怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#9 百鬼夜行

箸休め 不確かな関係性

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 初めて会った時、『なんて冷たい人だろう』と、子供ながらに思った事を、今でも覚えている。

 あれは確か、私がまだ七つ、透哉が八つの頃だった。許嫁兼相棒……要するに私達の親は、お互いの家に、お互いに人質を用意した。
 だけど、私達は弱かった。力も、立場も。私達は生まれ持っての霊力量が少なかった。術式が協力な訳でもない。兄妹も居た。透哉は長男だったが、『才能が無い』と烙印を押された為か、将来を期待される事はなく、私は元々女だから、前時代的な思想が根強い八谷家では、将来の事を考えるなんて許されなかった。
 私はそれを理解していた。だからこそ、私は嬉しかった。お互いの気持ちを理解しあえる。そんな人物が現れてくれたのだと。だから、初めて会った時の対応に、思いっきり凹んだ。
「私は貴女と慣れ合うつもりはありません。足を引っ張らないでくださいね」
 引いた。素直に引いた。まさか本気でこんな事を言う人が居ると思ってなかった。いや理解はしてたよ。私が気持ち悪いって。でもまさかさ、こんな方向から来られると思わないじゃん。
 だけど、勇気を振り絞って話してみたら、存外悪い人ではない事が分かった。疲れていたんだと思う。周囲の人間や、自分を取り巻く一切合切に対して。
 お互いに多少の信頼関係を築いた頃、自分達の境遇を変化させる為の話を切り出したのは、確か透哉だった。透哉は、初めて会ってから十年が経とうとしていたある日、協会本部のロビーで大人を待っている間に、「ちょっと良いですか?」と話を始めた。
「このクソッたれな状況を壊す方法があると言ったら、どうします?」
「た、例えば?」
「強くなる。強くなって、大人達を見返す」
 それは素晴らしい。完璧な作戦だ。たった一つ、『不可能である』という事を除いてだけど。
「む、無理じゃない?わ、私達才能……な、無いし」
「じゃあ貴女は、実家で臭い飯食い続けて満足ですか?」
 満足な訳が無い。私は結構、物を食べるという事が好きなんだ。だけど美味しい物が食べられるのは外出した時だけ。それ以外、つまり実家で食べるご飯は、その全てが残飯だ。それで満足できるという人間は、この世にはほぼ居ないだろう。
「と、透哉ってさ……け、結構意地悪だよね」
「計算高いと言って欲しい所ですけど、誉め言葉として受け取っておきますね」
 私達は弱い。だからこそ、小細工を弄する必要があった。騙して、嵌めて、誘って……私達に騎士道精神という物は無かった。『勝てば良い』という、それだけだった。
 結果として、私達の相性は良かった。性格は合わないけど考え方はよく似ていたし、幸いな事に、術式も使い方を工夫すれば、騙し討ちに使えると分かったので、不安要素だった手札の少なさも補えた。基礎的な能力の低さは否めないが、それでも私達は、三年で白金級退魔師にまで上り詰め、その翌年には、金剛級退魔師になった。

 初めて会った時から、『なんて暗い奴だろう』と思わなかった事は、一度も無かった。

 私達は仲が悪い訳ではない。だが口論はする。私達は仲が良い訳ではない。だが協力する。
 こんな状態がおおよそ二十年続いている。先に痺れを切らしたのは、道子だった。
「ね、ねえ。わ、私達ってさ……ど、どういう関係なのかな?」
 眠りに就こうとする少し前の時間帯。道子はベッドの上から、ベランダで風を浴びている私にそう聞いた。私は煙草に火を点けようとして取り出したライターを、ベランダの机の上に置く。
「相棒……仕事仲間……恋人……セフレ……どれもしっくり来ませんね」
「で、でしょ?あ、相棒はそうだと思うけど、ひ、日向ちゃん性質みたいに仲良くはないし、仕事仲間ではあるけどそれ以上に一緒に居るし、こ、恋人にしては仲悪いし、セフレにしては実生活にお互い、か、干渉しまくってるし……」
 実際、『お前達の関係を説明しろ』なんて言われたら、原稿用紙十枚が入った封筒を、可能な限り力を込めた状態で、相手に投げ付ける自信がある。私はベランダに置かれた椅子に座り、机の上に置いたライターを手に取ると、煙草に火を点ける。煙が宙を舞い、風が起こり、やがて視界の端にも映らなくなる。
 人間と人間の関係性とは、ここまで難しい物だっただろうか。上司と部下、友人、家族、恋人、或いはもっと別の言葉の枠の中にこそ、人は生きていられる物だった筈だ。だが私達は、私達がどの枠の中に居るのかも分からないし、そもそも枠の中に居るのかもはっきりしない。
「な、何て言ったら良いのか分からないからさ、ち、ちゃんと決めておきたいんだ」
「確かに。そういうのが無くて困った場面も、あるにはありましたからね」
 正直、そういう事を一々気にする性質でもないと思っていたんだがな。そういう素振りは見た事が無かった。でもまあ人間、表面には出ない事もある物だから、こういう事もあるか。
 しかし困った。少なくとも私の語彙では、この微妙な関係を表す事はできない。私は『どうした物か』と考えながら、既に灰になった煙草の先端を灰皿の中に落とす。ベランダと部屋を分ける枠の向こう側からは、ベッドが軋む音が聞こえて来る。
「私達にそこまでの語彙力があったら良かったんですけどね」
「ひ、人並み以上にはあると思ってたんだけどね。で、でもいざこうなると使い辛いって言うか、つ、使い方がわ、分からないって言うか……」
 指に挟んだそれを口元へ運ぶ。煙が一瞬止まり、肺の内側を汚し、また外へ出る。ふと視線を眼下の町へ移すと、それまで気にならなかった人々の生活の音が、光が、そしてもっと別の何かが、一気に脳に流れ込んで来る。私の意識はそこに向けられ、やがて一言も話せなくなる。
 意識が再び、自分と道子、そしてこのベランダと隣り合った部屋に向けられたのは、私の背中に、何か柔らかく、温かい物がぶつかって来た時だった。道子は「ひひっ」と、特徴的な笑い声を漏らした後、「じょ、冗談」と付け加えた。
「し、正直どうでも良いんだ。わ、私達の関係に付けられる名前なんて。私達は一緒に仕事してあ、ある程度一緒に暮らして、時々セックスしてそれでまた家に帰るって、そ、それだけの関係だし。そ、それに、名前なんて……」
「「ただの記号だし」」
 道子に被せるようにして、私もその言葉の続きを口にした。これは道子の口癖だった。名前はその何かを表す時、一々言葉を尽くすのが面倒だから作られた、ただの記号であると。道子はまた「ひひっ」と声を漏らした後、私から煙草を取り上げた。
「ほ、ほら。もう日付も変わっちゃうし寝よう?」
「そうですね。それと、服は着ましょうね」
「ぬ、脱がせたのはそっちじゃん」
「着ない理由にはなりませんよ」
 私は道子から煙草を受け取り、その火を灰皿で磨り潰した後、ベランダから部屋に入った。町の音も煙草の匂いも、もう気にならなくなっていた。
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