怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#9 百鬼夜行

#9-13 コンプレックス

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 修一は僕に刃を向けた。だがその刃は、僕の首には届かなかった。目を開いた僕の視界の中には、いつか一緒に遊んだ子の、頼もしい背中が映っていた。
「よしちゃん……」
「修一が裏切ったって事で良いんだよね?」
 その言葉の意味が、咄嗟には理解できなかった。ようやくその言葉を咀嚼し終えた僕は、首を縦に振った。
「そっか。なら、職務を全うしないとね」
 よしちゃんは数枚のお札と、手袋を着けた手を構え、霊力で身体を強化した。修一はそれを見ながら、首元に注射器を刺した。修一の姿は見る見る内に、人外のそれへと形を変えて行く。どうやら、オオクニヌシになる薬を使ったようだ。
「最初からフルスロットル?」
「確実に、君達を殺す為だからね」
 修一は二つの刃を出現させ、よしちゃんに向かわせる。だがよしちゃんはそれらを全て弾いた。いや正確には、よしちゃんが操るコンクリートの触手が、だろう。
「高速で動く物は、横からの力に弱いらしいな」
「そうか。それなら、これでどう?」
 修一は刃を三つに増やした。修一が操れるのは二つまでだった筈だ。それ以上は霊力の消耗が激しくなり、直ぐに戦闘不能になる。いやしかし、今の状態であれば、それも気にならないという事だろうか。
 修一はよしちゃんに向けて、それらの刃を飛ばす。よしちゃんは二つを弾き、僕は残りの一つを受け止めた。威力は上がっていないようだ。これならまだやりようはある。
「よしちゃん。修一を拘束できそう?」
「拘束用の札は持って来たけど、その前にアイツを戦闘不能にしなきゃ」
「それなら、刃はこっちで受け止めるから、その隙に……」
「了解」
 刃が再び飛んで来た。僕はそれらを術式で受け止め、よしちゃんはその隙に、修一の懐まで潜り込む。見事に不意を突いたその拳は、無抵抗な修一の腹を捉えた……ように見えた。修一はその拳を掴んでいた。そして同時に、よしちゃんの腹を、一つの刃が貫通している。修一はよしちゃんの体を投げ飛ばし、更に二つの刃を飛ばす。
 こうしてはいられない。僕はよしちゃんと刃の間に壁を出し、よしちゃんの安全を確保する。よしちゃんはその隙に体勢を立て直し、僕の横に戻って来た。
「大丈夫?」
「これなら……塞がる。心臓に当たらなくて良かった」
 よしちゃんがそう言ったのと、刃が左右から飛んで来たのは、ほぼ同時だった。僕は咄嗟に壁を作り、刃を防ごうとする。だけど、刃は僕が作った壁を削り、やがて貫通した。それらは僕らの体を捉える事こそ無かったが、僕らに十分な衝撃を与えた。
 驚きも冷めやらぬ中、修一が僕らから少し離れた場所に着地した。顔には、十分な余裕が浮かんでいる。
「『矛盾』って言葉の元になった話、聞いた事あるでしょ?何でも貫く矛と、絶対に壊れない盾がぶつかった時、何が起こるのかって話。だけどさ、結局は使い手次第なんだって分かるよね。こうしてるとさ」
 修一は僕らに向かって、更に二つの刃を飛ばした。僕らはそれを弾くなり受け流すなりで対処したが、反撃には届かない。いや、それも段々と押されてきている。原因は明白だった。
「ねえ修二。ここらで一回バラけるってのはどう?攻撃が分散できるかも」
「片方ずつ潰されるのがオチでしょ。それに、霊力も残り少ないでしょ」
 よしちゃんの霊力が尽きかけている。よしちゃんは元々霊力が少ない。霊力は生まれた時点で量が決まり、それは一生を通して変動する事は無い。八神さんの訓練の結果、多少のリスクを抱える事で、使える霊力の量を増やした上で燃費を良くしたけど、やっぱり耐久戦には向いていない。一方で修一は、元々多かった霊力が、オオクニヌシになった事で更に増えている。燃費は良い方だから、耐久戦ならまず負ける。
「修一!」
 僕がそう叫ぶと、修一の攻撃は僅かに緩んだ。兎に角意識を少しでも逸らさなければ、このまま押し切られて終いだろう。僕は無理矢理声を張り上げる。
「なんで裏切った!僕に何の相談も無かったのはなんでさ!」
「言っても分からないだろう!お子様で愚図なお前には!」
 修一はそう答えながら、攻撃の勢いを元に戻した。いや、心なしか激しくなっているような気さえする。修一は溢れる激情を全面に押し出しながら、よしちゃんに目を向ける。
「なあ義明!僕はさあ!君を殺す為に連盟に協力したんだ!君が妬ましかったんだよ!自由な君がさあ!」
「ああそうかい!こっちは君らが羨ましかったよ!生まれた時点で素晴らしい将来が確約された君らがさ!」
「『隣の芝は青い』とは正にこの事だね!クソ食らえだ!」
 少しも理解できなかった。よしちゃんの『素晴らしい将来』という物が分からない。修一の『妬ましい』という感情が理解できない。胸の奥で何かが燻る感覚だけが深く残る。
 ああそうか。この空間で、きっと僕だけが、他人と上手く関わる術を学ぼうとしなかったんだ。だから、修一は僕を『お子様だ』と言って当てにしなかったし、よしちゃんも僕を視界に入れないんだろう。無性に腹が立つ。
「修一!僕はさ!君の事を理解したつもりだったんだ!君の事で知らない事は無いって、そう思ってた!」
「餓鬼で傲慢で愚図なお前から聞きたい事は無い!」
 ああそうかい。なら餓鬼で傲慢で愚図な僕なりに、言いたい事だけ言ってやる。
「なら無理矢理聞かせてやる!昔言ったよね!『自由になろう』って!でも諦めた!あの時点ですっぱり未練を切れなかった時点で、お子様なのはどっちなのさ!」
「煩い!お綺麗な事言って僕を説得できりゃ満足か!?僕はお前とは違うんだよ!」
「大人ってのは未練タラタラでクソみたいな人間の事か!?アンタも他人の事言える程大人じゃない!」
「黙れ!」
 修一はそう言うと、五つの刃を一つに絞り、今までで最も強力な攻撃を繰り出した。霊力を消耗したよしちゃんの防御も、僕の意味があるのか分からない壁も押し退けて、それは僕らを傷付けた。
 僕もよしちゃんも、一瞬意識を手放した。
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