平凡な自分から、特別な君へ

暇神

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俺、スノースポーツをやる。

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 自分は何に成れるのだろう。

 自分にしか無いアイデンティティーを探そうとすると、必然的にこの疑問が浮かぶ。
 スポーツ選手、歌手、漫画家など、幼少期の夢のような、誰かにとっての特別になれる存在になりたいと、誰もが考える事だろう。
 しかし、現実は非情である。現実、そうなれるのは一握りの者達でしかない。殆どの人間は、社会に置ける『替えが効く誰か』にしかなれない。
 それが嫌だった。何かやりたかった。誰かに覚えておいてほしかった。「お前は替えが効かない」と言われたかった。そういう承認が欲しかった。
 だが、替えが無い存在なんて大層な物になれる程、俺は凄くなかった。運動も、勉強も、頭の出来も、全部凡だった。
 それを恨んだ事は無かった。ただ、それが原因で諦めた事が多かったというだけの話だ。俺は早々と『特別』になる事を諦め、少しでもその後悔を紛らわす何かを欲した。そうしていないと、気が狂ってしまいそうだった。
 それでも、後悔の方が上回った。紛らわそうせども紛らわせども、ふとした瞬間、その後悔が腹の奥から這い出て来た。その度俺は、それを何とかして押し込もうと、吐いた。腹の中が空っぽになると、それで少しスッキリした。
 それが一時凌ぎでしかない事は、誰でもない俺が分かっていた。
 だけど、今は吐き気がしない。どうしようも無く、今の環境が心地良い。皆優しくて、気持ちが良い人達だ。楽しいと、心の底から思える人達だ。
 だからこそ、今の環境が変わらなければ、それで満足だった。こんな物、要らなかった。
 だけど、気付いてしまった。気付いて、捨てれなかった。
 ならばせめて、『今』が崩れないように、これだけは隠さなければならない。

 全ては、俺の人生の為に。

 真冬。日本海側などの地域では、とうに雪が降っている時期。だが、太平洋側のこの地域では、雪は殆ど降らない。その代わり、空気が乾燥する。
 俺は太平洋側の乾燥を舐めていたため、冬になってから何度か、唇が割れてしまった。なので、残り少ない貯金の一部を使って、加湿器を買ったのだ。お陰で俺の預金通帳から、そこそこ高い金が消えた。
 しかし、その分効果はあった。少なくとも、アパートの中の空気は、外程乾燥しなくなった。ついでに水道代も高くなった。
 陽太も加湿器を買ったらしく、金が消えていくと嘆いていた。
 そして俺は今、陽太のアパートに居る。ていうか、かつて陽太の家で共に遊んだメンバーと一緒に居る。
 この面子が集まった時、やる事と言ったら一つ。バカ騒ぎである。
「第一回!男衆の恋バナ大会ー!」
「ヒューヒューヒュー!」
「良いぞー!むさくるしいぞー!」
「いやなんだこの集まり」
 そう、なんと俺達は今、恋バナをしようとしているのだ。恋バナとは、修学旅行の夜とか、女子が集まった時とかにやるような物であり、好きな人の話とか、好きだった人の話なんかをする場だ。
 それを今、修学旅行の夜でもなく、女子が集まった訳でもない今、俺達はやろうとしている。何ともキツイ状況だる。
「じゃあ先ず、俺から。俺の彼女、綾香の話なんだがなあ……」
「はいはい次行け次」
「もう聞き飽きてるんだよなあ」
 陽太の恋バナ、もとい彼女自慢は、陽太と付き合いがある人間であれば、いつも聞かされている事なので、皆聞き飽きているのだ。正直、俺も聞き飽きている。
 という事で、次は倫太郎さんの番だ。倫太郎さんは恋バナとかしたがらないので、倫太郎さんの恋愛事情を知る人間はほぼ居ない。その分皆楽しみにしている。無論、俺もだ。
「さあさあ倫太郎クン。君には今、好きな人は居ないのかい?」
「居るんだろう倫太郎君」
「白状しなよ倫太郎」
「じゃあ、今の俺の好きな人はな……あー恥ずかしいい!」
「言うんだよお!」
「終えの好きな人はなあ……同じバイト先の……佐々木先輩!あー言っちゃった!」
 おおマジか!
 俺達は以前、倫太郎のバイト先のレストランに行った事がある。これも身内ノリみたいな物で、集まった時、『じゃあ行くか』と何となく決まって、行く事になったのだ。
 その時、俺達はその佐々木先輩を見かけた。髪を金髪に染めている、硬派なイメージのある倫太郎さんからは、結構かけ離れた人な印象がある。それなのに、何故好きなのだろう。
「あのね?あの人ね?ああ見えてね?すっごい手先器用なの!裁縫道具とか持ち歩いてて、何か凄く、何だろう。ギャップ萌えみたいな感じでさ!好きになっちゃったんだよ~!」
「あ~すげえそれっぽい理由だ~!」
「結構キツイなあこれやんの!」
「今更だぞ伸二さん」
 そう、どキツイ。凄くキツイ。成人を過ぎた男共が、こんな話を延々とやるのだ。キツイにも程がある。
 そして、次は伸二さん。結構遊んでそうなイメージがある人だが、実際に遊んでいる所はあまり見ない。ていうか、自分からそういう事を言わないタイプの人な上、ここに居る全員は、彼の異性関係を全く知らない。
「で、次は伸二さんだな」
「そう言えば、伸二さんの交際相手って知らねえな」
「ていうか居るの?」
「失礼だなあ後輩の分際で」
 伸二さんは少し勿体ぶってから、話し始めた。何か雰囲気がある話し方だ。何と言うか、良く分からない色気がある。
「俺の好きな女はなあ……同じ大学の同じ学科の女だ。困ってる奴が居たら手助けしようとするっていう、所謂善人。そいつになあ、俺、助けてもらったんだよ。電車の金が足りなくて帰れねえって時、金を貸してくれたんだ。その時の笑顔の眩しい事。俺、あの笑顔に惚れちまったんだ」
 話し終わる時には、皆がしんと静まり返った。話し方が上手かったので、つい話に引き込まれてしまったのだ。
 この沈黙を破ったのは、何と翔太さんだった。
「って、ただ伸二さんがチョロいだけのは話じゃないですかあ!」
「バレたか~!恥ずいからそれっぽい話し方で誤魔化そうとしてたのに~!」
「伸二さんって、案外チョロかったんだな」
「生意気だぞお!一つ下の癖に!」
 一頻りギャーギャー騒いだ後、翔太さんに番が回って来た。今度は、翔太さんがいじられる番か。次は我が身。
「俺ねえ、実家の近くにある、家の人が好きなんよ。四つ上で、昔っからよく遊んだんよ。そこから、好きになっちまってなあ!年上の落ち着きがあって、優しいんだあ!」
「ひゃ~甘酢っぺえええ!」
「幼い恋心だー!」
「じゃ、最後は亮太だな」
「俺か!でもなー話す相手もなー!」
「亮太は居るだろお!?ともに一夜を過ごした、あの七海さん!」
 そう陽太が言った瞬間に、皆騒ぎ始めた。「そんなん居るんか!」とか、「もう最有力候補じゃねえか!」とか、好き勝手に言ってくれる。
「いや、七海とは友人で……」
「でもよお、異性が一つ屋根の下、一晩を過ごしたなんて……ねえ」
「期待が高まるぜえええええ!」
 俺にとって、七海は何なんだろう。友人から始まった。今は何と呼べば良いんだろう。一緒に外出して、ネカフェで共に一夜を過ごして、海に遊びに行って、家に泊まって。もう友人の枠は超えているのかも知れない。
 だけど、俺は七海の事を何一つとして知らない。生まれ故郷の話も家族の話も、好きな物も嫌いな物も知らない。俺は七海を、何と呼べば良いのだろう。友人?好きな人?どれも合っているような、どれも違うような気がする。
「取り敢えず、七海さんとやらとの出会いを話せよ」
「俺達にだけ話させて、自分は話さないつもりかあ!?」
 皆に急かされるまま、俺は七海について話し始めた。
「七海とは……こっちに引っ越して来た時に、ちょっとした事から助けたのがキッカケで、話しかけられるようになったんだ。それから、『お礼』とか言って、どっかに出掛ける事が増えたんだ」
 この時点で、皆は既に楽しそうだった。本当はここで止めてしまいたい。何故だか、これ以上は話したくなかった。
 それでも、俺は話した。
「それから、段々とドキドキしちゃうようになって……何か、おかしくなって……正直、何と言って良いのか分からないんだ」
「かーっ!若いなー!」
「ドラマチックー!」
「あーもう恥ずかしいなあ!終わり終わり!トランプやろーぜ!」
「じゃあババ抜きやろう!」
 恥ずかしくなった俺は、トランプを提案して、この話を終わらせた。だが、俺の胸の内側には、黒くて重い物が沈んでいた。

 帰り際、俺は陽太に呼び止められた。何の話かを聞くと、七海についての話だった。
「何だい陽太?外は乾燥するから、早く帰りたいんだが」
「お前、まだ七海さんについて悩んでんの?」
 図星だ。俺は七海について、何も分かっていない。アニメが好きとか、小食だとか程度の事しか知らない。何も知らない。悩みを取り除く手札を、俺は何一つ持っていない。
 俺は答えに詰まってしまったが、陽太が求める『答え』には、十分だった。
「ダメとは言わねーし、お前の人生だから強制はしねーが、このまま行けば、お前らの関係は、いつか破綻しちまうぞ。お前は自分を理解しろ。自己表現が苦手なお前には酷かも知れねー。だけどよ、俺はお前の親友だ。いつでも頼れ。好きなだけ頼れ。それでお前が幸せなら、俺はそれで良い」
 その話を聞いている間、俺は唇の乾燥にも、外の気温にも気付かず、ただ立ち尽くしていた。
 俺は人に恵まれた。それは、この世で最も貴重な物であり、かつての俺が、最も欲した物だった。俺は、幸せだと感じた。
「ありがとう。親友」
「当たり前だ。親友」
 俺は陽太に背を向け、自分のアパートに向かって歩き始めた。

 翌日、俺は大学で、また七海と会った。今回はどんな用件だろう。
「亮太さん。今、お金に余裕あります?」
「二日遊びに行く位なら、ある程度は余裕で行けるぞ」
 俺がそう答えると、七海は満足そうに笑って、「じゃあ、この冬、遊びに行きましょう!」と言った。
「何処に行く予定なんだ?」
「そうですねえ。長野でも行きます?ホテルもこの時期じゃ取れないので、朝早くに出て日帰りですかね。スキーしましょう」
「ほほう。俺初心者だけど、良いかな?」
「私経験者なんで、教えますよ」
 良かった良かった。これで、七海の誘いを断る事も無い。陽太からの激励もあるし、ここでチャンスを逃したくはない。俺自信の感情に整理をつけ、理解しなければならない。
「じゃ、次の土曜の朝四時に、いつもの喫茶店ですよ。動き易い恰好で」
「分かった。道具はレンタルかな?」
「あっちの方に知り合いが居るんで、貸してもらう事になってます」
「了解。じゃあまた明日」

 その夜、俺は少し考え事をしていた。七海についてだ。
 俺は結局、七海と何をしたいのだろう。楽しいだけの毎日で満足だったのに、今はそれで良いのかと考えてしまう。何をしたいのかも分からないまま、何かをしたいとだけ感じている。
 陽太が言っていた事も間違っていないのだろう。俺が知らないのは、七海ではなく自分なのかも知れない。俺は、自分を知りたい。知らなければならない。この心地良い皆を、失わない為に。
 俺は明日の準備をしてから、短い眠りについた。

 翌日、俺は三時半に起きた。着替えと身支度を済ませ、荷物を持って外に出た。
 雪が積もりにくい東京では、冬でも自転車が使えた。俺は愛車のチャリンコに乗って、喫茶店へ向かう。
 喫茶店に着く頃には、四時を回ってしまっていたが、向かいの道から歩いて来る七海を見て、少し安心した。
「おはよう七海」
「おはようございます亮太さん」
「朝はどこで食べるんだい?」
「勿論、ここです。事前に連絡はしてあるので、起きてはいる筈です」
 七海はそう言うと、喫茶店の扉を開けた。中は明かりがついていたので、明るかった。
 七海が扉を開けて直ぐに、店の奥からマスターが出て来た。どうやら起きてからさほど時間が経っていないらしく、所々髪が跳ねている。
 まあ、これがマスターの役割だ。断られていないようだし、さっさと済ませてしまおう。
「おはよ~二人共~」
「眠たげですねマスター」
「当たり前だろ~今四時だよ~?」
「あ、じゃあサンドウィッチプレートを二つ」
「は~い」
 あんなでろんでろんなマスター初めて見た。どうやらマスターは朝に弱いらしい。面白いし、覚えておこう。
 出て来たサンドウィッチはいつも通りの出来だった。あんな眠そうなのによくできるな。仕事人だし、体に染みついているのだろう。
「で、長野と言っても、長野のどこに行くんだ」
「長野のスキー場と言えば、白馬ですよ。私も行った事無いんですけど、有名らしいですよ」
 その口振りからすると、今回もネット調べらしい。ハズレは無いだろうが、長時間並ぶのは確定だろうな。
 俺達はサンドウィッチを食べ終わると、マスターに代金を渡した。マスターは、どうやら俺達の事が心配らしく、まるで遠足に行く我が子を見送る母のように、俺達に声をかけている。
「コースは外れないようにね。物、特に財布は落とさないようにね」
「分かってますって。今日はなんか過保護ですね」
「当たり前だろお?雪山なんて、心配しちゃうよ」
 まあ、その心配も理解はできる。もし吹雪いて遭難したらとか、考えたくもない。細心の注意を払って行動しよう。
「じゃあマスター。夜また来ますんで」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 俺達はそんなやり取りとしてから、最寄り駅に向かって歩き出した。
 真冬のこの時間はまだ暗く、俺達は寒く暗い道を、身を寄せ合って歩いた。体温も何も感じないのに、俺は無性にドキドキしている。少し胸が苦しい。
 しかし駅は明るいので、駅が近くなってきた俺達は、それぞれ離れて、駅のホームに来ていた電車に乗った。
 そこから東京へ、さらに長岡、更に白馬へ行くまでに、おおよそ三、四時間掛かるらしい。新幹線に乗ったら、少し寝ておこう。
 だがここからはいつも通り、はしゃぐ七海にずっと話しかけられ、俺は寝ようとしている体制のまま、ずっと起きている事になった。
「亮太さん、スキー初挑戦ってホントですか?新潟の出なんでしょう?」
「学校行事には行ってたから、初ではねえな。まあ、親が連れてってくれなかったから、初心者には変わり無い」
「長野初上陸ですよね?私もなんです」
「そうだな。少なくとも来た覚えは無い」
 体は睡眠を欲している筈なのに、俺はあまり嫌だと感じなかった。
 
「やってきました!長野ー!」
「イッテQに怒られてしまえ」
 電車の中では眠そうにしていた七海も、初めて来る地域と降り積もった雪に興奮しているらしく、結構はしゃいでいる。俺も小さい頃、雪が降ると少しワクワクしたっけな。
「で、何時来るんだ?その知り合いさんは」
「もうすぐ来るとの事です。気長に待ちましょう」
 その人とは高校からの付き合いらしい。一体どんな人なのだろう。
 七海が連絡した後少しすると、一台の車が来た。七海が手を振っているので、あれが七海の知り合いだろう。車は俺達の前に停車すると、窓だけ開いて中から男性が顔を覗かせた。
「浩太!」
「久しぶりね~七海!そっちが、例の彼?」
 前言撤回。どうやらこの人物の事は、彼女と呼ぶべきだったようだ。
「そうです!亮太さんって言います!」
「初めまして。海田亮太と言います」
「あらご丁寧にどうも。アタシは佐々木浩太ささきこうた。気軽にこうちゃんって呼んで。外寒いでしょ。早く乗って」
 彼女は車の後ろのドアを開けて、俺達に乗るよう促した。俺達はそれに従い、そこそこ広い車の中に乗り込んだ。中には様々な道具が準備されていて、俺はそれらに触れないよう、慎重に席に座った。七海はアシストシートに座った。
 彼女は車を出すと、首を後ろに向けず、声だけで俺に話しかけた。
「にしても、七海が『大学で友達ができた』なんて言うからどんな子かと思えば、結構優しそうじゃない。どう?この子、しっかりやれてる?」
「はい。人間関係はしっかりできているようです。成績もそこそこ良いので、大丈夫そうです」
「タメ口で良いわよ。その方が気が楽だし」
「分かった。改めて、よろしく頼む」
「あらワイルドな話し方」
 俺達はその後、少し会話が弾んだ。俺が知らない七海の話、浩太さんが知らない俺、七海の話で盛り上がった。楽しい。
 暫く話していると、いつのまにか七海が寝ていた事に気付いた。新幹線の中ではあんなにはしゃいでいたのに、やはり眠い事には眠かったらしい。そんな眠いなら新幹線で寝ておけば良かったのに。
「あらあら。寝ちゃったわね」
「そうだな。まあ、七海も眠かったんだろう。ここからは少し、声を落とそう」
「そうね。起こしちゃったら悪いし」
 それから、俺はスキーについて聞いた。どうやら浩太さんは相当やり込んでいるらしく、結構詳しかった。板でスピードが変わると聞いた時にはビックリした。
 それからおおよそ二時間。白馬に着いた俺達は、七海を起こし、長時間車の中に居て、固まった体を伸ばした。これだけで何だか気持ち良い。
 体を伸ばし終えた浩太さんは、車の中から二組の板が入った袋を取り出した。どうやら、あれがスキー板らしい。
「二つも用意してなんて、結構凄いお願いよ?まあ、アタシがいくつか持ってて良かったわね。はい、こっちが普通の。こっちがスピードビュンビュン出る方」
「ありがとう浩太」
「うわ重っ!」
 俺達はそれぞれ彼女から板を受け取り、頭を下げた。金属の塊なので、結構、いやかなり重い。こんな物を片手で、しかも一つずつ持ったのかこの人は。凄い力だ。
「それで?ウェアはどっちの?」
「私は持参してるので、亮太さんの方です」
 やけにデカい荷物を持ってると思ったら、そういう事か。俺の分まで貸してくれるとか、聖人かこの人は。浩太さんは車の中からもう一つの袋を取り出し、俺に渡した。
 浩太さんもスキーをやるらしく、今日は俺に色々教えてくれるようだ。
「久々にここまで来たし、滑りまくるわよー!」
「「おー!」」
 俺達はウェアを着てから集合する事になった。俺と浩太さん、七海の二組に分かれて着替えるようだ。
 小学校以来に着るスキーウェアは、結構熱かった。外に出ると丁度良くなるのだろうが、室内ではこうも熱いのか。
 着替え終わった俺達は玄関口に集合し、リフトに乗る為に一日券を買った。この辺りで、もう体感温度は丁度良くなっていた。
「さあ、先ずはどこに行く?早速高い方まで行っちゃう?」
「一回ゴンドラに乗って、」
「オッケー。じゃ、行きましょうか」
 俺達はゴンドラ乗り場に向かった。底が厚く、全体的に硬いスキー靴は歩きにくかった。
 ゴンドラに乗っていると、かなり良い景色が見えた。地上があんなに遠い。ちょっと怖い。
「はあ~こんな高いんかゴンドラって」
「高所恐怖症の人は阿鼻叫喚ね」
「でも景色良いですね~白銀の世界ですよ」
 暫く乗っていると、降りる場所が見えてきた。俺達はゴンドラを降り、スキー板を持って外に出た。空は晴れていて、直射日光が眩しいが、とても寒い。なんだかちぐはぐな感じだ。
 俺達はスキー板をつけようとしたが、何故だか、俺だけ上手くつけられない。どうしたら良いのだろう。
「あ~スキー靴に雪が付いちゃってるわね。取ってからならいけるわ」
「マジすか」
 マジだった。流石浩太さん。ありがてえ。
 それから、俺達は暫く滑った。俺は結構な頻度で転んだが、浩太さんと七海のコーチングもあってか、十一時を回る頃には、ある程度は滑れるようになった。
「あ!また転んでる!」
「二人共はええよ」
「ふふんそうでしょうそうでしょう」
 十二時になる頃には腹も減って、俺達は近くの建物で昼飯を食う事になった。
「にしても亮太ちゃん、午前だけでこんな滑れるようになるなんて驚きよ。前はしっかりやってたとかじゃないの?」
「本当ですよ!亮太さん上達早過ぎですもん。ちょっと疑っちゃいますよ」
「経験が無い訳じゃないが、しっかりやるのはこれが初めて。ま、褒めてもらえると嬉しいな」
 二人は「ふ~ん」と流すと、次どこに行くかを話し始めた。俺はどこが良いとか分からないので、少し疎外感を感じながら飯を食う。こういう話ができる浩太さんが少し羨ましい。
 二人の話し合いの結果、俺もある程度滑れるようにはなったし、もう少し急な所まで登る事になった。おいおい展開が早過ぎやしないか?
 昼飯も食べ終わると、俺達は再び外に出た。俺は最初の反省を活かして、靴の裏の雪をしっかり落としてから、スキー板を付けた。今回は、一人でしっかり付けれた。やったぜ。
 それから、俺達はリフトに乗り、もっと上を目指した。午前中にも乗ったが、リフトはかなり揺れるので、少し怖い。こういう時は、誰かと話をするのが一番だ。
「七海って、何歳の時にスキーやってたんだ?」
「小二の頃から、偶にお父さんに連れて行ってもらってたんです。厳しくて、優しい人でした」
 七海の礼儀正しさとかの理由が分かった気がする。厳しい父親だったなら、言葉遣いとかも言われたのだろう。マナーに厳しくない親で良かったよ。
 それからも、それぞれの地元だとか、友人関係について話した。俺が知らない事とかも多くて、面白かった。
 午後は、そこそこ急な斜面を滑った。ゆっくり滑る事を意識したが、少し体制を崩したり、若干スピードが出たりして、ちょくちょく転んだ。
「亮太ちゃん大丈夫?」
「ああ。手袋が濡れてるのか、少し冷たいけどな」
 それから、俺達は五時頃まで滑った。ぶっ通しで滑り続けていたので、かなり疲れた。
 俺達は着替えてから、道具を片付け、浩太さんの車に詰め込んだ。俺達は浩太さんの車に乗り込むと、今日の振り返りを話し始めた。
「今日は雪が良かったわね~」
「そんなのあるんか?」
「あるわよ。今日は新雪って程じゃなかったけど、乾燥してて、足が取られにくい雪だったわ。滑り易い、良い雪ね」
 それであんな転んでた俺って一体……いや、上達が早いって言われてたし、初心者はあんなモンだ。そう考えるようにしよう。
 暫くニュースを聞いていると、長野駅の辺りで、結構な大雪が降っているというニュースが流れた。どうやら、電車の走行にも影響があるらしい。
「大変よ二人共。長野駅の方、結構吹雪いてるみたい。新幹線大丈夫?」
「ちょっと調べますね」
 そう言ってスマホを開いた七海は、「あっ」と小さく声を漏らした。
「どう?大丈夫そ?」
「七海、どうした?」
 七海は、少し手を震わせながら、スマホの画面をこっちに向けて来た。何となく察しはついていたが、そこには、『運休』の二文字があった。
「あちゃー!」
「どうする七海?泊まりの分の金も無いぞ」
「ですよねえ。どうした物でしょう……」
 悩む俺達に、浩太さんは平然と言い放った。
「なら、ウチ泊まってく?」
 俺には彼女が、輝いて見えた。

 てな感じで、俺達の今夜の宿が決まった・
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