怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#10 ノストラダムスの大予言

箸休め 神宮寺

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 達也は時々、どこか遠くを見つめるような事があった。儂はその目を見る度、少し背筋が冷えるような思いをした物だ。

「考え事か?」
「……ああ。そんな所だ」
 随分と戦った。怪異を殺し、悪霊を滅し、悪さをする妖怪を片っ端からとっちめた。終いには百鬼夜行を生き抜き、協会で最強とさえ呼ばれるようになった。先日の百鬼夜行で空席になった会長の座も、達也が手に入れる事になっている。
「達也。『最強』って夢、叶ったな」
「……いやまだだ。まだ、かつての春明はるあきさんに敵わないだろう」
 かつての協会最強。達也が最強を目指す切っ掛けになった退魔師。先日の百鬼夜行を終えた後、『役目を終えた』と言わんばかりに亡くなってしまった。
 達也は春明さんによく懐いていた。暇さえあれば『勝負だ!』なんて言って、会長室に向かって飛んで行っている姿をよく見た。きっと寂しいのだろう。俺は達也の背中を擦りながら、慰めの言葉を掛ける。
「あの人が死んだのは残念だった。これからは、俺達が協会を引っ張って行くんだ」
 少しの間が空く。その沈黙を作ったのは俺の言葉だが、壊したのは達也の言葉だった。
「残念?それは少し違う。俺は悔しいんだ」
 俺は少し驚いて、達也の顔に視線を向ける。その顔には何の表情も無かったが、目には怒りを湛えていた。どこか遠くを見つめる視線のまま、達也は話を続ける。
「あの人は強かった。勝てなかった。確かにあの人は死んだ。今の協会で、俺達と並ぶ人間は居るかも知れないが、勝てる人間は居ないだろう。だが、それはあくまで繰り上がりでしかない」
 『何を言っているんだ?』。そんな簡単な言葉を、俺は発する事ができなかった。気圧された。達也が今抱えている感情は、コイツの家族が悪霊の祟りで死んだ時とは比べ物にならない大きさをしている。コイツは身内の死よりも、目標の喪失のほうが腹立たしいのだ。
「俺が夢見た最強はここじゃない。あの人を超える。あの世に行った時、春明さんに勝てるまで強くなる。そうなった後も強くなる。だから……」
 達也は俺の手を弾き、俺と正面切って向き合う。達也は俺の肩に手を置いたまま、その言葉の続きを発する。

「手を貸せ親友。まだ終わってない」

 その姿はとても恐ろしく、とても頼もしい物だった。


「ってのがぁ!俺と達也が今まで戦って来た理由でなぁ!」
「親父。それを話すのもう何回目だ?」
「あぁ!?あぁ……」
 酔ったお爺様をお父様とお母様が介抱して、それを私が遠目に見る。我が家で宴会が開かれる時はいつもこんな感じの光景が広がる。協会最強がこんな感じとは、にわかには信じ難いだろう。
 神宮寺家は歴史ある家柄という訳ではなく、お爺様がほぼ一代でこの地位を築いた。お婆様は私が物心つく前に逝去されているし、お父様とお母様は戦闘能力に乏しい。自然と、戦うのはお爺様一人になる。
 だけど、明日からは違う。私は今日、丁度十五歳の誕生日。協会の退魔師として戦える。お爺様にしごかれた結果、既に白金級退魔師として登録されている。明日からお爺様の役に立てる。ああ楽しみだな。
「幸子。もう十一時だ。そろそろ寝た方が良いわよ」
「は~いお母様」
 いつもは口煩く感じるお母様も、今はそこまで不快に感じない。私はお母様の言う事に素直に従い、寝室へ向かう。

 翌日。協会本部に来た私は、一人の女の子……いや、女性と言っても良いのかも知れない。兎に角、自分と同年代の退魔師を見掛けた。そして直ぐに好きになった。
 霊力はその存在の性質を表すらしい。霊力を視覚的に捉える千里眼を持つ私は、そういうのに人一倍敏感だった。だがその人は、少しの揺らぎも濁りも無い、凪いだ海のような霊力を持っていたのだ。気付けば、私はその人に走り寄っていた。
「……誰だ?」
 やってしまった!なんでこんな事をしたんだ!いや待てプラスに考えよう。この人とお近付きになりたい。その為には、先ず話し掛けなければ。
「えぇっと……その……」
「用事が無いならもう行くよ。やる事があるんだ」
「え!?ちょっと待……あ……」
 その人は、私を待ってはくれなかった。私も鍛えて来たつもりだったけど、あの人はもっと強かった。強くなれば、あの人は私を見てくれるんだろうか。

 そこからだった。私の中で、何かに火が点いたのは。高校に通いながらにはなったけど、可能な限り任務を消化し、お爺様に鍛え上げてもらい、更に力を付けた。結果として、私は僅か十五歳で、金剛級退魔師となった。
 十六になって、初めての春が来た。桜が咲いているのを見て、私は自然と、一年と少し前に出会った、あの女性の事を思い出した。協会のデータベースにアクセスし、彼女の名前を知った。どうやら彼女は、岩戸咲良という名前を持っているらしい。例外的に、十歳から退魔師としての任務を受注し、それとほぼ同時に金剛級退魔師となった。例外とは言え、ぶっちぎりの史上最年少記録だった。
 データベースには、今の咲良さんの住所も書いてあった。どうやら岩戸家の邸宅に居る訳ではないようだ。私は控えめな菓子折りを持って、その住所へ向かった。

「ここで……良いのかな……?」
 いやでも、疑いたくもなる。彼女の実力と見合ってない。しかし、『岩戸探偵事務所』と書いてある。どうやら間違いは無いようだ。玄関は二階にあるようで、私は建物の側面にあった階段を上り、ベルのボタンを押した。建物の中で霊力が動く気配がした後、それは玄関に到着し、扉を開いた。
 そして、全身の神経が逆撫でされるような不快感と、背筋が凍る悪寒に襲われた。扉の隙間から覗いた顔は、間違い無く『美青年』と呼べる物だった。まるで作り物のように美しい。それこそ、以前見た咲良さんのように。
 だが、その青年が持つ霊力は、とても、とても、きっとこの世の何よりも恐ろしい物だった。何もかも飲み込んで行く穴のような、触れただけで身体が細切れになる刃物のような、全てを破壊して去って行く嵐のような、そんな霊力だった。
 逃げなければ。逃げなければ。全身から冷や汗が溢れて止まらない。殺されるんじゃないだろうか。無残に、荒々しく、食い千切られるように。
 いや。ここで逃げてはいけない。私は金剛級退魔師。最強の孫。神宮寺幸子だ。私は精一杯胸を張り、菓子折りを差し出す。
「こ、これ!詰まらない物ですが!」
「引っ越しの決まり文句ですか?」
 うん。そうなるよな。私も実際、最初に出て来る言葉がコレはどうなんだろうかと思った。けどなんか、菓子折りを渡す時の言葉がよく分からなかったのもあるし、仕方無いでしょ。
「先生に用事ですか?少しだけ待っててください」
「え?えっとその……」
 まだ心の準備ができてないんだが!ちゃんと髪型も服もお洒落にしてきたけど、まだちょっと自信が無い!今もう一回あの塩対応されたら泣いちゃうかも知れない!
 だが、心の叫びが届こう筈も無く、化物のような青年は「先生~!」と言って、建物の中に引っ込んで行った。
「私にお客さん?冗談じゃないのかい?」
「来てますよ。年齢十六前後身長百六十弱服装ゴスロリつよつよお嬢様が」
「は?」
 あの青年と咲良さんはどういう関係なんだろう。監視?いや、それは無いな。私のように霊力を知覚できる人間は、協会に私以外居ないし、監視する道理が無い。じゃあ使用人?岩戸家の?
 そんな事を考えていると、咲良さんは玄関から顔を出した。成長期というのは恐ろしい物らしく、以前見掛けた時はほぼ同じ位だった身長も、私が少しだけ上になっていた。
「神宮司家の娘さんか。何か用事でも?」
「え?えっと……その……」
 な、何か言わなければ。何か……えっと……
「『お姉様』って呼んでも良いですか!?」
「……は?」
 何を言ってるんだ私は!咲良さんも首を傾げて怪訝な顔してるだろ!もうちょっと考えてから言葉を発するんだった!ああでももう言ってしまったし、どうにかしてリカバリー……できる感じじゃない!どうしよう!
「それだけかい?ならもう良いだろう?」
「え?えっと……そのぅ……」
 咲良さんは扉を閉じる。私はどうする事もできないまま、その様子を見ている。
「あ、そうだ」
 咲良さんは思い出したように扉を開き、私の方を向いた。彼女はその美しい口を開いて、言葉を発する。

「呼び方は好きにすると良いよ」


 これが多分、私の『初恋』という奴だろう。
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