演じるは愛しき罪人達

暇神

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新しい日常の物語

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 休日にしては早く起きた。『まだ眠い』と思い目を擦るが、それでも眠気は取れないでいる。
 下に降りると、テーブルの上に少しの金と一枚の手紙、そして今日の朝食が置いてあった。手紙を手に取り、そこに書かれている文を読む。
『今日の朝食だよ 楽しむように 母より』
 すっかり冷めてしまったご飯を口に運びながら、今日の予定を思い出す。朝食を食べ終わった後、せめて今日はと思い、なるべく自分に似合う、お洒落な服を見繕って、それに着替える。
 着替えも終わり、手荷物の確認も全部終わると、家の扉を開け、外に出る。眠気からか、まだ少し重い足を動かして、前に決めていた場所に向かう。


「お待たせ!」
「いやいや時間三分前。俺達が早いだけだよ」
 今日は以前から決めていた、部活の皆で遊びに行く日なのだ。僕は小走りになって、待っていた皆の所まで駆け寄る。全員楽そうだが、しっかりお洒落な服装をしている。
「じゃ、全員集まって所で……もう行きますか」
「そうだね。先ずはどこに行くの?私、この時間帯にやっているお店知らないよ?」
「僕もだな。葵先輩が提案したんだし、先輩が案内しますよね」
「おう!任せろ!」
 全員集まった僕らは、取り敢えずバス停へ向かう事にした。どうやら部長には何か考えがあるらしく、僕らはそれについて行くという意見で合意したのだ。
 バス停からバスに乗り、そこから暫く進んだ後に、部長は「そろそろ降りるぞ」と僕らに言った。
「どこに行くんですか?」
「知り合いの所」
 誰なんだろうなと思いながら、僕らは部長の後について行く。二、三分程度歩くと、長く整備されていないのか、嫌にボロボロの公園に着いた。
「ここ……」
「公園ですね。ふざけてるなら強めに殴りますよ部長」
「まあ待て男子陣。確か今日は……」
 部長は公園の真ん中辺りにある木に向かった。部長が進む先を見ると、何やら人影がある。部長はその人に「よっ。久し振り」と言うと、相手も「おお久し振り!」と答えた。何やら親し気な様子だ。
「部長、その人って?」
「皆とは初対面か。こちら、この辺りに住んでる吉田さんだ」
吉田五朗よしだごろうだ。よろしく」
 五朗と名乗ったその人は、僕らに手を差し出して来た。僕らは一人一人握手をする。しっかりした分厚い手だ。スポーツでもやっていたのだろう。だがどういう人なんだろう。
「吉田さんはこの辺りの事ならなんでも知ってるんだ。吉田さん、この辺りで面白い所ある?」
「『面白い』とはこれまたアバウトな……まあ待ってろ。今思い出す」
 吉田さんは少し悩んだ末に、どこからともなく地図を取り出した。ここら一帯の地図のようだ。この公園に似合わないような、新品な地図だ。吉田さんは地図の少し端の方を指差して、「ここだな」と言った。
「どういう場所なんだ?」
「アンタらみたいな年頃の奴はカラオケとか行ったりするんだろ?ここなら安いし、そこそこ設備も整ってる」
「カラオケかあ……私はそれで良いよ」
「僕はどこでも」
「部長の判断ですかね」
 部長は僕らの顔を一旦見た後、大きく頷いてから、吉田さんに「ありがとうな。そこにするわ」と言った。それから僕らは公園を離れ、ここからそう遠くないカラオケに向かって歩き出した。
「葵先輩。あの人、どういう人なんですか?」
「俺が初めてここに来た時には、もうあの公園に居るんだ。ホームレスではないらしいが、何故かずっと公園に居るんだ」
「良い人そうだけど、その話聞くと少し怪しい人に聞こえるね」
 少し話が広がりそうな話題だったが、考えてもどうしようもない事は考えない方が良いという事になり、結局話は直ぐに終わった。
 十分程度歩いただろうか。僕らは吉田さんが言っていたカラオケに着いた。新しい建物という訳ではないが、見るからに古い訳でもないそのカラオケは、若干昭和の香りがする看板を掲げている。
 僕らはフリータイムコースを選択して部屋に入り、それぞれのカバンを置いて、椅子に座った。
「ドリンクバー何にします?」
「俺はコーラを頼む」
「私アイスティー」
「僕は自分で取りに行きますよ」
「いや大丈夫。気にしないで」
「じゃあ……ジンジャーエールを」
 俊介さんは「分かった」と言って部屋を出て行った。凄い人だな。本当は僕がやった方が良いんだろうけど。便利と言うか、よく動くと言うか。尊敬できる人だ。
「じゃあ誰から歌う?」
「私行くね」
 今日子さんは我先にと言わんばかりに、マイクと曲を選択するタブレットを手に取り、最初に歌う曲を決定する。画面には、『きゅうくらりん』という曲のタイトルが出た。確か、明るい曲調で結構重い内容の曲だった筈だ。
「結構エグイ曲歌うんですね」
「え~かわいいじゃん」
 今日子さんの歌を聞きながら、僕は『透き通っていてよく通る声だ』と感じた。綺麗な声と言うか何と言うか、印象的だった。途中で戻って来た俊介さんも、なんだか聞き入っているような様子だった。
 今日子さんが歌い終わった後、どうやら採点モードにしていたらしく、画面に『九十七点』という文字が映し出された。
「いえーい高得点!」
「じゃあ次は俺だな」
 部長はいつの間にか曲を選んでいたらしく、画面には『HOT LIMIT』という文字が映し出された。どうやら、部長がよく歌う曲らしく、俊介さんは「好きですね~」と呟いている。「何の曲だろう」と思って聞くと、その印象的なミュージックビデオと曲で、直ぐにどんな曲かを思い出した。確かに好きそうな曲だ。
 部長は終始ノリノリで、曲ともよく合っていた。イケボと言う奴だろう。良い声だった。因みに九十五点。
「負けた~!」
「いえーい!」
「じゃ、次は僕ですね」
 どうやら次は俊介さんの番のようだった。俊介さんは立ち上がり、マイクを部長から受け取る。画面には『サウダージ』とかいう、知らない曲名が映し出された。
「この曲知らないですね」
「俊介君はこういうお洒落な曲が好きなんだよ」
「こういうのカッコよく感じるんですよ」
 俊介さんの声は、なんとなく芯があって、お洒落な雰囲気の曲が合う声だと思った。得点は現時点最高点の九十八点を叩き出した。
「負けた~」
「やっぱり俊介君は上手いな」
「ありがとうございます。さ、次は春樹君の番だよ」
「え!?」
 僕は突然差し出されたマイクに目を丸くする。いや自然な流れだけどさ。全く考えてなかった。そうだよな。カラオケだもんな。僕はマイクを受け取り、曲を選び始める。
 普段から音楽を聞く訳じゃないんだけどな。カラオケ自体あんまり来ないし。まあ、僕の中では比較的よく聞く曲にしよう。それならギリギリ歌えそう。
「お!『残酷な天使のテーゼ』か!良いねえ」
「春樹君はアニメ好きなの?」
「友人が好きなんです。僕もこの曲は偶に聞いてるんですよ」
 僕はつかえそうになりながら歌い切り、得点が出るのを待つ。画面に表示された数字を見て、僕は安堵の息を漏らした。画面には、『九十六点』と示されている。
「九十六点!?負けた~!」
「凄いね!偶に聞く程度なのに!私アレそこそこ練習したんだよ~?」
「それでも僕に勝ってるじゃないですか」
 最初に一曲ずつ歌った後は、もう自由に歌うノリになって、結局僕らは昼過ぎ頃、店員さんが『他のお客さんを入れたい』と言って、僕らに退店を促してからだった。

 カラオケを出た僕らは、もう昼過ぎという事で、昼食を食べに、どこかに移動する事にした。
「昼食って言っても、この辺り飲食店少ないですよね?」
「甘いな俊介君。俺はこの辺りをちょくちょく散歩しているんだ。空いてて旨い店位は知ってる!」
「その割にはあのカラオケ知らなかったんだね」
 今日子さんの痛いツッコミに、部長は「ま、まあ……うん!」と、答えになっていない言葉を発して誤魔化そうとした。誤魔化し切れてないけど。
 しかし、今は部長に頼るしか無いな。少なくとも、部長を除いたメンバーは、この辺りに来た事が無い様子だし。この辺りの事を知っているとするなら、部長しか居ない訳だ。しかしそこで、俊介さんが口を開いた。
「コンビニはどうなんですか?僕はそこで良いですよ」
 確かに。コンビニなら近くにあるだろうし、昼食を食べるだけなら、コンビニ飯だけで事足りる。
「私も俊介君に同じく」
「ここからコンビニまで、徒歩何分か知ってるのか?」
 俊介さんと今日子さんは首を横に振った。少し気になった僕は、「何分なんですか?」と部長に聞く。部長は目を逸らしながら、小声で答えた。
「三分だ……」
 一拍置いた後、俊介さんが「じゃあコンビニで」と言ったので、僕と今日子さんは「賛成」と言った。部長はちょっとショックだったのか、肩を落として項垂れている。うん。こればっかりは擁護しないでおこう。て言うよりかは擁護のしようが無い。
 コンビニに到着すると、僕らはそれぞれに別れて、昼食を選び始める。こうして見ると、コンビニって結構色々な物がある事が分かる。
「やはり紅鮭が一番旨いと思うな」
「私サンドイッチ~」
「僕は……パンにでもしようかな」
「やけ食いしよ」
 おい部長。みっともないぞ部長。最年長だろ部長。
 各々会計が終わると、外に出て袋を開いている。まだ籠に物を入れている部長を尻目に、店の外へ出た。外では、俊介さんと今日子さんが雑談しながらおにぎりやらサンドイッチやらを食べていた。店から出て来た僕に気付くと、二人は僕を手招きして、会話の輪に入れてくれた。
「春樹君は何にしたの?」
「パンとスティックサラダですね」
「へ~春樹君パン派なんだ」
「ご飯の方が好きなんですけど、片手で食べやすいから楽なんですよね」
 簡単な昼食を食べながら待っていると、部長が店から出て来た。右手に持っているビニール袋には、パンやらおにぎりやら弁当やらのパッケージが、うっすらと浮かび上がっていた。
「部長、マジでやけ食いするんですか」
「春樹君よ。こういう時はだなあ、何か物を腹に入れて現実逃避するのが一番なんだ」
「それなんの解決にもなってませんよね」
 部長は何やら神妙な表情で、弁当の蓋を開け、割りばしを割る。まあ、ただ拗ねてるだけなんだろうけど。ていうか器用だな。割りばしが綺麗に割られている。中々上手く割れないんだよな僕。
「ていうか、そんなに買って大丈夫なんですか?バイトしてる訳じゃないですよね」
「あ~春樹君は知らなかったね」
 どういう事かと思い振り返った僕に、今日子さんはスマホの画面を見せて来た。そこには、教科書なんかで偶に目にする、株価を表しているグラフを映したパソコンと、その前で笑っている部長の写真が写されている。
「これはどういう?」
「部長ねえ、自分で勉強して保護者みたいな人の許可貰って個人投資やって、結果、バイトはしてないけどこういう時の小遣いには困らない程度の金は持ってるの」
 僕は関心した。ていうか凄い親だな。株とか投資とかって、結構ギャンブルな印象強いんだけど。特に個人投資。それを理解した上でやらせてるんだろうか。しかもそれで、部長が自分で小遣い稼ぎできるのが凄いな。
 部長の方を見ると、どや顔で「その代わり毎月の小遣いは無くなったぜ」と言われた。うん。凄い人ではあるけど、どうしても尊敬する気にはなれない人だ。まあこういう所が親しみやすくて良いんだけど。
 腹ごしらえを終えた僕らは、午後どこに行くかの相談を始めた。
「で、午後はどこ行く?」
「ゲーセンでもどうです?」
「私そこまでかな~春樹君は?」
「僕はこの辺りの事全く知らないんで、任せますよ」
 結局、部長と俊介さんが推していたゲームセンターに向かう事になった。どうやら近くにある訳ではないらしく、僕らはバスに乗って、少し離れたゲームセンターへ向かった。
「で、どういう風に遊ぶんですか?」
「対戦ゲームかゲームクレーンゲーム……でもやっぱり、俺と俊介はコインゲームが好きだな」
「そうですね。よく時間が無くなるまでに、どれだけコインを増やせるかで勝負するんだ」
「私は基本負けるから不参加だよ」
 へえ。そういう遊び方もあるのか。面白そうだな。そんな事を話している内に、バスはいつの間にか目的地の近くのバス停に着いていた。僕らはバスから降りて、ショッピングモールの中へ進んで行く。
「じゃあ、僕も参加して良いですか?」
「良いとも。どれだけ稼げるか見物だな」
 今日子さんは「じゃ、私は書店に居るから」と言って、近くにあった書店に向かった。僕らはそれぞれ千円分のコインを持って、一斉にゲームセンターに散らばって行った。
 勝負に参加したは良いけど、コインの増やし方なんて知らないな。適当にやってるだけじゃ駄目なんだろう。まあ、こういうのは慣れだし、一回適当にやってみよう。どうせ遊びなんだし。僕は近くの台に向かって、コインを入れ始める。
 十分程度続けた頃、どうやら大当たりを引いたらしい僕の持ちコインは、始まった時の約二倍にまで増えていた。何コレ気持ち良い。癖になっちゃいそう。
 とは言え、この台で当たりを出したら、なんだか達成感が出て来てしまった。別のゲームをしても良いかもな。次はシューティングゲームにしよう。
 更に五分後。どうやら僕はシューティングゲームの才能があったようで、コインの量が見るからに増えた。最初の三倍弱はありそうだ。コインゲームってこんな面白いんだな。癖になりそうだ。
 制限時間まで残り十五分。面白そうな台で遊びながら、頑張って増やそうかな。シューティングゲームとかなら増やせると思うし。僕はコインが入ったカップを持って、また別の台へ向かう。

 結局、その後コインは少し減って、最初の二分の五程度まで減ってしまった。

 時間が来た僕らは、ゲーセンの中央辺りに集まった。そして僕は、自身の目を疑う。
「俊介君はまだまだだな」
「負けた……」
 俊介さんはカップ五つ分、部長はカップ七つ分のコインを持って来たのだ。いやなんだこの人達。多分この二人だけ生きてる時間軸が違うぞ。だっておかしいじゃないか。たった三十分でこれだけの量を集めるとか。なんなんだ。
 僕は半分程度も埋まっていないカップを見て、少し肩を落とした。俊介さんはそんな僕の肩を叩いて、「ドンマイ」と言った。いやアンタも十分常人離れしてるけどな。五つ分とか正直化物だからな。
「今回も俺の勝ちか~やはり大きすぎる力はつまらない物だな」
「その台詞をここで使いますか。いつもの事ですけど、流石にキモイですよ」
「あまり他人にこういう事をするのは好きじゃないんですけど、今回ばっかりは同じ事を考えましたよ」
「いや酷くね?俺最年長だよね?」
 コインを適当な子供に渡した後、僕らは書店に向かう事にする。どうやら二人は、このゲーセンによく来ては、勝負のついでにコインをばら撒いているらしく、受け取った子供は、「あ!プロのお兄さん!」と言って喜んでいた。ついでに、僕のカップを見て「お兄さんのだけ少ないね」と言ったので、僕は『一回殴ってやろうか』と思った。子供達よ。僕のが普通なんだ。この二人が異常なんだ。
 今日子さんはどうやら、空いた時間を潰すのが得意なようで、書店の片隅で小説を読んで待っていた。部長が話し掛けると、今日子さんは静かに本を閉じて、椅子から立ち上がった。
「今回も部長の勝ちでしょ?」
「当たり。今回は俊介君も頑張ってたんだけどな」
「カップ五つ分で『頑張ってた』なのか……」
「部長はなんでか、こういう所が器用なんだよな。勉強に困っている様子も無いし」
 俊介さんはどうやら、以前からこういう勝負を部長に挑んでは、今回以上の大差を付けられて負けるらしく、なんだか遠い目をしながら話す。うん。苦労してそうだなとは思ったけども。
「読書、好きなんですね」
「恋愛小説は特にね。ドキドキしちゃうんだ」
「彼女の家に一度お邪魔した事があるんだが、本棚には恋愛小説や少女漫画がいくつも置いてあったな。流石に他のジャンル全て合わせた方が多く見えたが」
 買い物袋持ってるって事は、今日も買ったのか。部屋が似たような状態の僕から見たら、ほんの少しだけ親近感が湧くな。まあ、好きなジャンルは違うようだけど。
 僕らはその後、皆で服屋に行く事になった。どうやら時々行くらしく、僕が一緒に行く最初の遊びという事で、一回行ってみようという事になった。なんだか嫌な予感がするぞ。
 一番最初に始まったのは、今日子さんの服装を採点する的な物だった。僕らは試着室の前に待機し、今日子さんの試着が終わり、試着室のカーテンを開き次第、その服の選択と組み合わせに点を付けるという内容となっている。。因みに、僕は服のアレコレに然程詳しくないので、今回は採点しない事になっている。
「九十五点」「八十九点」
「部長は良いとして、俊介君はなんで十一点落としてるの?」
「似合いますし組み合わせも良いですが、普段の雰囲気や立ち振る舞いと合ってないと感じました」
 少し見た感じ、部長よりも俊介さんの方が採点基準は厳しいらしい。服装だけじゃなくて、普段の雰囲気と合ってるかという所まで見るとは……これが服装を見る時の『普通』なんだろうか。
 しかし、今日子さんは美形で、どれかと言うと綺麗めな服が似合う人だ。そして選ぶ目もあるらしく、出て来る姿はどれも美しい。ファッション誌に載ってても違和感が無いだろうな。
 採点が終わった今日子さんは、試着室の中に持って行っていた服を持って、試着室を出て来た。満足そうな笑顔をしている。楽しかったようで何よりだ。
「気に入ったのはあったかな?今日子君」
「二、三着買おうかな。今回は余裕あるし」
「さっきも本買ってたけど、本当に大丈夫なんだ?」
「大丈夫だって。最悪、来月新しい小説買わなければ良いし」
「毎月買ってるのか……」
 この様子だと、今日子さんの自室の壁が小説で埋まるのも、そう遠い未来の話ではなさそうだ。そんな事を考えている内に、今日子さんはレジに向かって歩いて行った。
「じゃ、次は俺達だな」
「春樹君はどんなのが似合いますかね」
「う~ん……なんか女装が似合いそうな顔してるけどな」
「そういう趣味は無いですよ」
 部長は「冗談だよ」と言って笑いながら、僕の手を引いた。どうやら、次の着せ替え人形は僕らしい。もうされるがままよ。なるようになってしまえ。
 僕は数着の服と共に、試着室の内側に入る。成程。服単体で見てもカッコイイ。似合う似合わないはあまり考えた事は無かったが、まあやってみようかな。僕はあまり慣れない雰囲気の服を着て、試着室のカーテンを開ける。
「ふむ……やはり俺が着るような雰囲気の服は似合わないか」
「悪くはないんですけどね。次、どうぞ」
 どうやら、ファッションセンスというのは重要な要素らしい。僕はもう一度試着室のカーテンを閉め、次の服へ着替え、また試着室のカーテンを開ける。
「ふむ。俊介君のチョイスは良いな。ラフだがちゃんと洒落ている」
「こういうのは部長よりも僕の方が得意ですからね。春樹君、次の服を」
 最後の服は、確か部長が持って来た服だったな。部長がよく着るようなのは、僕には似合わないみたいな事を言ってた筈だが。まあ気にする程でもないか。流石に同じような服を二つは無いだろうし。僕はその服を広げ、顔をしかめる。自分の目を信じられなかった僕は、一度目を閉じて、もう一度その服を見て、今度は小さく溜息を吐いた。
 うん。これは何かの間違いだろう。僕は試着室のカーテンから顔だけを出し、部長とアイコンタクトを取る。
『これ、何かの間違いですよね?』
『問題無い。行け』
 成程。これが巷で噂の『パワハラ』という奴か。良いだろう乗ってやるよ。僕は半ばやけくそで、その服に袖を通す。そして姿見の前に立った僕は、羞恥心で顔が赤くなった。うん。違和感しか無い。
 ええい知った事か!なるようになる!僕は投げやりな気持ちで、カーテンを開ける。俊介さんは目の前の光景を咀嚼し終わると同時に目を見開き、部長は目を輝かせ、ガッツポーズをする。僕はそんな部長に、大きく溜息を吐く。
「やはり女装が似合うな。違和感が完全に無いかと言われれば違うが、この程度なら化粧で問題無くできる」
「部長……アンタ偶には良い事するんだな」
「おい俊介君。『偶に』は余計だぞ」
 やっぱ部長わざとか。ていうか、さっき言ってたな。女装がどうこうって。そして俊介さん。今の発言の意味を一度問い正してやろうか。おい。
 兎に角、さっさとこんな服脱いでしまおう。誰かに見られたら大変な事に……そう考えたのとほぼ同時に、僕は自分の足元に違和感を感じた。見下ろすと、そこにはスカートの裏側に向かってカメラを構える部長の姿が。
「部長。流石に僕でも怒りますよ」
「ちょっと待て。少し写真を撮っているからな」
「そういう話じゃないんだよなあ」
 さっさと着替えたいんだが。ていうかそこそこ恥ずかしいから写真撮らないでくれ。ていうか中々キモイ絵面だぞ部長。僕は部長を冷めた目で見ながら、「早く終わらないかな」と呟く。可能ならこれ以上誰にも見られたくない。
 しかし、その望みが叶う事は無かった。両手に紙袋を持った今日子さんが現れ、僕の服装を見て、そのままフリーズする。そして三拍程度置いてから、驚きがまだ冷めていないような声で、部長に話し掛けた。
「え……部長……流石に知らない子にセクハラは事案だよ?」
 うん。そこそこ関わりがある知り合いにも分からないと流石に落ち込むぞ。やっぱり部長の判定が厳し過ぎるだけで、大して違和感なんて無いんじゃないか。まあ、気付いてもらわないと困る。話が進まない事を危惧した僕は、一つ溜息を吐いてから声を発する。
「僕ですよ。春樹です」
 今日子さん、再びフリーズ。俊介さん、頭を抱えて項垂れる。部長、笑いを押し殺そうと顔を背ける。僕、その光景に、また一つ溜息を吐く。そして少し間を置いて、また今日子さんが口を開いた。
「春樹君、変わった趣味があっても、君は私の後輩だよ」
「違いますよ」
 この人達が居る限り、僕の日常に退屈が訪れる事は無いかもな。僕はそんな事を考えながら、腰に手を当てた。うん。後で部長は殴ろう。

 日も暮れて来た頃。僕らは夕日を浴びながら、きちんと舗装された道路を歩いている。今日子さんと部長は二つ、僕と俊介さんは一つずつ袋を持っている。
「楽しかったね。春樹君はどうだった?」
「楽しかったですよ。服って高いんですね」
「そうだよ。バイトしてはいるけど、高校生にこの出費はキツイな」
「まあ良いじゃないか!良い物も見れたし!」
 そう言って、部長は僕の頭を撫でる。うん。アンタが言うか。アンタが言うな。アンタが言う事じゃない。
 しかし、本当に楽しかった。買い物やゲーム、カラオケもそうだが、それ以上に、三人と話をしたり、一緒に歩いたりするのが、堪らなく楽しかった。いつかまた機会があって、三人が許したら、ヒッキーも一緒に来れるかな。
 暫く歩くと、部長は「じゃ、俺はこの辺で」と言った。どうやら、もう僕らと別れるようだ。
「あれ?ここら辺じゃないですよね。もうちょっと先でしょ?」
「少し用事ができたんだ。ああそれと、春樹君」
「何ですか?」
 なんか嫌な予感がするぞ。悪寒と言い換えても良い。なんか、目が変に光っているようにも見える。部長は軽く身構える僕を無視して、唐突に紙袋を差し出しながら、先程決めたらしい決定を下した。

「文化祭の劇、君の役女性にしとくから。これで慣れておいてくれ」

 部長は僕に、左手に持っていた紙袋を押し付けてから、文句を言われる前にと言わんばかりに、颯爽と駆け出した。僕は信じられないことが起きたように、いや実際起きたので、目の前の光景と渡された紙袋を交互に見ながら、先程言われた言葉を咀嚼する。
 ようやく部長の言葉を理解した僕は、叫ぶ余力も無いように項垂れた。俊介さんと今日子さんは、優しく僕の肩に手を置いた。なんだあの人。勝手が過ぎないか。慣らしとけって、もしかしてこの服全部レディースか?僕は袋の中身を覗いて、「マジかよ」と声を漏らす。ガチでレディースだ。ここまでするか。
 少しして、僕の頭の中で、何かが切れたような音がした。気がした。僕は袋を持ち上げて、砲丸投げのような姿勢を取る。
 その時だった。袋の中から一枚の紙が落ちた。どうやらそれはレシートのようで、僕はそれを手に取って読み始める。そこには、目を疑うような金額と、一行のメッセージが書いてあった。
『未来への投資さ。気にしないでな』
 うん。こんな額、それもレディースの服を貰って、気にしない男が居ると思うか?少なくとも僕は違う。二つの意味で気にするぞ。それも大いに。ついでに長く。
 大きく溜息を吐いた僕は、少し落ち着き、地面を見つめたまま、二人に一つの質問をする。
「あの人、前にもこんな事があったんですか?」
「「無かったね」」
 僕は投げるに投げる事もできなくなった紙袋を持って、天を見上げた。うん。それだけ気に入られていると考えよう。そうでもしないと、多分めっちゃ落ち込む。僕は無理に元気を出して、二人の手を引いてみる。
「ほら!もう帰りましょう!」
 二人は何かを察してくれたのか、少し気まずそうに頷きながら、「そうだね!」「もう暗くなるからね!」と言ってくれた。良い先輩を持ったよ僕は。

 僕らは日が完全に落ちるよりも先に家に着くように、道を走り始めた。


 扉を開ける。家の中は暗いので、スイッチを押して電気を点ける。リビングに向かい、今日の夕食を確認する。どうやら今日の夕食は、鍋に入ったカレーを温めて食べる事になりそうだ。
 お風呂を沸かすボタンを押して、一旦部屋に戻る。小説に囲まれた部屋に置かれたベッドに横たわり、今日一日の外出で疲れた体から、ゆっくりと力を抜く。疲れて上手く回らない頭の中には、『楽しかった』という実感だけが残っている。
 家まで持って帰って来た紙袋を見て、少しだけ溜息を吐く。また日常に戻る。不愉快……ではないが、憂鬱な気分になる。
 ベッドに横たわっていると、一階から降ろが湧いた音声が聞こえて来る。着替えとタオルを持って一階に降りながら、『明日の朝食もこのカレーかもな』と考える。服を脱ぎ、風呂場の扉を開け、体を洗ってから、蓋を外し、湯舟に身体を浸す。疲れた体がお湯に溶けるような心地で、体から力を抜く。
 憂鬱だ。とても憂鬱。気持ちが良い物ではない思考をしながら、気持ちが良い風呂を堪能する。複雑な心境が、胸の内側を埋め尽くして行く。

 複雑な心境のまま、時間は過ぎて行く。
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