズタに刻まれていた。これはドラマ性がある。私は小説を読む訳ではないのでね。貴方はこの行動を、どう解釈するのかと。』」
「『ほう……では話が長くなりそうなので、コーヒーを淹れてきます。』」
「あ、手伝います」
「『ありがとうございます。』」
先程名前が出た作家役の男性と、リリーと呼ばれた女性が、一度舞台袖へ戻って行く。その間に探偵役の男性は、セットの中から一つ、恐らく写真であろう物を持ち、懐へ入れた。そして直ぐに椅子に戻る。直ぐに作家役の男性とリリーと呼ばれた女性が、三つのコーヒーカップを持って戻って来た。彼らはそれをテーブルに置き、自分のソファに座る。
「『どうぞ。』」
「『ありがとうございます。』」
「『では……ドラマ性ですか……私はその凄惨な現場を知らされていました。しかし、そこにドラマ性となると、どうにも分からないんですよ。しかしまあ……私が思うに、犯人は子宮に、何かしら大きな執着を持っていたのでしょうね。』」
「『何故?』」
「『女性だけが狙われ、そして下腹部を切り裂かれている。女性だけにある、下腹部の何か……それは子宮でしょう?ああ解剖学については素人な物で、他にもあるかも知れませんが』」
探偵役の男性が女性の方を振り向く。女性は頷き、男性はまた作家役の男性の方を見る。
「『成程……では、何故子宮にそこまで強い執着を持ったと思いますか?』」
「『恋人の流産、自身が生まれて来た事への後悔、母親への憎悪……考えられるのは無数にありますよ。しかしどれも、あそこまでやる理由にはならないですよねぇ。』」
「『そうですか……ありがとうございました。では、そろそろお暇させていただきますかね。』」
「あれ?話ってこれで終わりなんですか?」
「『ああ。長くお邪魔するのも気が引けるしな。』」
そう言って、探偵役の男性は扉の方へ歩き始めたが、ドアノブを掴んだ所で、作家役の男性を振り向いた。
「『そう言えば、同じような事をした人は知っていますか?』」
「『……知りませんよ。』」
「『そうですか。では……』」
探偵役の男性はそう言ってドアノブを捻り、女性を先に出した後、セットの外へ進んで行き、そのまま舞台袖へ消えた。残った作家役の男性は、テーブルの上へ視線を落とした。
「『結局、一口も飲まないのか……』」
そして、またしても舞台が暗転する。しかし今回は様子が違う。スポットライトが照らされ、探偵役の男性の姿が浮き出る。
「『手札は揃った。次はネタバラシのターンだ。観客諸君は、犯人を誰だと推理したかな?今回の登場人物は五人。この中の誰が犯人でもおかしくない。是非とも、ドラマチックに考えていただきたい。』」
スポットライトが消え、また少し時間が空く。セットは、一番最初の公園のセットに戻っていた。最初はベンチに探偵役の男性が座っているだけだったが、今度は作家役の男性も近くに立っている。
「『今度は呼び出しですか?』」
「『ええ。度々ご迷惑をおかけします。』」
「『問題ありませんよ。暇ですから。』」
作家役の男性はベンチに座り、探偵役の男性の横顔を見る。
「『何か分かったんですよね?』」
「『ええ。一応、貴方に精査していただきたくてね。』」
「『何か?貴方は名探偵でしょう?』」
背景に不自然に空いていたスペースに、先程と同じようにスライドが映し出される。それは会話に合わせて、段々と変化して行く。
「『まあね。先ずは、犯人の人物像です。腹を切り刻まれ、周囲には血が飛び散っていたそうですが、直接の死因は最も深く、そして最もコンパクトな首の傷、そこから血が溢れた末の失血死です。詰まり、刃物の扱いに慣れている上、人の殺し方を知っている人間でしょう。』」
「『そうですね。』」
「『そして、男性だと考えていました。』」
「『何故?』」
「『女性の力で、あそこまで深い傷を付けられるとは考え辛かったんです。何せ、首をこう……パックリ行ってますから。』」
男性はそう言いながら、首を半ばまで押さえる。それを見ながら、もう一人の男性は頷いた。
「『成程……そう言われればそうですね。』」
「『そう言えば貴方、以前こういう事をした人物を知らないと仰っていましたね。』」
「『それが何か?』」
「『貴方が書いた小説を読みましたよ。例の、新聞社の賞を受賞した作品をね。』」
そう言って、探偵役の男性は懐から小説を取り出した。
「『この作品は、一八八〇年代ロンドンに実在した、正体不明のシリアルキラーである、ジャックザリッパーが主軸とした、若い恋人達の物語でしたね。彼が人を殺した手口こそはっきりとは書かれていませんでしたが、現実に資料は残っている。丁度、今回の事件の被害者と同じ方法です。』」
会場の一部から、小さく声が上がる。「やっぱり」とか「ほらな」とか、そういう感じの声が殆どだ。作家役の男性は、ベンチに座った状態で俯いている。
「『考えてみれば、ジャックザリッパーが殺害した人間の数も、一般に五名とされていますね。そして相手は全員女性。ここまで一致している。そして貴方は、彼を軸とした小説を書いている。』」
「『以前書いた小説の資料は直ぐ忘れる性質なんだ。』」
「『で、これは何ですか?』」
探偵役の男性は、もう一度懐から何かを取り出した。それはどうやら、小さな額縁のようだった。作家役の男性は、それを見た後、諦めたように天を仰いだ。
「『大昔の新聞のスクラップ、それもジャックザリッパーの記事ですね。私の部屋にありましたか?』」
「『ええ。こんな物が残っている以上、貴方はかのシリアルキラーの殺人方法も調べていた筈だ。ですが貴方には現場不在照明がある。それも、不完全なね。電車に乗ったら間に合うが、そんな時間は無かった……なんて言い訳、通用しませんよ。』」
探偵役の男性はポケットから、一枚の紙を取り出した。
「『これは貴方のアリバイ……詰まりは貴方が三人目と五人目が殺された夜、会社に居た事を証明する書類です。まあ、意味なんて無いですけどね。』」
「『何故?』」
「『貴方は車を持っていますね?』」
「『車で行けば間に合うと?速度制限を破れば間に合いますけど。』」
「『違いますよ。振り子時計の仕組みを使えば、時間の問題はどうこうできます。』」
会場に居た殆どの人間が首を傾げた。振り子時計の仕組みを知っている人間は、この場にはほぼ居ないのだろう。
「『社屋にあったのは昔ながらの振り子時計。振り子に細工をし、支点との距離を弄るだけで、簡単に時計が進む速度を変えられる。そして、社屋にあった時計の振り子には、全て同じ位置に釘の跡……詰まり、社屋に居る人間のほぼ全員が、時間を見誤っていた事になる。そして貴方は、後から時計の時間を戻すだけで良い。』」
「『私には動機がありませんよ?』」
「『そこを、精査していただきたいのですよ。他でもない貴方に。』」
作家役の男性は、一度深呼吸した後に、また話し出した。
「『犯人の独白がお好みで?』」
「『その方が、作家が書く小説らしいじゃないですか?』」
作家役の男性は姿勢を直し、身振り手振りを交えながら告白を始める。
「『ええそうですよ。私がやったんです。あの女性達との関係は、時々喫茶店やら空港やらで会う所から始まったんですよ。動機は……そうですね。ジャックザリッパーですよ。彼が何を思ったのか、知りたかったんです。』」
「『ですが、あの小説はもう完成していた。何故そんな事を?』」
「『完成?あれが?』」
突然、大きな音が響いた。それが男性が椅子から立ち上がる時、床を力一杯に蹴った音だった。男性は激情を隠せないというように、声を張り上げて絶叫する。
「『登場人物の思考が不完全にも程がある!曖昧で穴だらけで気持ちが悪い!私はあれを書き直したかった!だからやったんですよ!人を殺す気分、人を生かす気分、その変化が知りたかった!』」
身振り手振りは次第に大きくなる。声も激しさを増して行き、怒り混じりのその声は、聞く人間の骨まで響き、揺らす。
「『貴方に分かるか!?頭の中の映像が上手く作り出せない怒りが!不快感が!だからやったんだ!私は許せなかったんだ!こんな駄文しか書けない自分が!賞!?取った所で私は満たされない!他者の評価だけでこの不快感が薄れるとでも!?』」
そこまで言って、作家役の男性は椅子に座った。肩は力無く落とされ、男性も顔を上げない。
「『貴方は用心深そうだ。どうせ、警察の方も連れて来ているんでしょう?』」
「『ああ。もう直ぐここを通り掛かる。』」
探偵役の男性がそう言った辺りで、舞台袖から一人の女性が出て来た。髪型を見るに、一番最初に出て来た人だろう。彼女はベンチに近寄り、二人の姿を見比べながら、溜息を吐いた。
「『貴方……成程。また首を突っ込んだのね。』」
「『ああ。後は犯人を逮捕するだけ……なあ、リリー?』」
「はい」
突然、ベンチの影から女性が出て来る。その女性はもう片方の女性に手錠を着け、拘束する。会場からも、多少驚きの声が上がる。キリエ役の女性と作家役の男性は、少し驚いているような素振りを見せる。
「『何のつもりかしら?私を逮捕するなんて……』」
「これで良いんですよね?」
「『ああ。完璧だ。』」
「『何を……』」
「『先程言った事は全て事実だ。だがな?それはあくまで『やれる根拠』でしかない。』」
少しの間、沈黙が流れる。作家役の男性は怒ったように、もう一度声を大きくする。
「『私を騙したんですか!?』」
「『ああ騙すさ。それが仕事ならな。』」
探偵役の男性は煙草とライターを取り出し、口元でそれらを隠す。
「『それで、何で私を逮捕するのかしら?』」
「『煙草はどうした?』」
探偵役の男性は、先程自分が火を付けた煙草に手を当てながらそう言った。
「『お前はここ一か月程度か?禁煙してるだろう。』」
「『……リリーね?』」
「はい。先輩はヘビースモーカーなのに、急に煙草を吸わなくなったので、よく覚えています」
「『だけど、それがどうしたの?私を逮捕する理由には……』」
「『ああ。これは俺がお前を疑った理由でしかない。人の行動には何か理由があるのが常だ。お前、妊娠してるんじゃないか?』」
作家役の男性が、弾かれるように顔を上げ、探偵役の男性を見る。リリーと呼ばれた女性も同様に、一度探偵役の男性を見た後に、キリエ役の女性の方を見る。
「『何を根拠に……』」
「『お前の同僚連中に聞いた。煙草を止めただけじゃない。二、三週間程度前から、お前は物を食べる事が少なくなったらしいじゃないか。何かあった事は明白だ。違うってんなら、妊娠検査を受けて、その結果を見せてくれ。』」
「『で、それがどうしたの?』」
「『相手はそこの作家だろ?』」
再度、会場から驚きの声が上がる。しかし先程と比べると、少し小さく感じる。
「『何故?』」
「『ま、ちょっと尾行したもんでな。ほら。密会の写真さ。』」
探偵役の男性は、手錠を着けられている女性に一枚の紙を投げる。どうやらそれは写真のようで、彼女はそれを掴んだ。
「『成程。全くノーマークな上、最も疑わしいけどアリバイがあるフォント氏と、特筆して強い繋がりがある私を疑った訳ね。でも私には動機が……』」
「『それは先程、フォント氏から聞いたさ。心理描写を上手くしたいと。あれは、殺人鬼ではなく、知り合いを殺された人間の話だったんだろう?事実、この小説の中に、ジャックザリッパーの視点で話が進んだ場面は無かった。』」
「『いやそれは、かの殺人鬼の心理描写ができなかった故の苦肉の策で……』」
「『あの作品を読んだ。そう言った筈だ。あの作品の中のジャックザリッパーは、『理解不可能の狂人』としか描かれていなかった。加え、彼の心理描写が必要な場面も無かったな。』」
「『だけど、私の犯行だという証拠は……』」
探偵役の男性は、コートの内側から一つの袋を取り出した。その中には、ナイフが収まっていた。
「『首の切り傷の深さは、おおよそ五、六センチ。お前の自室もリリーに漁らせた。そして見つかったこの、刃渡りも丁度のナイフ……捨ててないとは思ってなかったが、思わぬ収穫だったよ。』」
「ルミノール検査の結果、僅かに残った血を検出しました。少なくとも、これで誰かを傷付けたのは明白です。血液検査の結果は、五人目の被害者の物と一致しています。勿論、先輩の指紋も……」
作家役の男性は地面に膝を突き、警察役の女性は俯く。探偵役の男性は袋を懐に仕舞い、その様子を見つめる。
「『言い逃れできないな。』」
暫く、沈黙が流れる。それを破ったのは、キリエ役の女性だった。
「『……ええそうよ。私が皆殺したのよ。私が殺したかったから殺したの。誰に言われたでもなく、私の意思で殺したの。あのナイフは、この人から送られたお守りだった物だから捨てなかったの。これで良い?』」
「『違う!私が!私が頼んだんです!キリエは悪く……!』」
そこまで作家役の男性が言い掛けた所で、キリエ役の女性が、自由だった足で察客の男性の顔を蹴る……真似をした。彼女の足は作家役の男性の顔の真横で止まり、その後、元の位置に戻された。
「『こんな時まで嘘を吐くのはやめたらどうなの?』」
「『頼む探偵さん!私が全ての罪を被る!だからこの人だけは……!』」
もう一度、床を強く踏みつける音が響いた。キリエ役の女性は悔しそうな声を張り上げる。
「『いい加減にしてよ!折角賞まで取ったのに、それをドブに捨てたいの!?』」
「『ああ良いさ!それで命を落としても!』」
「『……っ!馬鹿!大馬鹿!本当に……っ!馬鹿……』」
キリエ役の女性の声は、消え入るように細かった。だが、その声は確かに、会場に居た全ての人間へ届いた。作家役の男性とキリエ役の女性は、俯いたまま涙を流している。探偵役の男性はそれを見ながら、小さく溜息を吐いた。
「『ああ。それで良い。じゃあ一つずつ、お前らに聞きたい事がある。』」
作家役の男性と警察役の女性が顔を上げる。探偵役の男性もベンチから立ち上がり、作家役の男性の方を見る。
「『キリエ。何故、恋人を庇った?』」
「『恋人だからよ。とても、文学的でしょう?』」
「『フォント氏。小説の出来は、お前にとってそこまで重要だったのか?』」
「『ええ。もう意味の無い事かも知れませんが、彼女が褒めてくれた、私の唯一の長所だったんです。出来の悪い物は、嫌だったんですよ』」
また少し、沈黙が流れる。探偵役の男性は彼等に背を向け、リリーと呼ばれた女性の肩を叩く。
「『リリー、後は頼んで良いか?』」
「はい。では、失礼します」
リリーと呼ばれた女性は、作家役の男性と警察役の女性を連れて、舞台袖へ向かって行った。舞台は暗転し、スポットライトで探偵役の男性が協調される。
「『観客諸君。今回は楽しんでいただけただろうか。下らぬ三文劇と切り捨てるも、上等なドラマと受け取るも自由です。では私は、これで失礼致しましょう。この後も、当学校の文化祭をお楽しみください。』」
スポットライトが消え、会場が少しの間暗闇に包まれる。幕がまた閉じられ、やがて大体育館の照明が点けられる。来客者がざわつき始め、それまで静かだった周囲が、ほんの少し賑やかになる。別の会場へ向かう者、友人と感想を語り合う者……反応は様々だったが、多くが多少満足気な表情をしている。
部長の最後の一言が終わり、幕が閉じた後は、力仕事代表、セットの回収が始まる。
「うう……重い……着替えてからじゃ駄目なんですかコレ」
「次の出し物もあるからな。早くやらにゃ、先生が怒り出すぞ?」
それは大変だ。僕らはテキパキと作業を終え、部室へ戻る。うん。明日は筋肉痛かな。僕らは校内の自販機で買ったペットボトルのお茶を飲みながら、今後の予定について話し合った。
「次は有志発表か……皆で見ないか?」
「良いですね。俺は行きますよ」
「私も~」
「僕も行きます」
僕らが有志発表を見に行くと、既に来ていたらしいヒッキーと政宗さん達と合流する事になった。彼等は大量のプラスチックパックが入った袋と、それを上回る量の屋台の食べ物を持っていた。
「よぉヒッキー!お前出てた!?」
「出てたよ失礼だな」
「いやお前一回も……」
「リリーって呼ばれてた女性警官役だぞ」
僕の言葉にヒッキーは、「マジか……」と言って地面に突っ伏した。おいなんだその態度は。まさかヒッキーまで気付かないと思わなかったんだが。まさかマジで女子だと思ってたのか?オイオイオイ。
「名演技だったぞシュン。それに他の面子も」
「サインくれ」
「シャツにくれ」
「学校に着て行く」
「自慢する」
「止めろお前ら」
「私は良いよ~」
「まあ断る物でもないしな」
そう言って喋っている内に、有志発表が始まる時間になった。たかが有志発表と侮ってはいけない。バンドやらダンスやら漫才やら、なんだかんだと完成度の高い物が披露された。
因みに野球部の、恐らく部長なのだろう人とその友人らしき数人が、部活動紹介で踊っていた曲を、なんとバンドで演奏していた。これには会場全体で笑いが起こった。
「マジで好きなんだなあの人」
「しかもクオリティー高いな」
有志発表も、三時頃には終わりを迎える。この後は体育館が使われる事は無い。人がぞろぞろと体育館から流れ出て行く。僕らも体育館を後にするが、政宗さん達はもう帰るようだった。
「あれ?政宗さんは帰るの?」
「ああ。俺達はお前らの劇見に来ただけだしな。有志は面白かったけど」
「そうか。またな」
「また喧嘩しろよ~」
「声でかいぞ~」
「なあどこ行くよ?」
「私女装メイド喫茶が良い!」
「良い趣味してらっしゃるな今日子さん」
そんなこんなで、僕らは各クラスや部活の出し物を見に行った。午前中に一度見て回ったが、やはりこうして細かく見ると、結構面白そうなのが多い。因みに女装メイド喫茶は、来店一番に「ラッシャァセエェェェェェェ!」と言ってくる、中々前衛的な店になっていた。おいなんでこうなった。だけど出て来る飯は上手かった。本当になんでこうなった。
夕方五時頃。閉会式が終わり、長いような短いような文化祭が幕を閉じた。後は、各々の部活やクラスで後片付けをして解散だ。僕らは部室の道具を解体し、部長の家に運び込む事になっている。
「あ、衣装どうすれば良いんですか?」
「あげるよ?」
「コスプレ衣装としてなら行けるか……いや待てなんで女装を行けると思ったんだ僕は」
「ふっ。これが演劇マジック」
「何をふざけてるんですか部長。ほらこれ持ってください」
解体してみると、思っていた以上に部品の数は多かった。箱に詰め込むなり紐で括るなりして纏めたそれらは、やはり重い。僕らは帰り道、荷物の重量に悶絶しながら、なんとか部長の家に向かう。
「肩が外れそうだ……キツイ……」
「やっぱキツイよね~私も私も」
「やっぱ軟弱だな」
「部長が頭おかしいんですよ体力と腕力」
荷物を部長の家の中に運び込んだ僕らは、暗くならない内にと帰る事になった。正直体がバキバキだ。明日が休日なのが救いだな。
「あ、そう言えば僕ら、打ち上げの話してないですよね」
「あ~……ま、月曜で良いんじゃないかな。どうせ皆来るだろうし」
いつもの分かれ道で、俊介さんと「また月曜」と言った僕は、やはり疑問を拭い切れずに口に出す。
「今日はこっちなんですか?」
いつもなら俊介さんより先に居なくなるのに、今日だけはずっと同じ道を歩いている。それだけでなく、今日子さんは部長の家を出てから、ただの一言も話していない。疑問を抱かない方が無理だという物だ。今日子さんはなんでもないように笑いながら答える。
「ははは。家族の用事だよ」
「ああ確か、いつも仕事で居ないとか言ってましたね」
今日子さんは「そうそう」と頷きながら笑う。だけどそれだけじゃない。僕は若干怠い体を動かして、今日子さんの表情を覗き込む。
今日子さんの表情は、引き攣り、固まった、歪な笑顔だった。
「どうしたの急に」
その声は、目の前の表情の人間から発せられたとは思えない程明るく、いつもの今日子さんその物だった。それでも、目の前の人間の表情は、何の感情も付着していなかった。
「今日子さん。表情作れてませんよ」
「えっ?」
今日子さんは自分の顔を手で触り、その発言が事実である事を確かめる。僕は今日子さんの背中を擦りながら、労いの言葉を掛ける。
「疲れてたんですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫……大丈夫だから……」
その声の最後は、掠れて声になっていなかったのだと思う。僕の耳に入って来たのはただの雑音で、何も伝わりはしなかった。僕は近くの自販機で買ったお茶を、今日子さんの方へ差し出す。
「ちょっと休憩しましょう。近くにバス停があった筈です」
「大丈夫……要らない……」
「その顔で大丈夫って事は無いでしょう。兎に角行きますよ」
僕は今日子さんの手を引こうとしたが、今日子さんはその手を無理矢理振り払った。その表情は、怒りと絶望と嫉妬に歪んでいた。
「いい加減にしてよ!何がしたいの!?何が面白いの!?何を笑ってるの!?」
その言葉に、僕は自分の顔を手で触り、表情を確かめる。うん。口角が上がっている。僕は疑う余地も無く笑っていた。
ああそうか。愉快なんだ。今まで明るい表情ばかりだった今日子さんが、初めてこういう黒い部分を見せた。その事実が、どうしようもなく楽しかった。人間的で素晴らしい。今まで今日子さんに感じていた違和感は、やはりこういう部分だったのかも知れない。出なかったくしゃみがやっと出た気分だ。
愉快だ。愉快で愉快で仕方が無い。胸が躍る。浮足立ってしまう。
「楽しいからですよ」
「何が言いたいの!?どれだけの思いで、『 』があの演技をしてたと思うの!?」
「苦労したんですか?それは良い。苦労は人を人らしくするらしいですからね」
「『 』は理想の自分を見せてたんだよ!?それなのに、貴方が来たせいで……」
その先は、やはり言葉にならなかった。今日子さんは黒い感情を剥き出しにしたその表情で、どこかへ走り出してしまった。
蜒�は、追い掛けようとすら思わなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃになっている。疲れているんだろう。そうでなきゃおかしい。そうでなきゃ、『荒木今日子』があんな事を言う訳が無い。言ってはいけない。責任の所在を外に求めるのは、『 』の理想の人間ではない。そんな事をしてはいけない。
落ち着け。笑え。笑え。笑顔を貼り付けろ。思い出せ。今までどんな風に笑っていた?今までどんな風に動いていた?今までどんな風に……今まで……どんな……どんな風に……
ああ、そうか。『 』は『 』自身の事すら分からない。いや、『 』の中には何も無かったのかも知れない。分かる分からないの話じゃない。空に文字を書けないように、目の前の空間から何も取り出せないように、『 』は私の事を何も知る事ができない。
虚しい。虚しい。胸の中が空っぽで、そこから目が離せない。考える事すら億劫になるような空っぽで、ずっと目を逸らしていたそれが、ほんの少しも埋められない。
腹の奥から生温い何かが込み上げて来る。『 』は近くの公園のトイレに駆け込み、それを便器の中にぶちまける。それでも何一つスッキリしない。『 』はそれを流す事すらせず、背負っていた鞄の中からカミソリを取り出し、それを右の手首に突き立てる。一直線上の赤い物が手首に現れる。滲む。零れる程多くもないそれを、私は手で拭った。足りない。足りない。『 』はもう一度、同じ事を繰り返す。
気分が悪い気分が悪い気分が悪い気分が悪い。腹の中が、固める前のべっこう飴のように煮えて、クッキーの生地に入れたココアのように混ざって、片面だけ焼いたホットケーキのようにひっくり返るような、気分の悪さが鼻に着く。ああ気分が悪い。心底気分が悪い。痛い。苦しい。気分が悪い。辛い。それだけが、たったそれだけの、『 』が死んでいない事以上に単純な事だけが、頭の中を引っ掻き回す。
このまま消え失せてしまいたい。どこか、何も分からない所でやり直したい。右も左も分からない状態から、言葉すらまともに覚えていない、手足の動かし方すら分からない状態からやり直したい。でもそれができない。できたらどんなに楽だろうか。どんなに落ち着くだろうか。どんなに良いだろうか。空っぽな『 』の内側が、どんなに埋められるだろうか。
『 』は便器の中にある物を流し、水道の水で口の中をゆすぐ。覚束ない足元で、『 』は歩き出した。どこに行こうか。どこにも行きたいと思わない。だけど、どこかに行かなければならない。消え失せてしまいたい。その思いで、『 』は足を動かす。
赤星春樹は、追い掛けて来なかった。
今日だけは、マイナスな感情を忘れよう。赤星春樹を邪魔だと感じるのはやめにしよう。楽で明るい感情だけを内に込めよう。悟られないように。感じ取られないように。邪魔にならないように。
笑顔を作る。私がその顔に貼り付けるべき、明るい、他者に好印象を与える笑顔を。『 』が考えるべきは、『 』一人の気分ではなく、私を含めた全体の成功だ。それを妨げない笑顔を作れ。
私は、しっかりとした笑顔を湛えたその顔を保ったまま、学校の門をくぐった。
「おはよう今日子」
「おはよう」
「演劇十一時頃だっけ?」
「そうだよ。見に来てね」
うん。違和感は無いようで良かった。今日は文化祭当日。半端な笑顔を作るのはご法度だ。だから少し安心した。私はその安心を確かめながら、朝のホームルームを待った。
朝のホームルームも終わると、僕はいつもの部室に行かなければならない。何故なら、演劇の宣伝の為に、衣装を着た状態で看板を持って、学校を練り歩くからだ。僕は衣装に加え、化粧までする必要がある。早く行かなければ。
部室には、部長だけが待っていた。部長は待っていたと言わんばかりに、衣装と化粧道具を取り出した。
「さあ春樹君!遂にこの日がやって来た!はよ顔面いじらせろ!」
「部長。その発言キモイって事を理解して言ってますか?」
「織り込み済みだな」
無敵の人がよぉ。まあ、これが僕の役だから仕方が無い。僕は衣装を着た後、大人しく椅子に座り、部長の化粧を受けた。手ほどきを受けたと言っても、やはり部長の方がクオリティーが高い。任せた方が良いな。
化粧が済んだ後、鏡に映っていたのは、なんか二十世紀後半の欧米の人みたいな服を着た美少女だった。
「これが僕だってのが信じたくない……」
「なんだその言い方癪に障るな」
この頃には、いつものメンバーも全員揃って、校内を練り歩く準備も整っていた。僕と部長、俊介さんと今日子さんに人を分けた僕らは、ペアで一つずつの看板を持って、校内へ繰り出した。
「女声で頼むぞ春樹君」
「言われなくともって奴ですよ部長」
女声女声……私は女の子……部長の彼女……うん。行ける。て言うよりかは押し通さねば。私は喉の調子を整えて、しっかり声を出す。
「この後十一時から、大体育館で演劇部の劇をやります!是非見にいらしてください!」
まだ大声を出すのは慣れないが、まあまあできている方だろう。私達は歩く片手間に、各クラスや部活の出し物も見て回る。
「お、食い物系の屋台だな。何か食べるか?」
「任せますけど、あまり化粧が崩れない方が良いですね」
「分かった」
少し待っていると、部長が二つ、たこ焼きの箱を持って来た。私達はそれを食べながら、次どこに行くかを話し合った。サボり?まあ、一応やる事やってはいるんだから、俊介さんと今日子さんも許してくれるだろう。
私は他の部活や学年の出し物を見て回りながら、十時半前まで宣伝を続けた。部室に戻ると、俊介さん達が焼きそばやらかき氷やらを食べながら待っていた。空のプラスチックケースがいくつかあるのを見るに、そこそこ待たせてしまっていたようだ。
「済みません。待たせましたか?」
「いや大丈夫。私達もコレ食べる時間欲しかったしね」
「咎めないでくださいよ?」
「俺達も途中で物食ったりしたからな。何も言わねえよ」
俊介さん達が買って来ていたパックが全て空になった後、僕らは本番前の打ち合わせを済ませた。いよいよ本番だ。これまでの練習の結果が、この後の二、三十分で披露される。
正直緊張する。だけど、今までの練習を信じるしかやれる事は無い。僕だけじゃない。僕ら四人がやって来た事を信じる。ああでもやっぱり緊張する。打ち合わせを済ませ、化粧直しを済ませた後も、僕は深呼吸を続けた。
舞台袖で深呼吸する僕の背を、俊介さんが叩いた。何かと思って振り向いた僕の首筋に、冷たいペットボトルが当てられる。
「うわっ!何するんですか!?」
「飲みな。少しは緊張が解れるだろう」
僕は眉間に皺を寄せながら、それを受け取って、ほんの少し口に含む。少しだけ、肩が軽くなったような心地がする。頭がスッキリした。僕は最後に一つだけ深呼吸して、しっかりと前を見据える。
やる事はハッキリしてるんだ。僕はそれをこなすだけだ。演じる。大丈夫、きっと上手く行く。一度だけ頬を叩き、私は最初の出番に備えた。
さて。この日をどれ程待ち侘びただろうか。俺は時計を見て、もう直ぐ始まる演劇に胸を躍らせる。そうしていると、いつの間にか来ていたらしい不良集団が、俺の肩を叩いた。
「よ、ヒッキー」
「おお政宗。それにダメンズ」
「「「おい待てなんだその呼び方」」」
ちょっとした冗談じゃないか。まあ良いか。どうせ始まったら静かになるだろうし。彼等は俺の横に座ると、ざわざわと話し始めた。手には、恐らく外の屋台で買ったと思われる、焼きそばやたこ焼きが握られている。
「やっぱ来るんだな」
「そらダチの部活の成果だからな。気になるってモンよ」
「出し物で旨いモンも食えるし」
「この学校かわいい子多いし」
「ナンパも捗るってモンだ」
「その割に誰も女連れてねえよな」
「それは言わねえお約束」
そうこうしている内に、開演の時間が来た。それを知らせるアナウンスと共に、ステージを隠していた幕が横に移動し、ステージに並べられたセットが見える。
ハルから聞いた話だと、この劇は二十世紀後半の欧米を舞台に、探偵として働く主人公が駆け回る話らしい。うん。やっぱりハルは説明が下手だ。情報量が圧倒的に少ない。まあ、楽しんで見る分には丁度良いのかも知れないけど。
ステージの全体が見えるようになった後、ハルの声で放送がされた。どうやら、時代背景の説明らしい。
『二十世紀後半。オランダでは、ある奇妙な出来事が、世間を騒がせていた。』
ステージに照明が点けられる。背の高い男性が、ステージの上のベンチに座って新聞を読んでいる。
「『最近は物騒だな。なあ、警察さん?』」
「『そうよ。そんな忙しい私に、一体何の用があって呼び付けたのかしら。探偵さん?』」
舞台袖から一人の女性が出て来る。どうやら警察の役らしい。彼女は男性の横に座ると、男性が読んでいた新聞を取り上げた。
「『何、この名探偵エドワード様が協力してやろうと思ってな。ああ礼は良い。金さえくれれば……』」
「『お断りさせてもらうわね。』」
「『そうかそれは何よ……は?』」
「『貴方の助けは要らないって言ったの。聞こえなかった?』」
「『いやいや待てキリエ。いつもお前……』」
「『今回は大丈夫そうなのよ。貴方も首を突っ込むのはよしなさいな。』」
そう言うと、キリエと呼ばれた女性は新聞を男性の顔に叩き付け、また舞台袖へ戻って行った。舞台には、不愉快そうに新聞を顔から引き剥がした男性だけが残った。彼は新聞を投げ捨て、煙草に火を点けた。
「『あの様子は明らかにおかしい……観客諸君。人が普段のアルゴリズムから外れる時はどんな時か、分かるかね?私は『触れられたくない確かな変化があった時』だと考えている。これはいけない。このままでは、私の明日の夕食がパン屋のゴミ箱から拝借したパンの耳になってしまう。』」
会場から小さく笑いが起こる。男性は「『是非とも首を突っ込ませてもらおう。』」と言って、舞台袖へ引っ込み、それと同時に照明が落ちる。次に照明が点いた時、舞台のセットは入れ替えられていた。男性はまだ火が点いたタバコをくわえながら、ポケットに手を突っ込んだ状態で歩いていた。
「『アイツが今遭遇している事件の概要は主に二つ。恐らく似たような刃物と思われる凶器、そして殺害されるのは決まって若い女性……これだけじゃどうにもならんな。警察に話を聞くか。』」
そう言った男性とは反対側の舞台袖から、一組の男女が現れた。女性の方は、先程とは別の人だ。どうやら男性は、彼等に話を聞くようだ。
「『やあジャック、リリー。元気かい?』」
「どうも……確か先輩の……」
「『そう。彼女の親愛なるオトモダチさ。今回の事件にも協力する事になっていてね。情報をくれないかい?』」
「『含みがある言い方ですね。まあ良いですけど……リリー、確かメモを持っていたのは君だったよな?』」
「え?は、はい!ちょっと待ってください……!」
女性は懐からメモ帳を取り出した。彼女はその中身を確かめるように、多少つっかえながら話し始めた。それとタイミングを合わせ、背景に映像……いやスライドだろうか……が映し出される。
「えっと……新聞に載ってた事は省きますね。被害者に共通しているのは性別だけで、特に無いと思われてたんです。でもえっと……全員に共通する知人が居ます。作家のふぉ、フォント・クローバー氏です」
「『ああ新聞に載っていたな。確か新聞社のコンテストで大賞を取ってたな。』」
「は、はいその人で間違い無いです。ですけど彼にはアリバイがあります」
「『ほほう?』」
「三人目の被害者……名前は……」
「『名前はいい。』」
「あ、はい。それと五人目の被害者が殺されたとされる日ですが、彼は例の新聞社の社屋で寝泊まりしていたらしく、殺害現場に向かう事は不可能です」
「『電車を使えば……ってのも、昼の話だな』」
「はい。反抗は深夜でしたから、電車も使えません」
「『成程。実行犯が別に居る可能性は……薄いな。』」
「はい。被害者は全員、ほぼ無関係の人だったんです。共通の知人が居る方が驚きです。五人中二人は、なんと海外旅行中に殺されてます。それに加え、殺害方法は首を切り裂かれた上で腹をず、ズタズタに……おぇ……」
女性がえづき、ジャックと呼ばれた男性が彼女の背中をさする。
「『ああ済まない。不快な思いをさせた。殺害方法を統一させている以上は、何かしらの動機がある。そして被害者それぞれの関係性が薄い以上、単独犯と考えていると。』」
「『ですけど問題は、そも容疑者がほぼ居ないって事です。』」
「『フォント氏の知人は洗ったのか?』」
「『フォント氏は他人との関わりが薄い上、ご家族は全員海外、数少ない知人にもアリバイがありました。例えば海外旅行、例えば夜勤、例えば家族の団欒……全員目撃証言付きです』」
「『まあそうだよな……ありがとう。済まないね外出中に。またキリエへの贈り物かい?』」
「『はい。リリーも俺も、お世話になってる人ですから。』」
「ですけど、あの人が好きな物をよく知らないんですよね」
「『煙草はどうだ?アイツ常に吸ってるレベルで好きだった筈だ。』」
「最近は禁煙していらっしゃるそうです」
「『俺達も、最初はそう考えてたんですけどね。禁煙してるならお邪魔でしょう。』」
「『それもそうか……じゃあ、小説でもどうだ?嫌いな奴は少ないだろう。』」
「それも良いですね。あ、もうこんな時間か……では、失礼します」
「『デートの邪魔をしたな。悪い。』」
「『違いますから!』」
男性がそう声を上げる横で、女性はメモ帳を懐にしまい、二人は元々進んでいた方向に舞台袖に消えて行った。舞台上に残った男性は、舞台の中央に戻り、また話を始めた。
「『被害者は関わりの無い女性五名、現場に凶器は無く、目撃情報も無い。深夜帯の犯行だが、犯行に及んだ可能性のある人間には全てアリバイがある。協力している可能性、残虐な通り魔という説もあるが、それを考え出したらおしまいだ。警察から得られる情報はこれまで。後は、フォント氏とやらを当たってみるか。』」
男性は舞台袖へ移動し、それと同時に、再び舞台が暗転する。照明が点くと、セットはまた変わっていた。その場所には、二人の男性と、リリーと呼ばれた女性が居た。
「『で、私の所までわざわざ……』」
「『お邪魔して申し訳無い。』」
「『いえ、今日は何か予定があった訳ではありませんから。ですが、そちらの方から話を聞いたのなら、そこで終わりですよね。』」
「『ええ。今回私は、貴方に作家として話を聞こうと思ったのです。』」
「『それは……どういう?』」
探偵役の男性がハリボテのソファから立ち上がり、セットの中を歩き回り始める。
「『被害者は喉を切り裂かれ、且つ腹をズタズタに刻まれていた。これはドラマ性がある。私は小説を読む訳ではないのでね。貴方はこの行動を、どう解釈するのかと。』」
「『ほう……では話が長くなりそうなので、コーヒーを淹れてきます。』」
「あ、手伝います」
「『ありがとうございます。』」
先程名前が出た作家役の男性と、リリーと呼ばれた女性が、一度舞台袖へ戻って行く。その間に探偵役の男性は、セットの中から一つ、恐らく写真であろう物を持ち、懐へ入れた。そして直ぐに椅子に戻る。直ぐに作家役の男性とリリーと呼ばれた女性が、三つのコーヒーカップを持って戻って来た。彼らはそれをテーブルに置き、自分のソファに座る。
「『どうぞ。』」
「『ありがとうございます。』」
「『では……ドラマ性ですか……私はその凄惨な現場を知らされていました。しかし、そこにドラマ性となると、どうにも分からないんですよ。しかしまあ……私が思うに、犯人は子宮に、何かしら大きな執着を持っていたのでしょうね。』」
「『何故?』」
「『女性だけが狙われ、そして下腹部を切り裂かれている。女性だけにある、下腹部の何か……それは子宮でしょう?ああ解剖学については素人な物で、他にもあるかも知れませんが』」
探偵役の男性が女性の方を振り向く。女性は頷き、男性はまた作家役の男性の方を見る。
「『成程……では、何故子宮にそこまで強い執着を持ったと思いますか?』」
「『恋人の流産、自身が生まれて来た事への後悔、母親への憎悪……考えられるのは無数にありますよ。しかしどれも、あそこまでやる理由にはならないですよねぇ。』」
「『そうですか……ありがとうございました。では、そろそろお暇させていただきますかね。』」
「あれ?話ってこれで終わりなんですか?」
「『ああ。長くお邪魔するのも気が引けるしな。』」
そう言って、探偵役の男性は扉の方へ歩き始めたが、ドアノブを掴んだ所で、作家役の男性を振り向いた。
「『そう言えば、同じような事をした人は知っていますか?』」
「『……知りませんよ。』」
「『そうですか。では……』」
探偵役の男性はそう言ってドアノブを捻り、女性を先に出した後、セットの外へ進んで行き、そのまま舞台袖へ消えた。残った作家役の男性は、テーブルの上へ視線を落とした。
「『結局、一口も飲まないのか……』」
そして、またしても舞台が暗転する。しかし今回は様子が違う。スポットライトが照らされ、探偵役の男性の姿が浮き出る。
「『手札は揃った。次はネタバラシのターンだ。観客諸君は、犯人を誰だと推理したかな?今回の登場人物は五人。この中の誰が犯人でもおかしくない。是非とも、ドラマチックに考えていただきたい。』」
スポットライトが消え、また少し時間が空く。セットは、一番最初の公園のセットに戻っていた。最初はベンチに探偵役の男性が座っているだけだったが、今度は作家役の男性も近くに立っている。
「『今度は呼び出しですか?』」
「『ええ。度々ご迷惑をおかけします。』」
「『問題ありませんよ。暇ですから。』」
作家役の男性はベンチに座り、探偵役の男性の横顔を見る。
「『何か分かったんですよね?』」
「『ええ。一応、貴方に精査していただきたくてね。』」
「『何か?貴方は名探偵でしょう?』」
背景に不自然に空いていたスペースに、先程と同じようにスライドが映し出される。それは会話に合わせて、段々と変化して行く。
「『まあね。先ずは、犯人の人物像です。腹を切り刻まれ、周囲には血が飛び散っていたそうですが、直接の死因は最も深く、そして最もコンパクトな首の傷、そこから血が溢れた末の失血死です。詰まり、刃物の扱いに慣れている上、人の殺し方を知っている人間でしょう。』」
「『そうですね。』」
「『そして、男性だと考えていました。』」
「『何故?』」
「『女性の力で、あそこまで深い傷を付けられるとは考え辛かったんです。何せ、首をこう……パックリ行ってますから。』」
男性はそう言いながら、首を半ばまで押さえる。それを見ながら、もう一人の男性は頷いた。
「『成程……そう言われればそうですね。』」
「『そう言えば貴方、以前こういう事をした人物を知らないと仰っていましたね。』」
「『それが何か?』」
「『貴方が書いた小説を読みましたよ。例の、新聞社の賞を受賞した作品をね。』」
そう言って、探偵役の男性は懐から小説を取り出した。
「『この作品は、一八八〇年代ロンドンに実在した、正体不明のシリアルキラーである、ジャックザリッパーが主軸とした、若い恋人達の物語でしたね。彼が人を殺した手口こそはっきりとは書かれていませんでしたが、現実に資料は残っている。丁度、今回の事件の被害者と同じ方法です。』」
会場の一部から、小さく声が上がる。「やっぱり」とか「ほらな」とか、そういう感じの声が殆どだ。作家役の男性は、ベンチに座った状態で俯いている。
「『考えてみれば、ジャックザリッパーが殺害した人間の数も、一般に五名とされていますね。そして相手は全員女性。ここまで一致している。そして貴方は、彼を軸とした小説を書いている。』」
「『以前書いた小説の資料は直ぐ忘れる性質なんだ。』」
「『で、これは何ですか?』」
探偵役の男性は、もう一度懐から何かを取り出した。それはどうやら、小さな額縁のようだった。作家役の男性は、それを見た後、諦めたように天を仰いだ。
「『大昔の新聞のスクラップ、それもジャックザリッパーの記事ですね。私の部屋にありましたか?』」
「『ええ。こんな物が残っている以上、貴方はかのシリアルキラーの殺人方法も調べていた筈だ。ですが貴方には現場不在照明がある。それも、不完全なね。電車に乗ったら間に合うが、そんな時間は無かった……なんて言い訳、通用しませんよ。』」
探偵役の男性はポケットから、一枚の紙を取り出した。
「『これは貴方のアリバイ……詰まりは貴方が三人目と五人目が殺された夜、会社に居た事を証明する書類です。まあ、意味なんて無いですけどね。』」
「『何故?』」
「『貴方は車を持っていますね?』」
「『車で行けば間に合うと?速度制限を破れば間に合いますけど。』」
「『違いますよ。振り子時計の仕組みを使えば、時間の問題はどうこうできます。』」
会場に居た殆どの人間が首を傾げた。振り子時計の仕組みを知っている人間は、この場にはほぼ居ないのだろう。
「『社屋にあったのは昔ながらの振り子時計。振り子に細工をし、支点との距離を弄るだけで、簡単に時計が進む速度を変えられる。そして、社屋にあった時計の振り子には、全て同じ位置に釘の跡……詰まり、社屋に居る人間のほぼ全員が、時間を見誤っていた事になる。そして貴方は、後から時計の時間を戻すだけで良い。』」
「『私には動機がありませんよ?』」
「『そこを、精査していただきたいのですよ。他でもない貴方に。』」
作家役の男性は、一度深呼吸した後に、また話し出した。
「『犯人の独白がお好みで?』」
「『その方が、作家が書く小説らしいじゃないですか?』」
作家役の男性は姿勢を直し、身振り手振りを交えながら告白を始める。
「『ええそうですよ。私がやったんです。あの女性達との関係は、時々喫茶店やら空港やらで会う所から始まったんですよ。動機は……そうですね。ジャックザリッパーですよ。彼が何を思ったのか、知りたかったんです。』」
「『ですが、あの小説はもう完成していた。何故そんな事を?』」
「『完成?あれが?』」
突然、大きな音が響いた。それが男性が椅子から立ち上がる時、床を力一杯に蹴った音だった。男性は激情を隠せないというように、声を張り上げて絶叫する。
「『登場人物の思考が不完全にも程がある!曖昧で穴だらけで気持ちが悪い!私はあれを書き直したかった!だからやったんですよ!人を殺す気分、人を生かす気分、その変化が知りたかった!』」
身振り手振りは次第に大きくなる。声も激しさを増して行き、怒り混じりのその声は、聞く人間の骨まで響き、揺らす。
「『貴方に分かるか!?頭の中の映像が上手く作り出せない怒りが!不快感が!だからやったんだ!私は許せなかったんだ!こんな駄文しか書けない自分が!賞!?取った所で私は満たされない!他者の評価だけでこの不快感が薄れるとでも!?』」
そこまで言って、作家役の男性は椅子に座った。肩は力無く落とされ、男性も顔を上げない。
「『貴方は用心深そうだ。どうせ、警察の方も連れて来ているんでしょう?』」
「『ああ。もう直ぐここを通り掛かる。』」
探偵役の男性がそう言った辺りで、舞台袖から一人の女性が出て来た。髪型を見るに、一番最初に出て来た人だろう。彼女はベンチに近寄り、二人の姿を見比べながら、溜息を吐いた。
「『貴方……成程。また首を突っ込んだのね。』」
「『ああ。後は犯人を逮捕するだけ……なあ、リリー?』」
「はい」
突然、ベンチの影から女性が出て来る。その女性はもう片方の女性に手錠を着け、拘束する。会場からも、多少驚きの声が上がる。キリエ役の女性と作家役の男性は、少し驚いているような素振りを見せる。
「『何のつもりかしら?私を逮捕するなんて……』」
「これで良いんですよね?」
「『ああ。完璧だ。』」
「『何を……』」
「『先程言った事は全て事実だ。だがな?それはあくまで『やれる根拠』でしかない。』」
少しの間、沈黙が流れる。作家役の男性は怒ったように、もう一度声を大きくする。
「『私を騙したんですか!?』」
「『ああ騙すさ。それが仕事ならな。』」
探偵役の男性は煙草とライターを取り出し、口元でそれらを隠す。
「『それで、何で私を逮捕するのかしら?』」
「『煙草はどうした?』」
探偵役の男性は、先程自分が火を付けた煙草に手を当てながらそう言った。
「『お前はここ一か月程度か?禁煙してるだろう。』」
「『……リリーね?』」
「はい。先輩はヘビースモーカーなのに、急に煙草を吸わなくなったので、よく覚えています」
「『だけど、それがどうしたの?私を逮捕する理由には……』」
「『ああ。これは俺がお前を疑った理由でしかない。人の行動には何か理由があるのが常だ。お前、妊娠してるんじゃないか?』」
作家役の男性が、弾かれるように顔を上げ、探偵役の男性を見る。リリーと呼ばれた女性も同様に、一度探偵役の男性を見た後に、キリエ役の女性の方を見る。
「『何を根拠に……』」
「『お前の同僚連中に聞いた。煙草を止めただけじゃない。二、三週間程度前から、お前は物を食べる事が少なくなったらしいじゃないか。何かあった事は明白だ。違うってんなら、妊娠検査を受けて、その結果を見せてくれ。』」
「『で、それがどうしたの?』」
「『相手はそこの作家だろ?』」
再度、会場から驚きの声が上がる。しかし先程と比べると、少し小さく感じる。
「『何故?』」
「『ま、ちょっと尾行したもんでな。ほら。密会の写真さ。』」
探偵役の男性は、手錠を着けられている女性に一枚の紙を投げる。どうやらそれは写真のようで、彼女はそれを掴んだ。
「『成程。全くノーマークな上、最も疑わしいけどアリバイがあるフォント氏と、特筆して強い繋がりがある私を疑った訳ね。でも私には動機が……』」
「『それは先程、フォント氏から聞いたさ。心理描写を上手くしたいと。あれは、殺人鬼ではなく、知り合いを殺された人間の話だったんだろう?事実、この小説の中に、ジャックザリッパーの視点で話が進んだ場面は無かった。』」
「『いやそれは、かの殺人鬼の心理描写ができなかった故の苦肉の策で……』」
「『あの作品を読んだ。そう言った筈だ。あの作品の中のジャックザリッパーは、『理解不可能の狂人』としか描かれていなかった。加え、彼の心理描写が必要な場面も無かったな。』」
「『だけど、私の犯行だという証拠は……』」
探偵役の男性は、コートの内側から一つの袋を取り出した。その中には、ナイフが収まっていた。
「『首の切り傷の深さは、おおよそ五、六センチ。お前の自室もリリーに漁らせた。そして見つかったこの、刃渡りも丁度のナイフ……捨ててないとは思ってなかったが、思わぬ収穫だったよ。』」
「ルミノール検査の結果、僅かに残った血を検出しました。少なくとも、これで誰かを傷付けたのは明白です。血液検査の結果は、五人目の被害者の物と一致しています。勿論、先輩の指紋も……」
作家役の男性は地面に膝を突き、警察役の女性は俯く。探偵役の男性は袋を懐に仕舞い、その様子を見つめる。
「『言い逃れできないな。』」
暫く、沈黙が流れる。それを破ったのは、キリエ役の女性だった。
「『……ええそうよ。私が皆殺したのよ。私が殺したかったから殺したの。誰に言われたでもなく、私の意思で殺したの。あのナイフは、この人から送られたお守りだった物だから捨てなかったの。これで良い?』」
「『違う!私が!私が頼んだんです!キリエは悪く……!』」
そこまで作家役の男性が言い掛けた所で、キリエ役の女性が、自由だった足で察客の男性の顔を蹴る……真似をした。彼女の足は作家役の男性の顔の真横で止まり、その後、元の位置に戻された。
「『こんな時まで嘘を吐くのはやめたらどうなの?』」
「『頼む探偵さん!私が全ての罪を被る!だからこの人だけは……!』」
もう一度、床を強く踏みつける音が響いた。キリエ役の女性は悔しそうな声を張り上げる。
「『いい加減にしてよ!折角賞まで取ったのに、それをドブに捨てたいの!?』」
「『ああ良いさ!それで命を落としても!』」
「『……っ!馬鹿!大馬鹿!本当に……っ!馬鹿……』」
キリエ役の女性の声は、消え入るように細かった。だが、その声は確かに、会場に居た全ての人間へ届いた。作家役の男性とキリエ役の女性は、俯いたまま涙を流している。探偵役の男性はそれを見ながら、小さく溜息を吐いた。
「『ああ。それで良い。じゃあ一つずつ、お前らに聞きたい事がある。』」
作家役の男性と警察役の女性が顔を上げる。探偵役の男性もベンチから立ち上がり、作家役の男性の方を見る。
「『キリエ。何故、恋人を庇った?』」
「『恋人だからよ。とても、文学的でしょう?』」
「『フォント氏。小説の出来は、お前にとってそこまで重要だったのか?』」
「『ええ。もう意味の無い事かも知れませんが、彼女が褒めてくれた、私の唯一の長所だったんです。出来の悪い物は、嫌だったんですよ』」
また少し、沈黙が流れる。探偵役の男性は彼等に背を向け、リリーと呼ばれた女性の肩を叩く。
「『リリー、後は頼んで良いか?』」
「はい。では、失礼します」
リリーと呼ばれた女性は、作家役の男性と警察役の女性を連れて、舞台袖へ向かって行った。舞台は暗転し、スポットライトで探偵役の男性が協調される。
「『観客諸君。今回は楽しんでいただけただろうか。下らぬ三文劇と切り捨てるも、上等なドラマと受け取るも自由です。では私は、これで失礼致しましょう。この後も、当学校の文化祭をお楽しみください。』」
スポットライトが消え、会場が少しの間暗闇に包まれる。幕がまた閉じられ、やがて大体育館の照明が点けられる。来客者がざわつき始め、それまで静かだった周囲が、ほんの少し賑やかになる。別の会場へ向かう者、友人と感想を語り合う者……反応は様々だったが、多くが多少満足気な表情をしている。
部長の最後の一言が終わり、幕が閉じた後は、力仕事代表、セットの回収が始まる。
「うう……重い……着替えてからじゃ駄目なんですかコレ」
「次の出し物もあるからな。早くやらにゃ、先生が怒り出すぞ?」
それは大変だ。僕らはテキパキと作業を終え、部室へ戻る。うん。明日は筋肉痛かな。僕らは校内の自販機で買ったペットボトルのお茶を飲みながら、今後の予定について話し合った。
「次は有志発表か……皆で見ないか?」
「良いですね。俺は行きますよ」
「私も~」
「僕も行きます」
僕らが有志発表を見に行くと、既に来ていたらしいヒッキーと政宗さん達と合流する事になった。彼等は大量のプラスチックパックが入った袋と、それを上回る量の屋台の食べ物を持っていた。
「よぉヒッキー!お前出てた!?」
「出てたよ失礼だな」
「いやお前一回も……」
「リリーって呼ばれてた女性警官役だぞ」
僕の言葉にヒッキーは、「マジか……」と言って地面に突っ伏した。おいなんだその態度は。まさかヒッキーまで気付かないと思わなかったんだが。まさかマジで女子だと思ってたのか?オイオイオイ。
「名演技だったぞシュン。それに他の面子も」
「サインくれ」
「シャツにくれ」
「学校に着て行く」
「自慢する」
「止めろお前ら」
「私は良いよ~」
「まあ断る物でもないしな」
そう言って喋っている内に、有志発表が始まる時間になった。たかが有志発表と侮ってはいけない。バンドやらダンスやら漫才やら、なんだかんだと完成度の高い物が披露された。
因みに野球部の、恐らく部長なのだろう人とその友人らしき数人が、部活動紹介で踊っていた曲を、なんとバンドで演奏していた。これには会場全体で笑いが起こった。
「マジで好きなんだなあの人」
「しかもクオリティー高いな」
有志発表も、三時頃には終わりを迎える。この後は体育館が使われる事は無い。人がぞろぞろと体育館から流れ出て行く。僕らも体育館を後にするが、政宗さん達はもう帰るようだった。
「あれ?政宗さんは帰るの?」
「ああ。俺達はお前らの劇見に来ただけだしな。有志は面白かったけど」
「そうか。またな」
「また喧嘩しろよ~」
「声でかいぞ~」
「なあどこ行くよ?」
「私女装メイド喫茶が良い!」
「良い趣味してらっしゃるな今日子さん」
そんなこんなで、僕らは各クラスや部活の出し物を見に行った。午前中に一度見て回ったが、やはりこうして細かく見ると、結構面白そうなのが多い。因みに女装メイド喫茶は、来店一番に「ラッシャァセエェェェェェェ!」と言ってくる、中々前衛的な店になっていた。おいなんでこうなった。だけど出て来る飯は上手かった。本当になんでこうなった。
夕方五時頃。閉会式が終わり、長いような短いような文化祭が幕を閉じた。後は、各々の部活やクラスで後片付けをして解散だ。僕らは部室の道具を解体し、部長の家に運び込む事になっている。
「あ、衣装どうすれば良いんですか?」
「あげるよ?」
「コスプレ衣装としてなら行けるか……いや待てなんで女装を行けると思ったんだ僕は」
「ふっ。これが演劇マジック」
「何をふざけてるんですか部長。ほらこれ持ってください」
解体してみると、思っていた以上に部品の数は多かった。箱に詰め込むなり紐で括るなりして纏めたそれらは、やはり重い。僕らは帰り道、荷物の重量に悶絶しながら、なんとか部長の家に向かう。
「肩が外れそうだ……キツイ……」
「やっぱキツイよね~私も私も」
「やっぱ軟弱だな」
「部長が頭おかしいんですよ体力と腕力」
荷物を部長の家の中に運び込んだ僕らは、暗くならない内にと帰る事になった。正直体がバキバキだ。明日が休日なのが救いだな。
「あ、そう言えば僕ら、打ち上げの話してないですよね」
「あ~……ま、月曜で良いんじゃないかな。どうせ皆来るだろうし」
いつもの分かれ道で、俊介さんと「また月曜」と言った僕は、やはり疑問を拭い切れずに口に出す。
「今日はこっちなんですか?」
いつもなら俊介さんより先に居なくなるのに、今日だけはずっと同じ道を歩いている。それだけでなく、今日子さんは部長の家を出てから、ただの一言も話していない。疑問を抱かない方が無理だという物だ。今日子さんはなんでもないように笑いながら答える。
「ははは。家族の用事だよ」
「ああ確か、いつも仕事で居ないとか言ってましたね」
今日子さんは「そうそう」と頷きながら笑う。だけどそれだけじゃない。僕は若干怠い体を動かして、今日子さんの表情を覗き込む。
今日子さんの表情は、引き攣り、固まった、歪な笑顔だった。
「どうしたの急に」
その声は、目の前の表情の人間から発せられたとは思えない程明るく、いつもの今日子さんその物だった。それでも、目の前の人間の表情は、何の感情も付着していなかった。
「今日子さん。表情作れてませんよ」
「えっ?」
今日子さんは自分の顔を手で触り、その発言が事実である事を確かめる。僕は今日子さんの背中を擦りながら、労いの言葉を掛ける。
「疲れてたんですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫……大丈夫だから……」
その声の最後は、掠れて声になっていなかったのだと思う。僕の耳に入って来たのはただの雑音で、何も伝わりはしなかった。僕は近くの自販機で買ったお茶を、今日子さんの方へ差し出す。
「ちょっと休憩しましょう。近くにバス停があった筈です」
「大丈夫……要らない……」
「その顔で大丈夫って事は無いでしょう。兎に角行きますよ」
僕は今日子さんの手を引こうとしたが、今日子さんはその手を無理矢理振り払った。その表情は、怒りと絶望と嫉妬に歪んでいた。
「いい加減にしてよ!何がしたいの!?何が面白いの!?何を笑ってるの!?」
その言葉に、僕は自分の顔を手で触り、表情を確かめる。うん。口角が上がっている。僕は疑う余地も無く笑っていた。
ああそうか。愉快なんだ。今まで明るい表情ばかりだった今日子さんが、初めてこういう黒い部分を見せた。その事実が、どうしようもなく楽しかった。人間的で素晴らしい。今まで今日子さんに感じていた違和感は、やはりこういう部分だったのかも知れない。出なかったくしゃみがやっと出た気分だ。
愉快だ。愉快で愉快で仕方が無い。胸が躍る。浮足立ってしまう。
「楽しいからですよ」
「何が言いたいの!?どれだけの思いで、『 』があの演技をしてたと思うの!?」
「苦労したんですか?それは良い。苦労は人を人らしくするらしいですからね」
「『 』は理想の自分を見せてたんだよ!?それなのに、貴方が来たせいで……」
その先は、やはり言葉にならなかった。今日子さんは黒い感情を剥き出しにしたその表情で、どこかへ走り出してしまった。
蜒�は、追い掛けようとすら思わなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃになっている。疲れているんだろう。そうでなきゃおかしい。そうでなきゃ、『荒木今日子』があんな事を言う訳が無い。言ってはいけない。責任の所在を外に求めるのは、『 』の理想の人間ではない。そんな事をしてはいけない。
落ち着け。笑え。笑え。笑顔を貼り付けろ。思い出せ。今までどんな風に笑っていた?今までどんな風に動いていた?今までどんな風に……今まで……どんな……どんな風に……
ああ、そうか。『 』は『 』自身の事すら分からない。いや、『 』の中には何も無かったのかも知れない。分かる分からないの話じゃない。空に文字を書けないように、目の前の空間から何も取り出せないように、『 』は私の事を何も知る事ができない。
虚しい。虚しい。胸の中が空っぽで、そこから目が離せない。考える事すら億劫になるような空っぽで、ずっと目を逸らしていたそれが、ほんの少しも埋められない。
腹の奥から生温い何かが込み上げて来る。『 』は近くの公園のトイレに駆け込み、それを便器の中にぶちまける。それでも何一つスッキリしない。『 』はそれを流す事すらせず、背負っていた鞄の中からカミソリを取り出し、それを右の手首に突き立てる。一直線上の赤い物が手首に現れる。滲む。零れる程多くもないそれを、私は手で拭った。足りない。足りない。『 』はもう一度、同じ事を繰り返す。
気分が悪い気分が悪い気分が悪い気分が悪い。腹の中が、固める前のべっこう飴のように煮えて、クッキーの生地に入れたココアのように混ざって、片面だけ焼いたホットケーキのようにひっくり返るような、気分の悪さが鼻に着く。ああ気分が悪い。心底気分が悪い。痛い。苦しい。気分が悪い。辛い。それだけが、たったそれだけの、『 』が死んでいない事以上に単純な事だけが、頭の中を引っ掻き回す。
このまま消え失せてしまいたい。どこか、何も分からない所でやり直したい。右も左も分からない状態から、言葉すらまともに覚えていない、手足の動かし方すら分からない状態からやり直したい。でもそれができない。できたらどんなに楽だろうか。どんなに落ち着くだろうか。どんなに良いだろうか。空っぽな『 』の内側が、どんなに埋められるだろうか。
『 』は便器の中にある物を流し、水道の水で口の中をゆすぐ。覚束ない足元で、『 』は歩き出した。どこに行こうか。どこにも行きたいと思わない。だけど、どこかに行かなければならない。消え失せてしまいたい。その思いで、『 』は足を動かす。
赤星春樹は、追い掛けて来なかった。
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