怪しい二人

暇神

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#9 百鬼夜行

#9-14 家族喧嘩

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 修一は、地面に伏す僕らの目の前に、堂々と降り立った。そして同時に、目の前の『虫』を見下した。
「効率が良くなっても、所詮君は落ちこぼれなんだよ。よしちゃん」
「耳が痛いね!」
 よしちゃんは再び、コンクリートを操って攻撃を仕掛ける。修一は距離を取りながら、コンクリートの触手を砕く。同時に飛んで来た三つの刃を、僕は術式の壁で逸らす。
 修一の霊力は潤沢なように感じる。少なくとも、持久戦を仕掛けれらる相手ではないという事だ。僕の術式ではこの猛攻は防ぎ切れないし、よしちゃんはもう戦えない。誰かを呼んだ所で、この攻撃を耐えられるとは思えない。それに加え、霊力抜きの純粋な殴り合いなら、協会内で五本の指に入るとまで言われた浩太さんに、散々しごかれてたらしいよしちゃんの攻撃でも効いていない。勝ち目があるのかも分からない。
 だけど、よしちゃんはそうは考えていないようだった。よしちゃんは小声で、僕に話し掛けて来た。
「修二。一瞬で良い。僕があいつの懐に入り込む道を作れ。そしたら、後は僕がやる」
「だけどよしちゃん。さっき、よしちゃんの打撃は……」
 よしちゃんは僕の方に視線を向け、口角を上げた。「問題無い」と言うその横顔は、心底楽しそうに見えた。僕は頷き、刃の動きを観察する。
 出現している数は五個。出現させられる最大数が二個だった事を考えると増えている。威力も上がっている。恐らく僕の術式じゃ、数秒受け止めるのが限界だろう。だけど、二個だった時と同じような軌道をしている。それに、たった一秒でも受け止められたら、それで上等だ。僕は目を凝らした。
 チャンスは一瞬。それに多分、その一瞬を逃したら、もう二度とチャンスは回って来ない。だけど、たった一度で良い。血を分けた兄弟が間違った道を歩いている。それを正そうとしている家族を、どうして疑う必要がある。この時だけ、この一瞬だけ、僕はよしちゃんを、心の底から信じていられる。
 僕は術式の壁を解いた。当然、刃は一直線に僕らに向かって来る。僕はそれを確認すると同時に、大きく声を張り上げた。
「今だ!」
「合点招致!」
 修一はこの時、初めて顔に焦りを浮かべた。僕は刃が届く一瞬前に、再び壁を展開し、それを一直線に、修一まで伸ばした。範囲が広くなるのだから当然強度も下がる。一秒持つか持たないか程度の強度だ。だけど、今はこれで十分。よしちゃんはその道を通って、修一の懐まで潜り込んだ。
「さっき効かなかったのを忘れた!?」
「奥の手隠してたのがそっちだけだと思ったか!?」
 瞬間、よしちゃんの霊力が増えた。よしちゃんはそれを右手に集中させ、強く拳を握る。修一はそれを見て、間一髪で避けようとするが、それも既に対策してあったようだ。修一の四肢が、コンクリートの触手に掴まれた。当然身動きができる筈も無く、よしちゃんの拳は、簡単に修一の胸を貫いた。それと同時に、修一の術式で作られた刃も、消えて無くなった。
 一瞬、間が空く。コンクリートは地面に戻り、修一の体はそこに叩き付けられる。赤い水溜りができる。僕とよしちゃんはその近くまで駆け寄り、修一の声に耳を傾ける。
「……負けちゃったね……あ~……あ……これで終わりか……」
「ごめん。君を殺すしかできなくて」
「なんで……謝るのさ……僕……は、君達を殺そうとしたんだよ?」
「『できるなら生きていてほしい』っていう、僕の傲慢だよ」
 修一は、息も絶え絶えなその声で、「そっか」と呟いた。足元に赤色が迫る。修一の体から、力と体温が抜け、霊力も微弱になって行く。修一は「済まなかった」と言いながら、僕の方へ視線を移した。
「……裏切って済まなかった……こんな……筈じゃなかった……お前を……傷付けた……済まなかった……」
 後悔。手に取るように分かるそれが、じんわりと、僕の胸に広がる。水の中に垂らした絵の具のようなそれに、僕の目からは自然と涙が、口からは「なんで」と声が漏れる。
「……なんで言ってくれなかったんだよ!僕ら兄弟じゃないか!家族じゃないか!言ってくれよ!『楽になる』なんて言わないけどさ!何も言わないのは無しだろう!」
「……そうだね……じゃあ……もし次があるならさ……」

「今度こそ……全部話すよ……」

 修一の声から力が無くなる。赤色が増えて行く。修一の目から光が消える。鼓動が、霊力が、消えて無くなる。僕はその瞬間を見届けた後、足元の赤色の中心に膝を突いた。よしちゃんが驚き、こちらを見る。
「おい!なんで……」
「流石にさ、全部は防げなかったんだ。それで、防げなかったのが偶々、心臓に刺さっちゃって……」
 これで終わりか。もうちょっと生きてたかったな。だけどまあ、あの世でも修一と会えるなら、それでも良いような気がする。それに、修一と約束したもんな。『僕らは運命共同体だ』って。
 だけど、流石に何も残さないのはナシだよね。僕はよしちゃんに向かって、一つのメモを渡した。よしちゃんはそれを見ると、「これって……」と声を漏らした。
「渡辺家の秘伝だよ。君に託した」
「ふざけんな!生きてろよ!絶対生かしてやる!絶対死なせねえ!絶対!」
 僕は血に塗れた両手で、よしちゃんの手を強く握り締める。決して、メモが手から離れて行かないように。よしちゃんは驚いた顔で、僕の表情を覗き込む。

「頼んだよ」

 そう言い終わると、僕の意識は遠のき、やがて暗い闇の中へ消えて行った。

『記録
 二〇二ニ年 十二月二十一日 百鬼夜行

 金剛級退魔師 渡辺修一

 十五時三十二分
 金剛級退魔師渡辺修二を攻撃。教会への裏切り行為と見なす。尚、白金級退魔師渡辺義明と、前述渡辺修二により、その場で死刑が執行された。

 金剛級退魔師 渡辺修二

 十五時四十二分
 渡辺修一との戦闘により死亡。

 白金級退魔師 渡辺義明

 十五時三十二分
 渡辺修一との戦闘により消耗。後、渡辺家別邸へ向かう。
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