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亜人王の攻撃は激しさを増す一方だ。どうやら魔術の干渉を防ぐ魔術も使っているようで、忍さんのデバフも効いていない。大聖は忍さんの障壁の内側から、可能な限りの魔術を叩き込んでいるが、それも障壁に弾かれる。僕と諒子は『魔法』の感覚を掴む為に、ひたすらに攻撃を続けている。
「さっきの勢いはどうした勇者達よ!」
「クッソ……」
「どうするの?疑似魔法の感覚が掴めても、アレじゃ効かないわよ?」
いや。疑似魔法が唯一の勝ち筋だ。アステリアさんにも敵わない理由が、若干分かった。『魔法』は直接ぶつけると、魔術の効果を半減するのだろう。忍さんや大聖の魔術の効きが、普段に比べて悪かったのも、その証拠を言える。もしそうなら、魔術を直にぶつける亜人王は、アステリアさんとあまりにも相性が悪い。
それに、アステリアさんは『内に強く作用する魔法』と言っていた。もし『外に強く作用する魔法』が使えたら、亜人王にも勝てる筈だ。
だが、その感覚が掴めそうで掴めない。魔力が滲み出るだけで、纏えない。アステリアさんがやったような魔力の使い方が上手くできない。これに関しては、諒子の方が上手くできているらしい。僕よりも多くの魔力を纏っている。
それでも、まだ亜人王には届かない。今の状況では、不意打ちの仕掛けようも無い。亜人王は先程よりも多くの槍を、僕ら四人に均等にぶつけている。防御をしながら近付いて、魔力を纏わない、ただの斬撃をぶつけるのが精一杯だ。これなら僕らが予想外の動きをしても、変わらない攻撃を続けるだけで良い。そもそも、今の亜人王に『予想外』なんてあるのだろうか。
魔術は『思考』である。大規模な魔術を行使するには、それだけ高度な頭脳が必要だ。今の亜人王は、自身に大量のバフを掛けている状態だ。魔力効率、魔術の威力の底上げだけでなく、恐らく思考の加速もしている。僕らの行動を全て予測した上で、魔術を行使しているのかも知れない。
亜人王の魔力は、恐らく無尽蔵だ。この状態になって気付いたが、亜人王の魔力のパスは、地下へ地下へと伸びている。恐らく地下に、無限とも言える魔力の貯蓄があるのだろう。詰まる所、亜人王の魔力切れは望めない。
「二人共!一旦下がって!」
「作戦を練る!一旦下がれ!」
「やらせるとでも?」
そう言った亜人王は魔力を操り、僕ら前衛と大聖ら後衛を断絶する壁を作った。どうやら、壁には魔力が込められているらしく、忍さんのバフも、大聖の魔術も途絶えた。
「終わりだな」
「「これで観念しろとでも!?」」
確かにバフは消えたが、目は慣れた。ギリギリにはなるが、亜人王の魔術を避ける事は可能だ。それに、亜人王も壁の向こうに魔術は使えない。詰まり、大聖と忍さんが、じっくり策を練る事もできる。こういう時、あの二人は冷静だ。とは言え、亜人王が何も策を用意してないとも思えない。僕で可能な事は片っ端からやった方が良さそうだ。
僕らは魔術の槍を避けながら、亜人王に隙ができるのを待つ。この猛攻を防ぎながら、亜人王の懐へ潜り込むのは不可能だ。疑似魔法を完全に習得したら話は別だが、今は無理。なら、少しでも亜人王の思考をこちらに割かせるのが得策だ。
「避けるだけか?詰まらないな」
「なら当ててみろよ鈍間!」
「援護も無い私達に当てられない癖によく言うわ!」
僕らは自分の魔力を操りながら、なんとか亜人王に勝とうと考える。現時点でできる事は無い。今は大聖と忍さんの策を待ちながら、疑似魔法の感覚を掴もう。
魔力を体の内側で練る。それを外に押し出すような、体に纏わせるような感覚。それをより細かく、より鮮明に、体に馴染ませる。
イメージする。アステリアさんのように速く、強く。魔力をより具体的に捉える。自分という存在を、より上手く支配する。自分とその周りの物を、より繊細に見る。
「何かやろうとしているようだな?それが上手く行くと良いけどな」
「「ほざいてろ見栄っ張り!」」
だが、このままでは僕らの魔力が先に尽きる。それまでに感覚を掴まないと。僕に可能な限りの最大限のイメージ力を使う。今自分が考え得る最強の自分を、より色濃くイメージする。
僕は今、自分が可能な最大限の動きをイメージし、なぞる。体は自然と動き、槍をすれすれの場所で、余裕を持って躱す。余裕があると、進むべき道も見えて来る。僕は亜人王に少しずつ近付き始める。
どうやら、諒子は僕よりも早く、疑似魔法を習得して来ているらしい。諒子の近くにある槍が、少し歪んでいる。諒子の疑似魔法の特性だろうか。兎に角、諒子はそれを理解しているらしく、僕よりも早いスピードで、亜人王へ走って行く。
「無駄だと言ったろう?」
亜人王はさらに槍を増やし、諒子の方へ向ける。諒子はそれを避けたが、これでは近付けない。亜人王はコレを見て、自身の勝利を確信したのか、ニヤリと笑った。
その瞬間だった。僕らの後ろの、魔力が込められた壁が、巨大な魔術の槍で貫通されたのは。
亜人王は心底驚いた顔をしながら、その槍を受け止める為に障壁を張る。だが、槍はそれらを貫きながら、亜人王へ一直線に向かって行く。亜人王は止められない事を悟ってか、全ての魔術を一旦解除して、横へ避けた。
だが、一瞬でも攻撃が止めば、後はこっちの物だ。僕と諒子は一気に踏み込み、一切の防御を捨てた亜人王へ向かう。
「諒子!パターンAー三!」
「了解!」
僕らは疑似魔法で武装し、亜人王に向かって行く。今までで一番多く魔力を纏えた僕らは、その場にあった何より早く動いた。
パターンAは、主に人型の敵に対しての行動だ。一は魔術を使わない人間、二は魔術を使わない、武装した人間、三は魔術を使う人間、四は複数の人間に対応している。大まかなパターンは同じだが、若干の差異が生じる。三は、相手の思考を増やす為に、様々なフェイントを挟む。
大規模な魔術を閉じた亜人王に、今の僕らを止め得る技は無い。僕らの攻撃は命中し続け、亜人王を追い詰める。
「勇者あ!」
「『負けた』と言ってください!諦めるには時期尚早だ!」
「殺しは望まないわ!貴方を殺さないと、『彼女』にも約束した!」
それでも、亜人王は敗北を認めなかった。僕らの攻撃は加速し続ける。そして遂に、トドメの準備も整った。
「二人共!避けて!」
亜人王は今更、僕らの後ろに気が付く。後ろでは、先程壁を貫いた二人が、杖を構えている。既に、魔法陣の構築は完了していた。僕と諒子は、今できる限りの魔力を纏い、魔術に対する防御を行う。
「勇者ああああああああああ!」
「神槍!」
槍が放たれる。僕らは亜人王の動きをギリギリまで制限してから、その槍を避けた。咄嗟の回避も叶わない亜人王は、その槍をもろに食らった。そしてその槍は亜人王の体を貫通し、城の壁に、巨大な風穴を開けた。
神槍は、大聖がこの世界で作った、独自の魔術だ。槍本体に岩を、加速に風を、先端に炎を使っい、威力を可能な限り上昇させた上で、『貫通』の効果も持たせている。溜めも後隙もデカいから、今まで使う機会に恵まれなかったが、今回は向こうから、その機会を与えてくれた。
だが、流石は亜人王と言った所か。あの一撃を食らって尚、生きている。
「忍さん!」
「分かってる!ここで死なれちゃったら不味いしね!」
忍さんは亜人王に回復魔術を掛けて、亜人王の傷を治した。忍さんの回復魔術は、欠損以外は治せる。この怪我の亜人王に効くかは定かではないが、少なくとも、延命にはなる筈だ。
「大丈夫ですか!?」
「勇者……」
亜人王をゆっくりと目を開けてそう言った。そしてその直後、自分の魔術で、自分の首を貫いた。
「亜人王!?」
諒子が驚いて声を上げる。亜人王の目から光が無くなり、体は支える力を無くし、少し痙攣しながらも、四肢が垂れた。即死だ。忍さんの魔術も、死んでしまっては効かせようが無い。僕らは項垂れる。
今までの旅は、一体何だったのだろう。何の為に頑張って来たのだろう。そう考える程、僕は虚しさを感じた。
一体どれ位の時間が経ったのだろう。腹が減った。僕は顔を上げ、皆を見る。心底疲れた顔で、項垂れたままになっている。
「皆」
「聡一……私達、どうすれば良いの?」
その問いに、僕は答えられなかった。何をすべきか。何をすれば良いのか。それすら見えない。目標はある。元の世界に帰る。だが、そこまでの道筋が見えない。
僕はその問いを誤魔化すように、こう言った。
「墓を作ろう。彼が生きていた事を忘れないように」
諒子は何も言わなかった。だが、小さく頷いた。大聖と忍さんも、賛同してくれたようだ。僕らは亜人王の遺体を運ぶ為、亜人王の遺体の周りに集まる。
その時だった。亜人王の胸元にある、何かが光ったのは。その光は宙に留まり、形を成していく。それはやがて、亜人王の姿になった。
呆然とする僕らに、亜人王を模した光が話し出す。
「いきなり驚かせてすまない。こうでもしないと、僕達が話し合う場は無かったんだ。神々が望むのは、僕達の『殺し合い』で、僕達が話し合うのは、彼等にとって都合が悪かった」
一言も発する事ができずにいる僕らを見て、光は話を続けた。
「ああ。コレは生前の僕の残留思念だ。僕が完全に『死人』になった後、神々の監視を逃れ、君達と会話する為の。僕は神代の魔法を、魔術で再現しているんだ。神々の知識も、そこから逆流して来た物さ」
亜人王の用意は、僕らが考えていたはるか遠くまで行っていたらしい。
「僕達は殺し合う必要があった。そうしないと、僕が愛したこの世界が壊れるから」
「なんで……そんな事を?」
忍さんがそう聞くと、亜人王は悲しそうに、でも優しく笑った。
「神々が定めたルールは言ったね?『勇者』と『魔王』の戦い。これは勇者が、この世の負債を背負った魔王を倒す事で、世界の負債を洗い流す事が目的だ。僕が死なないと、この世界の負債が溜まり、やがて内側から崩れる」
そう言われても、納得できない物はできない。自分達が人を殺した。その事実は、僕らの背に比べれば、どうしようも無く大きい。僕は「でも……どうにか……」と、何かを言おうとするが、それでも何も言葉にできない。
「まだ若い君達に、僕を殺すという十字架を背負わせるのは、僕からしても辛い。でもどうか、気に病まないでほしい。君達は世界を救った。それで良いんだ」
僕らの目的は最初から、『家に帰る』でしかなかった。『世界を救う』なんて大仰な事、僕らにはきっと似合わない。人を殺して回る世界は歪だ。それが仕方の無い事でも、それは間違いようも誤魔化しようも無く、悲しい事だ。
「僕らは……元の世界に帰れるのか?」
「済まない。この時代に、そんな魔術は残っていない。君達をこの世界に呼んだのも、神々の強制力あっての事だ。僕にどうこうできる物じゃない」
それを聞いた僕らは、一段と肩を落とした。旅の目的も不可能と分かった今、僕らを立ち上がらせる物は無い。当たり前の事だが、体験して初めて分かる事だ。
それでも、亜人王はまだ諦めていなかった。
「方法が一つある」
それを聞いた僕らは、一斉に顔を上げた。
「この世界に来た異世界の人間は、過去にも多く居た。その中に一握り、元の世界に帰ったとされる者も居る」
「どうすれば良い!?」
大聖の問いに亜人王はゆっくり、はっきりと答えた。
「その者達は皆、神と戦った後、消えている。そして戦った神はその後、死亡しているらしい」
「神を殺す。それが帰る方法なのね?」
そう言った諒子の目には、光が戻っていた。希望を失っていない、或いは、希望を見出した時の目だ。諒子の言葉に、亜人王は「恐らく」と答えた。
「神を殺す方法は?」
「分からない。ただ、僕の推測が正しければ、魔法が鍵だ。アレは神の権能を、部分的に発現している状態な訳だ。もし神々に有効な攻撃があるとするなら、コレだろう」
その時、亜人王の体を形成する光が、少しずつ消え始めた。僕らは驚いて、立ち上がる。
「亜人王!?」
「ああ……どうやらここまでのようだね……そうだ……アステリアをよろしく頼む……あの子は……すがれる物が必要だ……」
そう
「ああそうだ……最後に……一つ……」
亜人王は両手を僕らの方に伸ばし、僕らに最初で最後の『お願い』をする。
「手を握って……ルーと呼んでくれ……母がよく……そう呼んでくれたんだ……」
僕らは迷い無く、亜人王の手を取った。消え行く彼に、僕らは一人一人、言葉を掛ける。
「ごめんなルー。お前を殺した分、しっかりやるよ」
「ルーさん。ありがとう。もう少し、生きる希望を持てたよ」
「じゃあねルー。きっと、いつか、アステリアと会わせてみせるわ」
「ルー。君が残した希望で、僕らはまだ生きて行ける。やれるだけ足掻くよ」
それを聞いたルーデリヒは、満足そうな顔をしながら、空へ昇って行った。その場には、ルーデリヒの遺体と、僅かな光と、ボロボロの玉座の間だけが残った。
「さっきの勢いはどうした勇者達よ!」
「クッソ……」
「どうするの?疑似魔法の感覚が掴めても、アレじゃ効かないわよ?」
いや。疑似魔法が唯一の勝ち筋だ。アステリアさんにも敵わない理由が、若干分かった。『魔法』は直接ぶつけると、魔術の効果を半減するのだろう。忍さんや大聖の魔術の効きが、普段に比べて悪かったのも、その証拠を言える。もしそうなら、魔術を直にぶつける亜人王は、アステリアさんとあまりにも相性が悪い。
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だが、その感覚が掴めそうで掴めない。魔力が滲み出るだけで、纏えない。アステリアさんがやったような魔力の使い方が上手くできない。これに関しては、諒子の方が上手くできているらしい。僕よりも多くの魔力を纏っている。
それでも、まだ亜人王には届かない。今の状況では、不意打ちの仕掛けようも無い。亜人王は先程よりも多くの槍を、僕ら四人に均等にぶつけている。防御をしながら近付いて、魔力を纏わない、ただの斬撃をぶつけるのが精一杯だ。これなら僕らが予想外の動きをしても、変わらない攻撃を続けるだけで良い。そもそも、今の亜人王に『予想外』なんてあるのだろうか。
魔術は『思考』である。大規模な魔術を行使するには、それだけ高度な頭脳が必要だ。今の亜人王は、自身に大量のバフを掛けている状態だ。魔力効率、魔術の威力の底上げだけでなく、恐らく思考の加速もしている。僕らの行動を全て予測した上で、魔術を行使しているのかも知れない。
亜人王の魔力は、恐らく無尽蔵だ。この状態になって気付いたが、亜人王の魔力のパスは、地下へ地下へと伸びている。恐らく地下に、無限とも言える魔力の貯蓄があるのだろう。詰まる所、亜人王の魔力切れは望めない。
「二人共!一旦下がって!」
「作戦を練る!一旦下がれ!」
「やらせるとでも?」
そう言った亜人王は魔力を操り、僕ら前衛と大聖ら後衛を断絶する壁を作った。どうやら、壁には魔力が込められているらしく、忍さんのバフも、大聖の魔術も途絶えた。
「終わりだな」
「「これで観念しろとでも!?」」
確かにバフは消えたが、目は慣れた。ギリギリにはなるが、亜人王の魔術を避ける事は可能だ。それに、亜人王も壁の向こうに魔術は使えない。詰まり、大聖と忍さんが、じっくり策を練る事もできる。こういう時、あの二人は冷静だ。とは言え、亜人王が何も策を用意してないとも思えない。僕で可能な事は片っ端からやった方が良さそうだ。
僕らは魔術の槍を避けながら、亜人王に隙ができるのを待つ。この猛攻を防ぎながら、亜人王の懐へ潜り込むのは不可能だ。疑似魔法を完全に習得したら話は別だが、今は無理。なら、少しでも亜人王の思考をこちらに割かせるのが得策だ。
「避けるだけか?詰まらないな」
「なら当ててみろよ鈍間!」
「援護も無い私達に当てられない癖によく言うわ!」
僕らは自分の魔力を操りながら、なんとか亜人王に勝とうと考える。現時点でできる事は無い。今は大聖と忍さんの策を待ちながら、疑似魔法の感覚を掴もう。
魔力を体の内側で練る。それを外に押し出すような、体に纏わせるような感覚。それをより細かく、より鮮明に、体に馴染ませる。
イメージする。アステリアさんのように速く、強く。魔力をより具体的に捉える。自分という存在を、より上手く支配する。自分とその周りの物を、より繊細に見る。
「何かやろうとしているようだな?それが上手く行くと良いけどな」
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だが、このままでは僕らの魔力が先に尽きる。それまでに感覚を掴まないと。僕に可能な限りの最大限のイメージ力を使う。今自分が考え得る最強の自分を、より色濃くイメージする。
僕は今、自分が可能な最大限の動きをイメージし、なぞる。体は自然と動き、槍をすれすれの場所で、余裕を持って躱す。余裕があると、進むべき道も見えて来る。僕は亜人王に少しずつ近付き始める。
どうやら、諒子は僕よりも早く、疑似魔法を習得して来ているらしい。諒子の近くにある槍が、少し歪んでいる。諒子の疑似魔法の特性だろうか。兎に角、諒子はそれを理解しているらしく、僕よりも早いスピードで、亜人王へ走って行く。
「無駄だと言ったろう?」
亜人王はさらに槍を増やし、諒子の方へ向ける。諒子はそれを避けたが、これでは近付けない。亜人王はコレを見て、自身の勝利を確信したのか、ニヤリと笑った。
その瞬間だった。僕らの後ろの、魔力が込められた壁が、巨大な魔術の槍で貫通されたのは。
亜人王は心底驚いた顔をしながら、その槍を受け止める為に障壁を張る。だが、槍はそれらを貫きながら、亜人王へ一直線に向かって行く。亜人王は止められない事を悟ってか、全ての魔術を一旦解除して、横へ避けた。
だが、一瞬でも攻撃が止めば、後はこっちの物だ。僕と諒子は一気に踏み込み、一切の防御を捨てた亜人王へ向かう。
「諒子!パターンAー三!」
「了解!」
僕らは疑似魔法で武装し、亜人王に向かって行く。今までで一番多く魔力を纏えた僕らは、その場にあった何より早く動いた。
パターンAは、主に人型の敵に対しての行動だ。一は魔術を使わない人間、二は魔術を使わない、武装した人間、三は魔術を使う人間、四は複数の人間に対応している。大まかなパターンは同じだが、若干の差異が生じる。三は、相手の思考を増やす為に、様々なフェイントを挟む。
大規模な魔術を閉じた亜人王に、今の僕らを止め得る技は無い。僕らの攻撃は命中し続け、亜人王を追い詰める。
「勇者あ!」
「『負けた』と言ってください!諦めるには時期尚早だ!」
「殺しは望まないわ!貴方を殺さないと、『彼女』にも約束した!」
それでも、亜人王は敗北を認めなかった。僕らの攻撃は加速し続ける。そして遂に、トドメの準備も整った。
「二人共!避けて!」
亜人王は今更、僕らの後ろに気が付く。後ろでは、先程壁を貫いた二人が、杖を構えている。既に、魔法陣の構築は完了していた。僕と諒子は、今できる限りの魔力を纏い、魔術に対する防御を行う。
「勇者ああああああああああ!」
「神槍!」
槍が放たれる。僕らは亜人王の動きをギリギリまで制限してから、その槍を避けた。咄嗟の回避も叶わない亜人王は、その槍をもろに食らった。そしてその槍は亜人王の体を貫通し、城の壁に、巨大な風穴を開けた。
神槍は、大聖がこの世界で作った、独自の魔術だ。槍本体に岩を、加速に風を、先端に炎を使っい、威力を可能な限り上昇させた上で、『貫通』の効果も持たせている。溜めも後隙もデカいから、今まで使う機会に恵まれなかったが、今回は向こうから、その機会を与えてくれた。
だが、流石は亜人王と言った所か。あの一撃を食らって尚、生きている。
「忍さん!」
「分かってる!ここで死なれちゃったら不味いしね!」
忍さんは亜人王に回復魔術を掛けて、亜人王の傷を治した。忍さんの回復魔術は、欠損以外は治せる。この怪我の亜人王に効くかは定かではないが、少なくとも、延命にはなる筈だ。
「大丈夫ですか!?」
「勇者……」
亜人王をゆっくりと目を開けてそう言った。そしてその直後、自分の魔術で、自分の首を貫いた。
「亜人王!?」
諒子が驚いて声を上げる。亜人王の目から光が無くなり、体は支える力を無くし、少し痙攣しながらも、四肢が垂れた。即死だ。忍さんの魔術も、死んでしまっては効かせようが無い。僕らは項垂れる。
今までの旅は、一体何だったのだろう。何の為に頑張って来たのだろう。そう考える程、僕は虚しさを感じた。
一体どれ位の時間が経ったのだろう。腹が減った。僕は顔を上げ、皆を見る。心底疲れた顔で、項垂れたままになっている。
「皆」
「聡一……私達、どうすれば良いの?」
その問いに、僕は答えられなかった。何をすべきか。何をすれば良いのか。それすら見えない。目標はある。元の世界に帰る。だが、そこまでの道筋が見えない。
僕はその問いを誤魔化すように、こう言った。
「墓を作ろう。彼が生きていた事を忘れないように」
諒子は何も言わなかった。だが、小さく頷いた。大聖と忍さんも、賛同してくれたようだ。僕らは亜人王の遺体を運ぶ為、亜人王の遺体の周りに集まる。
その時だった。亜人王の胸元にある、何かが光ったのは。その光は宙に留まり、形を成していく。それはやがて、亜人王の姿になった。
呆然とする僕らに、亜人王を模した光が話し出す。
「いきなり驚かせてすまない。こうでもしないと、僕達が話し合う場は無かったんだ。神々が望むのは、僕達の『殺し合い』で、僕達が話し合うのは、彼等にとって都合が悪かった」
一言も発する事ができずにいる僕らを見て、光は話を続けた。
「ああ。コレは生前の僕の残留思念だ。僕が完全に『死人』になった後、神々の監視を逃れ、君達と会話する為の。僕は神代の魔法を、魔術で再現しているんだ。神々の知識も、そこから逆流して来た物さ」
亜人王の用意は、僕らが考えていたはるか遠くまで行っていたらしい。
「僕達は殺し合う必要があった。そうしないと、僕が愛したこの世界が壊れるから」
「なんで……そんな事を?」
忍さんがそう聞くと、亜人王は悲しそうに、でも優しく笑った。
「神々が定めたルールは言ったね?『勇者』と『魔王』の戦い。これは勇者が、この世の負債を背負った魔王を倒す事で、世界の負債を洗い流す事が目的だ。僕が死なないと、この世界の負債が溜まり、やがて内側から崩れる」
そう言われても、納得できない物はできない。自分達が人を殺した。その事実は、僕らの背に比べれば、どうしようも無く大きい。僕は「でも……どうにか……」と、何かを言おうとするが、それでも何も言葉にできない。
「まだ若い君達に、僕を殺すという十字架を背負わせるのは、僕からしても辛い。でもどうか、気に病まないでほしい。君達は世界を救った。それで良いんだ」
僕らの目的は最初から、『家に帰る』でしかなかった。『世界を救う』なんて大仰な事、僕らにはきっと似合わない。人を殺して回る世界は歪だ。それが仕方の無い事でも、それは間違いようも誤魔化しようも無く、悲しい事だ。
「僕らは……元の世界に帰れるのか?」
「済まない。この時代に、そんな魔術は残っていない。君達をこの世界に呼んだのも、神々の強制力あっての事だ。僕にどうこうできる物じゃない」
それを聞いた僕らは、一段と肩を落とした。旅の目的も不可能と分かった今、僕らを立ち上がらせる物は無い。当たり前の事だが、体験して初めて分かる事だ。
それでも、亜人王はまだ諦めていなかった。
「方法が一つある」
それを聞いた僕らは、一斉に顔を上げた。
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「どうすれば良い!?」
大聖の問いに亜人王はゆっくり、はっきりと答えた。
「その者達は皆、神と戦った後、消えている。そして戦った神はその後、死亡しているらしい」
「神を殺す。それが帰る方法なのね?」
そう言った諒子の目には、光が戻っていた。希望を失っていない、或いは、希望を見出した時の目だ。諒子の言葉に、亜人王は「恐らく」と答えた。
「神を殺す方法は?」
「分からない。ただ、僕の推測が正しければ、魔法が鍵だ。アレは神の権能を、部分的に発現している状態な訳だ。もし神々に有効な攻撃があるとするなら、コレだろう」
その時、亜人王の体を形成する光が、少しずつ消え始めた。僕らは驚いて、立ち上がる。
「亜人王!?」
「ああ……どうやらここまでのようだね……そうだ……アステリアをよろしく頼む……あの子は……すがれる物が必要だ……」
そう
「ああそうだ……最後に……一つ……」
亜人王は両手を僕らの方に伸ばし、僕らに最初で最後の『お願い』をする。
「手を握って……ルーと呼んでくれ……母がよく……そう呼んでくれたんだ……」
僕らは迷い無く、亜人王の手を取った。消え行く彼に、僕らは一人一人、言葉を掛ける。
「ごめんなルー。お前を殺した分、しっかりやるよ」
「ルーさん。ありがとう。もう少し、生きる希望を持てたよ」
「じゃあねルー。きっと、いつか、アステリアと会わせてみせるわ」
「ルー。君が残した希望で、僕らはまだ生きて行ける。やれるだけ足掻くよ」
それを聞いたルーデリヒは、満足そうな顔をしながら、空へ昇って行った。その場には、ルーデリヒの遺体と、僅かな光と、ボロボロの玉座の間だけが残った。
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仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
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