怪しい二人

暇神

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#9 百鬼夜行

#9-5 『最強』へ続く道

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 俺は今までの人生で、ここまでの手傷を負った事など無い。体中の骨が折れ、皮膚が裂け、筋肉の繊維が破壊される。直ぐに再生するが、やはり痛みは存在する。
「ねえ、もう諦めたらどうなの?」
「そいつは無理な相談だな」
 俺の言葉を聞いた目の前の少女は、心底愉快そうに笑った。鈴を転がしたような声と言う奴だ。だが、やってる事はその声に似つかわしくない物だ。
「意地だかプライドだか知らないけど、そんな物捨てちゃえば良いじゃん」
「仕事なんでな。それに、殺されるのはゴメンだ」
「くっだらな~い」
 そうだな。俺もそう思う。だがそれでもやらきゃならん。俺は無理矢理笑顔を作って、言い放ってやった。
「人生なんてそんな物だろ?死なないでいる事も、他人との関わりも、所詮は死ぬまでの暇潰しで、下らなくて然るべき事だ」
 そう言ってみたは良いが、俺の発言が余程癪に障ったらしく、奴は顔を激しい怒りに歪めながら、その手に持っていた杖を掲げた。どうやら、アレが奴の武器らしい。
「そんな『下らない』で済む事で、人が死んで堪るもんか!」
 奴がそれを振り下ろすと、急に空に暗雲が立ち込め、その直ぐ後、俺の頭上へ雷が落ちた。今まで食らった程の無い衝撃が身体を駆け巡り、焼かれるような熱さで身体が裂ける。
「撤回しろ!人と呼べる物の生を侮辱するな!」
 雷が消えた後、俺の体は自然と地面に倒れた。体が、腕が、指一本でさえ動かない。思考すらできない。体中が焼けたように痛い。いや実際焼けたんだろう。敵は俺の頭を踏み付け、俺を見下す。
「撤回しろ」
「やだ……ね。思想は自由であるべきだ」
「そう。死んじゃえ」
 そう言って、敵は再び杖を振り上げた。だが俺はその前に、敵の足を掴み、放り投げた。再び落ちて来た雷は軌道が逸れ、俺に当たる事は無かった。俺はその隙に立ち上がり、そのまま敵に拳を向ける。無論俺の体は吹き飛ばされ、また一度、俺は壁に叩き付けられる。
「無駄だって言ってるでしょ!」
 敵はそう言って、また杖を振り下ろす。雷が落ちるが、俺はそれよりも先に動き、雷を避ける。
「はあ!?」
「狙いが単調だな!春日部と柊の狙撃を避ける方がまだ簡単だぜ!」
 俺は再び敵に殴り掛かる。そしてまた弾き飛ばされ、その先に雷を落とされる。今度は避けられない。俺は再び、激しい衝撃と熱に襲われる。だが、一度食らえば少しは慣れる。俺は地面に着地すると、すぐさま敵に殴り掛かる。また弾き飛ばされ、また雷を落とされ……その繰り返しを続けていると、やがて敵も疲れて来る。
「なんで……雷が直撃して……動けるのよ……」
「根性だ。生き残って来た戦場の数が違うんだよ」
 敵の霊力も少なくなっている。恐らく体力も同様だろう。まあそれは、俺も同じ事だがな。
「殺す……絶対に殺す……」
「おお怖い怖い。それで?お前に俺を殺す手段があるのか?」
 そう聞かれた少女は、俺を睨み付けながら、首に一本の注射を刺した。オオクニヌシになる薬か。やはり持っていた。不味いな。
 少女の姿は、段々と人外へと変化して行く。耳が頭に、尻尾が腰に、白い毛が、剥き出しの腕に生え始める。獣のソレに近いが、それは獣と呼ぶにはあまりに不自然な形状だった。
「これで殺す」
 そう言った化物は、その手に生えた爪で俺の上着を切り裂いた。速いな。どうやら殴り合いをご所望らしい。術式で俺からの攻撃は無効化、しかもカウンターまで兼ねてる。そんでもって、あのフィジカル……一度、八神の所の高橋七海と手合わせしたが、単純なフィジカルであれば、多分俺よりも強い。それに加え、俺からの攻撃を一切通さないあの術式とくれば、もう負けは濃厚だろう。
 だが、それが諦める理由になるかと聞かれれば、確実にそうではない。俺は再び霊力で身体を強化し、メリケンサックを装着した拳を構える。
「掛かって来いよ。獣畜生」
「ぶっ殺してやる。退魔師」
 そう言いながら、奴は俺に対して攻撃を続ける。先程よりも格段に重い。体の大きさは変わっていないのに、ここまで変化する物なのか。
 だが、まだ軽い。俺は術式で、敵に向かって落ちながら、敵の打撃を受け止める。あっちに俺の攻撃は効かないが、俺は俺で、コイツから受けるダメージを軽減できる。
 勝算が無い訳じゃない。この姿になってから、コイツの打撃うの威力が上がった。筋力の上昇だけでは説明が付かないレベルでだ。コイツは恐らく、俺の打撃を跳ね返す時だけじゃなく、自分が叩く時も術式を使っている。俺の体を叩く時に生じる反作用も反射する事で、おおよそ二倍の威力で俺を殴ろうとしているのだ。だがそんな事をすれば、霊力を消耗する速度も上がる。霊力が枯渇すれば、今度は俺の番だ。
 だが、そう上手くは行かない。流石に俺も霊力を使い過ぎている。防御の瞬間と攻撃の瞬間のみに集中している相手に対して、俺は常に術式を出しっぱにしている状態……どっちの霊力が先に尽きるかは明白だ。
「耐久戦でもするつもり!?無駄だから!」
「生憎と、その策はもう捨てた!」
 殴り合って分かった。コイツは素人だ。殴り合いもそうだが、怪異や悪霊は勿論、退魔師と戦った経験は、恐らく片手で数え切れる程度しか無い。奴さんの大将が、本当に術式の相性だけで選んでいるなら、采配ミスにも程がある。
 それに、コイツの術式の詳細もおおよそ察しが付いた。もし俺の推測が合っていたなら、次の一手で勝てる。

 俺は無理矢理笑顔を作りながら、再び拳を構えた。
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