怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#10 ノストラダムスの大予言

#10ー3 引き金を引く時

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 蹂躙。そんな言葉が似合う風景が、俺の目の前に広がっている。周囲に立ち並んでいた筈のビルはただの瓦礫になり果て、協会の最高戦力と呼ばれた者達は、足や腕を切り落とされ、地面に倒れている。
「ふむ。少しやりすぎたか?」
 化物は俺の視界から消え、直後、俺の目の前に現れた。奴は俺の頭を掴み、その目を覗き込む。そして落胆したように溜息を吐くと、「やはり、人のままか」と言い放った。
「何を言っている?」
「貴様は人の枠に収まるべきではないという話だ」
 奴は俺の頭を地面に叩き付け、俺から少し離れる。頭蓋骨にヒビが入るかと思った。だが、奴はまだ俺を『最強の敵』に据える事を諦めていない。俺を殺していないのがその証拠だ。なら、俺にもまだ可能性が……
 だが、そんな余裕を持った思考は直ぐに吹き飛んだ。顔を上げた俺の視界に飛び込んで来たのは、既にボロボロになった先生の頭を掴み、その首元に刀を向けている。
「何を……している……!」
「貴様が人であり続けようとするのはこの女のせいだ。貴様が人の域を出れないのはこの女のせいだ。貴様がこの女の『願い』を感じ続ける限り、我は我が望む物が手に入れられない」
 奴が次にやる事は、この手を伸ばすよりも簡単に想像できた。俺は霊力で身体を強化し、四肢の内二つをもがれた体を無理矢理動かし、敵に向かって行く。だが、俺の腕が奴に届く事は無く、俺の体は再び地面に叩き付けられた。
 さっきのとは違う!全身の骨が折れた!治すのに時間が要る!内臓が潰された!動けない!いや動け!殺される!この世の何より尊い人が!この世の何より大事な人が!殺される!殺されてしまう!動け!動け!何の為の力だ!何の為の命だ!何の為の……
 奴はその刀を先生の首に当て、そしてその刃を握る手に力を込める。先生の顔は少し歪み、奴はそれを見て、口角を上げた。
「やはり、眠れる獅子を起こすには……」
「待て……」

「美味い生贄が必要だ」
「やめロおおぉオォぉぉオオォォぉオォ!」

 刃は引かれた。先生の首から血が溢れ、胸、腹、足を伝って、地面を赤く染める。先生の体から、元々微弱だった霊力の反応が消える。消えて行く。生命の証拠が消えて行く。
 守れなかった。その実感だけが俺の中に落ちて来る。それは、俺の中に溜まっていた何かとぶつかり、大きな波紋を立てながら、その黒を上に跳ねさせた。
 思考が吹き飛ぶ。頭の中が黒色で塗り潰され、たった一つの事しか考えられなくなる。その思考を形にする方法は、まるで最初から理解していたように、自然と行動に現れた。

 目を見開いた。八神くんは今確かに、あの神の体に無数の穴を空け、大きく後ろを吹き飛ばした。穴は上手く塞がらないようで、見知らぬ神は地面に伏しながら、八神くんを睨んでいる。八神くんはそれを見て、掌から鎖を作り出し、それを自在に操って追撃した。見知らぬ神は、唯一真面に動くらしい右腕でそれを弾く。八神くんは畳み掛けるように接近したが、見知らぬ神は身体の穴を塞ぎ、応戦する。
 私は、この一連の流れが成された一瞬、何が起こったのかを理解できなかった。先ず八神くんの、先程まで無かった筈の腕と足が再生している。次に八神くんの霊力が、見知らぬ神と同程度まで増えている。いや増え続けている。
 霊力での強化は、あくまでも肉体の能力の拡張でしかなく、欠損した腕や足は戻らない。だが事実、八神くんは今、五体満足で目の前に立っている。
 信じられない!そう考えた私だったが、その考えは、見知らぬ神と戦う八神くんの目を見て、風に吹かれた紙のように無くなってしまった。

 八神くんの目の色が、黒から藍色へ変化していた。

 ああそうか。私は何もできなかったのか。何もしてやれなかったのか。私が、その自由、平穏、日常……手に入れる筈だった幸福の、その全てを奪ってしまった、この世でたった一人の少年に対して、何もできなかったのか。誓ったのに。彼を幸せにしてみせると。彼にこれ以上、罪と不幸を重ねさせないと。彼をこれ以上、人から遠ざけさせないと。
 ああ力が抜けて行く。熱が、体温が、体中の傷口から外へ漏れ出て行く。私はそれを止める為に腕を動かそうとしたが、片方はもがれ、もう片方は既に動かない。
 死ぬんだな。私は淡々と、ただ淡々と、その感覚に触れている。ああ。どうせならもっと、八神くんを外に連れ出していれば良かった。私よりも大きなあの体躯を、力任せに引き摺ってでも、映画館とか、遊園地とか、水族館とか、ショッピングモールとか、本屋とか、もっと他の、どこか、どこでも良いんだろう。凄く、比較のしようが無い位楽しい場所へ、連れて行ってやれば良かった。ああでも、それよりも何よりも、もっと早く、八神くんの事を気付いてやれていれば、それで、どこか遠い、誰の手も届かない場所に連れ去ってしまえば良かった。それで、協会の事も岩戸家の事も、罪も過去も全部忘れて、そのまま……
 私の意識は次第に遠のき、やがて途切れた。その直前に私が目にしたのは、二柱の神がどこかへ飛び去り、また戦い始める光景だった。
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