4 / 14
分かり易いシステム
しおりを挟む
僕らが城を出て、既に一か月半が経過した。僕らは旅を続け、亜人の国、『エステニア』に向かっている。
友人同士の旅とは結構楽しい物で、僕らは多くの不自由を感じながら、それを楽しんでいた。道を歩き、夜になったら道を少し外れ、火を起こし、テントを張り、飯を作る。それが終わったら、食器を片付け、男女別々に体を拭き、少し話してから眠る。夜は後退で見張りを置いて、周囲の状況を確認する。
時々、小さな町や村にも通り掛かった。食事処で食べる飯は、やはり旨かった。
そして、魔物にも出会った。熊や狼に似ていたが、角が生えてたり爪が長かったりと、やはり地球では見た事が無いような生き物だった。
魔物を倒して行くと、また一つ、僕らの状態が変化した。
「レベルが……上がってる」
そう。魔物を倒すと階位が上がり、それと同時に、自身の身体能力が向上した。より重い物を持ち上げられたり、より早く走れたり、或いはより長く魔術を使い続けられたり。やはりゲームと同じように、レベルが上がると、それだけ強くなるらしい。
技能にも変化が現れた。熟練度の上昇、新たな技能の獲得の二種類の変化だ。僕らの戦力は飛躍的とも言える程向上し、旅路も順調……かに思えた。
「あの王様、金すら殆どくれなかったな」
「次会ったらとっちめてやりたいわ」
「二人共止めときな。どこで誰が聞いてるかも分からないんだ」
「そうだよ。それに、今言っても変わらないよ?」
そう。あの王様が寄越した援助は、大した金じゃなかった。宿を一晩取れば、どんなに安い宿でも一晩で無くなる程度の金額だった。鎧、武器、地図など、旅に必要不可欠な物はくれたが、金銭面では厳しかった。馬車にも乗れないので、僕らは徒歩での移動で、国境を越えようとしている。
「冒険者ギルドの依頼も、でけえ金にはならねえしな」
「厳しい生活が続くよ」
「図鑑だと、あの木の実とあのキノコを食べれるらしい。取って置こう」
食うに困れば、自給自足の生活しか無い。僕らはこうなる事を考え、最初に立ち寄った町で、植物図鑑を買った。どれが食べれて、どれが毒かを知っているだけで、不安は和らいだ。
魔獣の肉も、そこそこ旨かった。種類にもよるが、普通に食べれる味だ。道中の川で採った魚や獣の肉が切れた時に、よく食べた。料理が得意な忍さんと大聖のペアは、こういう所で頼もしかった。
料理が苦手な僕ら前衛組はと言うと、二人の補助やテントの設営、薪を拾うなど、簡単な作業を担当している。
「今日のは何だっけ?」
「猪肉だな。処理はちゃんとしておいた」
「鍋にするよ~楽しみにね~」
「ホント、二人が居て助かったわよ。私と聡一、料理できないし」
「「へへへ」」
二人の料理が出来ると、僕らは焚火を囲んで、それを食べる。お互いのステータスを確認する。どんな技能が成長、増加して、何ができるようになったかを確かめて、どう戦うかを考える。
それも終わると、食器を片付けて、見張りを交代しながら過ごす夜が来る。魔獣の襲撃に気付けるよう、常に見張りを配置する。
その夜、交代しに起きて来た大聖と、少し話した。
「なあ、一つ相談なんだ」
「なんだい?金策なら大歓迎だよ」
「いや違う。そうじゃないんだ」
大聖は、どうやら何か重大な事を話しに来たらしい。顔がそこそこキマっている。大聖はいつもはそこそこふざける事も多いが、こういう所でしっかりする人間だ。きっと何かあったのだろう。話位なら聞いてやろう。
「その……最近忍と……ちょっと……あの……分かるだろ?……その……」
「はいはい解散。さっさと交代しろ僕は寝る」
「ちょっと待ってくれって!」
はいはい詰まり『忍とヤりたいから許可をくれ』だろ?さっさとそう言え。勿論諒子にもな。
しかし、話はそう単純じゃないらしい。大聖は僕の肩を掴んで、無理矢理自分と向き合わせた。
「俺ら、テント一つしか持ってねえじゃんか。で、見張りはいつも一人ずつ。外は嫌らしい。これじゃ、ヤりたくてもヤれねえんだよ」
「確かに……テントを買うには金が掛かる。小さいのにしても、今の僕らには致命傷だしな……」
相手が知らない誰かなら「我慢するか外でヤっとけ」と言うが、大聖は大事な友人だ。かと言って、テントを買うのも難しい。何せ金が無い。稼ぐ手段も、今の状態では限られる。
「僕一人じゃ何も言えない。明日、皆で相談しよう」
「う……恥ずかしいが……それしかないんだな?ならそうする」
うん。聞き分けが良くて助かった。しかし、本当にどうするべきだろうか。宿も取れないテントも変えないでは、本当に我慢してもらうか外で致してもらうかしかできない。それは嫌だと言っているし、可能な限りそれを尊重したい。
にしても、こんな状況でも顔を出すとは、三大欲求とはとんでもない物だな。人間という種の存続の為とは言え、正直驚く。
まあ、後は明日にしよう。今一人で悩んでも、諒子がどう言うかは分からない。
そう考えながら眠ろうとする僕に、一人の人物が話し掛けて来た。
「聡一くん……ちょっと良いかな……?」
アンタもか。アンタもか。そんで何二人揃って頬染めてんだよ。いやまあこういうデリケートな話はそういう反応が正しいんだけどさ。
「テントの話であれば明日にしよう。さっき大聖に話された」
僕がそう言うと、忍さんは元々赤くしていた顔を、更に赤く染めた。似た物同士のカップルだなこの二人。
忍さんが自分の寝袋に戻った辺りで、僕は再び目を閉じた。そのまま僕は、硬い地面の感触を感じながら、そこまで室の高くないであろう眠りに着いた。
翌日。僕らは昨日の相談も相まって、今後の金策について考える事になった。
「……で、何か意見は?」
「冒険者ギルドで稼げる金は大した金額じゃないし、魔獣の素材も碌な物が無い。売っても二束三文だ」
「どこかの町に泊まるにしても、私達お金無いしね~」
「どん詰まり、としか言い様無いわね」
だよなあ。正直な所、僕も何も思い付かない。この一か月半。なるべく質素倹約を心掛け、貯金をして来たが、予算は殆ど変わっていない。
冒険者ギルドの依頼には、少なからず時間が掛かる。それこそ一朝一夕では済まない時間が。それだけの時間を過ごす金は、今の僕らには無い。金を稼ごうにも、その手段が無い状態。こんなのどうしろって言うんだ。
「ただ、行動しない限り変わらない。次の町で、一旦金を稼ぐ手段を考えよう」
「じゃあ、一回足踏みする感じなの?」
「うん。その方が良いと思う。詳しくは道中考えよう」
僕らはこうして、次の町へ向かう事にした。
僕らが王様に渡された地図は、結構おかしな所が多かった。普通こんな形にはならないだろと思うような形をしていたり、明らかに道の方向が違ったり。この世界は、多分中世から近世の間か、近世寄りだろう。広い大陸の正確な測量法も無いのかも知れない。
それでも、どっちの道を行けば良いかの指針にはなった。僕らはそれを頼りに、中途半端に整備された道を進む。
次の町は、地図上ではそこそこ大きくなっている。次の町で一旦止まる事にしたのも、これが理由だ。多分、地図と同じように、他の町より大きい場所なのだろう。
道中、あーでもないこーでもないと、金策について会議を繰り返した。次の町がどんな所か、簡単でも良いから調べられるような物があれば別だったかも知れないが、良い案が出ないまま、僕らは町へ着いてしまった。
「ここだよな」
「うん。『アラリード』という名前らしい」
「じゃ、ここで情報収集するのね」
僕らは王様に発行してもらった身分証を呈示して、町に入る。すると直ぐに、これまでの町とは一線を画す、王都にも近い賑わいが目に入った。
「は~都会だな~」
「人の量が全然違うね大聖」
「ここで止まる事にして正解だったわね」
僕らは路地裏に行き、声を小さくしながら話し合う。
「じゃあ、ふたり一組で行こう。それぞれ男女で、後衛前衛一人ずつ」
「何で?四人で行った方が安心だ」
「男女をペアにして、多少のいざこざを避けるのと、後衛前衛で何かあっても対応できるようにする。二組に分かれて、少しでも効率化を図りたいんだ。恋人と居たい気持ちは尊重したいけど、我慢してくれ」
「「「了解」」」
てな感じで、僕と忍さん、大聖と諒子のペアで、情報収集をする事にした。
僕ら二人は取り敢えず、町の人に聞き込みを行う事にした。現地の事は現地の人に聞くのが一番。分からない所は他人に聞くべきだ。僕は人の良さそうな男性に話し掛けた。
「こんにちは」
「おお、こんにちは。旅人かい?」
「ええ。ちょっと聞きたい事があるんです。この町で、金を稼ぐ良い方法ってあります?」
僕がそう聞くと、男性を少し悩む素振りをしてから、僕に話し始めた。
「腕に自信があるなら、迷宮にでも潜ったらどうだい?素材は高く売れるし、新しいポイントを発見したら一攫千金だ」
迷宮。神話の時代に神々が作り出したとされる、謎多き建造物。高度な技術が用いられ、少なくともこの世界では再現できないとされているらしい。中では魔物と、それに属さない怪物と呼ばれる生物がたむろしている。ある程度の実力を持った冒険者の稼ぎ場は、基本ここになるらしい。
確かに、今の僕らがどの程度の実力なのかを測る指標にもなるかも知れないし、金が入るなら万々歳だ。一回試してみても良いかもな。
「ありがとうございます」
「いやいや質問に答えただけさ。大した事じゃない」
そう言って、僕は男性から離れた。良い情報が手に入ったし、一旦はこれで良いだろう。次は、今日の宿な訳だが……
「問題はそっち。だよね」
「うん。基本、路地裏や道路で寝泊まりする事は禁じられている。だから、町に泊まるなら宿を取る必要がある。けどねえ……」
本当に、金が無いだけでここまで行動が制限されるのか。
「今晩の宿だけって事なら、今の所持金に加え、魔物から取れた角やら皮やらを売れば何とかなりそう。問題は、『明日からどうなるか』なんだよね」
「冒険者ギルドに泊まるのは?」
「それでもだよ。二日も泊まれる程の金じゃない」
でも、冒険者ギルドに行くのは良い提案だ。あそこなら、今の手持ちにある素材を売る事だって可能な筈だ。待ち合わせ場所もそこにしたし、丁度良い。
その後も聞き込みを続けた僕らは、『迷宮に行くのが今の最適解』という結論を出して、待ち合わせ場所に向かった。
「聡一!忍!遅かったなあ!」
「ゴメンゴメン。ちょっと道に迷っちゃってね」
そう言って、僕らは席に座った。どうやら少しだけ待っててくれたらしい。
「情報は集まったのかしら?」
「一応、『迷宮に行くのが良い』って事にはなったよ」
「こっちも同じだな。この町の近くにでかい迷宮があって、そこに行くと良いみたいな話を聞いた」
「なら私達は、一先ず迷宮に向かうって感じで良いかな?」
「うん。それで行こう」「ああ」「そうね」
僕らは話し合った結果、今日は準備に充てて、明日迷宮に向かう事にした。
僕らは準備している間、残った問題について話し合った。
「で、明日からの宿どうする?」
「迷宮で、即金になる何かがあれば別だが、四人分の宿となるとなあ……」
「あの素材は売ったけど、今日一晩の宿で消えるわね」
「服や装備の予備も無い訳だから、これを売る事もできないしね」
迷宮で金になる物は、主に二つ。先ず、新しい場所の発見、開拓。迷宮で未発見だった領域が発見された場合、発見者に多額の報酬が支払われる。だがこれは、支払われるまでに最低でも数日の空きがある。これは使えない。二つ目は、魔物と怪物の素材の売却。あれらの体の、有用な部分を持ち帰り、それを売却する事で、金になる。だがこれは、余程需要のある物でない限り、大した金にならない。当てにはできない。
だが、まだ手はある。申請さえすれば、迷宮の中での寝泊まりも許される。長期間の探索で、多少金になる物を見つけられれば、今よりかはマシになる可能性が残されている。
「だけど、その為のお金が……」
「保存食は三日分。三日の内にどうこうできなかったら、それこそ終わりよ」
「ギャンブル性は多いに含まれるけど、それでも仕方無いと思うよ」
「どうせやらなきゃやらないで、じわじわと詰むだけだ。やったろうぜ!」
幸いな事に、野宿の為の道具は揃っている。買う事になったのは、迷宮の中の地図と、四人分の保存食だけだった。まあ、それで金は底を付いた訳だが。
その晩、せめてもの気遣いという事で、大聖と忍さんを二人だけの部屋にした。うん。壁が薄いなこの建物。
「若いわね」
「それを僕らが言うのかい?」
大聖と忍さんを同じ部屋にした一方、僕と諒子は同じ部屋になった。
それから少しして、暇な僕ら前衛同士、さらに連携を高められないかと、僕らは少し話し合う事にした。
話し合い、話し合い、繰り返し、明日試す事を決めた僕らはいよいよ暇になった。僕らはそれぞれのベッドに横になり、硬いベッドの感触を確かめた。
「硬いわね」
「王様が住む城でアレなんだし、仕方無いね」
それだけの言葉を交わしただけで、僕らの会話は尽きてしまった。こういう時、自分の会話の引き出しの少なさが嫌になる。
部屋には、隣の部屋から聞こえて来る声と、窓の外に居る鳥の声だけが響いている。
「ねえ、旅に出る一日前の事、覚えてるでしょ?」
「うん。二日位気まずかったのが印象的だったね」
「そりゃ、あんな事して気まずくならない人の方が少数派でしょ」
あの日、僕らは一応恋仲になった。だが、この一か月半。僕らは旅ばかりで、恋人らしい事が何もできていない。ちょっと申し訳無い。それを諒子に伝えると、「仕方無い事よ。忙しかったし」と言って、軽く笑った。
「でもまあ、ちょっと寂しいわね」
「ははは。まあ、同意だよ」
僕がそう言うと、諒子は自分のベッドから降りて、代わりに僕のベッドに来た。僕は体を起こし、諒子の体を抱きしめた。
「こうしていると、少し安心するね」
「そうね。寒い訳でもないのに人が身を寄せ合うのは、きっと安心するからなんでしょうね」
「誰の名言?」
「私」
それを聞いた僕は、少し笑った。諒子もそれに釣られてくれたのか、一緒に笑ってくれた。
一頻り笑った僕らは、同じベッドに横になった。
「壁薄いのよ?」
「向こうが気にしてないんだよ?僕らが気にする必要も無いでしょ」
「まあ、その通りかもね」
部屋の中に聞こえる音が、二つ増えた。
翌日。僕らはギルドの受付に来ている。迷宮の長期探索の申請をする為だ。
しかし、僕らは少し揉めている。
「いや、なんで駄目なんですか?」
「ですから、何かしらの実績がある方々でない限り、迷宮探索は認められません」
「ですから、その『実績』ってどういう物ですか?」
そう、入れないのだ。ギルドの原則として、何かの実績が無いと迷宮に入れないらしい。そして、僕らはその実績を持っていない事になっているらしい。一応、魔物の討伐とかに当たる事はやったんだけどなあ。
「魔物、賞金首の討伐等ですね。ギルドの履歴にそれらの記録がありませんので、許可は出せません」
「昨日、魔物の素材を売りに来たんですが、それも駄目ですか?」
「ギルドの履歴には残っておりませんので、お受けできません」
いや、素材の売却も履歴に残しておいてくれよ。こんな事なら、少し素材を残しておくんだった。
まあ、過ぎた事を嘆いても仕方が無い。どうにかできないかを考えよう。
「じゃあ、何か手っ取り早いのありますか?」
「でしたら、こちらの……」
「オイオイオイ!手前らみてえなガキが、迷宮に潜れると思うのかあ!?」
おっと柄の悪そうなお兄さん登場。なんという悪人面。おっかねえ。
「ザックさん。止めてください」
「レイラさん、このガキの思い上がりを正そうとしてるだけですよ」
「いやそうは見えないわね」
諒子ナイスツッコミ。ていうか、ギルドの人間の怪我も死も自己責任なんだから、別に良いだろうよ。いや僕ら死にたい訳じゃないんだけどさ。
ただまあ、渡りに船とも言える。ちょっと交渉してみよう。
「ねえザックさん。貴方、強いんですか?」
「当たり前だガキ。大人舐めんな」
「レイラさん、この人倒したら、実績になりますか?」
「え?ちょっとお待ちください……はい。ザックさんは迷宮第二十一階到達の実績もありますので、決闘で勝利した場合、実績として、『ザックさんに勝利した』事が追加されます」
やったぜ。まあ、こうなればやる事は一つ。勝てば良いなら、先ず勝負するべきだ。
「ザックさん、この後時間あります?」
「決闘しましょう」
ギルドの地下。そこには、ギルドやギルドに所属している人間が利用できる、闘技場が存在する。僕らの決闘も、ここで行われる。
決闘のルールはたった一つ。『相手を殺さない』。これだけ。つまり、基本はなんでもアリ。
僕ら四人とザックさんチーム四人の決闘。相手は前衛四人のチーム。僕ら前衛が、如何に攻撃を後衛から逸らせるかだな。
「準備は良いかガキ共お!」
「立場分からせたるわあ!」
「若いのが死ぬのは見たくねえからなあ!」
うん。見た目に反して良い人だ。多分僕らに忠告したのも、僕らを生かす為なんだろう。だが、僕らは行くしか無いのだ。何故なら金が無いから。
「はい!」
「では、決闘を始めます!正々堂々、勝負してください!」
そう言って、レイラさんはホイッスルを鳴らした。それと同時に、相手四人が、真っ先に後衛二人に向かった。
だが、それを見逃す僕らではない。僕と諒子は二人の足を払い、もう二人の刃を受けた。
「やるな!」
「伊達にしごかれてないもんでね!」
そして僕ら前衛は自分達にバフを掛け、後衛二人は僕らが相手できない二人を攻撃する。
「「身体強化!」」
「「炎槍!」」
しかし、これで決まる程相手も弱くない。僕らの攻撃を弾き、体勢を立て直す。
だが、流れを逃す訳には行かない。僕らは後退した相手に畳みかけ、後衛から目を逸らさせる。
「諒子!パターンAー四!」
「了解!」
この一か月半。僕らは様々な事を試し、新たな技能を獲得して来た。これは、それを活用した戦闘パターン。僕は技能『投擲』を使用し、敵に剣を投げる。敵はそれを弾き、それを諒子が掴む。諒子は技能『二刀流』を使い、その二本を同時に操り、敵を攻撃する。それと同時に、僕は技能『徒手武術』を使い、相手を一か所に抑え込む。
しかし、相手もタダじゃ終わらない。相手は僕ら二人を剣で弾き飛ばした。
「一か所に集めても、お前らじゃどうにもならんだろ!」
「私らは本命じゃない!」
そう。この戦闘パターンは、僕らが本命じゃない。ようやくその事に気付いた四人組は、僕らの後ろに居る、後衛二人に目を向けた。
この一か月半。二人は連携を強めた。技能も数多く獲得した事で、多くの戦闘パターンのトドメ役になる事も多い。
先ず、忍さんが大聖に、魔力補助を使い、魔術の威力を底上げする。それを受けた大聖が、大技で決める。
「炎嵐!」
「「「「うわあああああああああ!」」」」
今度のは決まった。魔術の効果が切れると、そこには、ボロボロになった四人組が居た。
「死なないようにはしたつもりだったけど……生きてるよな?」
「うん。生きてるけど……忍さん、一応治してあげて」
「分かった。治癒」
「便利ねえ……」
忍さんが魔術を掛けると、四人の傷が治って行く。完治とまでは行かないが、火傷やなんかの小さな傷は、全部治った。
「やっぱり四人は疲れるね」
「後は大丈夫かしら?」
この結果を見れば、日を見るよりも明らかだが、この勝負僕らの勝ちだ。つまり、僕らが一番手に入れたい、アレが手に入る。
「僕らの勝ちです!レイラさん、これで僕らは、『実績』を手に入れた事になるんですよね?」
僕がそう言うと、少し呆然としていたレイラさんは、はっとしたような顔で僕らを見た。
「は、はい!問題ありません!」
それを聞いた僕らは、多分今日一番の笑顔で、喜びを表した。
そして、後は迷宮に潜るだけとなった所で、僕らはデジャブに遭遇した。
「もう一日に入れる定員になっています。なので、今日は迷宮に入れません」
「またか」
てな感じで、僕らはまだ迷宮に入れないでいる。正直うんざりしている。
規則なら仕方無いが、正直ここで迷宮に入れなければ、もう今晩の宿も無い。この町を出るしか無い。つまりは詰む。ここで諦めれば、僕らは相当厳しい事になるんだけども……
「仕方無い。取り敢えず、今日泊まれる所を探そう。もしかしたら、今の所持金でも泊めてくれる所があるかも知れない」
「いや、無理でしょ」
「そうね。望み薄だわ」
「どうすんだ?俺ら今日迷宮に入れなきゃ、相当ヤバいぞ」
そうなんだよなあ。だけども、今日入れる訳も無い。泊まれる場所が無ければ、僕らはこの町に留まれない。いや本当にどうしよう。
そんな事を悩んでいる僕らに、ある男性が声を掛けて来た。
「おいおいおいガキ共!こんな所で何してる!?」
そう、先程僕らに負けた、あの柄の悪いお兄さん達である。
「ああ、ザックさんでしたっけ。実はかくかくしかじか……」
「いや伝わらねえぞ」
ちょっとふざけました。済みません。
そして、僕は今の僕らの状況を、ザックさん達に話した。
「どうにかなりそうな所ありません?」
「ははははは!俺達に任せなガキ共!」
「ガキを外で寝かす程、俺ら腐ってねえよ!」
「今日は俺達の拠点に泊まって行きな!」
マジでか。やったぜ。後ろの三人を見ると、まあ渋々といった感じで、軽く頷いてくれた。
「ありがとうございます。お世話になります」
「はははは!ガキを守るのは大人の仕事だ!任せときな!」
うん。見た目と口調が悪そうなだけで、ただの良い人だ。ありがたい。
僕らはザックさん達に案内されて、彼等の拠点に着いた。まあ広い。彼等がどれだけ大きなグループに居るかが分かる。
内装も凄い。よく分からない絵画とか、なんか高そうな壺とかある。金使ってるなあ凄いなあ。
僕らは奥の方の部屋に案内されて、それぞれ二つの部屋に泊まらせてもらう事になった。
「そこの魔術師二人はこっち。残りの二人はそっちの部屋だ」
「ありがとうございます」
「良いって事よ。なんか困ったら聞きに来な」
部屋の中は、まあそこそこ質素だった。必要な家具だけを揃えた、簡単な部屋。まあ、人に見せる為の部屋じゃないんだし、当然か。
ベッドは、昨日泊まった宿よりかは柔らかかった。ちょっと感動。やっぱり金あるんだな。あの人達、一体何者なんだろう。
「あの人達、大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だよ。あの人達は善人。僕らに害を与えるような人じゃない」
諒子は「そうかなあ……」と言っていたが、結局は納得してくれたようで、『襲って来たらぶっ飛ばす』と豪語している。逞しい恋人を持てて幸せだよ。
飯は僕らが勝手に食べて来る事になった。お代はザックさん達が立て替えてくれるとの事だったので、僕らは結構しっかり食べた。旨かった。
「いやあ良い人達だな!正直助かったよ!」
「まあ、顔怖いけど……」
「一応は恩人だし、気にしないでおこう」
「それが良いわ。お互いに信じて、初めて『信頼』は価値を得るんだもの」
「誰の名言?」
「私」
それを聞いた僕らは、少し笑った。このやり取りは前にもやったな。
腹も膨れた僕らは、一つの部屋に集まった。目的は勿論、作戦会議だ。
「じゃあ、今日のザックさん達との戦闘を見て、分かった事を言って行こう」
先ず、問題を見つける。ゴールが見当たらないレースには終わりが無い。それではただ疲れるだけだ。先ずはゴールと、そこまでの中継地点と成り得る物を決める。
「魔術の発動までが遅かったな。やっぱり、対人は慣れない」
「自分の腕力の無さが露呈したわね。簡単に押し返されちゃう」
「一度にバフを何個もっていうのは、やっぱりまだ疲れるかな。やってる間動けないし」
「腕力の無さってのは、本当にそうだね。後、自分へのバフの効果も上げたい」
それを元に、新しく作戦を練ったり、既存の作戦を作り直したりする。より効果的な、より弱点をカバーできるような物にする。
二、三個程作戦を作って、僕らはそこで作戦会議を止める。あまり多く作っても、一々覚えていられない。明日、実践で試し、そこで使えそうだと判断した物を、戦闘パターンとして覚える。
作戦会議が終わった後は、基本雑談する。その日にあった、どんな些細な事でも、笑い話にする。希望を見失わないように、或いは少しでもポジティブに考えられるように。
それも一段落すると、僕らはそれぞれの部屋に戻った。寝る為、というのは、その言葉の意味合いに因っては正確ではない。
翌日。僕らはザックさん達にお礼を言って、彼等と別れる事にした。
「昨晩は、どうもありがとうございました。一宿一飯の恩は忘れません」
「ははは!気にすんな!」
「またいつでも頼れ!」
「迷宮に行った時、会ったら挨拶してくれ!」
僕らは彼等に別れを告げ、迷宮へ出発した。最後まで気持ちの良い人達だったな。
そんな感じで、僕らは迷宮に着いた。今回は定員に間に合い、僕らは迷宮に入る事ができた。
初日。今日は迷宮の中に入り、迷宮の中での生活を確かめる。
「にしても、どうなってんだこの建物」
「神話の世界に、神々が作り出したとされてるらしいけど、実際は不明らしいよ」
「まあ、私達が気にする事じゃないわ。今は先を急ぐべきよ」
「そうだね。進もう」
そんな事を言いながら、僕らは先に進んだ。迷宮はレンガのような物で作られ、広い空間は、魔力が使われた灯りで照らされている。
他の冒険者もちょくちょく見かけた。適当な挨拶を交わして、僕らは先へ進んだ。
勿論、魔物や怪物との戦闘もあった。昨日考えた作戦も、大体は通じなかった。まあ、それ以外の戦闘パターンで十分に対処できる。僕らはなるべく体力を温存しながら、戦闘を終わらせる。
「この魔物や怪物、どこから来るんだろうね」
「迷宮の中で生まれたって考えるのが普通だが、そう簡単な話じゃねえよな」
「明らかに、減る数の方が多いだろうしね」
「そうね。何か原因が……止めましょう。なんか怖くなって来たわ」
僕らはその日、四層まで降りた。高い金を払って買った、この地図のお陰だろう。良い物を手に入れた。
その日、僕らは迷宮内でキャンプをする事にした。僕らは体感の時間を、なるべく地上と合わせる為に、懐中時計を用意した。それを見て、適した時間に食事をして、適した時間に就寝する。生活のルーティンを崩すのは、あまり望ましくない。
適度に睡眠を取りながら、見張りも交代する。迷宮であった事は基本自己責任なので、それを利用して、盗みを働く輩も居るらしい。魔物や怪物だけでなく、人にも気を遣う必要があるとは、迷宮とは中々に面倒な物だ。
二日目。七時間程眠ると、僕らは皆起き上がる。簡単な朝食を取って、また探索を再開する。幸いな事に、迷宮の中に居る魔物達はしっかり食べれた。お陰で、保存食の量以上に、迷宮に滞在する事ができそうだ。
僕らはペースを崩さず、なるべく一定の速度で探索を続けた。体力を消耗しないよう、可能な限りの対策を行うつもりだ。
「今何層?」
「七。そろそろ十二時だし、お昼にしよう」
「お、もうそんな時間か。腹減ったよ」
「そうだね。魔物の肉もあるし、丁度良いかな」
この日は、昨日より若干時間があった為か、少し進んで九層まで進んだ。
その晩。僕らは明日からの行動方針を定める事にした。
「保存食の残量は?」
「二日分。魔物の肉も合わせれば、三日持つかも」
「この二日で、多少は金になりそうな物も見つけたし、怪物の素材もまあまあ。これなら、総合で見ればプラスにはなるかも」
「じゃあ、明日の午前は進んで、午後から引き返す感じ?」
「「「異議無し」」」
明日からどうするかも決まった僕らは、帰りのルートを決める事にした。だが、ここでトラブル発生。
「こっちのルートは?帰りも、可能なら何か見つけたい」
「行きは最短だったんだし、そのままなぞるべきだよ。時間もギリかもだし」
「少しでもプラスにしたいってのは同意」
「でも、食料も厳しいんでしょ?正直、厳しいと思うわ」
こんな感じで、男女で、見事に意見が分かれたのだ。やいのやいのと議論して、多少行きの道を外れながら、なるべく最短の道を行くという事で、双方の落とし所を見つけた。
「いや~議論したね」
「お互い意見が合う事が多いから、こういう機会は少ないわね」
「ま、良い方法が見つかって良かったじゃねえか」
「そうだね。明日の査定額が楽しみだよ」
「もう一つのテントも欲しいしね」
僕がそう言うと、カップル二人は顔を赤くさせた。このむっつり共が。日本に帰ったらそのまま籍を入れるか婚約するかしてしまえ。
三日目。午前中に進んだ僕らは、なんとか十一層まで進んだ。二桁目まで行った辺りから魔物が強くなり、かつ量も増えた為、思っていたよりも進まなかった。ザックさん達が進んだという二十一層とは、かなりとんでもない所だったらしい。金がある場所は違うなあ。
この時点で手に入れた物は、角兎の角が、おおよそニ十個程、剣狼の爪が三十二個、銀熊の皮が三個。初めてにしては、多分良い方だと思う。
これだけの素材を剥いで、早々と前に進めたのは、ここまでの旅で、獣の解体を練習していたからだろう。この本をくれた本屋のおじさんには感謝だ。
それから、僕らは決められたルートを通って、上へ戻った。戻る分には気楽で、僕らはこの日、六層まで戻った。
「帰りは行きよりも短く感じるって言うけど、本当なんだな」
「五層戻ったのに、体感では三層進んだ時と同じ感じね」
「そうだね。それに、技能の熟練度も少し上がった。ちょっと嬉しいな」
「うん。後は、金がいくらになるかが心配だよ」
「「「本当にそう」」」
そもそもここに入ったのは、力試しでもなければ特訓でもない。僕らの財布の中身が寂しくなったので、その補給に来たんだ。できるだけ金を増やしてから、次の町へ行きたい。
「まあ、あんだけあれば大丈夫だろ」
「プラスにはなるだろうけど、ほんの少しのプラスじゃ意味が無いんだ」
「そうね。欲を言うなら、あの王様に貰った金よりも多く欲しいわ」
「それは欲張り過ぎじゃない?四人で見れば少ないってだけで、一人単位で見れば多い方だったし」
「いや、そんだけ貰えないと厳しいよ」
僕らの今一番の敵は、どう頑張っても少しづつ減る金だ。結局、これは避けようが無い。大金とまでは言わないが、せめて、宿に二、三泊泊まれる位の金は欲しい。
上に戻ったら、何に金を使うかも相談した。金が入ったからと言って、一気に使っては意味が無い。必要か否かを判断し、可能な限り節約に徹するべきだ。
話し合いの結果、上に戻って買う物は、安い二人用テント、多少の保存食、ついでに灯りなんかの消耗品だけにする事にした。予め決めて置けば、無駄に何か買う事も無い。
「四次元ポケットみたいな魔道具買えればなあ……」
「そういうのがあれば楽だよね」
「俺ら初日に見つけたけど、とても手が出せねえような値が付いてたぞ」
「日本円換算だと……おおよそ六千万」
「「ひえっ」」
便利で貴重な物とは言え、六千万とは。土地が買えそうな額だ。さすがにそれは買えないな。ザックさん達みたいな、凄い金がある冒険者しか買わないかも知れない。いや、いくらでも物が入るのは便利だし、金持ちや貴族が買うのかもな。
こればっかりはどうしようも無い話だ。四次元ポケットは一旦忘れよう。
四日目。この日、僕らは想定外に直面した。
「これって……」
「宝箱……だよね」
迷宮内には、極稀に宝箱が生成される。中には、武器、薬、宝石、金銀財宝等、基本高価な物が入っている。魔物や怪物と同じで、これも出所が分からない。迷宮の近くの町が栄え、人が多く出入りするようになるのは、宝箱等から手に入る資源が目当てなのだろう。
勿論、これをどうするかは発見者に委ねられる。怪我、死亡は自己責任な代わりに、こういう所で恩恵を得られるようになっているのだ。
「じゃ、開けるよ」
「罠かもだから、気を付けて」
「慎重にね」
「構えとこう」
覚悟を決めた僕は、勢いよく宝箱を開けた。そして中を覗くと、謎の液体が入ったガラスの瓶と、少しの宝石が入っていた。
それを見た僕らは、目を輝かせた。宝箱の中身は、基本金になる。例の四次元ポケットが手に入る程ではないが、十分過ぎる大金に。
「おお……すっげ」
「宝石だよね……コレ」
「そうね……少なくとも、私達には本物に見えるわ」
「三人共、気を確かに」
僕は三人に注意した。こういう大金は、危険だからだ。
「盗まれる可能性も、偽物の可能性もあるんだから。先ずギルドに帰る。大丈夫だね?」
僕がそう言うと、皆は気を持ち直してくれたようで、表情を引き締め、頷いた。よし、これで良い。
僕らは、急に重くなった荷物を背負って、さらに上へ戻った。重い荷物は、ただ背負って立っているだけでも疲れる。僕らはペースを落とし、三層まで登った。
夜。僕らは鍋を囲んで、あの宝物についての話し合いをした。
「アレ、どうするの?」
「宝石は確実に売る。僕らが持っていても、旅の邪魔になるだけだ」
「あの液体は?」
「もし傷薬や解毒剤なら、持って行っても良いんじゃないかしら。役には立つわ」
僕らは高校生。バイトも禁止だったが為に、纏まった金を入手した時、どうするかがよく分からない。そんな状態の僕らの話し合いは、無論難航した。
「貯金しておくべきだ。またこういう事になった時、使えると便利だ」
「少し旨い飯を食いてえな。偶には贅沢したい」
「ザックさんに、昨晩の代金渡しておきましょう。良心が痛むわ」
「貯金には賛成かな。でも、少し贅沢したい」
とまあこんな感じで、意見が中々纏まらない。貯金しておくと便利だと思うけど、『贅沢したい』と言う大聖と忍さんの気持ちも分かる。諒子の『借りを返そう』という意見も頷ける。さあてどうした物か。
その後、役三十分の長時間の話し合いの結果、予定通りの物を買って、贅沢して、ザックさんに金を返して、残った金を全額貯金する事になった。まあ、あの王様から貰った額よりも多くは残るだろう。
その晩。見張りを交代しに来た大聖と、少し話した。
「なあ聡一、ありがとな」
「なんだよむず痒い」
僕がそう返すと、大聖は僕の方を見て、しっかりと話した。
「いや、金について真剣に考えてくれてよ。あんな動機だったのに」
「金欠ってのは、僕らが抱える一番の問題だからね。真剣にもなるさ」
「それでもだ。ありがとう」
大聖はそう言って、僕の隣に座った。
「俺よう、この世界に来て、すげえ不安だったんだ。だけど、忍の前でカッコつけたくてさ。頑張ったんだ」
「ああ。大聖は忍の前だと、いつもよりしっかりしてたよ」
僕がそう言うと、大聖は「照れるな」と言って、頭を掻いた。大聖の癖だ。照れると頭を掻く。
「忍はいつもしっかり者でさ。良い子なんだよ。俺は忍に甘えてばかりで、何もやれなくてさ」
僕は、床を見つめながら話す大聖の横顔を見つめている。とても穏やかな顔だった。
「それで、忍と話し合ったんだ。『俺にやれる事は無いか』ってさ。そしたら、『二人だけのテントが欲しい』だって。俺、その意図が分かっちゃってさ。恥ずかしかったんだ。だけど、相談したら、コレだ」
「へえ。アレ、忍さんから言い出したんだ」
「ああ見えて、結構むっつりしてるんだぜ」
「お前には負けるだろ」
「何おう」
そんなやり取りをした僕らは、少し笑った。何かが可笑しくて、面白くて、笑った。
一頻り笑った大聖は、再び話し始めた。
「で、それをお前に言ったら、コレだ。この迷宮探索は、俺の我儘で始まったようなモンだ。ごめんな」
「金欠は僕らの一番の問題だって言ったろ?それと向き合うキッカケをくれたんだ。感謝さえできるよ」
「ありがとな」
そう言うと、大聖は穏やかな笑顔のまま、僕の顔を見た。僕も笑い返すと、大聖はさらに顔を緩めた。
「じゃ、そろそろ寝るわ。見張り、よろしくな」
「ああ。任せな」
大聖は良い奴だ。責任感があって、あれで結構優しい。クラスでは割と中心人物だったっけ。
僕はそんな事を考えている内に、いつの間にか寝てしまっていた。
五日目。予定通りなら今日、外に出られる。
僕らは、少しだけペースを上げて、外を目指した。この日は魔物にも遭遇せず、何事も無いまま、僕らは外に出た。
「やっぱ夜だよね」
「まだ七時だ。さっさとギルド行っちまおう」
「そうだね。早く帰還届出して、安全そうな宝石店で換金しよう」
「え?ギルドで売らないの?」
「ギルドで売るよりも、高く売れそうだと思ってね」
迷宮から帰った冒険者は、必ず『帰還届』を出す決まりになっている。ギルドに所属している冒険者の名簿管理には必要な事らしい。
僕らはギルドで、さっさと帰還届を出して、宝石店に向かった。
「ほほう。迷宮産の宝石ですか」
「はい。全部でいくらになりますか?」
「迷宮産は珍しくもないですからな。天然物よりも安くなって……大体これ位ですな」
それを見た僕らは、目を見開いて驚いた。日本円換算でおおよそ五百万。迷宮産はやすくなると聞いたいたが、それでも僕らには大金だ。凄いな。
僕らは宝石商から代金を受け取り、夜の町へ戻った。僕らは、未だ呆然としていた。五百万。王様が『異界の勇者なので、旅の途中では税を取らない』と言っていたので、五百万を、そのまま受け取った。一介の学生に過ぎなかった僕らが、こんな大金を持っている。流石に、衝撃が凄い。
どうやら一番最初に現実に戻って来たらしい忍さんが、僕らを一気に現実まで引き戻す。
「皆!しっかり!ザックさんの所行くよ!」
「はっ!そうだった!」
「五百万の衝撃って凄いわね……」
「これに慣れないようにしよう。元の世界に戻った時が心配だし」
そんな感じで、僕らは以前に行った、ザックさん達の拠点に向かった。正面からでは受け取ってくれないだろうと思った僕らは、こっちの世界の言葉で書いた手紙と、夕食代と、以前一晩泊めてもらったお礼の金を、若干色を付けて、ポストに入れた。
「よし!飯だ飯!」
「その前に宿を取らないとね。前の所で良いかしら?」
「うん。あんまり高いホテルはお金残らないし」
「そうだね。貯金する分は残しときたい」
そんなやり取りをして、僕らは以前泊まった宿の部屋を取った。荷物を置き、僕らは町の食堂へ向かった。
「じゃ、迷宮探索お疲れって事で!」
「「「「かんぱ~い!」」」」
雰囲気だけの乾杯をした僕らは、頼んだジュースを飲み干した。うん。美味しい。普通に美味しい。
注文しておいた料理が来ると、僕らはそれを取り皿に取って、それぞれ食べた。
「ウメエなコレ!」
「大聖!コレも美味しいよ!」
「久し振りの生野菜が体に染みるわ……」
「何日振りだっけ?」
そんな感じで、僕らは久々の豪華な晩餐を楽しんだ。本当に、こんな豪華なご飯を食べたのは久し振りだった。
夕食も食べ終わった僕らは宿に戻り、恐らく疲れが溜まっていたのだろう。少なくとも、僕と諒子は直ぐに寝てしまった。
硬いベッドは、僕らにとってはもう慣れた物になっていた。
友人同士の旅とは結構楽しい物で、僕らは多くの不自由を感じながら、それを楽しんでいた。道を歩き、夜になったら道を少し外れ、火を起こし、テントを張り、飯を作る。それが終わったら、食器を片付け、男女別々に体を拭き、少し話してから眠る。夜は後退で見張りを置いて、周囲の状況を確認する。
時々、小さな町や村にも通り掛かった。食事処で食べる飯は、やはり旨かった。
そして、魔物にも出会った。熊や狼に似ていたが、角が生えてたり爪が長かったりと、やはり地球では見た事が無いような生き物だった。
魔物を倒して行くと、また一つ、僕らの状態が変化した。
「レベルが……上がってる」
そう。魔物を倒すと階位が上がり、それと同時に、自身の身体能力が向上した。より重い物を持ち上げられたり、より早く走れたり、或いはより長く魔術を使い続けられたり。やはりゲームと同じように、レベルが上がると、それだけ強くなるらしい。
技能にも変化が現れた。熟練度の上昇、新たな技能の獲得の二種類の変化だ。僕らの戦力は飛躍的とも言える程向上し、旅路も順調……かに思えた。
「あの王様、金すら殆どくれなかったな」
「次会ったらとっちめてやりたいわ」
「二人共止めときな。どこで誰が聞いてるかも分からないんだ」
「そうだよ。それに、今言っても変わらないよ?」
そう。あの王様が寄越した援助は、大した金じゃなかった。宿を一晩取れば、どんなに安い宿でも一晩で無くなる程度の金額だった。鎧、武器、地図など、旅に必要不可欠な物はくれたが、金銭面では厳しかった。馬車にも乗れないので、僕らは徒歩での移動で、国境を越えようとしている。
「冒険者ギルドの依頼も、でけえ金にはならねえしな」
「厳しい生活が続くよ」
「図鑑だと、あの木の実とあのキノコを食べれるらしい。取って置こう」
食うに困れば、自給自足の生活しか無い。僕らはこうなる事を考え、最初に立ち寄った町で、植物図鑑を買った。どれが食べれて、どれが毒かを知っているだけで、不安は和らいだ。
魔獣の肉も、そこそこ旨かった。種類にもよるが、普通に食べれる味だ。道中の川で採った魚や獣の肉が切れた時に、よく食べた。料理が得意な忍さんと大聖のペアは、こういう所で頼もしかった。
料理が苦手な僕ら前衛組はと言うと、二人の補助やテントの設営、薪を拾うなど、簡単な作業を担当している。
「今日のは何だっけ?」
「猪肉だな。処理はちゃんとしておいた」
「鍋にするよ~楽しみにね~」
「ホント、二人が居て助かったわよ。私と聡一、料理できないし」
「「へへへ」」
二人の料理が出来ると、僕らは焚火を囲んで、それを食べる。お互いのステータスを確認する。どんな技能が成長、増加して、何ができるようになったかを確かめて、どう戦うかを考える。
それも終わると、食器を片付けて、見張りを交代しながら過ごす夜が来る。魔獣の襲撃に気付けるよう、常に見張りを配置する。
その夜、交代しに起きて来た大聖と、少し話した。
「なあ、一つ相談なんだ」
「なんだい?金策なら大歓迎だよ」
「いや違う。そうじゃないんだ」
大聖は、どうやら何か重大な事を話しに来たらしい。顔がそこそこキマっている。大聖はいつもはそこそこふざける事も多いが、こういう所でしっかりする人間だ。きっと何かあったのだろう。話位なら聞いてやろう。
「その……最近忍と……ちょっと……あの……分かるだろ?……その……」
「はいはい解散。さっさと交代しろ僕は寝る」
「ちょっと待ってくれって!」
はいはい詰まり『忍とヤりたいから許可をくれ』だろ?さっさとそう言え。勿論諒子にもな。
しかし、話はそう単純じゃないらしい。大聖は僕の肩を掴んで、無理矢理自分と向き合わせた。
「俺ら、テント一つしか持ってねえじゃんか。で、見張りはいつも一人ずつ。外は嫌らしい。これじゃ、ヤりたくてもヤれねえんだよ」
「確かに……テントを買うには金が掛かる。小さいのにしても、今の僕らには致命傷だしな……」
相手が知らない誰かなら「我慢するか外でヤっとけ」と言うが、大聖は大事な友人だ。かと言って、テントを買うのも難しい。何せ金が無い。稼ぐ手段も、今の状態では限られる。
「僕一人じゃ何も言えない。明日、皆で相談しよう」
「う……恥ずかしいが……それしかないんだな?ならそうする」
うん。聞き分けが良くて助かった。しかし、本当にどうするべきだろうか。宿も取れないテントも変えないでは、本当に我慢してもらうか外で致してもらうかしかできない。それは嫌だと言っているし、可能な限りそれを尊重したい。
にしても、こんな状況でも顔を出すとは、三大欲求とはとんでもない物だな。人間という種の存続の為とは言え、正直驚く。
まあ、後は明日にしよう。今一人で悩んでも、諒子がどう言うかは分からない。
そう考えながら眠ろうとする僕に、一人の人物が話し掛けて来た。
「聡一くん……ちょっと良いかな……?」
アンタもか。アンタもか。そんで何二人揃って頬染めてんだよ。いやまあこういうデリケートな話はそういう反応が正しいんだけどさ。
「テントの話であれば明日にしよう。さっき大聖に話された」
僕がそう言うと、忍さんは元々赤くしていた顔を、更に赤く染めた。似た物同士のカップルだなこの二人。
忍さんが自分の寝袋に戻った辺りで、僕は再び目を閉じた。そのまま僕は、硬い地面の感触を感じながら、そこまで室の高くないであろう眠りに着いた。
翌日。僕らは昨日の相談も相まって、今後の金策について考える事になった。
「……で、何か意見は?」
「冒険者ギルドで稼げる金は大した金額じゃないし、魔獣の素材も碌な物が無い。売っても二束三文だ」
「どこかの町に泊まるにしても、私達お金無いしね~」
「どん詰まり、としか言い様無いわね」
だよなあ。正直な所、僕も何も思い付かない。この一か月半。なるべく質素倹約を心掛け、貯金をして来たが、予算は殆ど変わっていない。
冒険者ギルドの依頼には、少なからず時間が掛かる。それこそ一朝一夕では済まない時間が。それだけの時間を過ごす金は、今の僕らには無い。金を稼ごうにも、その手段が無い状態。こんなのどうしろって言うんだ。
「ただ、行動しない限り変わらない。次の町で、一旦金を稼ぐ手段を考えよう」
「じゃあ、一回足踏みする感じなの?」
「うん。その方が良いと思う。詳しくは道中考えよう」
僕らはこうして、次の町へ向かう事にした。
僕らが王様に渡された地図は、結構おかしな所が多かった。普通こんな形にはならないだろと思うような形をしていたり、明らかに道の方向が違ったり。この世界は、多分中世から近世の間か、近世寄りだろう。広い大陸の正確な測量法も無いのかも知れない。
それでも、どっちの道を行けば良いかの指針にはなった。僕らはそれを頼りに、中途半端に整備された道を進む。
次の町は、地図上ではそこそこ大きくなっている。次の町で一旦止まる事にしたのも、これが理由だ。多分、地図と同じように、他の町より大きい場所なのだろう。
道中、あーでもないこーでもないと、金策について会議を繰り返した。次の町がどんな所か、簡単でも良いから調べられるような物があれば別だったかも知れないが、良い案が出ないまま、僕らは町へ着いてしまった。
「ここだよな」
「うん。『アラリード』という名前らしい」
「じゃ、ここで情報収集するのね」
僕らは王様に発行してもらった身分証を呈示して、町に入る。すると直ぐに、これまでの町とは一線を画す、王都にも近い賑わいが目に入った。
「は~都会だな~」
「人の量が全然違うね大聖」
「ここで止まる事にして正解だったわね」
僕らは路地裏に行き、声を小さくしながら話し合う。
「じゃあ、ふたり一組で行こう。それぞれ男女で、後衛前衛一人ずつ」
「何で?四人で行った方が安心だ」
「男女をペアにして、多少のいざこざを避けるのと、後衛前衛で何かあっても対応できるようにする。二組に分かれて、少しでも効率化を図りたいんだ。恋人と居たい気持ちは尊重したいけど、我慢してくれ」
「「「了解」」」
てな感じで、僕と忍さん、大聖と諒子のペアで、情報収集をする事にした。
僕ら二人は取り敢えず、町の人に聞き込みを行う事にした。現地の事は現地の人に聞くのが一番。分からない所は他人に聞くべきだ。僕は人の良さそうな男性に話し掛けた。
「こんにちは」
「おお、こんにちは。旅人かい?」
「ええ。ちょっと聞きたい事があるんです。この町で、金を稼ぐ良い方法ってあります?」
僕がそう聞くと、男性を少し悩む素振りをしてから、僕に話し始めた。
「腕に自信があるなら、迷宮にでも潜ったらどうだい?素材は高く売れるし、新しいポイントを発見したら一攫千金だ」
迷宮。神話の時代に神々が作り出したとされる、謎多き建造物。高度な技術が用いられ、少なくともこの世界では再現できないとされているらしい。中では魔物と、それに属さない怪物と呼ばれる生物がたむろしている。ある程度の実力を持った冒険者の稼ぎ場は、基本ここになるらしい。
確かに、今の僕らがどの程度の実力なのかを測る指標にもなるかも知れないし、金が入るなら万々歳だ。一回試してみても良いかもな。
「ありがとうございます」
「いやいや質問に答えただけさ。大した事じゃない」
そう言って、僕は男性から離れた。良い情報が手に入ったし、一旦はこれで良いだろう。次は、今日の宿な訳だが……
「問題はそっち。だよね」
「うん。基本、路地裏や道路で寝泊まりする事は禁じられている。だから、町に泊まるなら宿を取る必要がある。けどねえ……」
本当に、金が無いだけでここまで行動が制限されるのか。
「今晩の宿だけって事なら、今の所持金に加え、魔物から取れた角やら皮やらを売れば何とかなりそう。問題は、『明日からどうなるか』なんだよね」
「冒険者ギルドに泊まるのは?」
「それでもだよ。二日も泊まれる程の金じゃない」
でも、冒険者ギルドに行くのは良い提案だ。あそこなら、今の手持ちにある素材を売る事だって可能な筈だ。待ち合わせ場所もそこにしたし、丁度良い。
その後も聞き込みを続けた僕らは、『迷宮に行くのが今の最適解』という結論を出して、待ち合わせ場所に向かった。
「聡一!忍!遅かったなあ!」
「ゴメンゴメン。ちょっと道に迷っちゃってね」
そう言って、僕らは席に座った。どうやら少しだけ待っててくれたらしい。
「情報は集まったのかしら?」
「一応、『迷宮に行くのが良い』って事にはなったよ」
「こっちも同じだな。この町の近くにでかい迷宮があって、そこに行くと良いみたいな話を聞いた」
「なら私達は、一先ず迷宮に向かうって感じで良いかな?」
「うん。それで行こう」「ああ」「そうね」
僕らは話し合った結果、今日は準備に充てて、明日迷宮に向かう事にした。
僕らは準備している間、残った問題について話し合った。
「で、明日からの宿どうする?」
「迷宮で、即金になる何かがあれば別だが、四人分の宿となるとなあ……」
「あの素材は売ったけど、今日一晩の宿で消えるわね」
「服や装備の予備も無い訳だから、これを売る事もできないしね」
迷宮で金になる物は、主に二つ。先ず、新しい場所の発見、開拓。迷宮で未発見だった領域が発見された場合、発見者に多額の報酬が支払われる。だがこれは、支払われるまでに最低でも数日の空きがある。これは使えない。二つ目は、魔物と怪物の素材の売却。あれらの体の、有用な部分を持ち帰り、それを売却する事で、金になる。だがこれは、余程需要のある物でない限り、大した金にならない。当てにはできない。
だが、まだ手はある。申請さえすれば、迷宮の中での寝泊まりも許される。長期間の探索で、多少金になる物を見つけられれば、今よりかはマシになる可能性が残されている。
「だけど、その為のお金が……」
「保存食は三日分。三日の内にどうこうできなかったら、それこそ終わりよ」
「ギャンブル性は多いに含まれるけど、それでも仕方無いと思うよ」
「どうせやらなきゃやらないで、じわじわと詰むだけだ。やったろうぜ!」
幸いな事に、野宿の為の道具は揃っている。買う事になったのは、迷宮の中の地図と、四人分の保存食だけだった。まあ、それで金は底を付いた訳だが。
その晩、せめてもの気遣いという事で、大聖と忍さんを二人だけの部屋にした。うん。壁が薄いなこの建物。
「若いわね」
「それを僕らが言うのかい?」
大聖と忍さんを同じ部屋にした一方、僕と諒子は同じ部屋になった。
それから少しして、暇な僕ら前衛同士、さらに連携を高められないかと、僕らは少し話し合う事にした。
話し合い、話し合い、繰り返し、明日試す事を決めた僕らはいよいよ暇になった。僕らはそれぞれのベッドに横になり、硬いベッドの感触を確かめた。
「硬いわね」
「王様が住む城でアレなんだし、仕方無いね」
それだけの言葉を交わしただけで、僕らの会話は尽きてしまった。こういう時、自分の会話の引き出しの少なさが嫌になる。
部屋には、隣の部屋から聞こえて来る声と、窓の外に居る鳥の声だけが響いている。
「ねえ、旅に出る一日前の事、覚えてるでしょ?」
「うん。二日位気まずかったのが印象的だったね」
「そりゃ、あんな事して気まずくならない人の方が少数派でしょ」
あの日、僕らは一応恋仲になった。だが、この一か月半。僕らは旅ばかりで、恋人らしい事が何もできていない。ちょっと申し訳無い。それを諒子に伝えると、「仕方無い事よ。忙しかったし」と言って、軽く笑った。
「でもまあ、ちょっと寂しいわね」
「ははは。まあ、同意だよ」
僕がそう言うと、諒子は自分のベッドから降りて、代わりに僕のベッドに来た。僕は体を起こし、諒子の体を抱きしめた。
「こうしていると、少し安心するね」
「そうね。寒い訳でもないのに人が身を寄せ合うのは、きっと安心するからなんでしょうね」
「誰の名言?」
「私」
それを聞いた僕は、少し笑った。諒子もそれに釣られてくれたのか、一緒に笑ってくれた。
一頻り笑った僕らは、同じベッドに横になった。
「壁薄いのよ?」
「向こうが気にしてないんだよ?僕らが気にする必要も無いでしょ」
「まあ、その通りかもね」
部屋の中に聞こえる音が、二つ増えた。
翌日。僕らはギルドの受付に来ている。迷宮の長期探索の申請をする為だ。
しかし、僕らは少し揉めている。
「いや、なんで駄目なんですか?」
「ですから、何かしらの実績がある方々でない限り、迷宮探索は認められません」
「ですから、その『実績』ってどういう物ですか?」
そう、入れないのだ。ギルドの原則として、何かの実績が無いと迷宮に入れないらしい。そして、僕らはその実績を持っていない事になっているらしい。一応、魔物の討伐とかに当たる事はやったんだけどなあ。
「魔物、賞金首の討伐等ですね。ギルドの履歴にそれらの記録がありませんので、許可は出せません」
「昨日、魔物の素材を売りに来たんですが、それも駄目ですか?」
「ギルドの履歴には残っておりませんので、お受けできません」
いや、素材の売却も履歴に残しておいてくれよ。こんな事なら、少し素材を残しておくんだった。
まあ、過ぎた事を嘆いても仕方が無い。どうにかできないかを考えよう。
「じゃあ、何か手っ取り早いのありますか?」
「でしたら、こちらの……」
「オイオイオイ!手前らみてえなガキが、迷宮に潜れると思うのかあ!?」
おっと柄の悪そうなお兄さん登場。なんという悪人面。おっかねえ。
「ザックさん。止めてください」
「レイラさん、このガキの思い上がりを正そうとしてるだけですよ」
「いやそうは見えないわね」
諒子ナイスツッコミ。ていうか、ギルドの人間の怪我も死も自己責任なんだから、別に良いだろうよ。いや僕ら死にたい訳じゃないんだけどさ。
ただまあ、渡りに船とも言える。ちょっと交渉してみよう。
「ねえザックさん。貴方、強いんですか?」
「当たり前だガキ。大人舐めんな」
「レイラさん、この人倒したら、実績になりますか?」
「え?ちょっとお待ちください……はい。ザックさんは迷宮第二十一階到達の実績もありますので、決闘で勝利した場合、実績として、『ザックさんに勝利した』事が追加されます」
やったぜ。まあ、こうなればやる事は一つ。勝てば良いなら、先ず勝負するべきだ。
「ザックさん、この後時間あります?」
「決闘しましょう」
ギルドの地下。そこには、ギルドやギルドに所属している人間が利用できる、闘技場が存在する。僕らの決闘も、ここで行われる。
決闘のルールはたった一つ。『相手を殺さない』。これだけ。つまり、基本はなんでもアリ。
僕ら四人とザックさんチーム四人の決闘。相手は前衛四人のチーム。僕ら前衛が、如何に攻撃を後衛から逸らせるかだな。
「準備は良いかガキ共お!」
「立場分からせたるわあ!」
「若いのが死ぬのは見たくねえからなあ!」
うん。見た目に反して良い人だ。多分僕らに忠告したのも、僕らを生かす為なんだろう。だが、僕らは行くしか無いのだ。何故なら金が無いから。
「はい!」
「では、決闘を始めます!正々堂々、勝負してください!」
そう言って、レイラさんはホイッスルを鳴らした。それと同時に、相手四人が、真っ先に後衛二人に向かった。
だが、それを見逃す僕らではない。僕と諒子は二人の足を払い、もう二人の刃を受けた。
「やるな!」
「伊達にしごかれてないもんでね!」
そして僕ら前衛は自分達にバフを掛け、後衛二人は僕らが相手できない二人を攻撃する。
「「身体強化!」」
「「炎槍!」」
しかし、これで決まる程相手も弱くない。僕らの攻撃を弾き、体勢を立て直す。
だが、流れを逃す訳には行かない。僕らは後退した相手に畳みかけ、後衛から目を逸らさせる。
「諒子!パターンAー四!」
「了解!」
この一か月半。僕らは様々な事を試し、新たな技能を獲得して来た。これは、それを活用した戦闘パターン。僕は技能『投擲』を使用し、敵に剣を投げる。敵はそれを弾き、それを諒子が掴む。諒子は技能『二刀流』を使い、その二本を同時に操り、敵を攻撃する。それと同時に、僕は技能『徒手武術』を使い、相手を一か所に抑え込む。
しかし、相手もタダじゃ終わらない。相手は僕ら二人を剣で弾き飛ばした。
「一か所に集めても、お前らじゃどうにもならんだろ!」
「私らは本命じゃない!」
そう。この戦闘パターンは、僕らが本命じゃない。ようやくその事に気付いた四人組は、僕らの後ろに居る、後衛二人に目を向けた。
この一か月半。二人は連携を強めた。技能も数多く獲得した事で、多くの戦闘パターンのトドメ役になる事も多い。
先ず、忍さんが大聖に、魔力補助を使い、魔術の威力を底上げする。それを受けた大聖が、大技で決める。
「炎嵐!」
「「「「うわあああああああああ!」」」」
今度のは決まった。魔術の効果が切れると、そこには、ボロボロになった四人組が居た。
「死なないようにはしたつもりだったけど……生きてるよな?」
「うん。生きてるけど……忍さん、一応治してあげて」
「分かった。治癒」
「便利ねえ……」
忍さんが魔術を掛けると、四人の傷が治って行く。完治とまでは行かないが、火傷やなんかの小さな傷は、全部治った。
「やっぱり四人は疲れるね」
「後は大丈夫かしら?」
この結果を見れば、日を見るよりも明らかだが、この勝負僕らの勝ちだ。つまり、僕らが一番手に入れたい、アレが手に入る。
「僕らの勝ちです!レイラさん、これで僕らは、『実績』を手に入れた事になるんですよね?」
僕がそう言うと、少し呆然としていたレイラさんは、はっとしたような顔で僕らを見た。
「は、はい!問題ありません!」
それを聞いた僕らは、多分今日一番の笑顔で、喜びを表した。
そして、後は迷宮に潜るだけとなった所で、僕らはデジャブに遭遇した。
「もう一日に入れる定員になっています。なので、今日は迷宮に入れません」
「またか」
てな感じで、僕らはまだ迷宮に入れないでいる。正直うんざりしている。
規則なら仕方無いが、正直ここで迷宮に入れなければ、もう今晩の宿も無い。この町を出るしか無い。つまりは詰む。ここで諦めれば、僕らは相当厳しい事になるんだけども……
「仕方無い。取り敢えず、今日泊まれる所を探そう。もしかしたら、今の所持金でも泊めてくれる所があるかも知れない」
「いや、無理でしょ」
「そうね。望み薄だわ」
「どうすんだ?俺ら今日迷宮に入れなきゃ、相当ヤバいぞ」
そうなんだよなあ。だけども、今日入れる訳も無い。泊まれる場所が無ければ、僕らはこの町に留まれない。いや本当にどうしよう。
そんな事を悩んでいる僕らに、ある男性が声を掛けて来た。
「おいおいおいガキ共!こんな所で何してる!?」
そう、先程僕らに負けた、あの柄の悪いお兄さん達である。
「ああ、ザックさんでしたっけ。実はかくかくしかじか……」
「いや伝わらねえぞ」
ちょっとふざけました。済みません。
そして、僕は今の僕らの状況を、ザックさん達に話した。
「どうにかなりそうな所ありません?」
「ははははは!俺達に任せなガキ共!」
「ガキを外で寝かす程、俺ら腐ってねえよ!」
「今日は俺達の拠点に泊まって行きな!」
マジでか。やったぜ。後ろの三人を見ると、まあ渋々といった感じで、軽く頷いてくれた。
「ありがとうございます。お世話になります」
「はははは!ガキを守るのは大人の仕事だ!任せときな!」
うん。見た目と口調が悪そうなだけで、ただの良い人だ。ありがたい。
僕らはザックさん達に案内されて、彼等の拠点に着いた。まあ広い。彼等がどれだけ大きなグループに居るかが分かる。
内装も凄い。よく分からない絵画とか、なんか高そうな壺とかある。金使ってるなあ凄いなあ。
僕らは奥の方の部屋に案内されて、それぞれ二つの部屋に泊まらせてもらう事になった。
「そこの魔術師二人はこっち。残りの二人はそっちの部屋だ」
「ありがとうございます」
「良いって事よ。なんか困ったら聞きに来な」
部屋の中は、まあそこそこ質素だった。必要な家具だけを揃えた、簡単な部屋。まあ、人に見せる為の部屋じゃないんだし、当然か。
ベッドは、昨日泊まった宿よりかは柔らかかった。ちょっと感動。やっぱり金あるんだな。あの人達、一体何者なんだろう。
「あの人達、大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だよ。あの人達は善人。僕らに害を与えるような人じゃない」
諒子は「そうかなあ……」と言っていたが、結局は納得してくれたようで、『襲って来たらぶっ飛ばす』と豪語している。逞しい恋人を持てて幸せだよ。
飯は僕らが勝手に食べて来る事になった。お代はザックさん達が立て替えてくれるとの事だったので、僕らは結構しっかり食べた。旨かった。
「いやあ良い人達だな!正直助かったよ!」
「まあ、顔怖いけど……」
「一応は恩人だし、気にしないでおこう」
「それが良いわ。お互いに信じて、初めて『信頼』は価値を得るんだもの」
「誰の名言?」
「私」
それを聞いた僕らは、少し笑った。このやり取りは前にもやったな。
腹も膨れた僕らは、一つの部屋に集まった。目的は勿論、作戦会議だ。
「じゃあ、今日のザックさん達との戦闘を見て、分かった事を言って行こう」
先ず、問題を見つける。ゴールが見当たらないレースには終わりが無い。それではただ疲れるだけだ。先ずはゴールと、そこまでの中継地点と成り得る物を決める。
「魔術の発動までが遅かったな。やっぱり、対人は慣れない」
「自分の腕力の無さが露呈したわね。簡単に押し返されちゃう」
「一度にバフを何個もっていうのは、やっぱりまだ疲れるかな。やってる間動けないし」
「腕力の無さってのは、本当にそうだね。後、自分へのバフの効果も上げたい」
それを元に、新しく作戦を練ったり、既存の作戦を作り直したりする。より効果的な、より弱点をカバーできるような物にする。
二、三個程作戦を作って、僕らはそこで作戦会議を止める。あまり多く作っても、一々覚えていられない。明日、実践で試し、そこで使えそうだと判断した物を、戦闘パターンとして覚える。
作戦会議が終わった後は、基本雑談する。その日にあった、どんな些細な事でも、笑い話にする。希望を見失わないように、或いは少しでもポジティブに考えられるように。
それも一段落すると、僕らはそれぞれの部屋に戻った。寝る為、というのは、その言葉の意味合いに因っては正確ではない。
翌日。僕らはザックさん達にお礼を言って、彼等と別れる事にした。
「昨晩は、どうもありがとうございました。一宿一飯の恩は忘れません」
「ははは!気にすんな!」
「またいつでも頼れ!」
「迷宮に行った時、会ったら挨拶してくれ!」
僕らは彼等に別れを告げ、迷宮へ出発した。最後まで気持ちの良い人達だったな。
そんな感じで、僕らは迷宮に着いた。今回は定員に間に合い、僕らは迷宮に入る事ができた。
初日。今日は迷宮の中に入り、迷宮の中での生活を確かめる。
「にしても、どうなってんだこの建物」
「神話の世界に、神々が作り出したとされてるらしいけど、実際は不明らしいよ」
「まあ、私達が気にする事じゃないわ。今は先を急ぐべきよ」
「そうだね。進もう」
そんな事を言いながら、僕らは先に進んだ。迷宮はレンガのような物で作られ、広い空間は、魔力が使われた灯りで照らされている。
他の冒険者もちょくちょく見かけた。適当な挨拶を交わして、僕らは先へ進んだ。
勿論、魔物や怪物との戦闘もあった。昨日考えた作戦も、大体は通じなかった。まあ、それ以外の戦闘パターンで十分に対処できる。僕らはなるべく体力を温存しながら、戦闘を終わらせる。
「この魔物や怪物、どこから来るんだろうね」
「迷宮の中で生まれたって考えるのが普通だが、そう簡単な話じゃねえよな」
「明らかに、減る数の方が多いだろうしね」
「そうね。何か原因が……止めましょう。なんか怖くなって来たわ」
僕らはその日、四層まで降りた。高い金を払って買った、この地図のお陰だろう。良い物を手に入れた。
その日、僕らは迷宮内でキャンプをする事にした。僕らは体感の時間を、なるべく地上と合わせる為に、懐中時計を用意した。それを見て、適した時間に食事をして、適した時間に就寝する。生活のルーティンを崩すのは、あまり望ましくない。
適度に睡眠を取りながら、見張りも交代する。迷宮であった事は基本自己責任なので、それを利用して、盗みを働く輩も居るらしい。魔物や怪物だけでなく、人にも気を遣う必要があるとは、迷宮とは中々に面倒な物だ。
二日目。七時間程眠ると、僕らは皆起き上がる。簡単な朝食を取って、また探索を再開する。幸いな事に、迷宮の中に居る魔物達はしっかり食べれた。お陰で、保存食の量以上に、迷宮に滞在する事ができそうだ。
僕らはペースを崩さず、なるべく一定の速度で探索を続けた。体力を消耗しないよう、可能な限りの対策を行うつもりだ。
「今何層?」
「七。そろそろ十二時だし、お昼にしよう」
「お、もうそんな時間か。腹減ったよ」
「そうだね。魔物の肉もあるし、丁度良いかな」
この日は、昨日より若干時間があった為か、少し進んで九層まで進んだ。
その晩。僕らは明日からの行動方針を定める事にした。
「保存食の残量は?」
「二日分。魔物の肉も合わせれば、三日持つかも」
「この二日で、多少は金になりそうな物も見つけたし、怪物の素材もまあまあ。これなら、総合で見ればプラスにはなるかも」
「じゃあ、明日の午前は進んで、午後から引き返す感じ?」
「「「異議無し」」」
明日からどうするかも決まった僕らは、帰りのルートを決める事にした。だが、ここでトラブル発生。
「こっちのルートは?帰りも、可能なら何か見つけたい」
「行きは最短だったんだし、そのままなぞるべきだよ。時間もギリかもだし」
「少しでもプラスにしたいってのは同意」
「でも、食料も厳しいんでしょ?正直、厳しいと思うわ」
こんな感じで、男女で、見事に意見が分かれたのだ。やいのやいのと議論して、多少行きの道を外れながら、なるべく最短の道を行くという事で、双方の落とし所を見つけた。
「いや~議論したね」
「お互い意見が合う事が多いから、こういう機会は少ないわね」
「ま、良い方法が見つかって良かったじゃねえか」
「そうだね。明日の査定額が楽しみだよ」
「もう一つのテントも欲しいしね」
僕がそう言うと、カップル二人は顔を赤くさせた。このむっつり共が。日本に帰ったらそのまま籍を入れるか婚約するかしてしまえ。
三日目。午前中に進んだ僕らは、なんとか十一層まで進んだ。二桁目まで行った辺りから魔物が強くなり、かつ量も増えた為、思っていたよりも進まなかった。ザックさん達が進んだという二十一層とは、かなりとんでもない所だったらしい。金がある場所は違うなあ。
この時点で手に入れた物は、角兎の角が、おおよそニ十個程、剣狼の爪が三十二個、銀熊の皮が三個。初めてにしては、多分良い方だと思う。
これだけの素材を剥いで、早々と前に進めたのは、ここまでの旅で、獣の解体を練習していたからだろう。この本をくれた本屋のおじさんには感謝だ。
それから、僕らは決められたルートを通って、上へ戻った。戻る分には気楽で、僕らはこの日、六層まで戻った。
「帰りは行きよりも短く感じるって言うけど、本当なんだな」
「五層戻ったのに、体感では三層進んだ時と同じ感じね」
「そうだね。それに、技能の熟練度も少し上がった。ちょっと嬉しいな」
「うん。後は、金がいくらになるかが心配だよ」
「「「本当にそう」」」
そもそもここに入ったのは、力試しでもなければ特訓でもない。僕らの財布の中身が寂しくなったので、その補給に来たんだ。できるだけ金を増やしてから、次の町へ行きたい。
「まあ、あんだけあれば大丈夫だろ」
「プラスにはなるだろうけど、ほんの少しのプラスじゃ意味が無いんだ」
「そうね。欲を言うなら、あの王様に貰った金よりも多く欲しいわ」
「それは欲張り過ぎじゃない?四人で見れば少ないってだけで、一人単位で見れば多い方だったし」
「いや、そんだけ貰えないと厳しいよ」
僕らの今一番の敵は、どう頑張っても少しづつ減る金だ。結局、これは避けようが無い。大金とまでは言わないが、せめて、宿に二、三泊泊まれる位の金は欲しい。
上に戻ったら、何に金を使うかも相談した。金が入ったからと言って、一気に使っては意味が無い。必要か否かを判断し、可能な限り節約に徹するべきだ。
話し合いの結果、上に戻って買う物は、安い二人用テント、多少の保存食、ついでに灯りなんかの消耗品だけにする事にした。予め決めて置けば、無駄に何か買う事も無い。
「四次元ポケットみたいな魔道具買えればなあ……」
「そういうのがあれば楽だよね」
「俺ら初日に見つけたけど、とても手が出せねえような値が付いてたぞ」
「日本円換算だと……おおよそ六千万」
「「ひえっ」」
便利で貴重な物とは言え、六千万とは。土地が買えそうな額だ。さすがにそれは買えないな。ザックさん達みたいな、凄い金がある冒険者しか買わないかも知れない。いや、いくらでも物が入るのは便利だし、金持ちや貴族が買うのかもな。
こればっかりはどうしようも無い話だ。四次元ポケットは一旦忘れよう。
四日目。この日、僕らは想定外に直面した。
「これって……」
「宝箱……だよね」
迷宮内には、極稀に宝箱が生成される。中には、武器、薬、宝石、金銀財宝等、基本高価な物が入っている。魔物や怪物と同じで、これも出所が分からない。迷宮の近くの町が栄え、人が多く出入りするようになるのは、宝箱等から手に入る資源が目当てなのだろう。
勿論、これをどうするかは発見者に委ねられる。怪我、死亡は自己責任な代わりに、こういう所で恩恵を得られるようになっているのだ。
「じゃ、開けるよ」
「罠かもだから、気を付けて」
「慎重にね」
「構えとこう」
覚悟を決めた僕は、勢いよく宝箱を開けた。そして中を覗くと、謎の液体が入ったガラスの瓶と、少しの宝石が入っていた。
それを見た僕らは、目を輝かせた。宝箱の中身は、基本金になる。例の四次元ポケットが手に入る程ではないが、十分過ぎる大金に。
「おお……すっげ」
「宝石だよね……コレ」
「そうね……少なくとも、私達には本物に見えるわ」
「三人共、気を確かに」
僕は三人に注意した。こういう大金は、危険だからだ。
「盗まれる可能性も、偽物の可能性もあるんだから。先ずギルドに帰る。大丈夫だね?」
僕がそう言うと、皆は気を持ち直してくれたようで、表情を引き締め、頷いた。よし、これで良い。
僕らは、急に重くなった荷物を背負って、さらに上へ戻った。重い荷物は、ただ背負って立っているだけでも疲れる。僕らはペースを落とし、三層まで登った。
夜。僕らは鍋を囲んで、あの宝物についての話し合いをした。
「アレ、どうするの?」
「宝石は確実に売る。僕らが持っていても、旅の邪魔になるだけだ」
「あの液体は?」
「もし傷薬や解毒剤なら、持って行っても良いんじゃないかしら。役には立つわ」
僕らは高校生。バイトも禁止だったが為に、纏まった金を入手した時、どうするかがよく分からない。そんな状態の僕らの話し合いは、無論難航した。
「貯金しておくべきだ。またこういう事になった時、使えると便利だ」
「少し旨い飯を食いてえな。偶には贅沢したい」
「ザックさんに、昨晩の代金渡しておきましょう。良心が痛むわ」
「貯金には賛成かな。でも、少し贅沢したい」
とまあこんな感じで、意見が中々纏まらない。貯金しておくと便利だと思うけど、『贅沢したい』と言う大聖と忍さんの気持ちも分かる。諒子の『借りを返そう』という意見も頷ける。さあてどうした物か。
その後、役三十分の長時間の話し合いの結果、予定通りの物を買って、贅沢して、ザックさんに金を返して、残った金を全額貯金する事になった。まあ、あの王様から貰った額よりも多くは残るだろう。
その晩。見張りを交代しに来た大聖と、少し話した。
「なあ聡一、ありがとな」
「なんだよむず痒い」
僕がそう返すと、大聖は僕の方を見て、しっかりと話した。
「いや、金について真剣に考えてくれてよ。あんな動機だったのに」
「金欠ってのは、僕らが抱える一番の問題だからね。真剣にもなるさ」
「それでもだ。ありがとう」
大聖はそう言って、僕の隣に座った。
「俺よう、この世界に来て、すげえ不安だったんだ。だけど、忍の前でカッコつけたくてさ。頑張ったんだ」
「ああ。大聖は忍の前だと、いつもよりしっかりしてたよ」
僕がそう言うと、大聖は「照れるな」と言って、頭を掻いた。大聖の癖だ。照れると頭を掻く。
「忍はいつもしっかり者でさ。良い子なんだよ。俺は忍に甘えてばかりで、何もやれなくてさ」
僕は、床を見つめながら話す大聖の横顔を見つめている。とても穏やかな顔だった。
「それで、忍と話し合ったんだ。『俺にやれる事は無いか』ってさ。そしたら、『二人だけのテントが欲しい』だって。俺、その意図が分かっちゃってさ。恥ずかしかったんだ。だけど、相談したら、コレだ」
「へえ。アレ、忍さんから言い出したんだ」
「ああ見えて、結構むっつりしてるんだぜ」
「お前には負けるだろ」
「何おう」
そんなやり取りをした僕らは、少し笑った。何かが可笑しくて、面白くて、笑った。
一頻り笑った大聖は、再び話し始めた。
「で、それをお前に言ったら、コレだ。この迷宮探索は、俺の我儘で始まったようなモンだ。ごめんな」
「金欠は僕らの一番の問題だって言ったろ?それと向き合うキッカケをくれたんだ。感謝さえできるよ」
「ありがとな」
そう言うと、大聖は穏やかな笑顔のまま、僕の顔を見た。僕も笑い返すと、大聖はさらに顔を緩めた。
「じゃ、そろそろ寝るわ。見張り、よろしくな」
「ああ。任せな」
大聖は良い奴だ。責任感があって、あれで結構優しい。クラスでは割と中心人物だったっけ。
僕はそんな事を考えている内に、いつの間にか寝てしまっていた。
五日目。予定通りなら今日、外に出られる。
僕らは、少しだけペースを上げて、外を目指した。この日は魔物にも遭遇せず、何事も無いまま、僕らは外に出た。
「やっぱ夜だよね」
「まだ七時だ。さっさとギルド行っちまおう」
「そうだね。早く帰還届出して、安全そうな宝石店で換金しよう」
「え?ギルドで売らないの?」
「ギルドで売るよりも、高く売れそうだと思ってね」
迷宮から帰った冒険者は、必ず『帰還届』を出す決まりになっている。ギルドに所属している冒険者の名簿管理には必要な事らしい。
僕らはギルドで、さっさと帰還届を出して、宝石店に向かった。
「ほほう。迷宮産の宝石ですか」
「はい。全部でいくらになりますか?」
「迷宮産は珍しくもないですからな。天然物よりも安くなって……大体これ位ですな」
それを見た僕らは、目を見開いて驚いた。日本円換算でおおよそ五百万。迷宮産はやすくなると聞いたいたが、それでも僕らには大金だ。凄いな。
僕らは宝石商から代金を受け取り、夜の町へ戻った。僕らは、未だ呆然としていた。五百万。王様が『異界の勇者なので、旅の途中では税を取らない』と言っていたので、五百万を、そのまま受け取った。一介の学生に過ぎなかった僕らが、こんな大金を持っている。流石に、衝撃が凄い。
どうやら一番最初に現実に戻って来たらしい忍さんが、僕らを一気に現実まで引き戻す。
「皆!しっかり!ザックさんの所行くよ!」
「はっ!そうだった!」
「五百万の衝撃って凄いわね……」
「これに慣れないようにしよう。元の世界に戻った時が心配だし」
そんな感じで、僕らは以前に行った、ザックさん達の拠点に向かった。正面からでは受け取ってくれないだろうと思った僕らは、こっちの世界の言葉で書いた手紙と、夕食代と、以前一晩泊めてもらったお礼の金を、若干色を付けて、ポストに入れた。
「よし!飯だ飯!」
「その前に宿を取らないとね。前の所で良いかしら?」
「うん。あんまり高いホテルはお金残らないし」
「そうだね。貯金する分は残しときたい」
そんなやり取りをして、僕らは以前泊まった宿の部屋を取った。荷物を置き、僕らは町の食堂へ向かった。
「じゃ、迷宮探索お疲れって事で!」
「「「「かんぱ~い!」」」」
雰囲気だけの乾杯をした僕らは、頼んだジュースを飲み干した。うん。美味しい。普通に美味しい。
注文しておいた料理が来ると、僕らはそれを取り皿に取って、それぞれ食べた。
「ウメエなコレ!」
「大聖!コレも美味しいよ!」
「久し振りの生野菜が体に染みるわ……」
「何日振りだっけ?」
そんな感じで、僕らは久々の豪華な晩餐を楽しんだ。本当に、こんな豪華なご飯を食べたのは久し振りだった。
夕食も食べ終わった僕らは宿に戻り、恐らく疲れが溜まっていたのだろう。少なくとも、僕と諒子は直ぐに寝てしまった。
硬いベッドは、僕らにとってはもう慣れた物になっていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる