怪しい二人

暇神

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#9 百鬼夜行

#9-3 各自撃破

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「妙だな」
「そうね」
 怪異の数が少ない。と言うより、反応が出た次の瞬間には消えている。それも低級の物ではなく、白金級レベルの怪異でさえだ。少なくとも、僕はこんな事例を知らない。
 高台から周囲を見渡すが、やはり怪異の姿は見えない。どうした物かと思い、何もできずに居た僕らの所に、一人の若い退魔師が走って来た。
「日向さん!柊さん!大変です!」
 相当慌てている。怪異が消え続けている事と何か関係がありそうだ。日向は彼女の近くに歩み寄り、「どうしたの?落ち着いて」と声を掛ける。彼女はやがて息を整え、ようやく落ち着いた所で話し始めた。
「河崎修司金剛級退魔師、重症です!」
「敵は?」
「恐らく連盟の人間と思われます!そして各地域にも同様に、連盟の退魔師が現れ……」
 そこまで言った所で、彼女の頭が吹き飛んだ。狙撃だろう。僕らは体勢を低くし、敵から姿を隠す。彼女の状態を確認した日向は、悔しそうに眼を逸らした。
「日向。敵の場所は分かる?」
「待って……おかしい。絶対おかしい」
「何が?」
 日向の顔は、今まで見た事の無い程の焦りに歪んでいる。日向は「おかしい……あり得ない……」と、うわ言のように繰り返している。
「どうした?」
「おかしい……」
 ここまでの狼狽え方は見た事が無い。人が狼狽える時は、決まって想定外が起こった時だ。もし僕が急に言語能力を失ったとしたら、日向と同じように狼狽え、焦り、冷静な判断なんて無理だろう。なら、今の日向は僕が必要とする手札に成り得ない。
 まあ、もし僕の推測が正解だったならの話だ。一応確認しよう。そんな事が無い事を祈ろう。

「敵は、日向の結界の外に居るんだろう?」

 日向は何も言わず頷いた。やはり、今は日向を手札として見る事ができない。だが、今の僕には敵に対して使える手札が存在しない。日向の結界の外に対して有効な手札は、それこそ協会のトップ四人程度しか居ない。だが悲しい事に、彼等はこの近くに居ない。隣の北海道西隊に居る、透哉さんと道子さんに応援を頼むか?いや無理だ。敵の居場所が分からない以上、下手に人を増やした所で無意味だ。それに彼女の報告が事実なら、彼等もまた敵と対峙している筈。
 じゃあ先ずは、敵の手段を推測するかな。

 『目の前の二人組は誰だろう』。そんな疑問を抱く程、私と透哉は頭が悪い訳でもない。
「連盟の退魔師か」
「ご明察。なら、私達の目的も分かるよね」
「わ、私達を殺す事……かな」
「声ガ小サイ……ダケド、ソウ」
 今何か言ったのは聞き流すべきなのかな。まあ良いか。連盟なら話は早い。私は三節棍を、透哉はナイフを構え、それぞれ霊力で身体を強化する。
「良いねえ。ただまあ、それは私の役割じゃないかな」
 二人の内、女性の方が後ろに下がった代わりに、男性の方が前に出た。彼は拳を構え、霊力で身体を強化する。
「二人纏メテ掛カッテ来イ」
「強気だな。一応、お前の目の前に居るのは協会の最高戦力の一角だぞ?」
 そう言う透哉だけど、額には汗が滲んでいる。当たり前だ。この人は見覚えがある。それも協会の資料の中で、『処刑対象として定める』と。
 彼の名はアルべリヒ・クローバー。協会の魔術師でありながら協会の法を無視し続け、一般人ですら自身が受けた案件に巻き込んだ。無論死人が出る。その罰として、協会に処刑されそうになった彼は、居合わせた白金級相当の魔術師五人を殺して消えた。世界に存在する協会員五億人に顔が知れたのは、それからだったらしい。
「あ、貴方は知ってる。手の内も」
「ダガ、俺ノ戦イ方ニ弱点ハ無イ」
 彼の戦い方はシンプルだ。魔術で身体を強化、武器を生成し、それらを操りながらの近接戦闘。浩太さんと同じような戦い方だが、浩太さんに比べて武器が少ない代わり、魔術に存在する『属性』の概念を乗せて戦える。距離を取れば武器が飛んでくる。距離を詰めれば普通に叩かれる。詰まり、弱点なんて無いのだ。こういうのが一番面倒。
 だが、二体一で勝てない相手でもない。魔術は退魔の術でも対処できる。どうせ逃げられないならやってやる。私達は無理矢理笑顔を作り、敵を正面から見つめる。
「「なら無理矢理押し通るだけ!」」
「ヤレルナラヤレバ良イ」
 私達は、自分よりも一回り大きなその男と、真っ直ぐ向き合っている。

 目を閉じ、開く。その瞬きの一瞬で、目の前の景色は塗り替わっていた。
「「ここは……」」
 そう重なった声に、儂はほんの少し安堵した。目の前には長い付き合いになる、西園寺達也が居たからじゃ。
「達也よ。お主は何故ここに?」
「瞬きの間に、ここに連れて来られたようじゃの。お主もか?」
 儂は頷く。しかしこの空間、どうにも妙に感じる。霊力を微塵も感じない。不自然な程に。普通は空間に多少感じる物じゃが、ここではそれが全く無い。
「目的は味方との分断、儂らの行動の制限かの」
「そうじゃな。だが、もう一つ可能性がある」
 次の瞬間、儂らはこの空間の中に、たった一つだけ、普段感じる事の無い程強大な上、異質な霊力を感じ取った。儂らは刀を構え、戦闘態勢に入る。その霊力は、直ぐに儂らの目の前に降りて来た。
「お主は……」
「はい。私の名はギエル。貴方達を殺す者です」
 これはかなり大きく出たな。そして舐められている……とは感じぬな。この霊力量は、恐らく儂らよりも数段多い。それだけでない。この異質な霊力は、覚えがある。儂はその記憶を弄り、呼び起こす。
「不完全な神……じゃったかのう」
「ご名答です。神宮寺慎太郎」
 成程。儂らの今の装備の中に、こやつを殺せる、或いは無力化できる装備は存在しない。儂らを殺せる可能性は、可能性と呼ぶよりは確定的な未来と言えるじゃろう。詰まり、儂らに勝機は無い。
 じゃが、それで諦める理由にはならない。儂らは鞘から刀を抜き、目の前の敵に向ける。
「何の真似ですか?」
「儂らが協会の頂点に上り詰めた所以を知っておるか?儂らよりも才能に溢れた者は、過去にも多く居た」
「じゃが、そやつらの殆どは死に絶えるか、協会から姿を消した。何が言いたいか……わかるかのう?」

「「『諦めの悪さ』だけが、儂らに与えられた『才能』じゃった!」」

 儂らはそう言うと、その手に持つ刀を敵に振り上げた。
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