ありふれた英雄譚

暇神

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分かり易い長旅

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 ジークさんの話では、僕らは昨晩、いつの間にかここに来て寝ていたらしい。シスターマリアが言うので追い出さなかったが、次は無いとの事だった。あの女神サマも、そこそこ適当なのかもな。
 まあ、そんな事はどうでも良い。今の僕らに重要なのは、どうやって亜人の国に行くかだ。街中に出た僕らは、それについて話し合っている。
「で、どうする?」
「船は出てないんでしょう?どうしろって言うのよ」
「あの王様に連絡する手段も無い以上、移動もままならないよね」
「だーもうあのけちんぼ王様め!」
 おいおい大聖。権力者の悪口は言わない方が良いぞ。
 しかし、実際どうしようも無い。あの王様が僕らに連絡を寄越した試しも、最初の所持品以外の援助をした試しも無い。王様には期待しない方が良い。かと言って、じゃあどうするかと言われると、確かに何もできない。
 こればっかりは、金ではどうにもできない。向こうの大陸に行く船はあるが、それは戦争の最前線に向かう兵士を乗せた物だ。僕らは乗れない。
 話し合いの結果、色々な案が出た。先ず、自力で大陸を目指す案。これは、当たり前に却下された。素人の僕らにどうこうできる距離じゃない。そもそも船も無い。次に、密航で大陸を目指す案。これは、若干悩んでから却下された。密航する為の知識も備えも無いので、僕らには厳しいと判断されたからだ。最後に、王様に頼る案。これは、先程も言ったような理由で、もう諦めムードだ。次に会ったら殴りたい。
「でもこれじゃ、向こうの大陸に行く手段も無いわね」
「モーゼみたいに海を割れたら別だったんだろうがなあ」
「流石に、それは無理だよね」
「今嘆いても仕方が無い。聞き込み……でもどうこうできないよなあ」
 この世界の世界地図に拠ると、この世界には、人間の国がある大陸と、亜人の国と魔族の国がある大陸、それから幾千もの島々から成っているらしい。今は行けて小さい島々程度の状態だし、大陸まで行く船は、兵士を乗せた船。一般人に聞いてどうこうなる問題じゃない。
 余談だが、体感では大分狭い。向こうの大陸が広い可能性も海が広い可能性もあるが、それでも、体感では元の世界よりも狭いように感じる。世界ごとで広さも違うのかも。
「やっぱ船作るか?四人だけが乗るなら何とかなるだろ」
「作る方法も分からないでしょ。それに、航海術とか分かる人居ないわよ」
「やっぱり、王様に手紙送って、それから返事待つかな?」
「今の時点でできる事、それ位だしね」
 そんなこんなで、僕らは王様に手紙を送り、ドアミラの町で日銭を稼いで過ごす事にした。冒険者ギルドの依頼も、四人で力を合わせれば、その日暮らし程度はできた。やっぱ協力って凄い。

 しかし、それから実に一か月、王様からの返事は、僕らには届かなかった。

 一か月と少しした頃。ようやく、僕らに一通の手紙が届いた。
「皆!王様からの手紙が届いたよ!」
「マジか!」
「なんて書いてある!?」
「謝罪の文字が無かったら、次在った時にぶん殴りましょう」
 忍さんは「皆落ち着いて」と言いながら、手紙の封を切った。手紙の文が、僕らの目に入る。

『長期に渡っての旅、ご苦労。王として、勇者達の努力を称えよう。
 では本題だ。亜人の国への船の件、委細承知した。この手紙がそなたらに届くのと近い内に、使いの者と船を送る。船の操縦は、その者に任せよ。
 最後に、こちらの配慮が足りていなかった事、ここに陳謝する。そなたらの旅路に、幸多からん事を。』

 それを読んだ僕らは、少しの間呆然としてしまった。
「これ……ぜってあのー王様書いてねえよな」
「うん。流石に、こんな文を書く人ではないと思う」
「まあ、これで光明が見えたわね。もう少し耐えましょう」
「うん。重要なのは、誰が書いたかじゃない。ここに書いてある通り、向こうに行く手段が手に入った。それだけで十分だよ」
 そんな感じで、光が見えた僕らは、『もう少し、もう少し』と、それまでよりも少しだけ頑張れるようになった。

 それから一週間後。王様の手紙にあった、『船と使い』が来た。
「勇者一行様。王の命で参りました。ライトと申します。宜しくお願い致します。」
「「「「よろしくお願いします」」」」
 ライトさんに案内された先にあったのは、一隻の、ちょっと凝った装飾が施された、五人乗るには少し小さい感じの船だった。
「この船は一つの大きな魔道具です。魔石に込められた力で推進力を得た上で、船の造り自体も速度が出るようになっていますので、今日の昼に港を出れば、複数の島を経由してから、明日の昼には大陸に着きます」
「速いんだろうけど比較対象が無えから分かんねえな」
「まあ、乗れば分かると思うよ」
 こんな装飾ゴリゴリの船が速度出る造りなのか。いや装飾は関係無いのかも知れないけど。きっとこれを造った人の趣味だな。装飾には触れないでおこう。
「じゃあ、早速行きましょうか。荷物は後ろの方に置いてください」
 ライトさんに言われるまま船に入ると、僕らは少し驚いた。中が広い。物が少ないとか板が薄いとかじゃなく、外から見た大きさと、中から見た広さが明らかに違う。
 ていうか、中々色んな物が積まれているな。普段から利用する家具は勿論、蛇口っぽいのに、簡単なシャワー室、冷蔵庫まである。どうやら、魔道具とは中々便利な物らしい。金使ってるな。
「どうです?最先端の空間魔術を駆使し、中の空間を広げています。さらに、先端魔術を駆使した家具もあります。揺れも抑えるようにしているので、好きにお掛けになって、リラックスしていてください」
 僕らはそれぞれ椅子に座る。こっちの世界では余り見ない、あの城みたいに豪華な装飾が少しばかり落ち着かなくて、ちょっとムズムズする。
「凄いな。椅子もそこそこ柔らけえし」
「あのシャワーって温水かな?」
「そうじゃないかしら?わざわざ冷たいのを出すとは思えないわ」
「コレ本当に冷蔵庫だ。先端魔術って凄いんだな」
 そんな事を話している間に、船は既に港を出ていたようで、外の景色は物凄い勢いで移り変わっている。修学旅行で乗ったジェットフォイルみたいだ。僕らは窓に張り付き、瞬きの間に変わる景色を眺めている。
 船は速度を落とす事無く進み続け、その日、僕らは最も亜人の国に近い、人間の国の島に着いた。
「この島には何も無いので、今日はこの島に船を停めて、船の中で寝ましょう。」
「分かりました。じゃあ、誰からシャワー浴びる?」
「ここは女性陣がお先に」
「そうだなそれが良い」
「じゃ、お先に行かせてもらうわ。忍、行きましょう」
 二人が更衣室に行くと、ライトさんは操縦席から顔を出して、僕ら二人に話し掛けて来た。
「あの、この二か月ちょっと、ずっと旅をしてたんですよね?」
「はい。そうですよ」
「金欠で大変だったな」
 僕らがそう答えると、ライトさんは目を輝かせて、「凄いです!」と言った。
「あの、できればこの二か月の、皆さんの話しを聞かせてくれませんか?」
 それを聞いた僕らは、この船に乗った時と同じように驚いた。ここで、僕らは自分に対する自己認識と、他者からの印象の齟齬を感じた。僕の中では、僕らはまだ、『冒険した事がある学生』だ。だが、この世界の人類から見れば、僕らは『魔王を倒さんとする英雄』なのだと、嫌が応にも感じた。
 だが、それは彼の無垢な『お願い』を断る理由にはならない。僕は「大した話はできないよ」と断ってから、この二か月の話を始めた。

 その晩は、少し賑やかだった。ライトさんも含めた三人で、ここ二か月の話をした。こういう事があった。ああいう時はこうしたら良かった。正直、何でも良かった。嫌な事もあったけど、ここ二か月の振り返りをする、いい機会になった。
 シャワーも浴びて、少し奮発した夕飯も食べた僕らは、いつも通り、交代しながら見張りをする事になった。海にも魔物は居るらしい。見張りはしないといけない。
 その晩、僕が見張りがてら釣りをしていると、七匹の魚が釣れた。調べたら、毒は無いらしかったので、今の内に処理して、明日の朝食に使おうと決めた。
 それから暫くして、見張りの交代に来た大聖が、僕に話し掛けて来た。
「お?どうしたその魚」
「釣った。処理はしたし、明日焼いて食うよ」
「火気オーケーだっけこの船」
「ライトさんが寝る前に聞いたら、それ用の設備があるって」
 それだけ話した僕は、大聖に自分が持っていた釣り竿を渡し、船内に戻ろうとした。
「じゃ、おやすみ」
「ああ。おやすみ」
 ああ、今日は良い日だったな。久し振りに、この四人以外の誰かと、楽しく会話をした気がする。きっとライトさんのような人の事を、『聞き上手』と呼ぶんだろうな。
 僕はそんな事を考えながら、眠りの闇の中に沈んで行った。

 翌日。僕らは昨晩僕が釣った魚に加え、大聖があの後釣ったという、三匹の魚を朝食に食べて、再度出発した。
「ここからは亜人の領地です。一応密航なので、ここからは目立たないように、速度を落とします」
「分かったわ」
 速度を落とすと言っても、正直大した変化ではなかった。窓の外の景色から、多少の変化は感じるが、それでも『多少』の域を出ない程度だった。
 暇を持て余した僕らは、向こうに着いた後の身の振り方を考えた。先ず、『勇者一行』は駄目だろう。戦争をしている敵国の英雄とか、見つけたら即殺すだろう。ならばどうするかとなった時、僕らは立場を偽証する必要がある。
「冒険者ってのは?向こうにもギルドの支部はあるんだろ?」
「それだけじゃキツイんじゃないかしら?もうちょっと捻って……」
「旅人は?旅をしてはいるんだし、嘘は吐いてないよ」
「今の所、それが安牌かな。まあ、もう少し考えよう」
 話し合いの結果は、取り敢えず『人類の旅人』という事にして、冒険者カードはあくまでも、身分証として扱う事にした。冒険者ギルドには、勇者一行として所属している訳じゃないし、そもそも守秘義務があるから大丈夫だろうとの事だった。
「でも、金銭面はどうするの?前の迷宮探索で入った金もあるけど、酷使し過ぎれば流石に消えるよ?」
「向こうにも冒険者ギルドはあるし、そこでまた日銭稼ぐ方向かな。迷宮を見つけたら潜るで良いかな?」
「貯金を切り崩しながらなら行けるんじゃねえか?」
「じゃ、金銭面はそれで良いけど……まだ大きな問題があるわよ。私達、ただ旅をしてる訳じゃないんだから」
 諒子の言葉に、全員が頷く。僕らの目的は、亜人王との対話、地球に帰る方法の模索だ。その為には、亜人達の重役に会う必要がある。ただ、一介の旅人、または冒険者が国のお偉いさんと会えるかと聞かれると、まず無理だ。僕らは、それについて考える必要もある。
 ただ、歴史上そういう人物が居なかったかと聞かれたら、一応居た事には居たそうだ。その人は、最初に迷宮を踏破した亜人で、褒章を国王に与えられたらしい。その時、国の重役と会う機会もあっただろう。望みがあるなら、そこだ。
 迷宮の最奥には、迷宮核ダンジョンコアと呼ばれるものがあるらしい。それに触れる事で、その迷宮を踏破した事になるそうだ。ただ、この偉業を達成したのは、歴史上五人しか居ない。先程の亜人と、そのパーティー五人のみ。そんな事ができるかと言われたら、自身を持って答えを出せない。
「望みはある……けど、厳しいか……」
「厳しいも何も、やるしか無いでしょう?私達は、絶対に生きて、地球に帰るのよ」
「うん。やるしかない」
「俺らにやれる事はそれしかない。ならやるべきだろ」
 そんな感じで、亜人の国での、僕らの行動方針が決まった。

 太陽は、沈み始めていた。

 日も沈み、海の上はすっかり暗くなっていた。ライトさんが言うには、「この暗闇が船を隠してくれる」との事だった。
 僕らは早めに夕飯を食べ、シャワーを浴び、身支度を済ませた。もう少しで、亜人の国と、その大陸に着く。そう思うと、少しばかり興奮してしまう。
 それから暫くして、夜の十一時になった頃、僕らは大陸に着いた。僕らは見知らぬ台地に降り立ち、そこの空気を吸った。
「私が行けるのはここまでです。御武運を」
 そう言って、僕らに敬礼するライトさんに向かって、僕らは深く頭を下げた。
「「「「ありがとうございました」」」」
 ライトさんは敬礼を解き、僕らと同じように頭を下げた。
「また、お会いできる日を、楽しみに待っております」
 僕ら五人は、同時に頭を上げた。それが可笑しくて、五人顔を合わせて、笑いあった。
 一頻り笑ったライトさんは、船の中に戻り、船を出した。お別れだ。僕らは、ライトさんを乗せて遠ざかって行く船を、ずっと見つめている。やがて船の陰も闇に溶けて、何も見えなくなった頃、僕らは振り返って、見知らぬ台地のその先へと、一歩一歩、歩みを進めて行った。

 翌日。久し振りの野宿を済ませた僕らは、硬い地面の感触を思い出した背中を背負って、朝食を食べている。
「で、先ずはどの町に向かう?」
「今居るのが、大体ココ。一番近いのはこの町だけど、できれば迷宮がある町が良いのよね」
「迷宮があれば尚良いけど、大きな町であれば良いよ。近くの町で一番大きいのは……」
「ココ!『レスタヌ』って町が大きいみたいだよ」
 忍さんが指指した地図上の町は、確かに大きな町だった。忍さんが言うには、この大陸で三番目に巨大な都市で、迷宮もあるらしい。まさに、僕らが求める『理想的な目的地』だった。
「じゃ、この町に向かうで良い?」
「「「異議無し」」」
 目的地も決まった僕らは、荷物を片付け、レスタヌの町に向かって歩き始めた。
「にしても、これで実用的って、なんかおかしいよなあの女神」
「私は刀だから良いけど、大聖のは砂時計だものね」
「僕のは皿で、洗う必要が無いからまあ楽かな」
「砂時計って使う場面無いしね。私の水筒はそこそこ便利かな」
 『実用的な物を選んだ』と言っていた通り、僕らが与えられた物は、そこそこ役に立った。諒子の刀は言うまでも無く、僕の皿は一つ分洗い物が減るし、忍さんの水筒も同じ。ついでに何故か、中の水は腐らない。すげえ。大聖の砂時計は……まあ、良いインテリアになった。
 でも贅沢を言うなら、全員分の皿や水筒を汚れなくしてほしかったな。一つだけ便利でも大して変わらない。それも、『汚れない』程度の便利さだ。青色の絵の具と、一滴の水を垂らした青の絵の具程度の違いしか無い。まあ、そこまで便利にすると何か引っ掛かる部分があるんだろう。神様の間にもルールはあるらしいしな。
 亜人の国に入って、若干魔物が厄介になった。同じ種類でも、気持ち手強く、強くなった。協力しているようにも映る手強さは、正直疲れる。ついでに、遭遇する数も増えた。
「魔物でこれかあ……私達、迷宮踏破なんてできるかな?」
「やれるだけはやろう。むしろ、今の僕らにはそれしかできない」
「そうね。手強くなったと言っても、まだ普通に勝てる程度だもの」
「俺らも成長はしてるし、なんとかやってみようぜ!前向いて行こう!」
 結局の所、僕らには努力しかできない。今までもそうやって来たんだ。頑張ろう。

 そこからおおよそ半月。歩き続けた僕らの目に、巨大な都市が見えた。
「あれが……『レスタヌ』か……」
「やっぱ疲れるわね。道中どこの村にも寄らなかったし」
「しかし立派な城だなあ。大砲まであるよ」
「分かってはいたけど、火薬兵器も発達してるんだね。魔術だけとかじゃないんだ」
 レスタヌの町は、巨大な都市をぐるっと囲む城壁に、都市の中央に鎮座する、巨大な城で構成されている。城壁の上には無数の大砲もあり、この都市の堅牢さが伺える。
 まあ、攻め込む訳でもないのだし、僕らには関係無い。僕らはギルドで発行した身分証を持って、城門へ近付く。

「……で、どうしてこうなった」
「「「ほんそれ」」」
 僕らは暗い牢屋に居た。率直に言おう。あんのクソッたれ野郎!
 というのは冗談で、僕らをここに連れて来た人達が言うには、『こんな状況だから、一旦牢に入ってもらう』との事だ。まあ、戦争状態ではある訳だし、当たり前だな。
 しかし、この扱いは流石にどうかと思う。ご飯は少ないし不味いし、荷物は没収されるし、向かいの牢屋には、なんかタトゥーとか入れてるお兄さんが居るし。もうちょっと悪気を隠そうよ。
 因みに、僕らがここに入ってから、既に三日が経過している。『身分を確認する』とか言っていたが、ここまで長くは使わないでしょ普通。
「おい。出ろ」
「へいへい」
「やっとね」
「分かりました」
「扱いの改善を要求するー」
 おっと兵士の人がこっちを睨んでる。怖い怖い。ちょっとふざけただけじゃないか。
 しかし、本当にやっとか。兵士さんに付いて行った先で見た、三日振りの太陽は、かなり眩しかった。
「身分の確認は済んだ。好きにしろ」
「あの、なんで三日も拘束されたんですか?」
 忍さんがそう言うと、兵士さんは分かり易く舌打ちして、僕らに説明を始めた。
「お前らが怪しかったからだ。一応、徹底的に調べさせてもらった。『問題無し』と判断するまで掛かったのが三日だった話だ」
 うん。僕らの身分を詳しく調べて、『問題無し』の判断ができる人が居る訳無いよね?嘘か、『暫く泳がせよう』みたいな感じで判断したのか知らないが、三日の拘束は辛かった。
 まあ、ここからは自由行動だ。好き勝手させてもらおう。
「あ、金取られてないよね?」
「大丈夫。びた一文手は付けられてない。入れ替えも無し」
「やる訳無いだろ!」
 おっと兵士さんの逆鱗に触れた。逃げろ逃げろ。

 街中に着いた僕らは、これからどうするかについて、一応路地裏で話し合った。
「で、どうする?」
「迷宮に潜るのは確定だから、それで良いんじゃないかしら?」
「それで良いとは思うけど、あの兵士さんが言ってた事が気になるかな」
「そうか?なんか変な事言ってた?」
 忍さんが言っている事も分かる。僕は忍さんの言葉に重ねて、自分が気になった事を言葉に出す。
「「『徹底的に調べた』」」
 あの神様の真似事をしただけだが、それでも十分衝撃的だったらしい。皆はこっちを見ながら、目を見開いた。
「今の……あの女神の……」
「真似事。多分こう言うだろうなを口にしただけだよ」
「いや十分凄いわよ。で、それ何が気になったの?」
「それは私から」
 忍さんの推理は、かなりとんでもない物だった。前提として、僕らは密航者だ。国に出入りした履歴を調べれば、その結論に至る筈。それなのに、僕らを簡単に逃がした。これはどう考えてもおかしい。何か狙いがある筈。恐らく、僕らが勇者一行という結論には至っていない筈だ。勇者一行として記事になったのは、旅立ちの日の一回だけ。それも顔は出させていない。僕らが勇者一行だという結論に至る材料は、無いに等しい。
 なら何故か。勇者一行の存在は、ほぼ間違い無くこの国まで伝わっている。戦争相手の国の英雄とか、伝わらない訳が無い。忍さんの推理の中では、僕らを泳がせてボロを出させて、勇者だと分かってから殺そうという結論に至っている。
「でもそれ、この町離れてもどうしようも無いだろ。ここは理想的な町だから、なるべく離れたくはないんだよな」
「それはそう。ただ、危機感は持っておこうって話」
「そうね。ま、こんな所で話してる時点で怪しさ満点な訳だけど」
「そこは良いでしょ。僕らは取り敢えず、今晩の宿を考えよう」
 僕らは明日から、早速迷宮に潜る事にした。今日は、その為の準備に使う事にしている。
「今回も四人で動く?」
「そうね。見知らぬ土地だし」
「固まってた方が安心だよね~」
「そうだな。何も無いようにしよう」
 その日は、前回の迷宮探索で『必要だな』と感じた物、探索中に消費するであろう消耗品を買いに行った。
 だが、問題はその後だった。
「人間?帰んな」「人類お断り!」「帰れ疫病神!」「おお神よ。この罪深き者達をお許しください」
 一人聖職者でもなさそうなのに、神に祈りを捧げてた奴居たし。まあ、信仰は勝手か。
 そんな感じで、僕らは今晩の宿にも困る事態に陥った。僕らではどうしようも無い話だが、それでもどうにかしないといけない。
「でも、種族は変えられないし、どうしろってんだ」
「そうだよね。私達、今晩どうしようか」
「まあ、まだ宿はあるわ。次のが駄目だったら、優しい人の家に厄介になりましょう」
「それも望み薄だけどね。まあ、やるだけの事はやろう」
 僕らは町の端の方、貧民街に近い場所にある、小さな宿に向かった。客も真面に入っていないのか、建物は老朽化が進み、壁には蔦が絡み付いている。
 僕らは、もう柔らかくなっている木の扉を開け、中を見る。夜中に近くなっているのもあってか、中は明かりも無く、暗い状態で放置されている。
「こんばんはー!一晩泊まりたいんですけどー!」
「凄く古い場所ね。灯りも付いていないし、誰も居ないのかしら?」
「どうする?諦めるか?」
「一応、建物の奥の方まで行ってみよう。もしかしたら、誰か居るかも」
 僕らは建物の奥へと進み、誰か居ないかを確認する。どうやら、誰も居ないようだ。と言うよりも、最近になって、何か物が動いた形跡も無い。何だか君が悪い。
「ねえ、なんかおかしくない?」
「ああ。誰も居ないのに、宿として地図にある。俺でも分かる位異常だ」
「速く宿を出ましょう。今晩の宿は、その後考えた方が良いわ」
「そうだね。何か違和感もある。早くここを……」
 そう言いながら振り返った僕の目に信じられない物が写った。僕は『それ』を知っている。いや、そんな筈は無い。だって、アレは……
 僕はそのまま、意識を失った。皆の声が遠くに聞こえている。

『お前のせいだ』
『違う!』
『お前が殺した』
『違う!』
『全部お前が悪い』
『違う!』

『聡一は何も悪くないよ』

「もう止めてくれ!」

 その言葉は、恐らく夢の中の物ではなかった。僕は右腕を天井に伸ばした体勢で、目を覚ました。
 僕は今まで、どんな夢を見ていたっけ。あんまり気分が良くない。ていうか、昨日どうしたっけ。宿を出ようとして……その後……駄目だ。思い出せない。
 そんな事をベッドの上で考えていると、部屋の扉が開く音がした。
「聡一?」
「諒子……」
 僕がその名前を呼ぶと、諒子は僕に向かって抱き着いて来た。
「聡一い!良かったよお!」
 僕は状況を飲み込めないまま、諒子の背中を擦った。扉の向こうからは、直ぐに体勢と忍さんも顔を出した。
「聡一!良かった。起きたのか」
「急に倒れるから心配したよ。はいこれ。この家の人がくれたスープ」
「うん。取り敢えず、この状況の説明を頼むよ」
 諒子も落ち着いた辺りで、僕はスープを飲み始めた。あ、ちょっと美味しい。その間に、皆から昨日の事を聞いた。
「で、昨日の僕、どうなったの?」
「昨日、あの建物を出ようとした時に、聡一は急に倒れたのよ?それから私達、外に逃げて、それで、ここに来たの」
「『これはヤバい』って、全員が感じたんだ。そこからは早かったな。いつの間にか重くなってたお前を背負うのは疲れたぜ」
「私の魔術では毒を見つけられなかった。何か変な物は見なかった?」
 僕は昨日見た物を話そうとして、そこで止めた。アレはきっと……そんな筈は無い。
「何か見たの?」
「……いや、分からない。何も見てない」
 僕がそう言うと、忍さんと体勢は納得してくれたようで、「そっか。じゃあ何なんだ?」と頭を悩ませている。
「まあ、今日の迷宮探索は無しかな。今日一日、様子見しよう」
「そうしてくれると助かるよ。ちょっと疲れてるのかもだし」
 僕がそう言うと、忍さん達は部屋を出て行った。「お大事に」という言葉が、少し胸に染みた。
 部屋には、僕と諒子だけが残った。少しだけ気まずい。お互い何も話さないから。
 僕は、何か言わねばと思い、何を言おうかと悩んでいると、先に諒子が話を始めた。
「さっき、嘘吐いたでしょ?」
 その言葉に、僕は目を見開いた。
「何の事?」
「いつもの癖。聡一は嘘を吐くと、決まって耳たぶを触るのよ」
 僕は焦って、自分の耳たぶを触る。それを見た諒子は「嘘よ」と言って笑った。まるで創作物のような引っ掛かり方だ。少し恥ずかしい。
「何か、見たんでしょう?」
 僕はその言葉に、ゆっくりと頷く。諒子は「そう……」とだけ言って、座っていた椅子から立ち上がった。
「まあ、無理に話す必要も無いわ。気が向いたら話して」
 扉に向かって歩くその背中に、僕は一言の、感謝を伝える。
「ありがとう」
 諒子は少しだけ振り返り、はにかんだような顔で笑った。
「こんな優しい彼女を持てる幸せ、噛み締めていてよ?」
 僕はその言葉が可笑しくて、声を出して笑った。諒子は部屋を出て、扉を閉めた。

 外は、青い空が広がっていた。
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